鷲尾飛鳥

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第1話『宇宙から来た美少女』

2011年 10月10日 19:43 (月)

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 広大な宇宙… この果てしない宇宙空間の中で、宇宙の星々を征服して我が物にしようとする侵略者と、それを防ぎ、宇宙の平和を守ろうとする2つの力がぶつかり合っていた。侵略者の名は『魔女クイーンリリー』。そして、宇宙の平和と自由を守るため、クイーンリリーに対抗するのは、宇宙連邦警察に所属するエンジェル戦士たちだった。
 クイーンリリーはその絶大なる力を持って、宇宙の全てを征服し、宇宙全体の女王として君臨しようとした。それを阻止せんがため、宇宙連邦警察は、特殊戦闘部隊エンジェルを組織し、クイーンリリーに対抗した。クイーンリリーの作戦と野望は、エンジェル戦士達によって次々と阻止され、クイーンリリーはついに銀河系内のとある惑星で、スカーレットエンジェルに追い詰められた。
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「クイーンリリー! もう逃がさないわよ」
「馬鹿め! お前らなどに捕まる私ではないわ」

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 クイーンリリーはそう言いながら巨大化し、宇宙空間へと飛び出した。
「逃がさないわ!」
 スカーレットエンジェルもまた、クイーンリリーを追って宇宙空間へと飛び出し、宇宙空間での追撃戦が始まった。しかしクイーンリリーは光速テレポートによって完全にスカーレットエンジェルを振り切り、ワープを繰り返しながら、とてつもない早さで宇宙空間を駆け抜けた。そして予てから目をつけていた太陽系第三惑星『地球』へ向かった。スカーレットエンジェルの方は、クイーンリリーに追いつくことが出来なかったものの、その航跡を辿ってクイーンリリーを追った。
 地球を見つけたクイーンリリーは、そのまま大気圏内へと突入。流星の如く地上目指して落下していった。地上の人々及びレーダーでは、それは流れ星に見え、世界中で流星が日本のN県天間村に落下したというニュースが流れた。クイーンリリーは地上に到達すると、そのまま地下へと潜り込み、地底の奥深くまで侵入して、そこへ落ち着いた。スカーレットエンジェルの追跡に対する目くらましと、宇宙空間航行で消耗したエネルギーを補給するためだった。そして198X年7月のある日の午後、クイーンリリーは再びその姿を地上にあらわした。
地上に姿をあらわしたクイーンリリーの姿は、身の毛もよだつほどの醜怪な姿をしていた。クイーンリリーは地上に姿をあらわすと、その姿を変えるために、奇声と共に煙幕を張り巡らせた。煙が晴れたとき、そこには軍服のような服を身に纏った、若い女性の姿があった。
「ここが地球か… 美しい星だ。私の力でこの星を丸ごと頂くとしよう。そして、目障りな宇宙警察のエンジェルどもが手だし出来ないように、この星を全宇宙征服のための前身基地と大要塞に作りかえるのだ」

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 クイーンリリーはそう呟きながら歩き出そうとした。
「ん… 」
 クイーンリリーの向かうその先に、一人の初老の男が立っていた。男はクイーンリリーの姿を見て、驚きと恐怖のあまり動けないでいた。その男の名は『新田順一郎』といって、某大学の天文学の教授である。新田氏は先日のニュースにあった、N県天間村に落下した流星、つまり隕石の調査のため、この天間村に来ていたのである。そして落下地点の近くまで来たとき、突然大きな地震が発生してその場を動けなくなった。そして地震がおさまったとき、地中から出てきたクイーンリリーの姿を見て、腰を抜かしたのである。クイーンリリーの姿が、妖怪か、魑魅魍魎の如く移ったからである。クイーンリリーの姿が奇声と共に若い女性の姿になり、信じられないといった感情と、恐怖のためにその場から動けないでいたのだ。そしてクイーンリリーがゆっくりと自分の方へ歩いてきたので、後退りしながら、クイーンリリーに向かって叫んだ。
「な、何だお前は!? ば、化け物!」
「私の姿を見たな… 愚かな人間め」
「く、く、来るな! 来るな化け物っ!」
「ちょうどいい… お前を私の僕『リリーエージェント』にして、世界制服の尖兵として使ってやる。それっ! リリー球根を受けてみよ」
 クイーンリリーは、懐から小石大の物体を取り出すと、新田めがけて投げつけた。物体は新田の顔にあたり、たちどころに物体から無数の糸のようなものが出てきて、皮膚を突き破り、体内に侵入を開始した。
「ギャーッ! グアーッ!」
 新田は顔を覆いながら七転八倒した。この物体こそ、クイーンリリーの究極の秘密兵器であるリリー球根で、糸のような物は、球根から出てきた根である。リリー球根は、人の身体に触れると、たちどころに無数の根を出して、宿主である人間の皮膚を突き破って体内に侵入し、ついには脳を冒して、クイーンリリーの意のままに動く醜い怪人の姿になり、リリーエージェントとして、クイーンリリーの世界征服のための尖兵として働くのである。七転八倒していた新田は、体中から毛が生えてきて、コウモリの怪人バットリーになり、クイーンリリーの前にひざまずいた。

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「ご主人様… どうぞ御命令を」
「バットリーよ。お前は人間どもを襲ってその血を吸い取り、同時に人間の体にバットビールスを植え付けて、奴隷人間を増やすのだ。行け!」
「ははーっ! かしこまりました。ご主人様」
 バットリーは羽を広げると空へ舞い上がり、クイーンリリーの元から離れていった。


         *    *    *    *

 クイーンリリーが再び地上に姿をあらわして、世界征服の行動を始めてから数日後の昼下がり、クイーンリリーが降り立った場所から10キロ位離れた草原の中に、光の球体が降下してきて、地上に近づくと落下速度を落とし、綿毛が落ちるくらいのゆっくりした速度で地上に降り立った。そして地上に降り立つと同時に光が消え、人間の姿になった。スカーレットエンジェルが、クイーンリリーを追って地球へやってきたのである。幸いスカーレットエンジェルが降りてきた場所は、人気の無い草原の真中で、昼下がりであるにもかかわらず、気付いた人はいなかった。スカーレットエンジェルはゆっくりと立ちあがると、自分の位置とその周辺を見まわした。

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「クイーンリリーは一体どこへ行ったんだろう… 必ず近くにいるはずだわ。早く見つけ出して何とかしないと、この星が大変なことになってしまう」
 スカーレットエンジェルは変身を解いて地球人の姿になり、草原の脇にある道を見つけると、その道をテクテクと歩き出した。が、しばらくして激しいだるさが襲ってきた。スカーレットエンジェルのいる場所は日影が無く、まともに夏の直射日光にさらされていた。スカーレットエンジェルは長旅でエネルギーを使い切ってしまっていた。それに加えて夏の炎天下である。そのためか、歩く気力が少しずつ薄らいでいくのを自分自身でも感じていた。

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「ダメだわ… 今の私にはエネルギーがもう残っていない。どこかで休まなければ。こんな所でクイーンリリーにでも襲われたら、私がやられてしまう」
 そう呟きながら、スカーレットエンジェルは休むことが出来る場所を捜しながら、小道を歩いていた。しかし、だんだんと意識が朦朧として、ついにそのまま崩れ落ちるように道端に倒れ、そのまま気を失ってしまった。


        *    *    *    *

「じゃあな! 誠一」
「おう! また明日」
 スカーレットエンジェルが地球に降りてきて大体2時間後、そこから凡そ15キロ離れた所にある大滝高校では、今日の授業が終わり、生徒達が次々と学校から帰宅していた。赤嶺誠一は仲間と別れると、自転車で自宅へと向かっていた。誠一の家は天間村にある『ペンション赤嶺』である。誠一はここから隣町の高校まで自転車で通学していた。既に7月に入っていて、あと少しで1学期の期末試験があり、そのあとは夏休みである。天間村付近の平均高度は約800m。ペンションの周辺は1000m近くある。朝晩は涼しいのだが、昼間となれば平地の暑さとあまり変わらない。特に今日は三日連続の真夏日で、時間は三時半を回っていたところだったが、気温は30℃を超えていた。誠一は途中でいつも寄り道する店で自転車を止めると、そこでアイスキャンデーを買って頬張った。
「ふぅー… 暑い暑い」
 誠一はそう呟きながら、再び自転車に乗り、アイスキャンデーを頬張りながら走った。家まであと少しのところまで来て、草原の中の一本道を走っていると、わき道を少し行ったところに誰かが倒れているのを見つけた。
「ん… 何だあれは」
 誠一は自転車を止めると両目をこすり、もう一度その場所をよく見た。すると確かに誰かがそこに倒れている。
「人みたいだけど… よし!」
 誠一はわき道に入るとそのまま走り、倒れている人のすぐそばまで行った。
「ヤベ! 人が倒れてる」
 誠一は自転車を降りると、倒れている人のそばに駆け寄り、しゃがんで様子を見た。誠一が目にしたものは、自分と同じ位の年の女の子の姿だった。
「女の子だ。何だってこんな所に… おいおい・・・ 今頃行き倒れかよ」

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 誠一はそう言いながら女の子の胸に自分の耳を当てた。心臓の音が聞こえる…
「生きてる… 」
 誠一は自分の周囲を見回した。
「この辺の人じゃなさそうだな。とにかくこの子をここから早く連れていかないと。おい! 待ってろ。いま家へ行って親父とお袋を呼んでくるからな」
 誠一は自転車に飛び乗ると、家に向かって一目散に走っていった。10分位して誠一の父親の誠司が、誠一を乗せて車でやってきて、倒れているスカーレットエンジェルのそばに車を止めた。
「親父。あの子だよ」 
「よし! 誠一そっちを持ってくれ」
「分かった」
 二人はスカーレットエンジェルの両手両足を持って持ち上げると、車に運びこんだ。
「行くぞ」
 誠司は車を発進させて帰途についた。

          *    *    *    *

「もう逃がさないわよ! クイーンリリー、覚悟しなさい」
「何を小癪な! お前ごとき小娘にやられる私ではないわ」
「行くわよ! エンジェルスマッシュ!」
 スカーレットエンジェルの放ったエンジェルスマッシュは、クイーンリリーの体をすりぬけた。
「そ… そんな… 」
「だから言ったじゃないの。お前の武器など私には通用しないのよ。はーっはっはっはっは。覚悟おし! 今度は私の番よ」
 クイーンリリーは両手を大きく広げて奇声をあげると、スカーレットエンジェルめがけて衝撃波を放った。衝撃波がスカーレットエンジェルにまともにあたり、スカーレットエンジェルは反動で思いっきり吹っ飛ばされた。
「キャーッ!」… … … 
 絶叫と同時にスカーレットエンジェルは目を覚ました。今のは夢だったのだ。
「え… 夢・・・ ここどこ? 私… 確か」
 目を覚ましたスカーレットエンジェルはフカフカのベッドの上にいた。よく見ると、地球人の姿になったときに着ていた服とは違う服を着ていた。回りを見渡すと部屋の中のようだった。カーテン越しに朝の日差しが部屋に入っていて、そこだけが明るかった。
「確か私… 草原の中を歩いていて… ここどこなんだろう。それにこの服… いつの間に」
 その時誰かが近付いてくる音が聞こえ、スカーレットエンジェルは一瞬身を竦めた。敵なのか味方なのか… でも自分が今生きているなら、きっと敵じゃないだろうと、いろいろなことが頭の中を過る。そして部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。

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「あら… 起きたの? 何だか今すごい声が聞こえてきたから、心配して来たんだけど。大丈夫かしら」
 その女性が自分の方に近付いてきたので、スカーレットエンジェルは思わず身構えた。
「怖がらなくていいのよ。あなたが近くの道端で倒れていたのを、私の主人と息子が助けてここへ連れてきて寝かせたの。その服は私が息子の寝巻きの予備を着せてあげたのよ」
「あの… 私… 私… 」
 どういうわけか、スカーレットエンジェルは言葉がしどろもどろになり、わけもなく瞳から涙が零れ落ちた。
「あらあら… あなたさっき大声で叫んでいたけど、きっと怖い夢でも見たのね。でももう大丈夫よ。昨日お医者様を呼んで、往診に来てもらったんだけど、外傷もないし、体はどこも異常が無かったって言ってたわ。それよりあなたお名前は? きっと親御さん達が心配してるから連絡してあげないと」
「な・ま・え… 私の名前… 」
 スカーレットエンジェルは一瞬悩んだ。自分は地球人ではないし、本当の事を言うわけにいかない。それにクイーンリリーにここをかぎつけられたら、自分だけでなく、この人にまで迷惑がかかると思って、一芝居打つことにした。
「どうしたの?」
「あの… わたし… 分からないんです」
「分からないって… あなた」
 その時下から階段を上ってくる音がして、誠一が部屋に入ってきた。
「母さん、彼女大丈夫なの? あ… 起きたのか」
「あなた達は一体」
「あ、俺? 俺は赤嶺誠一っていうんだ。よろしく。そしてこっちが」
「私は誠一の母の和枝です。それよりあなた、分からないってどういう事なの」
「もしかして記憶喪失じゃないのかな」
「記憶喪失?」
「ああ… きっと自分の事が思い出せないんじゃないかな」
「かわいそう… それじゃ御両親を呼べないわね。それよりあなた、おなか空いてない?」
 スカーレットエンジェルはその言葉を聞いて、気持ちが緩んだのか、自分の腹がグーと鳴って思わず顔を真っ赤にした。和枝は吹き出しそうなのを抑えて言った。

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「あなたが着ていた服は全部洗濯しちゃったから、私の昔のやつをそこへ置いといたわ。それをあなたにあげるから、それに着替えて降りてきなさい」
 そう言って和枝は誠一と部屋を出ようとした。
「あ… あの… 」
「何? どうしたの」
「い、いえ… 何でも無いです。どうも… ありがとう」
「いいのよいいのよ」
 和枝と誠一が部屋を出た後、スカーレットエンジェルはベッドから起きて、和枝が置いていった服に着替えた。服は半袖のTシャツと、ショートパンツだった。スカーレットエンジェルは服を着ながら考えた。このままここにいると、自分に親切にしてくれている人たちに迷惑がかかってしまうし、クイーンリリーが襲ってきたら、あの人たちまで巻き添えにしてしまう。とにかくここを早く出た方がいいと思った。
 スカーレットエンジェルは着替え終わると、部屋を出て一階に降りた。そこで事務室にいたオーナーの誠司と目が合った。

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「おはよう」
「あ… お、おはようございます」
「昨日は大変だったね」
「は、はい」
「息子の誠一が見つけなかったら、今頃どうなっていたか。まあ、無事で何よりだよ」
「はい。助けてくれてありがとうございます」
その時和枝が廊下に出てきた。
「あら、着替えたのね。早くいらっしゃい」
そう言って和枝はスカーレットエンジェルを食堂に連れていった。食堂には始めて見る二人連れの若い男の客が、朝食中だった。部屋のテレビでは朝のニュースをやっていた。二人の男達はニュースを見ながら、それに関係した話をしていた。スカーレットエンジェルはテーブルの前に立ったまま話を聞いていて、何かが頭の中を過った。そこへ急に後ろから肩をポンと叩かれ、スカーレットエンジェルはドキッとして振りかえった。するとそこに誠一が立っていた。
「何してんだよ。早く座って食べたらいいじゃん」
「あの… 」
「何?」
「その格好は」
「ああ、これね。これは学校の制服。俺高校生なんだ」
「こうこうせい… 」
「ふーん… やっぱり記憶喪失なのかぁ… あ、いけね。遅刻しちまう。それじゃ俺学校へ行くから。後のことは親父と母さんに頼んでるからな」
 そう言って誠一はスカーレットエンジェルに背を向けて歩き出した。それと入れ替わるように和枝がベーコンエッグを盛った皿を持ってやってきた。
「座りなさい。はいこれ。暖かいうちにどうぞ」
 スカーレットエンジェルは、言われるままに椅子に座り、和枝が差し出した皿を受け取った。テーブルにはパンとサラダ、牛乳が既に置いてある。窓の外を見ると、誠一が自転車で走り去っていくのが見えた。
「食べ終わったら食器はあそこの流し台に置いてね」
 和枝はそう言いながら流し台のところを指さした。
「じゃゆっくり食べてね」
「ありがとう。それじゃいただきます」

        *    *    *    *

 スカーレットエンジェルが朝食中に、二人の男は食べ終わって立ちあがり、荷物を持って食堂を出ていった。スカーレットエンジェルは男達を横目で見ながら、パンをかじった。テレビのニュースは、相変わらず天間村での流星落下と、大学教授のことを言っていた。そしてニュースは、天間村とその周辺での人間蒸発事件の話題に切り替わった。
「何だか物騒だな」
 その声にスカーレットエンジェルは顔を上げた。するとテレビの前に誠司が新聞を持って立っていた。スカーレットエンジェルは誠司に話しかけた。
「あの… 」
「ん? 何か」
「その事件… 」
「ああ。ここ一週間でこの辺の人が数人行方不明になってるんだよ。隕石のタタリだとか言って霊能者を呼ぶ人までいるくらいで。それに流星騒ぎでマスコミや学者が大勢押しかけて来たりしてるんだ。さっきここにいた二人も、隕石の調査に来ているんだそうだよ」
「(事件… もしかして、クイーンリリーと何か関係があるんじゃ)」
「何か自分のことを思い出したのかい?」
「 … 」
 誠司は持っていた新聞を差し出した。
「新聞に載ってるから、見てごらん。もしかしたら、自分のことを思い出せるかもしれないよ」
 誠司はスカーレットエンジェルに新聞を渡すと、食堂から出ていき、入れ替わりに和枝が後片づけをしに入ってきた。和枝は新聞を見ているスカーレットエンジェルの表情を見て、テーブルを挟んで向かい側の椅子に座った。
「ねえ… 何か思い出した?」
「ダメ… 何も分からないわ」
「慌てなくてもいいのよ。記憶が戻るまで、ここにいてもいいんだからね。誠一も可愛い女の子が来て喜んでるみたいだし」
「ごめんなさい。私のために」
「いいんだってば。ここは私達のペンションで、宿泊設備がちゃんとあるんだし。あら、もう食べ終わったの?」
「はい… とても美味しかったです。どうもご馳走様でした」
「いえいえお粗末様」
 スカーレットエンジェルは食器を流し台に持っていくと、食堂を出て自分が寝ていた部屋に戻り、カーテンを開けて窓を開けた。そして外の景色を見ながら何かを考えていた。
「(クイーンリリーは必ずどこかにいる。早く探し出して何とかしないと、この星が征服されてしまう)」
 スカーレットエンジェルは窓から離れると、両脚を少し開き、両手を下に下げてから、自分の胸に両手をあてた。すると、胸にブローチの付いたリボンがあらわれ、光に包まれて、その光が消えると、スカーレットエンジェルは戦士の姿に変身した。そして胸のブローチに手をあてて、スティックを取り出した。

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「うん。大丈夫だわ。大分エネルギーが戻ってきた。でもまだ充分ではないわ」
 下で物音がしたのを聞いて、スカーレットエンジェルはあわてて変身を解くと、扉を開けて廊下を見渡した。階下の方で話し声が聞こえてくる。耳をすますと、どうやら自分の事を言っているようだった。静かに階段を降り、事務室を覗くと、誠司が電話で何かを話していた。
「… 警察に知らせたいんだけど、まずお前に相談してからって事にしたんだ。仕事の方は… 分かった。二週間後だな。それじゃ待ってるから。よろしく頼む」
 スカーレットエンジェルは音を立てないように階段を上って部屋に戻ると、窓枠に手を置いて外を眺めた。
窓の下で声がしたので、下を見ると、誠司が車のところへ来て、エンジンをかけているのが見えた。その側では和枝が洗濯物を干している。誠司は車に乗ると、ゆっくりと発進させてどこかへと向かっていった。
「今のうちだ。ここを出よう」
 スカーレットエンジェルは部屋のテーブルにあったメモ用紙にメッセージを書くと、部屋を出て一階に降り、事務室の目立つところにそれを置くと玄関から出た。そこで和枝とバッタリ会ってしまった。
「あら。どこへ行くの?」
「す、すみません。ちょっと散歩に」
「あまり遠くへ行ってはダメよ。あなた記憶喪失なんだから」
 スカーレットエンジェルは自分のサンダルを履いて和枝に軽く会釈をすると、ペンションの前の道路を小走りに駆けていった。
「(ごめんなさい… こんなに優しくしてくれて。でも、あなた達には迷惑はかけられない)」

        *    *    *    *

 クイーンリリーに怪人にされた新田は、怪人バットリーとなって、近くの人々を襲い、血を吸ってビールスを植え付け、奴隷人間にしていた。ニュースで報道していた人間蒸発事件は、クイーンリリーが差し向けた怪人バットリーの仕業だったのだ。しかし、落下した流星の調査のために、マスコミや調査団、また大勢の観光客が来ていて、周辺の宿泊施設はどこも満員の状態になり、天間村は人で一杯になってしまっていて、クイーンリリーとしては、作戦をやりにくくなっていた。自分が潜んでいる洞窟の周辺にも、大勢の人が集まっていたからだ。
「ええい… わずらわしい人間どもめ… 地球ではこんな事で人が集まってくるのか」
「クイーンリリー様。いかがいたしましょうか。これではあまりにも人が多すぎます」
「まてよ… これは意外と利用できそうだ。しばらくは流星騒ぎが続くだろう。バットリーよ。お前は出来るだけ ここから離れたところで、出来るだけ広範囲で作戦を遂行せよ。」
「いい考えです。そうすればこの辺に集まっている人間どもを、遠ざけることが出来ます」
「よし! 行けバットリー」
「ははーっ!」

        *    *    *    *

 時間は正午近くになっていた。スカーレットエンジェルはただひたすら走った。その行き先は自分が降り立ったところだ。スカーレットエンジェルはクイーンリリーの逃走経路を辿って地球に来た訳だから、自分が降りた場所の近くに必ずクイーンリリーがいると確信していた。しかし、まだエネルギーが充分でなく、夏の暑い日差しにさらされ、しかもサンダルでは走りにくいために、2km程来たところでへばってしまい、道路脇の木の下で休んだ。その様子を上空から見張っている黒い陰には、さすがのスカーレットエンジェルも気付いていなかった。その陰こそ、クイーンリリーの命令で、獲物を探して飛んでいた、怪人バットリーだったのだ。バットリーはスカーレットエンジェルを見つけると、気付かれないように静かに着地し、新田の姿に化けてスカーレットエンジェルに近付いた。バットリーの方も、獲物がスカーレットエンジェルだとは知らなかった。
 スカーレットエンジェルは木陰で腰を下ろし、呼吸を整えていた。そこへ急に話しかけられて、ビックリして顔を上げた。
「あの… 何か」
「お嬢さんはこの辺の人かね」
「あなたは一体… 」
「私は新田順一郎。天文学者で、この付近に落ちた流星の調査に来ているんだよ」
「新田… って、あなた確か、テレビのニュースで言っていた新田教授。どうしてこんな所に。ニュースでは流星が落下した場所で行方不明になっていたはずなのに」
「いや… 私も何だか訳が分からんのだよ。気が付いたらこの先の森の中で横になっていたんだから。それよりお嬢さん、バス通りまで行きたいのだが、道案内をしてくれるかね。もう一度流星の落下地点まで行きたいのだが」
「分かりました。でも、まず最初にあなたが無事であることを、みんなに知らせた方がいいと思います。この近くに私がお世話になっている家がありますから、そこへ案内します」
 そう言ってスカーレットエンジェルは立ちあがると、道路の方へ出た。新田もスカーレットエンジェルの側へ来た。その時、スカーレットエンジェルはふと新田の足元を見た。新田の影が変な形をしている。
「あなた… その陰一体… 」
 新田は急に顔色を変え、スカーレットエンジェルを睨みつけた。
「見たな… 」
 同時に新田は怪人バットリーに姿を変え、スカーレットエンジェルを威嚇した。
「ば、化け物! もしかしてクイーンリリーのエージェントね!?」
「何だと? 私の事を知っているとは… お前がクイーンリリー様の言っていたスカーレットエンジェルか。ちょうどいい。お前の生き血を全部吸い取り、奴隷人間にしてクイーンリリー様の元へ献上してやる」
 バットリーは猛然とスカーレットエンジェルに襲いかかってきた。スカーレットエンジェルは間一髪のところでバットリーの攻撃をかわし、ジャンプしてバットリーの後ろに着地した。
「お前達の勝手になんかさせないわ!」
「小癪な小娘め、者ども出でよ!」
 周辺から戦闘員が次々と現れて、奇声をあげながらスカーレットエンジェルの回りを取り巻いた。その後ろからはバットリーがジリジリと迫ってくる。このままでも戦えるのだが、ヒールの高いサンダルでは動きにくい。

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「者どもかかれっ」
 戦闘員が奇声をあげながら、一斉にスカーレットエンジェルに向かってきた。スカーレットエンジェルは戦闘員の攻撃をジャンプしてかわし、空中でポーズをとった。
「スカーレットスパーク‐エンジェルチャージ!」

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 眩しい閃光とともに、スカーレットエンジェルは戦士の姿になり、着地するとエンジェルブレードを持って身構えた。戦闘員が一斉に襲いかかってきた。スカーレットエンジェルは戦闘員の攻撃をかわしながら、一人ずつ倒していった。
「バットファイヤー!」
 バットリーの口から火炎がスカーレットエンジェルめがけて飛んできた。スカーレットエンジェルは一撃目をかわし、二回目の攻撃でジャンプして、バットリーの背後に着地し、バットリーに接近戦を挑んだ。が、バットリーは振り向きざま、スカーレットエンジェルに蹴りをいれてきた。一発目をかわしたもののバランスを崩し、二発目の蹴りをまともに食って、その反動でスカーレットエンジェルは地面に叩きつけられた。
「バットファイヤー!」
 スカーレットエンジェルは火炎攻撃を転がりながらかわした。が、バットリーはそのままスカーレットエンジェルに向かってきて、体勢を立て直せないスカーレットエンジェルに、立て続けにパンチとキックをお見舞いしてきた。何発かパンチとキックを食ったスカーレットエンジェルは、再び地面に叩きつけられた。
「く… 」
「止めを刺してやる」
 バットリーはスカーレットエンジェルめがけて火炎を吐く態勢をとった。このままではやられてしまう… スカーレットエンジェルはとっさに、エンジェルブレードを投げつけた。ブレードはバットリーの羽に命中し、羽根を突き抜けて反対側の地面に刺さった。
「グアーッ」
 バットリーは苦悶の表情とともに、空に飛びあがり、そのまま姿を消した。遠くへ飛び去って行くバットリーを見ながら、スカーレットエンジェルはゆっくりと立ちあがった。
「う… 」
 パンチとキックによるダメージが残っていたのか、スカーレットエンジェルは痛みのために、体がよろけた。
「まだエネルギーが充分じゃなかったのね… このまま戦っていたら恐らくやられていたわ。やつらのことだ。きっとまたどこかにあらわれるはず… う… 」
 スカーレットエンジェルは変身を解き、痛みが残っている脇腹を抑えながら、ヨロヨロと歩き出した。と、その時足元のバランスを崩して転んだ。
「痛ったー」
 何だと思って足を見ると、右足に履いていたサンダルのストラップが切れていた。スカーレットエンジェルは仕方なく、サンダルを脱いで手に下げ、素足で歩いた。
「おーい!」
 その時後ろからいきなり大きな声がして、スカーレットエンジェルは振り向いた。後ろから自転車に乗って走ってくる誠一の姿が見えた。今日は土曜日である。誠一は昼に学校から帰ってきて、事務室にあったスカーレットエンジェルの置手紙を見つけ、スカーレットエンジェルを捜すためにペンションを飛び出してきたのである。誠一はスカーレットエンジェルの側まで来ると自転車を止めて降りてきて、スカーレットエンジェルのTシャツの袖をつかんだ。もう片方の手には、スカーレットエンジェルが書き残したメモが握られていた。誠一はスカーレットエンジェルのメモを突き付けて言った。
「馬鹿! お前どういうつもりだよ。こんなもん書き残していって… 記憶が無いのにフラフラしてたら危ねえじゃねえか!」
 スカーレットエンジェルのメモには、こう書かれていたのだ。
『私を助けてくれてありがとう。とても嬉しかったです。これ以上迷惑をかけられないので、私はここから出て行きます』
 スカーレットエンジェルは驚いた顔で誠一を見つめて言った。
「どうしてここに」
「感だよ。感。お前… 記憶無くしてるようだし、そう遠くへは行かないと思って、それでお前を捜しに来たわけ。あーあ… サンダル壊しちゃったんだ。それにお前、足怪我してるぞ」
「ごめんなさい」
 スカーレットエンジェルは涙目になった。
「おいおい… 泣くなよ。もう怒っていないからさ。とにかく帰ろうぜ。ほら後ろに乗れよ」
 誠一は自転車の後ろにスカーレットエンジェルを乗せると、ペンションへ向かって走り出した。

        *    *    *    *

「何? スカーレットエンジェルがあらわれただと?」
「はい。クイーンリリー様」
「ふーむ… よし。分かった。お前はこれまで作った奴隷人間どもを集め、スカーレットエンジェルを襲撃するのだ。スカーレットエンジェルめ… いくら何でも人間対手では戦えまい」
「かしこまりました。クイーンリリー様」
 クイーンリリーの隠れ家の周辺では、相変わらずマスコミや調査団がうろついていたが、人間蒸発事件が方々で起こり、ニュースの焦点はそちらの方へと移りつつあったため、流星騒動は下火になっていた。そのため、隠れ家周辺にいる人の数は少なかった。
「バットリーよ。外をうろついている連中を血祭りにあげよ。やつらも全て奴隷人間にしたてるのだ。行け!」
「ははーっ!」
 バットリーは戦闘員を伴って隠れ家の外へ出ると、周辺にたむろしていたマスコミや調査団の人たちに次々と襲いかかり、全て奴隷人間にしてしまった。
「これだけの奴隷人間がいれば、スカーレットエンジェルなど一捻りだ。はーっはっはっは」

        *    *    *    *

 誠一はスカーレットエンジェルを自転車の後ろに乗せ、ペンションに戻ってきた。時間は既に午後の2時近かった。自転車を降りた誠一は、スカーレットエンジェルにそっと耳打ちした。
「(メモは俺しか見てないから。だから親父や母さんには何も言うな)」
 スカーレットエンジェルは黙って頷くと、誠一に連れられてペンションの庭の方へと歩いて行った。庭では和枝が水撒きをしていた。
「あら、随分遅かったじゃない。心配したのよ。誠一も一緒だったの?」
「ああ。この子、サンダル壊して、足に怪我して歩けなかったんだよ」
「あらあら… 」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「いいのよ。それよりばい菌が入るとまずいから、すぐに足を洗って傷の治療をしなさい」
 スカーレットエンジェルは和枝が差し出したホースから出る水で足を洗うと、誠一に連れられて、食堂の前のベランダに腰を下ろした。
「ちょっと待ってろ」
 誠一は屋内に入り、しばらくして救急箱を持ってきた。
「ほらこれ貼って」
「ありがとう」
 スカーレットエンジェルは誠一からカットバンをもらい、怪我をしたところに貼った。
「それからこれもやる。母さんのだけど、サンダルよりは歩きやすいから。母さんが、お前が帰ってきたら渡してくれって」
 そう言って誠一はスカーレットエンジェルにスニーカーを渡した。スカーレットエンジェルは思わず目に涙を溜め、その涙がベランダに落ちた。

1-10

「もう泣くなよ。きっと自分のこと思い出せるようになるからさ。それに、親父が知り合いの探偵に電話してて、その人が来てくれるから。そうしたら、きっと自分の事が分かるかもしれないぜ」
「どうしてこんなに優しくしてくれるの? 私… どこの誰だかも分からないのに」
「ん? そうか… それであんなメモ残して出て行こうとしたのか。水臭いぜ。困ったときはお互い様じゃねえか。そんなことより、もし良かったら、ここを手伝ってほしいんだけど… 君のような可愛い子がここで手伝ってくれると、すごく助かるんだけどな… 親父も母さんも賛成してるんだぜ」
 そう言いながら誠一は顔を少し赤くした。実を言うと誠一は、スカーレットエンジェルが自分の理想のタイプの子に見えたので、一目惚れしたのだった。スカーレットエンジェルからすれば、ここを出て行けば、誠一達に迷惑がかからないと思ったのだが、考えてみると、クイーンリリーの隠れ家がこの近くにあるため、しばらくこの地に留まっていなければならないと思ったので、誠一の言葉に甘えることにした。
「分かりました。それじゃ手伝わせてください」
「やったぁ! じゃ明日から早速頼むぜ。本当なら俺が手伝わなきゃならないんだけど、学校があるからな… 母さん! 手伝ってくれるって」
 誠一の言葉で、和枝が水撒きを止めて駆け寄ってきた。
「本当? 良かったわ。これでペンションに花が添えられるわね」
「よろしくお願いします」
 スカーレットエンジェルはそう言いながら、照れくさそうな仕草を見せた。

        *    *    *    *

 夕方になって、ようやく涼しくなり、森からヒグラシの泣き声が聞こえてきた。足に怪我をしたスカーレットエンジェルは、自分の部屋でベッドに横になっていた。エネルギー不足のせいで疲労がひどく、2時間くらい眠っていた。目が覚めたスカーレットエンジェルは、ベッドに腰を下ろして、怪我をした自分の足を見た。彼女は宇宙人である。怪我はサンダルずれだったが、殆ど回復していた。スカーレットエンジェルは立ちあがると、窓を開けた。部屋の中はエアコンが効いていて涼しいのだが、自然の風に触れたかったのだ。窓の外を見ると、まだ日が沈んでいなくて空は明るかった。スカーレットエンジェルは窓を閉めると、部屋を出て一階に降りた。厨房では和枝が夕食の支度をしていたが、誠司と誠一の姿は見えなかった。スカーレットエンジェルは厨房にいる和枝に話しかけた。
「すみません… ちょっと一時間くらい出ます」
「あら、怪我してたんでしょ? 大丈夫なの?」
「はい。それじゃ行ってきます」
「早く帰ってくるのよ。あんまり心配させないでね」
 スカーレットエンジェルがペンションから出てくると同時に、誠一が帰って来た。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっとお散歩」
「こんな時間にか?」
「昼間はごめんなさい。もう勝手に出て行ったりしないから。必ず帰ってくるから心配しないで」
 スカーレットエンジェルは誠一に向かってそう言うと、小走りにペンションの前の道を駆けて行った。誠一はその後姿を見ながら、自転車を降り、ペンションの玄関へと足を運んだ。
 スカーレットエンジェルはペンションから500m位の所まで歩いてきた。夕方の風が涼しい。スカーレットエンジェルは立ち止まって、右手で長い髪を梳いた。そして今来た道を引き返そうとしていたとき、いきなり叫び声がした。
『キャーッ! 助けてぇーっ』
「何? 一体… そこの小屋の後ろからだわ」
 声は道路のすぐ側にあった小屋の裏にある、林の中からだった。スカーレットエンジェルは小屋伝いに歩き、小屋の影から林の方を見た。そこには高校生くらいの若い女の子と、それを囲む数人の男達の姿があった。その男達は今にも女の子に飛びかかっていく気配だった。
「やめなさい!」
 スカーレットエンジェルが怒鳴ると、男達は一斉にスカーレットエンジェルの方を向いた。スカーレットエンジェルは男達の表情を見てギョッとし、反射的に後退りした。男達の顔が幽霊のように青白く光り、正気に見えなかったからだ。スカーレットエンジェルは、男達がクイーンリリーのエージェントに操られていると直感した。だが、人間相手に戦うことは出来ない。男達が一斉に襲いかかってきた。スカーレットエンジェルは身をかわしながら男達の間をすり抜け、恐怖のあまり動けないでいる女の子のところへ駆け寄った。
「立って! 早く逃げるのよ」
 スカーレットエンジェルは女の子の腕をつかんで、道路へ向かって走った。後ろからは男達が追ってくる。道路へ出たスカーレットエンジェルは、女の子に向かってペンションの方向を指差して言った。
「そっちへ逃げて! 早く」
「は、はい」
 女の子は一目散に駆け出した。スカーレットエンジェルはそれを眺めていたが、後ろから例の男達が迫ってきて、一斉に飛びかかってきた。スカーレットエンジェルはジャンプしてかわし、男達の後ろに着地した。そこへ急に空から何かが降ってきて、スカーレットエンジェルに体当たりしてきた。
「キャッ!」
 スカーレットエンジェルは反動で、地面を一回転した。
「スカーレットエンジェル。あらわれたな」
「お前はクイーンリリーのエージェント」
「今度こそ引導を渡してやる。それ! 奴隷人間ども、あらわれよ」
 バットリーの声で、バットリーに操られた奴隷人間たちが次々と姿をあらわした。
「スカーレットエンジェル! 人間を相手には戦えないだろう。お前が守ろうとしている者達の手にかかり、死んでしまえ」
「卑怯者!」
「うるさい。それっ! かかれっ」
「(やつを倒せば、この人たちは元に戻るはず… よし)」
スカーレットエンジェルはジャンプすると、空中で変身し、囲みの外に着地して、バットリーに向かって身構えた。
「私こそお前を倒す。これ以上勝手な真似はさせないわ!」
「何を小癪な! かかれえっ」
 戦闘員があちこちから出てきて、奴隷人間とともにスカーレットエンジェルに向かってきた。スカーレットエンジェルはブレードを出すと、向かってくる戦闘員を片っ端から切り伏せた。が、奴隷人間と戦うわけにはいかない。
「(そうだ… スマッシュの威力を弱くすれば気絶させるだけで済むわ)」
 スカーレットエンジェルはブレードを収納し、迫ってくる奴隷人間に向かって身構えると、右手を伸ばして、エンジェルスマッシュを連射した。奴隷人間たちはスマッシュのショックで、次々とその場に倒れて気絶した。

1-19.png

「おのれ! スカーレットエンジェル。バットファイヤーを食らえ」
 バットリーの口から火炎が発射され、スカーレットエンジェルは身を翻してジャンプすると、バットリーの背後から飛び蹴りをお見舞いした。バットリーは反動で叩きつけられた。スカーレットエンジェルはバットリーが体勢を立て直す間を与えないように、格闘戦を挑んだ。殴り合いと蹴り合いが繰り返され、スカーレットエンジェルはバットリーに一本背負いをかけた。バットリーはそのまま空中に舞い上がり、上空からバットファイヤーを立て続けに放ってきた。
「エンジェルシールド!」
 スカーレットエンジェルは両手を広げてシールドを張った。バットリーの攻撃が全てシールドに跳ね返される。
「エンジェルフラッシュ!」
 スカーレットエンジェルの胸のブローチが発光し、スカーレットエンジェルは閃光に包まれた。バットリーは眩しさのあまり、顔を覆ってそのまま地上に墜落した。
「今だ!」
 スカーレットエンジェルは空高くジャンプすると、空中で一回転し、バットリーめがけて急降下した。
「エンジェルキック!」

1-11

 エンジェルキックがバットリーを直撃し、バットリーは反動で空中を舞って、そのまま一回転して地面に叩きつけられた。スカーレットエンジェルは着地すると、警戒しながらバットリーに近付いた。バットリーの体が光に包まれ、光が消えると、新田教授の姿になっていた。周囲に倒れていた奴隷人間たちも、光とともに元に戻った。
「よかった… 皆元に戻ったんだわ」
 その時自分を呼んでいるような声が聞こえてきた。誠一の声だった。例の女の子がペンションに駆け込んで、事情を知らせたのだ。それで誠一は誠司とともにやってきたのである。スカーレットエンジェルは変身を解くと、道路に出た。
「ここにいたのか。おい大丈夫か?」
「おじさん、誠一君、話は後! こっちに来て」
 スカーレットエンジェルは誠司と誠一を連れて森の中へ入った。
「何だこれ… 」
 誠司と誠一は森の中に倒れている多数の人を見て驚いた。
「人を呼ばなきゃ。この人たちみんな、ニュースで言っていた行方不明の人たちじゃないかしら」
「たしかに… 」
「親父、早く知らせないと」
「お、おう! そうだ。俺が戻って電話するから、2人ともそれまでここで待ってろ」
 誠司は車を発進させると、ペンションへ向かい、15分ほどして再び戻ってきた。
「2人とも乗りなさい。ペンションへ戻るぞ」
「あの人たちはどうするの」
 その時サイレンの音とともに救急車がやってきて、三人の側に停まると、救急隊員達が降りてきて、倒れている人たちのほうへ向かった。誠司は誠一とスカーレットエンジェルを促し、2人を乗せて発進した。途中で、対向してくる救急車やパトカーと何度かすれちがった。ペンションに帰ると、和枝が心配そうに出てきた。和枝は既に誠司から話を聞いていたので、スカーレットエンジェルを黙って迎えた。
「何回も心配かけてすみません」
「分かってるって。話はもう聞いてるから。ほら、お風呂に入ってきなさい。上がったらすぐ晩御飯よ」
「はい」

        *    *    *    *

 翌日、スカーレットエンジェルは朝5時に起きた。今日からペンションの仕事を手伝うことになったからである。スカーレットエンジェルは和枝から貰ったエプロンを着け、和枝と向かい合った。

1-12

「可愛いわよ。とっても似合ってる」
「そうですか? どうもありがとう」
「今日は5人のお客さんが来るから、忙しいわよ」
「はい! 頑張ります」
 誠一が起きてきて、スカーレットエンジェルを見ると、そのまま硬直し、ジーッと眺める。
「な、なんですか? 私何か変?」
 スカーレットエンジェルは顔を赤らめて誠司に言った。
「い、いやいや… 何でも無い。何でも無いよ」
 誠一はそう言って洗面所へ向かった。スカーレットエンジェルと和枝は、向かい合ってお互いに噴き出した。
「さあいらっしゃい。早速朝ご飯の用意をするわよ」
「はい」
 スカーレットエンジェルは和枝に連れられ、厨房へ入っていった。

        *    *    *    *




 スカーレットエンジェルの戦いはまだ始まったばかりだ。これからもクイーンリリーが差し向けてくるエージェントと戦いつづけなければならないのだ。頑張れ! スカーレットエンジェル。

                                               (つづく)

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ジャンル : 小説・文学

第2話『素晴らしきパートナー』

2011年 10月11日 20:47 (火)

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スカーレットエンジェルが地球に降り立ち、危ないところを誠一と誠司に助けられた縁で、ペンション赤嶺の手伝いを始めてから、2週間が経った。あの後、クイーンリリーの動きはつかめず、クイーンリリーの仕業と思える事件も起きていなかった。

2-01

 7月の下旬になり、学校が夏休みに入って、子供連れの家族もやってくるようになり、ペンション赤嶺は連日てんやわんやの忙しさだった。そんなある日の朝、スカーレットエンジェルはいつものように和枝を手伝って朝食の準備をしていた。今ではエプロン姿もすっかり板につき、料理作りの腕も人並み以上になっていた。

「あなた随分上手になったわね。こんなに早く上手になる人って、早々いないわよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」
 2人は出来あがった料理を食堂へ運び、テーブルの上に並べた。暫くして宿泊客が次々と降りてきて、食堂に入ってくると朝食をとるために椅子に座った。
 ペンションの朝は早い。夏休みに入って、付近を訪れる観光客の数も増し、ペンションの部屋は来月のお盆の頃まで予約で一杯になっていた。和枝とスカーレットエンジェルは朝5時に起きて朝食の下ごしらえを始め、マスターの誠司も六時には起きてきて、事務室に入って仕事を始める。誠一は7時に起きて学校へ行く支度をする。夏休みなのだが、7月中はクラブ活動のため、学校へ行くのである。さらに今日から学校行事のサマーキャンプで3日間出かけるため、朝食の後大きな荷物を持って出てきた。
「誠一さん、何ですかこれ」
「ああ、今日からサマーキャンプなんだ。3日間帰ってこないから、親父と母さんの手伝いを頼むぜ」
「サマー… って、何かしてるんですか?」
「学校の行事だよ。それじゃ俺行ってくるから、後頼むな」
「はい。行ってらっしゃい」
 スカーレットエンジェルは玄関先で誠一を見送り、再びペンションの中に入った。
 客の朝食が終わると、ようやくスカーレットエンジェルと和枝、誠司の朝食が始まり、9時半頃に後片づけが終わる。10時頃までに宿を出る客のチェックアウトが全て終わり、時間が出来た誠司は買出しに出かける。和枝とスカーレットエンジェルは部屋の掃除や洗濯を始め、それが終われば今度は外の掃除で、それだけで昼になってしまう。一番暇なのがこの時間帯で、客が来る4時頃までは比較的のんびりしていられる。4時を過ぎれば客が来るので、今度はチェックイン、客の入浴、夕食の準備と、忙しさに拍車がかかり、完全に仕事が終わるのは、午後9時である。それから遅い夕食をとったり、風呂に入ったりして、寝るのは早くて11時。これがペンションの1日である。
 今は午前10時。今日は客のチェックアウトが9時に全て終わっていたため、掃除や洗濯が予定より早く終わったので、和枝は玄関と入り口の前の掃除と庭の水撒きをしていた。スカーレットエンジェルは和枝に休んでいいと言われ、ペンション敷地の外れにある木柵に腰掛けて、そこから見える景色を見ながら、物思いにふけっていた。今のスカーレットエンジェルにとって、このつかの間の休息は嵐の前の静けさだった。クイーンリリーは必ずこの地のどこかにいて、世界征服のための行動を起こそうとしている。何とかしなければと思っていたのだが、クイーンリリーの動きがない以上、迂闊に動くわけにはいかない。スカーレットエンジェルは時々夜中に変身し、テレポートで自分が降りた場所へ行って、周辺を探っていたのだが、クイーンリリーの痕跡を見出すことは出来なかった。スカーレットエンジェルが物思いにふけっていたとき、ペンションの前に一台の車が止まり、親子連れらしい男女二人が荷物を持って降りてくると、ペンションの入り口に向かって歩いてきた。

2-02
 
 庭で洗濯物を干していた和枝は、二人に気付くと事務室にいる誠司を呼びに行った。2人は玄関の前で、誠司と和枝に迎えられ、ペンションの中に入った。この2人は誠司の知り合いで、男の方は紅林源太郎といい、誠司の中学高校の後輩である。源太郎は私立探偵で、スカーレットエンジェルのことで誠司に呼ばれ、身元調査に来たのだ。女の子の方は源太郎の姪で松島詩織といい、今年高校2年生で、源太郎の助手として付き添って来たのである。源太郎と詩織は二階の部屋に荷物を置きに行き、源太郎はすぐに降りてきて、誠司の元に来た。
「先輩、例の子はどこにいるんですか?」
「私が案内します」
 和枝は源太郎を外へ連れ出し、敷地の外れにある柵に腰掛けている一人の女の子に向けて手を伸ばして言った。
「あの子なんだけど、何だか自分のことを思い出せないようなの。あなたの力で何とかあの子の事を調べてもらえると助かるんだけど」
「分かりました。任せてください」
 源太郎がスカーレットエンジェルの方へ行こうとしたとき、詩織が出てきて源太郎に向かって言った。
「伯父さん、遊びに行ってくるね」
 源太郎はちょっとだけ詩織の方を振り向いて、右手を上げ、詩織はそれを見てからペンション備え付けの自転車を借りて、町のほうへ向かって走っていった。源太郎は柵に腰掛けているスカーレットエンジェルの近くまで来ると、スカーレットエンジェルに声をかけた。
「君、ちょっといいかな?」

2-03

「はい。何か… 」
 振り向いたスカーレットエンジェルの顔を見て、源太郎は硬直し、思わず叫んだ。
「美紀子!」
「え?」
「あ… そうか。美紀子はもう… 」
「みきこって… 」
「この人の死んだ奥さんの名前よ」
 いつのまにか、和枝が源太郎の後ろに来ていた。
「私も今、源太郎さんが叫んだのを聞いて、思い出したのよ。あなたの顔、どこかで見たような気がしてたんだけど、源太郎さんの亡くなった奥さんにそっくりなのね」
「この方… 奥さんを亡くされたんですか?」
 源太郎の顔色が変わったのを見て、スカーレットエンジェルは立って源太郎と向かい合った。
「ごめんなさい。悲しい事思い出させてしまって… 」
「いや、いいんだよ。私は頼まれて君の事を調べに来たんだ。差し支えがなかったら、自分のことで分かることがあったら、何でも話してごらん」
 そう言われても、スカーレットエンジェルは宇宙人である。地球上には自分以外、誰も自分と関係のある人はいない。だから源太郎に尋ねられても、答えようがなかった。
「ごめんなさい。何も… 何も分からないんです」
スカーレットエンジェルが困ったような顔を見せたのを見て、源太郎はそれ以上のことを聞こうとはせず、和枝に言った。
「少し様子を見ましょう。私も1週間くらいこちらに滞在する予定ですから」
「分かりました。主人に聞いたんですけど、本当は何かこちらの方で特別な調査があるとか」
「そうなんです。職務上詳しいことは言えないんですけど」
 和枝はスカーレットエンジェルの方を向いた。
「そろそろお昼だから、中に入りなさい」
「はい」
 スカーレットエンジェルは和枝と一緒にペンションの中へ戻った。源太郎はその後ろを歩きながら、ポケットの中から手帳を取り出し、今日のスケジュールを再確認した。

        *    *    *    *

 その頃、天間村と大瀧村との境にある美晴峠を、二台のパトカーに前後を護られた護送車が走っていた。護送車に乗っているのは、全国に指名手配されていた凶悪犯の蛇田剛三で、蛇田は東京で連続殺人・強盗・傷害などの事件を起こし、三人を殺して逃げ、川上町のキャンプ場にあるバンガローに潜伏していたところを、付近の人の通報で逮捕され、東京に送られる途中だった。
「この分だと夕方までには着きそうだな」
「ああ。しかし、随分遠くまで逃げていたもんだ… 全く」
 護送車の中で二人の警官が話しているのを横で聞きながら、蛇田は憮然とした表情でジッとしていた。警官の一人が蛇田に話しかけた。
「おい! これでお前も年貢の納め時だな。3人も殺したんだ。間違いなくお前は死刑だ」
「うるせえ! 殺せるもんなら殺してみやがれ! 俺は必ず生き返って人間どもをぶっ殺してやるんだ。ああ殺し足りねえ! もっともっとぶっ殺せば良かったんだ! 畜生!!」
 もう一人の警官が蛇田を抑え付けて言った。
「黙れ! お前のようなやつを血も涙も無いっていうんだ! いきがっていられるのも今のうちだ」
その時護送車が急ブレーキとともに停止し、中にいた警官と蛇田は、反動で転がった。警官の一人が運転席の警官に怒鳴る。
「何だ! 何があったんだ。一体何が起きたんだ」
 運転席と助手席にいた警官は2人とも首をナイフで刺されて死んでいた。同時に二台のパトカーが突然爆発して炎上した。さらに護送車の扉が開けられ、クイーンリリー配下の戦闘員が乱入してきた。
「な、何者だ貴様ら!」
 戦闘員たちは居合せた警官に組み付くと、持っていたナイフで警官を次々と刺し殺した。そして、呆然としている蛇田の方を向いた。
「な… なんだよてめえら。お、俺をどうしようってんだよ」
「黙って我々と一緒に来るんだ。お前の望んでいる事を好きなだけさせてやるぞ」
「何だって?」
 戦闘員たちは蛇田を抑えつけながら護送車を降り、その場から姿を消した。

        *    *    *    *
 
 午後3時。スカーレットエンジェルは庭で水撒きをしていて、和枝は庭に干してあった洗濯物を取り込み、誠司は買い出しに出かけていた。源太郎は自分の泊まっている部屋の中でワープロを打っていた。和枝が洗濯物を屋内に運び終わって、屋内に入ったとき、詩織が自転車に乗って帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 水撒きをしていたスカーレットエンジェルが詩織に応える。詩織は自転車を置くと、スカーレットエンジェルの方に向かって歩いてきて、スカーレットエンジェルをジロジロと眺めた。
「あの… なにか」
「君が伯父さんの言っていた記憶喪失の子? 私と同い年か… 一つ二つ上くらいだね。君、自分の年も思い出せないのかな」
「はい。何も思い出せなくて」
「ふーん… そっか… あたし、松島詩織っていうの。もし良かったらあたしと友達になってくれるかな」
「はい。喜んで」
「じゃ友達の証」
 そう言って詩織はスカーレットエンジェルに向かって右手を差し出した。スカーレットエンジェルもそれに応えるように右手を差し出し、二人は握手した。そのとき、窓から源太郎が大声で言った。
「詩織! 帰って来たなら早く上がって来い! 仕事を手伝え」
「はーい」
 詩織は源太郎に向かって返事をしてから、スカーレットエンジェルに向かって一礼すると、ペンションの中へと入っていった。


        *    *    *    *

 ここはクイーンリリーのアジトである。戦闘員によって拉致され、アジトに連れてこられた凶悪犯の蛇田剛三は、クイーンリリーの前に引き出された。蛇田は憮然とした顔でクイーンリリーを睨みながら言った。
「てめえ… 一体誰だい。俺をこんなとこに連れてきて、どうしようってんだい」
「私の名はクイーンリリー。お前は人を殺すことが好きなようだな。私はお前のような冷酷で凶悪な人間を捜していたのだ。どうだ? 我々に協力するか?」
「へん! てめえらに協力したら、俺にどんなメリットがあるってんだい」
「お前の望みをかなえてやろう。世界破滅のために、好きなだけ人間どもを殺させてやる」
「何だと? 世界破滅ぅ? ふっ! おもしれえ! そういうこったらてめえらに協力してやろうじゃねえか」
「貴様! クイーンリリー様に向かってその言い方は何だ」
「まあいいではないか。蛇田とやら。これを受け取れ」
 クイーンリリーはリリー球根を蛇田に向かって放り投げた。蛇田が両手で受け取ると、リリー球根はそこから根を出して蛇田の体内に侵入し、蛇田の姿が醜い蛇怪人の姿になった。

2-04

「お前は私のエージェント、スネークリーだ。お前を今からミサイル基地建設の責任者に任命する。既に基地の場所は確保してあって、建設も進み、奴隷もある程度集まっている。お前は早速労働力となる奴隷を使い、基地建設を急ぐのだ。逆らう者、背く者は全て抹殺せよ。スネークリーよ。早速行動に移れ」
「へん! 言われなくても分かってるぜ。とっとと案内しろい!」
 スネークリーは無愛想な返事をすると、居合わせた戦闘員を引き連れてアジトから出ていった。

        *    *    *    *

 それから何事も無く、次の日の朝を迎えた。午前7時半。食堂では源太郎が椅子に座り、他の客と一緒に朝食中であったが、詩織はまだ起きていなかった。スカーレットエンジェルは心配そうに源太郎の元に行った。
「あの… 詩織さんは」
「まだ寝てるんじゃないか? まったくあいつはお寝坊さんで困ったやつだ」
「それじゃ起こしてきますね」
 スカーレットエンジェルはそう言うと、二階へ上がり、詩織の部屋のドアをノックした。
「は~い。今起きましたぁ」
 返事がしたので、スカーレットエンジェルはドアを開けて部屋に入った。
「詩織さん、入ります。もう朝ですよ」
「おはよー ふぁー」

2-05

 詩織は大きなあくびをしながら、スカーレットエンジェルに応えた。スカーレットエンジェルは窓際に行くと、カーテンを開けた。
「いい天気ですよ。源太郎さんはもう食べてますから、詩織さんも早く」
 詩織は起きあがって服に着替えると、部屋を出ようとしたスカーレットエンジェルを呼びとめた。
「何でしょうか詩織さん」
「君、あたし達友達だよね」
「はい… そうですけど」
「それじゃ、あたしのこと詩織って呼んでいいよ。あたしも君のこと美紀子って呼ぶから」
「えっ? 私は美紀子じゃないですけど」
「でも、自分の名前思い出せないんでしょ? だったら名前があったほうがいいし、思い出すまで美紀子って名前でいたらいいじゃん」
「でもその名前… 源太郎さんの亡くなった奥さんの名前でしょ。源太郎さんに悪いですよ」
「そんな事無いよ。伯父さんもきっと君のこと美紀子って呼びたいんだよ」
「そうですか… あ… それより朝ご飯です。早く降りて来てください」
「あ、そうだった。今降りていくから」
 スカーレットエンジェルは部屋を出ると、下へ降りていった。詩織は着替え終わると、スカーレットエンジェルを追うように降りていき、食堂に入った。朝食を終えた源太郎は先に自分の部屋に戻り、遅く降りてきた詩織はまだ食事中だった。スカーレットエンジェルが様子を見に行くと、詩織はもう食べ終わっていて、テレビのニュースを見ながらメモをとっていた。ニュースは天間村周辺での行方不明事件を報道していた。詩織は真剣な顔でテレビにかじりついていたが、スカーレットエンジェルに気づくと、びっくりした表情でスカーレットエンジェルの方を向いた。
「あ… 美紀子」
「私は美紀子じゃないですから」
「でも名前が無いと不便だよ」
「そんなことより、食べ終わったんなら、片づけますから食器を流し台に持って行って下さい」
「あ、そうだった。ごめんごめん」
 詩織は自分の食器を持って流し台へ行き、スカーレットエンジェルに一礼すると二階へ上がっていった。テレビはまだ行方不明事件を報道していて、スカーレットエンジェルはそれを遠目で見ながら頭の中で呟いた。
「(きっとやつらの仕業だわ。ここ数日でこの天間村と、その周りの町や村で20人くらいの人が行方不明になっている。一体何をするつもりなんだろう)」
 スカーレットエンジェルが厨房へ戻ろうとしたとき、源太郎と詩織が降りてきて、源太郎が事務室に声をかけた。
「ちょっと出かけてきます。帰りは夕方になります」
 事務室から誠司が出てきて応えた。
「行ってらっしゃい」
 スカーレットエンジェルは二人の後をついていき、玄関で二人を見送ると、厨房に入っていった。しばらくして車のエンジン音が聞こえてきて、そのままその音が遠ざかっていった。スカーレットエンジェルは、源太郎がまさか行方不明事件の調査に来ていたとは思っていなかった。源太郎は天間村周辺での行方不明事件で、行方不明になった人の中の一人で、その人の東京の親戚にあたる人から、調査を依頼されていたのである。源太郎は私立探偵というのは表向きで、実はインターポールの特命捜査官であり、超常現象や現代の科学や理論では解明出来ない現象を専門に調査する事が使命だったので、源太郎自身もこの事件がただの失踪事件ではないと直感していたため、依頼を受けたのである。
 朝食の後片付けが終わり、遅い朝食を終えたスカーレットエンジェルは、部屋の掃除をしに二階へ上がっていった。今日はもう客が全員チェックアウトを済ませ、連泊客は源太郎と詩織だけだったので、二人が泊まっている部屋以外の部屋から掃除を始めた。そしていよいよ二人の部屋を掃除することになって、まず詩織の部屋から掃除を始め、それが終わると源太郎の部屋に入った。掃除機を持って部屋に入ったスカーレットエンジェルは、床に落ちている紙切れを見つけた。拾って見てみると、紙にはワープロで打った文字が印字されていて、それを読んだスカーレットエンジェルは顔色が変わった。文章の内容が、失踪事件の調査に関するものだったからだ。
「これは… あの人たち、例の失踪事件を調べに来ていたんだわ。だとしたら… もしこの事件がクイーンリリーの仕業だったら、あの人たちが危ない」
 スカーレットエンジェルは掃除を終えると、掃除機を抱えて足早に一階へ降りた。洗濯場にいた和枝が気になって廊下に出てきた。
「どうしたの? そんなにあわてて」
「あ… 和枝さん、言い難いんですけど、今日夕方まで出かけてきていいですか?」
 和枝はスカーレットエンジェルの顔色を覗いながら、スカーレットエンジェルに応えた。
「いいわよ。あなたずっと休み無しだったでしょ。たまには外へ出て羽根を伸ばしてきなさいよ。ペンションのことは心配しなくていいんだから。言い難いなんて言わないで、外出したいときは遠慮しないで言いなさい。どこへ行くのか分からないけど、夕方までには帰ってきなさいよ」」
「ありがとうございます」
 スカーレットエンジェルは自分の部屋に戻って身支度を整えると、玄関に出てきて和枝から貰ったスニーカーを履いて外へ出た。そこでスカーレットエンジェルは目を瞑って両手を額にあてた。源太郎達がどこへ行ったのかを、残像記憶で探っていたのだ。
「私が降りた場所の近くだわ。やっぱりあの辺に行ったのね。よし!」
 スカーレットエンジェルが探ったのは、源太郎と詩織の足跡だった。スカーレットエンジェルが降りた場所から東北東へ約5kmいったところの、御子神高原の東側にある山の中に、クイーンリリーはミサイル基地を建設し、労働力確保のために付近の人たちを拉致して、奴隷として使役していた。逃げる者はすべて発見されて殺された。スカーレットエンジェルは再び辺りを見まわし、誰もいないのを確認して変身すると、スティックを出して振り下ろした。スカーレットエンジェルの姿はその場から消え、自分が降り立った場所の近くにテレポートした。スカーレットエンジェルはそこで変身を解き、再び額に手をあてた。
「東に約600mか… よし。行こう」
 スカーレットエンジェルは草原の中の道路を、源太郎と詩織を追うように小走りに駆け出した。その頃、源太郎と詩織は、車で国道を美晴峠に向かい、天徳山登山道入口の所から林道に入って、御子神集落に向かっていた。依頼主の親戚(失踪した人)がその集落に住んでいたからである。ところが、途中まで来て道路が無くなり、源太郎は車を止めて地図を開いた。
「どうしたの伯父さん」
「おかしいな。道が無いぞ」
 詩織も地図を見た。確かに道路は集落まで続いているはずなのだが、実際には目の前で道路が切れていて、深さ10mくらいの大きな陥没がある。詩織は車を降りると、その陥没した部分を見て、あわてて源太郎を呼んだ。
「伯父さん! ちょっと来て!」
「どうした詩織」
「これ、どう見てもおかしいよ。誰かが意図的にやったんだよ」
「何だって?」
 源太郎は詩織に言われて、陥没した道路を見た。確かに人為的に陥没させた形跡がある。
「どういうことだ… 」
 源太郎は陥没した道路を見ながら、詩織と一緒に考え込んでいたが、どうにも結論が出せなかった。そこで源太郎と詩織は車の中からナイフ・ロープ・信号弾や発煙筒などを取りだし、リュックに入れた。
「どうやらここからは歩いていくしかないようだ。詩織行くぞ」
「うん」
 二人は陥没した所を避けながら反対側へ行き、御子神集落へ向けて歩き始めた。だが、その先にはクイーンリリーが建設しているミサイル基地があり、その周辺はクイーンリリーの戦闘員が厳重に見張ってるのをまだ分からなかった。

        *    *    *    *

 スカーレットエンジェルは御子神高原の上を通る道路を駆け抜け、高原の端まで来た。そこからは源太郎達が向かっていた御子神集落が一望出来て、その御子神集落へとつながっている道を歩いている二人の姿も同時に目に入った。
「いた… 」
 スカーレットエンジェルが走ってきた道は、源太郎達が歩いている道につながっていて、このまま行くと、二人の前に出ることが出来る。スカーレットエンジェルは再び走った。今度はスニーカーを履いていたから走りやすいし、サンダルのときよりも疲れない。そのまま走って道路が合流するところまで来た。
「あの二人はまだ来ないな… 」
 その時スカーレットエンジェルは、道路脇に仕掛けられていたカメラらしい物を見つけ、瞬間的に身をかわした。そしてその物体の後ろに回って、正体を突き止めた。
「これはテレビカメラだわ… すると、この近くにやつらのアジトがあるんだわ… あの二人がここを通ったら、間違い無く見つかってしまう。よし… 」
 スカーレットエンジェルは葉のついた枝を折ってくると、カメラに被せ、見えないように細工した。
「こうしておけばしばらくは大丈夫だ」
 スカーレットエンジェルはそのまま御子神集落へと向かって歩き出した。約10分後に合流点に到達した二人は、テレビカメラの視界が塞がれていたため、発見されずにそこを通過した。一方のスカーレットエンジェルは集落まで200mのところまで来ていた。この場所から先は森が切れていて視界が開け、集落の様子を覗うことが出来た。またその集落から東に向かって、山林がきれいに伐採されて工事用道路が作られ、その先に人工的に作られた巨大な構造物があるのを見た。伐採された部分をよく見ると、多数の人が何かを構造物の方へと運んでいるのが見えた。人が運べないような大きな物は、機械を使って引き上げていた。そして所々にクイーンリリーの手下である戦闘員達の姿も見えた。
「やつらの基地だわ。すると、あの人たちは奴隷として使われているんだわ」
 その時2~3人の戦闘員が近付いてきたため、スカーレットエンジェルはブッシュの中に身を潜めて戦闘員をやり過ごした。
「(警戒が厳重だ… 迂闊には近付けないわ)」
 そんなときに源太郎と詩織が追いついてきて、スカーレットエンジェルと同じように巨大な構造物を目の当たりにし、さらに集落から構造物に向かって伸びている道路と、使役されている多数の人たち、そして見たことも無い得体の知れない連中の姿も同時に見つけた。源太郎は双眼鏡でその方向を見た。
「あそこにいる人たちの殆どは村の人たちだ。それに、あの変な連中は一体… それにあの建築物は何なんだろう」
「キャーッ! ヘビ―っ」
いきなり詩織が素っ頓狂な声をあげ、源太郎に抱きついてきた。
「どうした詩織!」
「へ、ヘビが沢山… 」
「何?」
 よく見ると、2人の周りを囲むように、無数のヘビが群がっていた。ヘビが大嫌いな詩織は、無数の蛇を見て源太郎の腕に抱きつきながら膝がガクガクと震えている。一匹が飛びかかってきて、源太郎は手で払い除けた。他の蛇も襲いかかってくる体勢だった。逃げようにも回りを何重にも囲まれている。しかも、戦闘員達が声に気付いて、2人の方へ向かってきた。詩織の声を聞いたスカーレットエンジェルは、藪の中を掻き分けるように2人の方へ行き、無数のヘビに囲まれている2人と、近付いてくる戦闘員の姿を見た。
「このままでは二人が危ない。私の秘密を知られたくないけど、2人の命には代えられない」
 スカーレットエンジェルは藪から飛び出すと、スティックを出してヘビめがけて振り下ろした。強烈な衝撃波が放たれて、2人を囲んでいたヘビの一群が吹っ飛ばされた。呆然としている源太郎と詩織に向かって、スカーレットエンジェルは叫んだ。

2-07

「二人とも早くこっちへ来て!」
 2人とスカーレットエンジェルとの間には、現在ヘビはいない。2人は反射的にスカーレットエンジェルの方へと駆け出した。後ろから多数のヘビが這いながら追ってくる。二人がスカーレットエンジェルの後ろに下がるとスカーレットエンジェルはヘビに向けてスティックを振り下ろした。衝撃波がヘビを片っ端から吹っ飛ばした。さらにナイフを持った戦闘員が数人襲ってきて、スカーレットエンジェルは2人を庇うように戦闘員と戦い、全て倒した。あたりに静寂が戻り、詩織はスカーレットエンジェルの姿を見て驚いた表情で言った。
「美紀子じゃないの。何でこんな所にいるの?」
落ち着きを取り戻した源太郎も、スカーレットエンジェルに詰め寄った。
「お前一体何者なんだ。記憶喪失を装っているようだけど、本当は自分の事を隠しているだけじゃないのか?」
「伯父さん、そんなに突っかかっちゃダメよ。ねえ、美紀子、あたし達友達でしょ? 誰にも言わないって約束するから、あなたの事話して」
スカーレットエンジェルは迷ったが、源太郎と詩織が真顔で詰め寄ってきたため、自分の事を隠しきれないと悟った。その時再び戦闘員がジリジリと近付いてきた。今度は前後から3人である。
「やつらまた出てきやがった」
「今度は前後からだわ。伯父さん、もう逃げられないよ。どうしよう… 」
「私が何とかするすら、あなた達は逃げて。やつらが狙っているのは、この私なの」
「ええっ??」
「おい、どういうことなんだ。お前、やつらの事を知ってるようだな。正直に言ってくれ。お前の秘密は絶対に守る。お前は何者なんだ」
 スカーレットエンジェルはスティックを消すと、両手を下げて変身のポーズをとりながら言った。
「今まで黙っていてごめんなさい。私は地球人じゃないんです。やつらを… いや、やつらのボスであるクイーンリリーを追い、そして倒すために地球に来た、宇宙戦士なんです」
「う、宇宙戦士? 美紀子が? 何だか信じられないけど」
「詩織さん、私は美紀子じゃないの。私は宇宙戦士、スカーレットエンジェル」
「スカーレットエンジェル?」
「私の本当の姿を見せます。少し下がってください」
 スカーレットエンジェルは両手を胸にあて、『スカーレットスパーク‐エンジェルチャージ!』と叫んだ。するとスカーレットエンジェルの身体が眩しい光に包まれ、2人は眩しさに目を覆った。光が消え、スカーレットエンジェルは戦士の姿に変身した。呆然としている2人を尻目に、スカーレットエンジェルは迫ってくる戦闘員と戦った。戦闘員は源太郎と詩織にも襲いかかってきたが、二人とも武術の嗜みがある。源太郎は柔道五段に空手二段。詩織も空手初段に合気道二段である。襲ってくる戦闘員は次々と倒され、戦闘員がいなくなって2人はスカーレットエンジェルのそばに寄って来た。

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「お前… いや、スカーレットエンジェル。君はこの得体の知れない連中がここで何をしているか知ってるのか?」
「いえ。まだ分かりません。でも、これだけ物々しい状態だと、何か大掛かりな事をしようとしているのは確かです。もうこれ以上は危険です。お願いですから、あなた達は逃げてください」
 詩織はスカーレットエンジェルの前に出てくると、スカーレットエンジェルのガッチリとつかんで怒鳴った。
「馬鹿! あたし達友達同士じゃないの。友達が危ない目にあおうとしているのに放っとけるわけ無いだろ! あたしだって戦うよ。それに伯父さんだって一緒だよ」
「これ以上関わったらあなた達まで狙われるわ。戦うのは私だけでいい」
 詩織は両手でスカーレットエンジェルの両腕をギュッとつかんだ。
「水臭いこと言うなよ。そんな事もう覚悟してるんだよ」
 そこへ源太郎が口を挟むようにスカーレットエンジェルに言った。
「スカーレットエンジェル。我々は真面目に言ってるんだ。我々はもう既にこの事に関わってしまっているんだ。 狙われるのは覚悟の上だ。我々も全面協力するから、一緒に戦おう」
「は、はい」
 スカーレットエンジェルは詩織と源太郎の真剣な目を見て、思わず返事をした。
「よしっ! 決まりだね。でも、やつらこれからどう出てくるつもりだろう」
「うーん… やつらがここで何をしようとしているのかが分かれば、作戦も立てやすいんだがなぁ。捜索願いを依頼されて調査に来たら、まさかこんな事件に関わるとは思わなかったな。おそらくあの集落の人たちは、全員やつらの奴隷としてこき使われているに違いない。あの人たちを助けなければ」
 源太郎がそう言ったとき、奇声とともに戦闘員が工事用道路の方から再び近付いてきた。今度は数が多く、どうやら本格的に自分達を襲撃に来たと源太郎は悟った。戦闘員の後ろからは、蛇怪人スネークリーもあらわれ、一緒に迫ってくる。源太郎は詩織とスカーレットエンジェルに向かって言った。
「ひとまず逃げるんだ。今の状態では太刀打ちできん。一旦帰って対策を練ろう」
「そうはいきません。私は戦います。あなた達だけでも逃げてください」
「美紀子! まだそんなこと言ってるの? あたし達一蓮托生なんだよ。生きるも死ぬも一緒なのよ」
「私は美紀子じゃありません」
「名前が無いと不便じゃん」
「こら、詩織、余計な事言ってないで逃げるんだ。スカーレットエンジェル! お前もだ」
「待ってください! 私にはあなた達地球人には無い、テレポートという特殊な能力があるから、それを使って基地に潜入します。だからあなた達は今のうちにここからすぐ逃げてください。やつらが大勢でこっちへ来るという事は、基地の警備はきっと手薄なはずです。今逃げれば助かります。もう時間がありません」
 源太郎は何かが閃いたのか、スカーレットエンジェルに聞き返した。
「そのテレポートで我々も一緒に基地へ運べないか?」
「不可能ではないですけど… 基地へ潜入したら生きて帰れないかもしれないですよ」
「かまうもんか! 乗りかかった船だ。今お前が言った通りなら、ここより基地の中のほうが安全じゃないのか? それに我々がお前に協力するって言って、お前は承諾したじゃないか」
 スカーレットエンジェルは2人を巻き込みたくなかったが、考えている時間が無かった。
「分かりました。私の側に来て下さい」
 二人がスカーレットエンジェルのそばに寄って来ると、スカーレットエンジェルはスティックを出して空に向かって振り上げた。
「テレポートフォーメーション!」
 3人は光りに包まれ、そのままそこから消えた。しばらくして戦闘員達が、奇声をあげながら今まで3人のいた場所にやって来た。
「ん? いない!」
「どこへ行ったんだ。逃げ足の速いやつらめ」
 後ろからヘビ怪人スネークリーもやってきた。スネークリーは口から赤い舌を出し、あたりを探った。スネークリーの舌は赤外線センサーになっていて、生物の出す熱を探知出来るのだ。
「うーん… くそっ! どこへ逃げやがった。小型ヘビよ出でよ。やつらの足跡を追うのだ」
 スネークリーの前に無数のヘビが現れ、一斉に地を這い始めた。
 
        *    *    *    *

 ここは建設中のミサイル基地の中である。基地全体は建設中のため、未完成だったが、中心施設は既に完成し、通信設備・監視用のモニターはフル稼働していた。肝心のミサイルはまだ完成していなかったが、資材は揃っていて、あとは組み立てるだけだった。管制室では基地施設の内外をモニターで丹念に監視していて、監視出来ない分はスネークリーの小型ヘビで補っていた。少し前に監視用のモニターの一つが視界不良になり、戦闘員が調べに出た。そして源太郎と詩織は偵察用の小型ヘビに見つかって、まずヘビ軍団が二人に襲いかかったのである。基地の中央作戦室でその様子を覗っていたスネークリーは、スカーレットエンジェルと源太郎、詩織の3人を抹殺するため、戦闘員の大部分を引き連れて基地から出た。そのため基地の中は僅かな見張と、警備用の戦闘員しかおらず、手薄になっていた。
 3人はスカーレットエンジェルのテレポートで、基地の中に潜入した。その場所は廊下だった。詩織は前後を見渡しながら小声でスカーレットエンジェルに聞いた。
「ここ… どこかな」
「分からないわ。テレポートが出来ても、場所までは狙って飛べないから。それより、二人とも本当に後悔していないんですか?」
「くどいぞ美紀子。あたし達を見くびらないで」
「だから私は美紀子じゃないって言ってるのに」
「二人とも静かにしろ。何か近付いてくる」
 源太郎の声でスカーレットエンジェルと詩織は会話をやめた。すると靴音が聞こえてきた。
「隠れるんだ」
 源太郎はすぐ横にあったドアの取っ手をつかんだ。するとドアが開いたので、3人はそのまま部屋の中に入った。部屋は八畳間の倍くらいの広さで、部屋の半分は人が持ち運べるくらいの大きさの箱が積み上げられていた。部屋のすぐ外を誰かが歩く音が聞こえてきて、そのまま遠ざかっていった。
「伯父さん… これ、何が入ってるんだろう」
 詩織に言われ、源太郎は箱の一つを持った。
「結構重いな」
 源太郎は箱を床の上に置いて開いてみた。
「こ… これは!?」
「何これ… 」
「爆弾の信管だよ」
「えっ?」
「ちょっとお前達、ほかの箱も開けてみろ」
 スカーレットエンジェルと詩織は言われるままに他の箱も次々と空けてみた。すると、信管だけでなく、時限装置・手榴弾・ダイナマイト・発火装置などが次々と出てきた。
「おそらくやつらはこれらを使ってテロ活動でもやるつもりなんだな」
「爆破して潰しちゃおうよ」
「ああ… でもここで爆発させると、俺達まで吹っ飛んじまう。よし時限爆弾を作ろう」
「伯父さんこういうの得意だもんね」
 詩織が言うが早いか、源太郎はもう時限装置と発火装置、ダイナマイトを連結し、即席の時限爆弾を作っていた。スカーレットエンジェルは不思議そうな顔で源太郎を見ていた。
「あの… 源太郎さんは何者なんですか? ただの私立探偵とは思えないんですけど」
「伯父さんはアメリカ帰りなの。アメリカでも私立探偵やってたから、こういうのは得意中の得意なのよ」
 そうこうしているうちに、源太郎は小型の時限爆弾を10個ほど作り上げていた。
「この部屋に2個仕掛けておこう。スカーレットエンジェル、詩織、3個ずつ持て。適当な場所に仕掛けるんだ」
「オーケー!」
「よし行くぞ」
 スカーレットエンジェルがまずドアを少し開け、廊下に誰もいないのを確認すると、手招きで源太郎と詩織を促した。源太郎は時間を1時間後にセットし、三人は部屋から出た。
「時間は1時間だけだ。急ぐぞ」
 3人は前後左右、そして天井を見まわしながら、静かに廊下を歩き、やがてT字路に到達した。どちらへ行こうかと思っていたとき、また誰かが近付いてくる音が聞こえた。今度はどこにも隠れる部屋が無い。このままでは見つかってしまう。スカーレットエンジェルは廊下の壁に張り付き、源太郎と詩織も同じように壁に張りついた。2人の戦闘員が姿をあらわすと同時に、スカーレットエンジェルは戦闘員の一人に組みつき、そのまま足払いをかけて倒すと、体重をかけて押さえ付けた。もう一人は源太郎と詩織が二人ががりで殴り倒した。スカーレットエンジェルは、押さえ付けた戦闘員を羽交い締めにしながら戦闘員に言った。
「司令室はどこ? 言いなさい!」
 戦闘員は苦しさのあまり、こらえられずに白状した。
「こ… この廊下の突き当たりの部屋… 」
 スカーレットエンジェルは戦闘員のみぞおちを殴って気絶させると、源太郎と詩織を促した。三人は戦闘員が歩いてきた方の廊下を、突き当たり目指して向かった。
「あれだわ」
 戦闘員の言った通り、突き当りに部屋の扉があり、その上に『中央作戦室』というプレートが貼られている。
三人は部屋の前で止まり、源太郎はリュックの中から発煙筒を2~3本取り出すと、扉を少しだけ開け、発煙筒に火をつけて部屋の中に投げ込んだ。たちまち部屋中に煙が充満して、戦闘員が室内で右往左往し、2~3人の戦闘員がドアを開けて飛び出してきた。三人は出てきた戦闘員を次々と殴り倒し、部屋の中に飛び込んだ。部屋にいた戦闘員は煙にまかれて戦闘体勢が取れず、スカーレットエンジェルのエンジェルスマッシュで全て倒された。
 やがて室内の煙が晴れて、三人は室内に並んでいるモニター画面を見た。モニターには基地内外の様子が鮮明に映っていた。その時通信機が鳴った。放っておくと怪しまれるので、源太郎がスイッチを入れた。
「スネークリーだ。基地の外をうろついていたやつらは逃げたようで、見つからない。捜索を中止して帰還するが、そちらは異常ないか?」
「異常ありません」
「よろしい。通信を終わる」
「了解」
 源太郎は通信機のスイッチを切ると、時計を見ながら用意していた時限爆弾の残り全部を部屋の中に仕掛けてセットした。
「二人とも、あと30分で爆発するぞ。急ごう」
 源太郎と詩織が外へ出ようとしたとき、スカーレットエンジェルはモニターの一つ一つをを眺めていた。
「おい、行くぞ。何やってんだ」
「ちょっと待って。出入口を捜しているの。それに、もし捕えられた人たちがこの中にいたら、助けなければ」
スカーレットエンジェルは全部のモニターを見て頷くと、二人に言った。
「建物の中には捕えられた人はいないわ。みんな外で働かされているのね。源太郎さん、この基地はミサイル基地よ。やつらはここからミサイルを発射して、世界中に撃ち込もうとしていたんだわ」
「何だって? そうか… それであんな物があったのか」
「するとどこかに発射施設があるはずよ」
「今モニターを調べて分かったんだけど、ミサイルはまだ無いわ。それより出入口の位置が分かったから急ぎましょう」
 3人は残った時限爆弾を全て仕掛けて部屋から出ると、急ぎ足で廊下を駆け抜けていった。あと20分足らずで時限爆弾が爆発する。スカーレットエンジェルがモニターで出入口の位置を確認していたので、三人は迷うことなく出入口まで到達できた。が、ちょうどその時捜索に出ていた戦闘員が帰還してきて、三人は出入口で鉢合わせしてしまった。スネークリーは驚いた。
「な、なぜやつらがここにいるのだ… ええいくそっ! お前ら早く片づけろ!」
 戦闘員が奇声を上げながら三人に襲いかかった。スカーレットエンジェルだけでなく、源太郎も詩織も格闘戦はお手のものである。襲ってくる戦闘員を次から次へと倒し、源太郎は奴隷として使われていた人たちを一人ずつ解放して逃がした。スカーレットエンジェルは戦闘員の壁を破ってスネークリーに向かい、スネークリーに対して身構えた。
「やい化け物! お前の野望もここまでよ。これ以上勝手な真似はさせないわ!」
「何を小癪な! 小娘。お前こそ殺してやる。小型ヘビよ行け!」
 スネークリーが右手を伸ばすと、小型ヘビがスカーレットエンジェルに飛び掛ってきた。一匹一匹が猛毒を持っている。スカーレットエンジェルといえども、噛まれればひとたまりも無い。スカーレットエンジェルは飛び掛かってくるヘビを払い除けながら間合いをつめようとしたが、スネークリーは次から次へとヘビを繰り出してくる。スカーレットエンジェルは飛び掛かってきたヘビをつかむと、すぐにスネークリーに投げ返し、そのままスネークリーに向かって突進した。スネークリーは手でヘビを払い除け、スカーレットエンジェルに向かってきた。格闘戦になり、パンチとキックの応酬になったが、スネークリーは元々が凶悪犯であり、パワーもあったのでスカーレットエンジェルは押され気味になり、ついに腹に蹴りを受けて、反動で飛ばされて地面を転がった。スネークリーは間髪を入れず、口から毒液を発射した。スカーレットエンジェルは倒れたまま身を翻した。毒液が地面にかかり、白い水蒸気が上がる。スカーレットエンジェルは立ちあがって体勢を整えようとしたが、その前にスネークリーの両手が伸びてきて、スカーレットエンジェルに巻きつき、身体を締め上げた。
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「ヴ… ぐ」
「どうだ小娘、ヘビ絞めで絞め殺してやる」
 片方は首に、もう片方が腹に巻き付いていて、その両方が強烈に締め上げてきた。

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「ぐ… あ・・ ああぁーっ!」
 スカーレットエンジェルは巻きついたスネークリーの両手を振りほどこうとしたが、もがけばもがくほど強く締め付けてくる。やがて意識が朦朧としてきて、目がかすんできた。
「スカーレットエンジェルがやられる」
 戦闘員と戦っていた詩織は、スカーレットエンジェルのピンチを見ると、自分が倒した戦闘員が持っていた剣を拾って、スネークリーめがけて投げつけた。剣はスネークリーにあたり、スネークリーは体勢を崩して、スカーレットエンジェルを締め上げていた両手を引っ込めた。両膝を地面につけ、首を押さえて苦しんでいるスカーレットエンジェルの元に詩織が駆け寄った。
「大丈夫!? しっかりして」
 スカーレットエンジェルはぼやけている視線の先に、自分の方に向かって毒液を吐こうとしているスネークリーの姿を見た。
「詩織危ない!」
 スカーレットエンジェルは詩織を突き飛ばし、詩織はその反動で地面に尻餅をついた。同時に先ほど基地内に仕掛けておいた時限爆弾が次々と爆発し、弾薬庫の爆薬が誘爆して地面が激しく揺れた。スネークリーは揺れのために体勢を崩し、吐き出した毒液が自分の体にかかって、悶絶しながら身体から白い煙を噴き出した。それを見て詩織がスネークリーに向かってまくし立てた。
「ざまぁみろ! 自分が吐いた毒でやられてやんの。スカーレットエンジェル、今よ!」
 スカーレットエンジェルは両手を胸のブローチにあてて、ブレードを出して身構えると、そのままスネークリーめがけて振り下ろした。
「エンジェルスマッシュ!」
 エネルギー波が放たれ、スネークリーに命中した。
「グァーッ!!」
スネークリーはスマッシュの直撃で、そのまま後ろにひっくり返った。間髪を入れず、スカーレットエンジェルはジャンプして、スネークリーめがけてブレードを振り下ろした。
「エンジェルストーム!」

2-09


 ブレードがスネークリーの身体に突き刺さり、強力なエネルギーが体内に送りこまれた。スカーレットエンジェルはブレードを抜くと、再びジャンプし、着地してポーズをとった。同時にスネークリーの身体の至るところで煙が吹き上がり、倒れると同時に大爆発して吹っ飛んだ。さらに爆発を繰り返していた基地の建物が炎上し、大音響とともに木っ端微塵に吹っ飛び、地面が激しく揺れた。スカーレットエンジェルを始め、源太郎も詩織もその場に伏せた。その上から大量の土が降ってきて、三人にかかった。爆発が止んで静寂が戻り、スカーレットエンジェルは立ちあがって回りを見まわしながら、源太郎と詩織を呼んだ。
「みんな大丈夫ですか?」
「おーう!」
「はーい!」
 源太郎と詩織が返事をしながら立ちあがり、詩織はスカーレットエンジェルに向かってVサインを送った。スカーレットエンジェルもそれに乗せられ、詩織に向かってVサインを送り返した。源太郎はその光景を見て笑みを浮かべながら、解放した人たちを安全な場所へ誘導していった。

        *    *    *    *

「またしてもスカーレットエンジェルの小娘に邪魔されたか… ええいどうしてくれよう」
 秘密アジトの中で、クイーンリリーは悔しがり、スカーレットエンジェルに対して憎悪を抱いた。
「囚人を連れて来い!」
 クイーンリリーの指示で、戦闘員が捕えていた若い女を連れてきた。
「いやーっ! 放してぇ。お願い助けてぇーっ」
「今度は女か。なかなかいい体をしているな。それっ!」
 リリー球根が女の顔にとりつき、そこから無数の根が皮膚を突き破って体内に侵入した。女は悶絶しながら醜い姿に変貌し、クモの怪人スパイダーリーになった。
「スパイダーリー! 早速作戦を開始する。戦闘員を連れて所定の配置につけ」
「かしこまりました。クイーンリリー様」

        *    *    *    *

 夕方になって、源太郎はスカーレットエンジェルと詩織を乗せてペンションに戻ってきた。源太郎は依頼主に報告するために、ペンションから電話をし、スカーレットエンジェルと詩織は敷地の外れにある木柵のところで話をしていた。

2-10

「今日は大変だったね。でも美紀子があんな連中相手に戦ってるなんて知らなかったわ。それに宇宙人だったなんて… 何だかSFの世界みたいだな」
「うん… それより詩織。助けてくれてありがとう」
「いいのいいのそんな事。あたしたち友達なんだから。親友なんだから助け合うのが当たり前なのよ。そんなことより、美紀子。これからどうするの?」
「どうするって… 」
「実は伯父さんが君を養女にしたいって言ってるんだ。伯父さん結婚してすぐに奥さんに死なれちゃって、子供もいないし、君のことすごく気に入ってるみたいだよ」
「そんな事言われても…」
「よく考えてみなよ。これからも戦わなければならないんだし、君一人よりも、伯父さんのような協力者がいたほうが戦いやすいはずだよ。あたしだって加勢するから。美紀子が迷惑だっていっても、もう決めたんだからね」
「ありがとう。詩織、私もう迷わないわ。一緒に戦おう。あらためて友達の証よ」
 スカーレットエンジェルは詩織に向かって右手を差し出した。詩織は即座に応えて、スカーレットエンジェルと握手した。
 その日の夜、夕食後にスカーレットエンジェルは源太郎に呼ばれて、詩織とともに源太郎の部屋に行った。そこで源太郎から正式に養女にしたいと言われ、スカーレットエンジェルは承諾した。スカーレットエンジェルは源太郎の姓である紅林姓と、亡くなった源太郎の奥さんの名前である、美紀子の名を貰った。源太郎はスカーレットエンジェルに対して、無くなった妻の面影を抱いていたのである。
「美紀子、今日からお前は紅林美紀子として、一緒にクイーンリリーと戦うんだ。詩織も一緒に戦う。これからもよろしく頼むぞ」
「はい! こちらこそよろしく」



        *    *    *    *

 クイーンリリーは既に新しい作戦を行おうとしている。はたしてクイーンリリーの今度の作戦は一体何なのか… 源太郎・詩織という仲間が加わり、スカーレットエンジェルは闘志を新たにするのだった。

 (つづく)

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

第3話『見た! 魔女クイーンリリーの姿』

2011年 10月11日 21:16 (火)


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3-01

 朝… 今日も朝がきた。
 午前5時、美紀子は朝起きて着替えると、ペンションの外へ出て一つ深呼吸した。紅林源太郎の養女となったスカーレットエンジェルは、紅林の姓と源太郎の亡くなった奥さんの名を貰い、紅林美紀子となった。クイーンリリーが送りこんでくるエージェントと戦い、クイーンリリーを倒すためには、自分一人の力では限界があると悟った美紀子は、源太郎と詩織の好意を受け入れることにしたのである。
 美紀子は深呼吸してから、体を捩ったり屈伸運動をして身体をほぐすと、和枝の手伝いをするために屋内へ戻った。今日は団体の客が来るということで、ペンションの仕事もいつもより忙しくなる。いつものように、出来あがった料理を和枝と美紀子が食堂に運ぶや否や、源太郎が慌ただしく下りてきて椅子に座り、食事を始めた。和枝が源太郎のそばへ行った。
「源太郎さん、今日は早いんですね」
「ああ。東京の方で急な依頼が入ってね… すぐにここを発たなければならなくなった」
「それじゃ詩織ちゃんも?」
「いや、詩織はここに残す。美紀子の事もあるんで、またこっちへ戻ってくるから」
「どれくらいなんですか?」
「早くて2~3日ってとこかな… 分かり次第電話するよ」
「ではお待ちしております」
「あ、そうだ。今日確か姉の方の甥と姪がここに遊びに来るんだけど」
「はい。予約は受けていますよ」
「俺はいなくなるけど、詩織がいるし、ゆっくりと羽根を伸ばすようにって伝えてほしいんだ」
「分かりました」
 源太郎は食事を終えると自分の部屋に戻り、荷物を持って玄関に置くと、事務室にいた誠司と二言三言話をして、チェックアウトし、ペンションを出て車に荷物を入れ、そのまま発進して去っていった。それからしばらくして詩織が眠そうな顔をして食堂に入ってきた。
「詩織おはよう」
「あ… おはよー美紀子… ふぁーっ」
「食事出来てるよ。源太郎さんはもう出かけたわ。詩織をよろしく頼むって」
「そっか… よろしく頼むか… 美紀子、よろしくね」
「こちらこそ」
「そういえば今日、あたしの従妹弟が来るんだ。2人姉弟なんだけど、弟の方は向こう見ずで危なっかしいところがあるから、気をつけて見ててやってほしいのよ」
「分かったわ」
 詩織は話を終えると、椅子に座って食事を始めた。今日は他に宿泊客がいなかったので、美紀子は和枝に食事をしていいと言われ、自分の食べる分を持ってきて、詩織と向かい合って座った。
「美紀子、あたし食べ終わったら町へ出かけるんだけど、もし何かあったらこれに電話して。番号はあとで教えるから」
 そう言って詩織はポケットベルをテーブルの上に置いた。
「これは?」
「ポケットベル。源太郎伯父さんから常に持ってろって言われてるの」
 詩織は食べ終わって食器を片づけ、美紀子に番号の書いたメモを渡すと、自分の部屋には戻らずにそのまま玄関へ向かった。
「和枝さん、出かけてきます」
「いってらっしゃい」
 厨房から和枝の返事が聞こえてきて、詩織は玄関先に置いてある自転車を一台借りて、町へ向かって走っていった。それと入れ替わりに誠一が食堂に入り、食事中の美紀子と向かい合うように座って食事を始めた。
「誠一さんは今日も部活ですか?」
「ああ… 食べたらすぐ出かける。今日は東京の女子高のテニス部が合宿に来るんだ。毎年ここを利用してくれてるんだけど、俺、その人たち苦手なんだよ」
「その人たちと何かあったんですか?」
「別にたいした事じゃないんだけど… そのうち教えるよ」
 誠一は後から食べ始めたにもかかわらず、美紀子とほぼ同時に食べ終え、食器を片付けると玄関においてあった荷物を持って出て行った。美紀子は誠一を見送ると、厨房に入って食器洗いの手伝いを始めた。今日はS県にある女子高のテニス部が、強化合宿のためにこのペンション赤嶺を利用し、さらに源太郎の甥と姪が遊びに来る。その他一般の予約が3件あって、部屋が久々に満杯になる。それで誠司は今日から5日先までの予約を全て断っていた。和枝は洗い物を片づけると、美紀子と一緒に洗濯場に向かい、洗濯の終わった洗濯物を次々と運び出して庭に干した。
「美紀子ちゃん、これが終わったらすぐに私と一緒に買出しに行くからね。今日はお客さんが多いからすごく忙しいわよ」
「分かりました」
 美紀子と和枝は洗濯物を干し終わると、屋内に戻って籠を洗濯場に置き、和枝は二階で掃除をしている誠司に声をかけた。
「あなた! 美紀子ちゃんと買出しに行ってくるから、後はお願いね」
「おーう! 分かった」
 美紀子と和枝は屋外へ出て、車に乗りこむと、和枝の運転で町へ買い出しに出た。

       *     *     *     *

 ここはクイーンリリーのアジトである。クイーンリリーは新たに作り出した怪人スパイダーリーを呼び、作戦の打ち合わせをしていた。
「スパイダーリー! エージェント予備軍養成の為の、人間誘拐作戦は進んでいるか?」
「はい。クイーンリリー様。私が作り出したこの小型蜘蛛を使い、作戦は着々と進んでおります。者ども、捕虜を連れて来い」
 スパイダーリーの命令で、戦闘員が一人の男を連れてきた。
「くそっ! 放せ! こんなとこに連れてきやがって。俺をどうしようってんだ」
 スパイダーリーは、持っていた小型蜘蛛を、その男の顔めがけて投げつけた。この小型蜘蛛とは、全長5cmくらいの大きさのロボットで、スパイダーリーの意のままに動き、相手に取り付いて鋭い牙で噛みつく。噛まれた者はたちまち前身に毒が回り、蜘蛛人間になってしまうのである。さて、スパイダーリーが投げつけた小型蜘蛛は、男の顔に取り付くと、そのまま顔に噛みつき、男は叫び声とともに顔を押さえて悶絶した。
「ギャアーッ!! 顔が… 顔が焼けるーっ!」
 やがて男は静かになり、スパイダーリーの前に跪いた。その顔は青白くて生気が無く、無表情な目つきでスパイダーリーを見た。

3-02

「この通り、この男はたった今。私の思うがままになる蜘蛛人間となったのです。クイーンリリー様。いかがでしょうか」
「よろしい。引き続き作戦を続行し、エージェント予備軍を増やすのだ」
「ははーっ!」
 スパイダーリーは、クイーンリリーに一礼すると、今しがた蜘蛛人間にしたばかりの捕虜を連れてアジトの別室へ行った。そこには既に蜘蛛人間となった十数名の人々がいた。
「蜘蛛人間ども! いよいよお前達の出番が来た。お前達は直ちにこの小型蜘蛛を持って、近くの町や村へ行き、 仲間の蜘蛛人間を増やすのだ。行け! 我が僕達よ」
蜘蛛人間達はスパイダーリー、戦闘員とともにアジトから出ると、それぞれ方々へと散っていった。

        *    *    *    *

 その頃美紀子は和枝と一緒に町で買い出しをしていた。今日から約5日間はペンションの部屋が満杯になるので、食料が多量に要るため、買い物の量はいつもよりはるかに多かった。二人は街中で偶然会った詩織を捕まえ、詩織にも買い物を手伝わせて、美紀子と和枝は車の中に買って来た者を詰めこんだ。
「これでよし… と。和枝さん。全部積み込み終わりました」
「美紀子ちゃんご苦労様。詩織ちゃんもありがとう。詩織ちゃんはまだ帰ってこないの?」
「ううん… 今日はもう戻るよ。従妹弟の結花と誠人がそろそろ来る頃だし」
「そう。それじゃ気をつけて帰ってきてね」
 和枝は美紀子を乗せて車を発進させ、詩織も自転車に乗ってそれぞれ帰途についた。ペンションへ戻る途中の道で、道路の端を歩いている小学生くらいの男の子と中学生くらいの女の子を見つけた和枝はクラクションを鳴らし、その音で二人は振り向いた。

3-03

「結花ちゃんと誠人君だわ」
「あの子達が詩織の従妹弟?」
「そう。源太郎さんのお姉さんの子供達よ」
 和枝は車を停止させると、窓を開けて二人に向かって言った。
「お帰りなさい二人とも。先に行ってるからね」
 和枝は再び車を発進させた。美紀子と和枝がペンションに到着し、買ってきた物を整理していた時、先ほど途中で出会った二人がやってきた。時計は1時を回ったところだった。
「お帰りなさい。久しぶりね結花ちゃん、誠人君」
「こんにちは。お世話になります」
「美紀子ちゃん。こっちはもう私だけで大丈夫だから、結花ちゃんと誠人君を案内してあげて」
「分かりました」
 美紀子は二人を促して屋内に入り、結花と誠人を食堂に案内した。暫くして和枝も部屋割り表を持って入ってきた。
「二人ともお昼は?」
「途中で食べてきました。あの… 誠一さんは」
「誠一は部活で学校。それからこの子は源太郎さんの遠縁で、ここを手伝ってくれているの」
「叔父さんの… 」
「紅林美紀子って言います。よろしくね」
「私、古川結花です。よろしく」
「俺・・・ 古川誠人です」
「それじゃ誠人君は、今日まで源太郎さんが使っていた部屋に入って。それから結花ちゃんは今泊っている詩織ちゃんと一緒の部屋ね。美紀子ちゃん案内して」
「はい。それじゃ二人とも来て下さい」
 美紀子は二人を促して二階に上がり、それぞれの部屋を案内してから下に下りてきた。美紀子は誠人を見て、詩織が言っていたことを思い出したが、詩織が言っていたイメージとは、かなり違うように思えた。さっきから話をしているのは姉の結花ばかりで、誠人は自分の名前以外は何も喋らないのである。しかし、誠人がその本領を発揮し、美紀子が誠人に振りまわされるのはこれからである。
 誠人は部屋に荷物を放りこむと、再び食堂に戻ってきて、本棚に入っている漫画の本を取り出して読み始めた。そこへ詩織が戻ってきて食堂に入ってきたが、誠人は漫画に夢中で気付かない。詩織は誠人に近付くと、耳元でいきなり大きな声で言った。
「こら! 誠人!」
「うわっ! たたた… 」
 誠人はビックリして飛びあがり、そのままバランスを崩して床に尻餅をついた。
「へへーぃ… 誠人暫くだな」
「詩織姉ちゃん… ひでえよいきなり! びっくりするじゃねえか」
 誠人はまだ声変わりしていないボーイソプラノの甲高い声で詩織に怒鳴った。
「ごめんごめーん。誠人、結花は?」
「部屋にいるよ。何だか部屋が一杯だってんで、詩織姉ちゃんと同じ部屋だってさ。俺、呼んでくるよ」
 誠人は二階へ上がると、ノックせずにいきなりドアを開けた。ちょうど結花は着替え中で、下着姿だった。
「キャッ! やだぁ誠人! 何でいきなり入ってくるのよ」
「ゴメン姉ちゃん。詩織姉ちゃんが呼んでるよ」

3-04

「分かったから早く出てってよ! もうやだぁ… いやらしい」
「ふん! 姉ちゃんの貧乳なんか見たって、ちっとも興奮なんかしないよーだ」
 結花の顔が真っ赤になったのを見て、誠人はあわてて部屋を飛び出した。そのすぐ後に、結花の投げた枕がドアにあたった。誠人が食堂に戻ってきて10分位してから結花が下りてきた。食堂には美紀子もいて、詩織と話をしていたが、結花を見た詩織は結花に向けて声をかけた。

「よっ! 結花。元気か?」
「詩織姉さん聞いてよぉ。こいつ、また私の着替え見たのよ」
「いつもの事じゃん。気にするなって」
「美紀子さんも気をつけてね。こいつ本当に嫌らしいんだから」
「そうですか? 詩織が言ってたほど危なっかしいとは思えないんだけど」
「猫被ってるだけよ。私なんか、いつも着替えや裸を見られるんだから。ん… 」
 結花は一瞬誠人の視線の先を見た。その先には美紀子の胸が… 結花は誠人の耳を摘んで思いっきり引っ張った。
「いてててて… 」
「こら! 変態! 何見てんのよ。このスケベ」
「どうしたの結花ちゃん」
「こいつ。美紀子さんの胸をジーッと見てたのよ。全く嫌らしいんだから」
「別にいいんじゃないの。男の子なんだから」
 そこへ和枝が食堂に入ってきた。
「あら、みんなここにいたの? 美紀子ちゃん、聖陵学園の人たちから連絡があって、間もなくここに着くそうだから、準備を手伝って」
「はい」
 美紀子は和枝の後についていって、食堂を出た。
「結花、テニスやろうか」
「うん」
 詩織と結花が食堂を出て行き、誠人は一人食堂で再び漫画を読み始めた。しばらくして詩織と結花が、ペンションのテニスコートに出てきて、テニスを始めた。結花は中学二年生で、現役のテニス部である。詩織はテニスの経験は無いが、スポーツ万能で、空手初段・合気道二段のほか、源太郎仕込みの格闘術も身に着けている。やがて玄関の方が騒がしくなって、和枝と美紀子が応対に出た。聖陵学園高校テニス部の人達がやってきたのである。顧問の白石先生を先頭に、主将の矢本美加他四名のテニス部員達が元気な声で挨拶した。
「こんにちは! お世話になりまーす」
「お帰りなさい」

3-05

 顧問の先生と主将の美加がチェックインし、他の部員達はミーティングをするため食堂に入った。美紀子は冷たい麦茶を持って食堂に入り、和枝は顧問の先生と話をしていた。
「あの… あなたは去年来た時の先生ではないんですね」
「はい。今年の春から私が顧問になったんです。私、今年入ったばかりの新任なんですけど、学生時代に経験があるって事で、顧問を任されたんです。私は白石祥子といいます。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしく」
 顧問の先生を入れて六人は少ないように思えるが、これは大会に出場するレギュラーだけの強化合宿だからである。他の部員達は学校で練習をしていて、部員全員の合宿は大会終了後に行われることになっている。
 合宿は三泊四日で、スケジュールがみっちりと組みこまれ、無駄の無い練習メニューになっていた。大会は合宿終了後すぐに始まり、個人戦と団体戦がある。部員は主将の矢本美加(3年)の他、稲井孝子と戸倉美佐子(3年)、鹿妻明美と和渕圭子(2年)で、美加が個人戦のシングルス。隆子と美佐子がダブルス、明美と圭子が美加と一緒にシングルスで出場する。部員達はミーティングをするために食堂に集まっていて、これからミーティングを始めるところだった。美紀子は食堂の隅にいた誠人を見つけると、誠人の所へ行った。
「誠人君、これからこのお姉さん達のミーティングが始まるから、悪いけど、お部屋に帰ってくれない?」
「うん。分かった」
 誠人は集まっていた部員達に一礼すると、食堂から出ていこうとしたが、一番端にいた隆子にぶつかってしまい、隆子は持っていたバッグを床に落とした。
「キャッ!」
「あ・・ ごめんなさい。お姉さん大丈夫?」
「いいっていいって… それより・・ ねえ、君、私の彼氏にならない?」
「えーっ?」
 突然の事に誠人は驚きの声を上げ、目を丸くして隆子を見た。
「冗談よ。そんなに驚かないでよ。もう行っていいよ」
 食堂を出て行く誠人の姿を部員達が目で追い、何やらと小声で話し合っていたのを誠人は気付かなかった。が、美紀子の耳にはそれがしっかりと入っていた。美紀子は普通の人間の数倍の聴力がある。それで話の内容が分かってしまったのだが、それを聞いて朝、誠一が言っていた事を思い出した。
「(そうか… 誠一君が苦手だって言っていたのは、こういう事だったのか)」
 部員達はこのペンションの一人息子である誠一を品定めしていて、誰がアタックしてものに出来るか賭けをしていたのである。美香と隆子は去年も合宿に来ていて、じゃんけんに勝った隆子がアタックしたのだが、誠一に無視されたという経緯がある。
「(この人達・・・ そんなに男性に不自由してるのかしら… 小学生の男の子まで品定めするなんて… )」
 美紀子は色々な事があるんだなという思いで食堂を出て、夕食の準備のため厨房に入った。
ミーティングを終えた部員達は、それぞれの部屋へ行き、運動着に着替えると、ペンションの庭に出て柔軟体操を始めた。傍らのテニスコートでは詩織と結花がテニスをしていたが、部員達が出てきたのを見て屋内へ戻ろうとした。そこへ白石先生が詩織に話しかけてきた。
「あなた… 私のクラスの松島さんじゃないの」
「あ・・・ 先生・・・ そうか・・ 先生はテニス部の顧問だったっけ」
 部員達が一斉に詩織に注目し、明美が詩織のそばに来た。
「そうだそうだ。あなた隣のクラスの松島じゃないの。この子は? 結構テニス上手だけど… 」
「私は坂崎中の二年生で、古川結花って言います。テニス部に所属しています」
「坂崎中? それじゃ私の後輩じゃないの。私も坂崎中のテニス部出身なんだよ」
「こら鹿妻! 練習中始めるぞ!」
「あ… すみませーん」
 美加に大きな声で言われ、明美はあわてて部員たちのところに戻った。詩織と結花は軽く会釈すると、屋内に戻った。その後部員たちは、柔軟体操をしてから、コートで軽い打ち込みをやり、それからロードワークに行って、6時近くになって戻ってきた。
 夕方になって、予約の客もやってきて、ペンションの部屋が満杯になり、夕食は大変賑やかになった。なにしろ女子高のテニス部員たちである。威勢の良い元気な声が部屋中に響く。和枝と美紀子は勿論、誠司と誠一も手伝いに奔走し、落ち着いたときには既に午後9時を回っていた。さすがの美紀子も疲れきっていて、風呂から上がって部屋に戻ると、そのままベッドに横になって寝てしまった。

        *    *    *    *

 翌朝、テニス部員たちはテニスウェア姿で7時に朝食をとり、食べ終わって食器を片づけると、すぐに屋外へ出て庭でミーティングを始め、柔軟体操の後、ペンションのテニスコートで試合を想定した練習を始めた。テニスコートは2面あって、2面とも3日間貸し切りになっていた。誠一は今日も部活で学校。結花は町へ遊びに行き、詩織は誠人と二人で、食堂で漫画を読んでいた。一般の客3人は、3人とも8時半にチェックアウトして、ペンションから出た。美紀子は食器を洗い、和枝は洗濯、誠司は部屋の掃除と、それぞれ役割を分担して仕事をしていた。食器を洗い終えた美紀子は、食堂を掃除するために食堂に入った。
「あらあら… 2人揃ってこんな所で。外は天気が良いわよ。結花ちゃんは町へ行ったし、あなたたちもどこかへ出かけたらいいのに」
 詩織と誠人はお互いに顔を見合わせた。
「確かに体がなまっちゃうな。でも外は暑いし、あたしゃもう夏バテ寸前だよ」
「俺だって、この冷房が効いた部屋で漫画読んでる方がいいや」
「何か雰囲気が暗いなあ。そんな事小学生の男の子が言う事じゃないわよ。ねえ誠人君。私が付き合うから、一緒に散歩に行かない?」
「うん」
「こら! 誠人のお調子者」
 詩織は誠人の頭を掌で軽く叩いた。誠人は部屋に戻って仕度してくると、玄関に出てきた。詩織も部屋に戻って支度し、美紀子は和枝にことわってから、支度して玄関にきた。
「さあ、行こうか」
 三人はペンションから出ると、テニスコートで練習をしている聖陵学園のテニス部員たちを横目で見ながら、ペンションの裏にある小道を歩いて行った。隆子は誠人を見ると大声で誠人を呼んだ。誠人が振り向くと、隆子がウインクしながら投げキッスをしてきたので、誠人は隆子に向かってアッカンベーをした。
「何よ! 可愛く無いやつ… 」
 隆子は憮然としながらボールを放り上げると、コートの反対側へサーブを打ち込んだ。

        *     *     *     *

 クイーンリリーのエージェント、スパイダーリーの魔手は、次第に美紀子達がいる所まで及びつつあった。スパイダーリーは、ペンション赤嶺から北北西に5km位の所の、霧伏高原と天間高原の境目にある洞窟の中にアジトを作り、付近の人々を次々と襲って蜘蛛人間を増やし、次第に侵略範囲を広げつつあった。
美紀子が詩織、誠人と一緒にペンションの裏にある川へ散歩に行っている間に、聖陵学園高校のテニス部員達は、コートでの練習をやめて、ロードワークをするために、ペンションの前にある道路へ出て、その道路を天間高原へ向けて走っていった。その行程は3kmほど先にある川の橋まで行き、そこでおり返して戻ってくるというものだった。往路は何事も無かったが、おり返し地点の橋まで来たとき、殿を走っていた隆子と美佐子は、橋の所で体を休め、前を走っていた3人が見えなくなると、事もあろうに靴と靴下を脱いで、素足で川の中に入った。高原の水は冷たい。二人は気持ちよさそうに川の水に浸かっていたが、その時近くで奇声を聞き、あわてて川から上がると、靴下を履き、靴を履いた。
「今の声何かな一体… すぐそこだったよね」
「美佐子、行ってみようか」
「やだ… 怖いよ。ねえ隆子、早く戻ろうよ」
 その時二人のすぐ近くで奇妙な声とともに、スパイダーリーが現れた。いきなり現れた得体の知れない化け物を見た二人は、ヘビに睨まれたカエルのようにその場に立ち尽くした。
「見たな・・・ スパイダーリーの姿を。愚かな人間め」
「嫌あーっ! 助けてぇーっ」
 隆子と美佐子は一目散に逃げ出したが、スパイダーリーは口から糸を吐いて二人に向かって飛ばした。
「蜘蛛の巣ネット!」
 糸が投網のようになって広がり、二人に覆い被さった。それでも二人は逃げようとしてもがいたが、糸が余計に絡み付き、スパイダーリーが従えてきた戦闘員たちに捕まってしまった。
「嫌ぁーっ! 嫌。助けて。助けてぇ」
「こいつらをアジトへ連れていけ」
「ヒャイーッ!」

        *     *     *     *

 ペンションのテニスコートでは、なかなか帰ってこない隆子と美佐子に主将の美加がイライラしていた。ロードワークから戻ってきて、既に1時間経っている。心配して顧問の祥子もやってきた。

3-06

「矢本さん。まだ帰ってこないの?」
「ああ… 稲井と戸倉のやつ、何やってんだよ。もう1時間過ぎてるのに・・ 」
 美紀子たちも丁度散歩から帰ってきたところだった。美紀子はまわりの様子と雰囲気がおかしいのに気付き、美加のそばへ行って話しかけた。
「あの… どうかしたんですか?」
「稲井と戸倉がロードワークに行ったっきり、戻ってこないのよ」
「おかしいですね。道に迷うような所じゃないんですけど」
「きっと途中でサボってんのよ。もうすぐ大会だっていうのに、全くあいつ等ときたら… 」

鹿妻明美

「もしもの事があったら大変ですから、私が捜してきます」
 美紀子がそう言ったすぐ傍で、詩織と誠人は自転車を用意して出発する直前だった。
「美紀子。あたし達も行くから」
 そう言って詩織は誠人を連れて、自転車に乗って行ってしまった。
「ちょっと待って詩織! アーあ行っちゃった・・ もう!」
 走り去っていく詩織と誠人の背中を見ながら、美紀子はため息をついた。その時一瞬何かが頭の中を過った。
「(まさか… )」
 その時足元にテニスのボールが転がってきて、美紀子はそれを拾った。
「すみませーん」
 振り向くと、圭子と明美は練習を始めていて、美紀子は手前にいた圭子に向けてボールを放り投げた。そしてペンションの建物の方へ行き、誰もいないのを確認して両手を額につけ、精神を集中した。残像記憶を手繰って行き先を探ったのだ。頭の中に行方不明の二人の姿と、どこかの景色が浮かび、さらに怪物のような物体が… 
「(そのまさかだわ… クイーンリリーのエージェントが何かをやろうとしているんだ)」
 美紀子はペンションの建物の中へ入ろうとしたが、和枝が玄関から出てきて、バッタリと対面する格好になった。
「あら美紀子ちゃん帰ってきたの? なんだか聖陵学園のテニス部の人達が、二人戻ってこないって、さっき白石 先生から聞いたんだけど。それに詩織ちゃんと誠人君の姿も見えないわね」
「あの二人は帰ってこない人達を捜しに行ったんです。心配だから私も行きます」
 そう言って美紀子は玄関先に行くと、備え付けの自転車の一台に乗って走っていった。
「ちょっと! 美紀子ちゃん」

        *     *     *     *

 その頃、詩織と誠人はさっき二人が拉致された場所の近くまで来ていた。
「どこ行ったんだろう… 途中でも会わなかったし」
「詩織姉ちゃん、あの人たち道を間違えたんじゃないの」
「そんな事無いよ。この辺は道路はここだけなんだから。あら… 誰かいる」
 橋の上に一人の男が立っていた。身なりからすると地元の人らしい。詩織はその男の傍へと駆け寄っていき、誠人もその後を追った。
「あの… すみませんが、この辺りで二人の高校生くらいの女の子を見ませんでしたか?」
「ああ… 見たよ」
「本当ですか?」
「君達に会いたがっている。案内してあげよう」
「えっ?」
 気が付くと、詩織と誠人は数人の男達に囲まれていた。
「詩織姉ちゃん、何だか変だよ」
 言うまでもなく、この男達はスパイダーリーに操られている蜘蛛人間達である。顔は生気を失ったように青白く、二人の目には幽霊に見えた。更にその後ろには数人の戦闘員があらわれた。
「詩織姉ちゃん、何だよこいつら」
「誠人、気をつけて。絶対あたしから離れないで」
 男達は包囲の輪を縮めてきて、一斉に口から糸を吐いた。詩織と誠人は糸を振り払おうとしたが、糸は二人の身体に次々と絡みついてきて、ついにがんじがらめの状態になり、大きな繭のようになった。そこへスパイダーリーが出てきた。
「この二人もアジトへ連れていけ」
 スパイダーリーの号令で、男達は糸でがんじがらめになった詩織と誠人を持ち上げると、アジトへ向かって歩き出した。それから20分位して、美紀子が自転車でやってきた。そして道路の脇に置いてある2台の自転車を見つけ、自転車を止めた。
「詩織と誠人君が乗っていた自転車だ。するとここから歩いて行ったことになるわね。それにしても、どこへ行ったんだろう… 」
 美紀子は橋の所まで行き、あたりを見渡した。そして橋の袂に落ちている何かを見つけて拾った。
「髪をとめるためのアクセサリーだわ。全然汚れてないから、きっといなくなった二人のうちのどちらかが着けていた物かもしれない」
 美紀子はその髪どめを持って、両手を額にあてた。頭の中で二人の様子が浮かび上がる。さらに詩織と誠人の足跡も頭に浮かんだ。
「二人はここでやつらに捕まったんだ。それから詩織と誠人君も… 」
 美紀子は川沿いに伸びている道路を小走りに駆けていった。

        *     *     *     *

 一方、アジトに連れ込まれた詩織と誠人は、そこで雁字搦めの糸をほどかれ、地下牢の中に放りこまれた。
「暫くそこで大人しくしていろ」
 鉄格子の鍵がかけられ、戦闘員達は牢の前から去っていった。誠人は地団太踏んで悔しがったが、詩織は意外と冷静だった。

3-07

「誠人。あたし達の腕の見せ所よ」
「どういう事? 詩織姉ちゃん」
「あんたも鈍いわね。それで伯父さんみたいな探偵になれるの? ここから脱走するのよ」
「どうやって… 」
 詩織は髪に手をやると、ヘアピンを取った。そして扉にかけてある鍵穴にピンを突っ込んだ。
「スパイ映画じゃあるまいし、そんなんで開けられるの?」
「誠人うるさい。少し静かにしろ。やつらが来たらどうすんだよ」
 カチッという音がして、鍵が外れた。
「やった!」
 詩織は扉を開けて回りの様子を探ると、誠人を促して地下牢から出た。
「行くよ誠人」
「…」
「何してんのよ。男だろ!? 度胸決めろよ。美紀子が必ず助けに来てくれるから」
「美紀子さんが? 美紀子さんって何者なの?」
「今説明してる暇はないわ。そのうち教えてあげる。でもね、すっごく頼りになる人なんだよ。さ、行こう」
 詩織と誠人が行こうとした時、隣の部屋の中からすすり泣きが聞こえてきたので、一瞬ギクっとして顔を見合わせた。詩織があらためて見渡すと、周りの部屋は全て地下牢になっていた。
「ここは地下牢だわ。誰かが閉じ込められてんだよ」
 詩織は隣の部屋の中を見た。するといなくなった部員の一人、隆子がいた。隆子は二人の姿に気付くと、鉄格子の扉のところまで来た。
「喋らないで! 静かに。今出してあげるから」
 詩織はそう言ってヘアピンで鍵を開け、隆子を出した。
「稲井先輩… だったわね。もう一人はどこ?」
「分からないわ。捕まってここに連れてこられて、手術室みたいな部屋に入れられた後、私だけ部屋から出されてここに入れられたのよ」
「うーん・・・ きっともう一人はその部屋にいるわね。助けに行くわよ。先輩も一緒に来て」
「嫌… 怖いよ」
「大丈夫! 俺たちが付いてるって。詩織姉ちゃん強いんだぞ」
「しっ! 誠人静かに。誰か来る」
 そう言って三人は傍にあった柱の陰に隠れた。二人の戦闘員がやってきて、隆子が入れられていた地下牢の前に来た。
「ん… いないぞ!」
 戦闘員たちが動揺している隙をついて、詩織は戦闘員の一人に飛びつき、後頭部を手刀で打って倒すと、もう一人の腹部に蹴りを入れた。戦闘員は反動で壁に頭をぶつけて気絶した。呆然と見ていた隆子に、誠人が小声で言った。
「ほら、言った通りだろ? 案内してくれるかい?」
 隆子は無言で頷いた。詩織を先頭に三人は回廊の中を移動した。誠人は隆子の手を握って、詩織の後からついていった。隆子は顔を赤くして誠人に小声で言った。
「あの… 君… 」
 誠人は隆子を見ながら人差し指を口に当てた。幸いなことに、三人は一度も誰とも遭遇せず、回廊の先にある部屋を見つけた。そこはT字路になっていて、部屋は突き当たりにあった。詩織は後ろにいる隆子に小声で話しかけた。
「あの部屋なの?」
「違うわ。あの角を右へ行った先の部屋よ」
 詩織は回廊の角まで行くと、顔だけ出して向こう側の回廊を見た。そして誰もいないのを確認すると、目の前の部屋の扉に張り付き、扉に耳を当てて様子をうかがうと取っ手をつかんだ。扉が開いたので詩織は誠人と隆子を促し、中に入った。部屋の中は誰もおらず、多数のボンベが置かれていた。
「倉庫みたいね」
「詩織姉ちゃん、これ… 酸素ボンベだよ。それからこっちはアセチレン。これは水素ガスだ。ここにあるボンベが全部破裂したら、この基地ごと木っ端微塵だよ」
「そう… か。よし! 誠人。酸素ボンベのバルブを開いて! ガスを充満させるのよ」
「よっしゃ」
 詩織と誠人は一番近くにあった数本の酸素ボンベのバルブを開けた。ボンベからガスがシューッという音を出して出てきた。
「逃げるよ!」
 詩織は扉を少し開けて様子を覗うと、誠人と隆子を促して外へ出て扉を閉めた。そこへ詩織が来た道と逆の方から不意に誰かが来て、詩織は反射的にそちらの方を見た。
「美紀子・・・」
 詩織は美紀子だと分かって、ホッと胸をなでおろした。そばにいた誠人と隆子も同様だった。詩織たちの後を追ってきた美紀子は洞窟の入り口を見つけ、そこにいた見張の戦闘員を全て倒してアジトの中に入った。そして用心しながら回廊を移動し、T字路に達して、ボンベの倉庫から出てきた詩織たちと鉢合わせしたのだった。
「詩織、大丈夫だったの?」
「うん。捕まったけど、逃げてここまで来たのよ。美紀子、この先の部屋にもう一人捕まっているのよ。助けに行こう」
「あの・・・ この先の曲がり角を曲がってすぐの部屋よ」
 隆子が回廊の先を指差しながら言った。
「分かったわ。行こう」
 美紀子を先頭に4人は回廊の中を再び移動し、隆子が言っていた曲がり角に達した。美紀子は角から顔だけ出して様子を見た。すると、扉の前に立っている戦闘員の姿が映った。そして扉越しに女性の悲鳴が漏れている。
「あの部屋だわ。詩織、もう時間が無い。強行突入するわよ」
「オッケー!」

        *     *     *     *

 一方、部屋の中では、美佐子が手術台の上に拘束されていて、その周辺では戦闘員たちがスパイダーリーの命令の元でテキパキと動いていた。スパイダーリーは勿論、蜘蛛人間のエネルギー源は血液である。それも若い女性の血液が最も質の良いエネルギーとなる。そのため、作戦を継続するためには、若い女性を捕えて血液を抜き取る必要があったのだ。その最初の犠牲者となったのが、捕まった隆子と美佐子だったのである。
「スパイダーリー様。血を抜き取る準備が整いました」
「よし。始めろ」
 戦闘員が美佐子の腕を押さえ、点滴用の針を刺した。
「嫌! 嫌―っ! 助けてぇーッ」
 手術台の上で美佐子は必死に抵抗したが、手足を拘束されていて逃げることが出来ない。
「うるさい女め! おとなしくさせてやる」
 スパイダーリーは糸を吐き出すと、美佐子が喋れないように、口の回りを猿轡のように糸でぐるぐると巻きつけた。
「んー・・・ んーっ」
 戦闘員の一人が点滴用のパイプの片方を吸引機に接続し、もう片方を注射器に接続した。
「よし。始めろ」
 一方、部屋の外にいた美紀子と詩織は同時に飛び出し、部屋の前に立っている見張の戦闘員に組みついて戦闘員を殴り倒すと、美紀子はスカーレットエンジェルに変身して扉を足で蹴破った。ちょうどその時、台に縛り付けられている美佐子の体から血が抜き取られようとしていたところだった。
「クイーンリリーのエージェント! お前達に勝手な真似はさせないわ! その子を放しなさい」
「ス、スカーレットエンジェル! ええい邪魔されてたまるものか! それっかかれっ!」
「ヒャイィーッ!」
 スカーレットエンジェルは向かってくる戦闘員と戦いを始めた。詩織はその隙に手術台の傍へ駆け寄ると、台の傍にいた戦闘員を殴り倒し、美佐子の拘束を外した。そして美佐子の手を引き、入り口の所にいた隆子と誠人の傍へと一気に駆けていった。
「みんな逃げるよ」
「くそっ。絶対に逃がすな。警報だ! 警報機を鳴らせ!」
 興奮しているスパイダーリーは、ガスが漏れていることに気付いていなかった。詩織たちがバルブを開いた酸素ボンベのガスが、アジトの中に充満し始めていたのだ。警報機のスイッチが入ると同時に、ドーン! という鈍い音が響き、基地の中が激しく揺れた。スイッチの火花が充満した酸素にスパークしたのだ。
「な、何だ! 何事だ」
 外にいた戦闘員が室内に飛び込んできて報告した。
「大変です。スパイダーリー様。倉庫にあったボンベのガスが漏れて、基地の中に充満し、火災が発生しています」
「な… 何だと!? 基地が爆発するぞ。逃げろ!」
 スパイダーリーと戦闘員達は、スカーレットエンジェルを無視して次々と司令室から逃げ出した。それと入れ替わりに詩織がみんなを連れて入ってきた。
「スカーレットエンジェル。もうあちこち火の海だよ。逃げられないよ」
「わかった。テレポートするからみんな集まって」
 スカーレットエンジェルはみんなを一箇所に集めた。爆発は立て続けに繰り返し起こり、ついに司令室周辺まで火が入ってきた。スカーレットエンジェルはスティックを出すと、上に上げた。
「テレポートフォーメーション!」
 みんなの姿は一瞬にしてその場から消え、基地の外にある川沿いの道路上に現れた。その時基地が大爆発して、そこに居合せたみんなは身を伏せた。
「詩織。誠人君、この人達を安全な場所へ連れてって」
「分かった」
 詩織は誠人と一緒に、隆子と美佐子を連れてその場から離れ、スカーレットエンジェルは再び洞窟の方へ向かおうとした。が、突然スカーレットエンジェルの廻りに幽霊のような男達が現れ、口から糸を吐き出した。スカーレットエンジェルはジャンプして糸を避けると、一回転して囲みの外に着地した。そこへスパイダーリーの毒針が不意に飛んできた。しかし毒針はブーツにあたり、滑って跳ね返ったので命拾いした。
「どこだ出て来い! 化け物」
 再び毒針が飛んできて、今度は手で払い落とした。スカーレットエンジェルは怪人を捜そうとしたが、多数の蜘蛛人間が迫ってきた。見かけは普通の人間だが、その顔は青白くて生気が無く、目だけがギラギラしている。そして蜘蛛人間の後ろからは戦闘員も迫ってきた。蜘蛛人間の口から一斉に糸が吐き出され、スカーレットエンジェルはジャンプした。そこへスパイダーリーの糸が… 
「蜘蛛の巣ネット!」
 空中では避けられず、投網状の蜘蛛の巣が美紀子に絡み付き、スカーレットエンジェルは着地出来ずにそのまま時面に叩きつけられた。
「く… 」
 そこへスパイダーリーが現れた。
「ワッハッハッハ! ざまぁみろ小娘。お前の最後だ。行けッ。我が僕達よ」
 痛みのために起き上がれないスカーレットエンジェルに、蜘蛛人間が迫ってくる。その一人がまさに襲いかかろうとしたとき、頭にビー玉があたって、その蜘蛛人間は蹲った。さらに次々とビー玉や石が飛んできて、蜘蛛人間や戦闘員達にあたり、蜘蛛人間達は態勢を崩され、スパイダーリーにも拳大の石が命中した。
「くそっ! 誰だ」
 倒れているスカーレットエンジェルの後ろから詩織と誠人が来て、スカーレットエンジェルに絡んだ糸を取り除いて抱き起こした。
「しっかりして!」
「詩織。あの子たちは?」
「大丈夫。無事に逃げていったわ」
「者どもかかれ! やつらを皆殺しにしろ」
 戦闘員と蜘蛛人間が3人に向かってきた。
「誠人隠れてろ。絶対に出てくるな」
 詩織に言われて、誠人は近くの草むらの中に隠れた。起きあがったスカーレットエンジェルは、詩織と一緒に戦闘員と戦い、一人ずつ倒していった。
「ええい… 不甲斐ないやつらめ。僕達よ! 行け」
 蜘蛛人間が迫ってきて、スカーレットエンジェルと詩織を取り囲んだ。
「畜生。スカーレットエンジェル。こいつら人間だから倒すわけにいかないよ」
「その通り。我が僕達を倒せるものなら倒してみろ」
「卑怯な… 」
「かかれッ!」
同時にスパイダーリーの頭にある触角が光ったのを詩織は見逃さなかった。
「スカーレットエンジェル、この人たちはあの化け物に操られてるわ。頭の触角で操ってるのよ」
「分かった。詩織ありがとう!」
 スカーレットエンジェルはブレードを出すと、スパイダーリーに向かって投げた。
「小癪な! 蜘蛛の糸雁字搦め!」
 スパイダーリーの六本の腕から糸が飛び出し、ブレードに絡みついた。
「今だ! エンジェルスマッシュ!」
 スカーレットエンジェルの掌からエネルギー波が放たれ、スパイダーリーの触角に命中した。
「グァーッ!」
 触角が吹っ飛び、蜘蛛人間達は急に動きを止めて、その場でバタバタと倒れた。
「お、おのれスカーレットエンジェル… こうなったらお前もろとも自爆してやる。蜘蛛の巣ネットを食らえ」
 スパイダーリーはスカーレットエンジェルに向かって突進しながら、立て続けに蜘蛛の巣ネットを飛ばしてきた。その中の一つがスカーレットエンジェルに被さり、スパイダーリーはそのままスカーレットエンジェルに体当たりした。同時に大音響と共にスパイダーリーが自爆し、木っ端微塵に吹っ飛んだ。
「ああ… スカーレットエンジェルぅ」
 その光景を見た詩織は思わず叫び、隠れていた誠人も飛び出してきた。しかし、爆発して燃え盛っている炎の中から、薄い透明のシールドに包まれたスカーレットエンジェルが出てきて、詩織の前まで来ると、シールドを消した。
「無事だったのね。スカーレットエンジェル」
 詩織はそのまま駆け寄ってスカーレットエンジェルを抱きしめ、離れると右手を差し出してスカーレットエンジェルと握手した。
「詩織姉ちゃん、この人もしかして… 美紀子さん」
「ううん… 誠人。この人はスカーレットエンジェルといって、正義の戦士なのよ」
「いや、美紀子さんだよ。絶対間違い無い」
 詩織は困った顔をした。スカーレットエンジェルの正体は、出来ることなら多くの人に知られたくない。しかし、誠人はスカーレットエンジェルと美紀子が同一人物だと確信していたのだ。
「いいよ詩織。誠人君ならきっと秘密を守ってくれるよ」
 そう言ってスカーレットエンジェルは変身を解き、美紀子の姿に戻った。
「やっぱり美紀子さんだったんだ」
「誠人君。どうして私のことが分かったのかな」
 美紀子の問いに、誠人は照れ臭そうに答えた。
「胸だよ」
「えっ?」
「胸の大きさが美紀子さんと同じだったんだ。それから声が… 」
「このエッチ! 変な所ばっかり観察するな」
 そう言って詩織が誠人の頭を軽く叩いた。3人が帰ろうとしたとき、その前にクイーンリリーが姿をあらわした。
「あいつは???」
「クイーンリリー!!」

3-09

「スカーレットエンジェルの小娘… 次は必ずお前を殺す。私の邪魔になるお前を必ず殺してやる。ハーッハッハッハッハ」
「私こそお前を倒す」
 そう言って美紀子はクイーンリリーに向かって突進した。が、その身体を擦り抜けた。クイーンリリーの身体は映像だったのだ。クイーンリリーはもう一度高笑いをすると、その姿を完全に消した。
「あれが美紀子が戦っているやつらのボスなの?」
「そう… あいつがクイーンリリー」
 美紀子は誠人の方を向いて言った。
「誠人君。私のことは絶対秘密だよ。絶対ね。約束して。お願い」
「分かったよ美紀子姉さん。そのかわり、俺も仲間に入れてくれないか。戦うんだったら、一人でも多い方がいいだろ?」
「なに言ってんの誠人。あんた子供じゃないの」
「でもこれが無かったら、スカーレットエンジェルがやられるところだったんだぜ」
 そう言って誠人はパチンコをポケットから取り出した。
「分かったわ。誠人君。一緒に戦おう」
「ちょ… ちょっと美紀子」
「いいのよ詩織」
 美紀子は誠人の方を向いた。
「でもね、誠人君。戦うといっても、絶対危ない事しちゃダメよ。詩織が言う通り、君はまだ子供なんだから」
「分かったよ。美紀子姉さん。約束するよ」
 3人は自転車を置いてあるところまで戻ってくると、自転車に乗ってペンションへと戻った。ペンションの前まで来ると、テニス部の部員達はさっきまであんな事があったのにもかかわらず、コートで練習をしていた。
 その日の夕食の時、誠人は部員達のマスコットみたいな存在になっていた。誠人の座った前のテーブルにはケーキやお菓子が並んでいて、部員達が揃って誠人の回りに集まっていた。特に隆子はすごい熱の入れようで、何度も誠人を自分の命の恩人だと言っていた。結花と詩織は片隅の席でそれを呆然と眺めながら食事をしていた。

        *     *     *     *


 翌日の午後、合宿の最終日になって、練習の行程が全て終わり、部員達はペンションに戻ってきた。そして全員で記念撮影をした後、隆子は誠人を連れてきて、自分のカメラを美紀子に渡して言った。
「私と誠人君のこと写してくれますか」
「いいですよ。ほら二人とも並んで」

3-p10

 誠人は照れ臭そうに隆子と並び、シャッターが切られた。それを見ていた結花がぼやいた。
「馬っ鹿みたい。誠人のやつ… 鼻の下伸ばしちゃってデレデレして」
「姉ちゃん聞こえたぞ。もてないからってひがむなよ」
「何よ! 私にだってボーイフレンドの一人や二人くらいいるわよ」
「ふーんだ。その人ってよっぽどのゲテモノ好きなんだな。もしかして貧乳マニアなの?」
「何よ。言ったわね!!」
 結花は顔を真っ赤にして、誠人に飛びかかってきた。誠人はそれを避けるようにして走り出した。
「こら待て!」
 詩織は結花と誠人の追いかけっこを、また始まったかといった感じで眺めていた。美紀子も詩織の傍で一緒に眺めながら思わず吹き出してしまった。

        *     *     *     *

 クイーンリリーの蜘蛛人間作戦はスカーレットエンジェルによって打ち砕かれた。しかし、クイーンリリーは既に新たな作戦を開始し、牙を剥こうとしているのだ。負けるな! スカーレットエンジェル。

 (つづく)

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

第4話『クイーンリリーの策略』

2011年 10月13日 17:15 (木)

 
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 ここは洞窟の奥深くに作られたクイーンリリーのアジトである。クイーンリリーは何としてもこの地球が欲しかった。そして世界征服のためには、邪魔になるスカーレットエンジェルをどうしても倒さねばならなかった。しかし、これまでの作戦の全てをスカーレットエンジェルに妨害されて失敗し、スカーレットエンジェルに対する激しい憎悪を抱く傍ら、今のままではどうにもならないと薄々感じていた。クイーンリリーはアジト内の私室で、どうすればスカーレットエンジェルの妨害を排除できるのか、頭を抱えて考えこんでいた。そしてある一つの策が浮かんだ。
「そうだ… 作戦のための根拠地を設けて組織力を強化すればよいのだ。そして地球上の科学者や学者を捕えて洗脳して使い、スカーレットエンジェルに勝つことが出来るエージェントを研究して作り出せば良い。よーし!」
クイーンリリーは私室から出ると、まっすぐ司令室へ向かった。司令室では新たなエージェントであるザリガニリーと、数人の戦闘員が待機していた。クイーンリリーが司令室に入ってくると、ザリガニリーと戦闘員は一斉に敬礼した。
「みんなそのまま私の話を聞くのだ。私は組織力を強化するために、このアジトを放棄し、新たに作戦のための根拠地を設ける。しかし、スカーレットエンジェルに感づかれてしまっては、また作戦が失敗してしまう。そこでだ。ザリガニリー! お前は私の作戦を隠蔽するための陽動作戦として、スカーレットエンジェルをこの地に足止めするのだ。どんな手段を使ってもいい。人間を何人殺してもいい。分かったか」
「ははーっ! 仰せの通りに従います。クイーンリリー様」
「期待しているぞ。それでは私はこのアジトを放棄する。後はお前が使え」
「ははーッ」
 クイーンリリーはアジトの司令室を出ると、洞窟内の広い所で奇声と共にその醜い姿を曝け出し、全身を黒っぽい煙で包んでその場から消えた。

4-01

        *     *     *     *

「それじゃ美紀子ちゃん、後は頼んだわよ」
「はい。行ってらっしゃい誠司さん、和枝さん」
 誠司と和枝は美紀子に見送られてペンションを出ると、駐車場に停めてあった車に乗り、走り去っていった。誠司と和枝は毎年この地域の、宿泊施設の組合研修会に参加している。今年は軽井沢でそれが開かれることになり、二人は静養を兼ねて1泊2日で出かけた。誠一もクラブの合宿で出かけているため、今回はペンションの営業を1日だけ休むことになった。が、詩織、結花、誠人が泊まっているため、新規の客だけを断るという形にして、食事は美紀子が作って出すことになっていた。
 美紀子は誠司と和枝を送り出すと屋内に戻り、部屋の掃除を始めた。詩織と結花はペンションのテニスコートでテニスをし、誠人は食堂でテレビを見ながら漫画を読んでいた。だが、クイーンリリーの魔手がすぐ近くまで迫っていたことに、まだ美紀子は気付いていなかった。
 クイーンリリーのエージェント、ザリガニリーは、戦闘員を引き連れて、ペンション赤嶺のすぐ近くに現れた。スパイ戦闘員からの知らせで、美紀子がペンション赤嶺にいることが分かったからである。ザリガニリーはペンション赤嶺の建物を見ながら、傍らにいる戦闘員に聞いた。
「ここにスカーレットエンジェルがいるのか」
「間違いありません」
「よーし… クイーンリリー様のため、我々の力を持ってスカーレットエンジェルをこの地に足止めするのだ。よいか? 勝つ必要はないのだ。時間さえ稼げればそれで良い。行くぞ」
「ヒャイィーッ」
 その時、ザリガニリーは目の前で立ちすくんでいる中年の男の姿が目に入った。男は近くに住んでいる人で、川で渓流釣りをしていて、帰って来た時にたまたまザリガニリーと出会ったのである。
「見たな… ザリガニリーの姿を。愚かな人間め… 私の姿を見た者は死ぬのだ」
「ウワーッ! た・た… 助けてくれぇーッ。化け物だぁーッ!!」
 男は道具を投げ出して、一目散に逃げ出した。ペンションのすぐ近くだったため、テニスをしていた詩織と結花もその声が聞こえた。
「詩織姉さん、何かしら… 」
「行ってみようか」
 ザリガニリーは逃げる男を追いかけながら、頭の触角を空に向けて真っ直ぐに伸ばした。
「ザリガニリー稲妻攻撃!」
 突然雷鳴のような音が轟き、ザリガニリーの触角から高圧電流が放電されて、逃げる男の真上から降り注いだ。
「ギャアアァァァァーッ!!」
 男の姿は放電の光に包みこまれ、そのまま黒焦げになって消滅した。騒ぎを聞いてかけつけてきた詩織と結花は、その光景を目の当たりに見た。
「キャーッ!」
 結花は思わず叫んだ。と同時に、そのまま倒れこんで失神した。
「ゆ、結花! しっかりして」
「見たなぁ… お前たちも今の男のようにしてやる」
 ザリガニリーと戦闘員が迫ってきて、詩織は立ち上がって身構えた。それをペンションの食堂の窓から見た誠人が、慌てて美紀子に知らせた。誠人は雷鳴の音で外の騒ぎに気付いたのだ。
「どうしたの誠人君。今外ですごい音がしたけど」
「大変だ。姉ちゃんと詩織姉ちゃんが化け物に襲われてる」
「ええっ!?」
 美紀子は窓から外の様子を見た。すると、テニスコートの脇で、クイーンリリーのエージェントと戦闘員が、詩織と結花を取り囲んでいる光景が目に入った。
「美紀子姉さん。二人を助けて!」
「分かった。誠人君! 君はここにいて」
 美紀子は戸を開けてベランダに出ると、裸足のまま飛び出して向かって行った。
「化け物! 二人から離れなさい!」
「来たな… スカーレットエンジェル。そうか… この二人はお前の仲間か。ちょうどいい。この二人は我々が人質として頂いて行く」
「そうはいかないわ!」
「かかれッ!」
「ヒャイーッ!」
「スカーレットスパーク‐エンジェルチャージ」
 美紀子はかけ声と共にジャンプし、空中で一回転しながら変身して着地した。戦闘員が奇声を上げながら向かってくる。詩織も気絶している結花を庇いながら戦闘員と戦っていたが、ザリガニリーの左手の鋏で首をつかまれて引き寄せられ、みぞおちを殴られて気絶した。スカーレットエンジェルは詩織を助けようとしたが、戦闘員に阻まれた。
「それ! 者ども。この二人を連れていけ」
「ヒャィーッ!」
「待ちなさい!」
「邪魔はさせん!」
 詩織と結花を抱えて遠ざかる戦闘員を追うスカーレットエンジェルの前にザリガニリーが立ちはだかった。
「スカーレットエンジェル。ザリガニリーの稲妻攻撃を受けてみよ」

4-02

 ザリガニリーは頭の触角を真っ直ぐに伸ばして空へ向けた。たちまちまわり一帯が薄暗くなり、轟音と共に高圧電流が放電された。スカーレットエンジェルのまわりに次々と稲光が落ちてきて、その一つがスカーレットエンジェルの至近距離で炸裂した。
「キャーッ!!」
 スカーレットエンジェルは放電と落雷のショックで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてそのまま気絶してしまった。そしてそこには既にザリガニリーの姿は無く、詩織と結花も戦闘員達に連れ去られてしまった。

「美紀子姉さん。美紀子姉さん!」
 戦いの様子をずっと見ていた誠人が、気絶して変身の解けた美紀子のそばに駆け寄ってきた。
「美紀子姉さん! しっかりして。起きてよ! 起きてったら」
 誠人は美紀子を何度も揺さぶったが、美紀子は気絶したまま動かない。
「どうしよう… 姉ちゃん達が連れていかれちゃった… そうだ!」
 誠人はペンションに戻ると、ベランダにあるバケツを見つけ、それに水を入れると気絶している美紀子の所へ駆け寄り、美紀子めがけて水をかけた。
「う… ん」
 美紀子は薄っすらと目を開けた。
「美紀子姉さん! 起きて。姉ちゃん達が」
美紀子は起き上がって、立ち上がろうとしたが、そのままよろけて誠人にもたれかかった。
「わっ! ととと… しっかりして」
 誠人は美紀子を抱えながらペンションまで歩き、ベランダに横にした。
「ふぅーっ。重かったぁ… もうくたくただよ…って、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。美紀子姉さん。しっかりしてよ。姉ちゃん達が連れていかれちゃったんだよ」
「そうだわ。結花と詩織を… う… 」
 美紀子は立ち上がろうとしたが、バランスを崩して倒れこんだ。ザリガニリーの放電攻撃のダメージが意外と大きかったのだ。
「ああぁぁ… 姉ちゃん達が連れていかれちゃって、美紀子姉さんまでやられちゃった… 源太郎叔父さんはまだ帰ってこないし、俺どうしたらいいんだよぉ」
 誠人はそのまま四つん這いになって泣き出した。美紀子は横になったまま誠人に向かって言った。
「ごめんね誠人君… 許して。私がついていながら、二人を助けられなかった」
 最後は涙声で、美紀子の瞳からも涙がポロポロと落ちた。
「馬鹿っ! 泣くなよ美紀子姉さん。泣きたいのは俺の方だよ」
 美紀子は再び立ちあがろうとした。が、再びよろけそうになり、誠人が慌てて支えた。
「ダメだよ無理しちゃ! とにかく中へ入って」
 美紀子は誠人に支えられながら、ベランダから食堂に入り、そのまま床の上に寝かされた。
「そこで待ってて」
 誠人は二階へ行って自分の部屋から毛布を持って下りてくると、美紀子にかけてやり、それから厨房へ行き、冷凍庫から氷を取り出してビニール袋に詰めてから、美紀子のところへ戻ってきた。
「これを頭の上に乗せて。あと少し横になってて。今無理しちゃダメだ」
「ごめんなさい誠人君… ありがとう」
「もう何も言うなよ。早く良くなってもらわないと困るんだ」
 美紀子は宇宙人である。ひどいダメージを受けていながらも、30分くらいで起きられるようになった。誠人はずっと付きっきりで美紀子のそばにいた。
「美紀子姉さん。大丈夫なの?」
「うん。もう大丈夫。誠人君ありがとう。必ず二人は助けるからね」
 美紀子はアジトを捜しに行こうとしたが、どこにあるのか皆目見当がつかない。例の方法で残像記憶を辿ったが、それでも二人の行方を見出せなかった。
「ダメだわ… 記憶を辿れない。きっとあの怪人の高圧電流のせいだわ」
 美紀子の傍では誠人が心配そうな顔で美紀子を見ていた。その時突然事務室の電話が鳴った。

        *    *    *    *


 その頃、捕まった詩織と結花は、アジトで酷い目にあっていた。結花は詩織の目の前で両手を万歳した格好で鎖に繋がれ、体に電流を流されて、苦痛に体を捩らせて悶絶していた。電流は命に関わらない程度の弱いものだったが、女の子を痛めつけるには充分だった。

4-03

「嫌ぁぁーっ! やめてぇーっ 助けて… 助けてぇーッ! あ… あーっ! 体が痺れるぅー」
「やめろ! やめろーッ。結花には手を出すな。あたしが身代わりになるから、結花を助けて」
 それを聞いたザリガニリーは詩織の前に来ると、詩織の顎をこづきながら言った。
「小娘。これ以上お前の仲間が苦しむのを見たくなかったら、我々の言う通りにしろ」
「何をすればいいのよ」
 ザリガニリーは電話を持ってきた。
「スカーレットエンジェルを電話で呼び出してもらおう」
「スカーレットエンジェルを?」
「そうだ。お前達がスカーレットエンジェルの仲間だってことは分かってるんだ。さあ、電話番号を教えるのだ。グズグズしていると、今悶え苦しんでいる小娘の体に、高圧電流を流して黒焦げの死体にしてやるぞ」
「分かったわ。分かったから! 電話に出るから早く結花を助けて」
「おい! 電気を止めてやれ」
 戦闘員が電気のスイッチを切ったが、結花は失神してしまった。ザリガニリーは詩織から聞いた電話番号のダイヤルを回し、受話器を詩織に突き付けた。
「さあ! 電話に出てもらおう」

        *     *     *     *

 突然事務室の電話が鳴って、美紀子は事務室に入ると電話を取った。
「ハイもしもし。ペンション赤嶺でございます… えっ? 詩織? 詩織今どこにいるの?」
 アジトではザリガニリーが詩織に向かって会話をするように煽った。
「さあ言え。スカーレットエンジェルに、天間高原別荘跡地に来るように言うのだ」
 ペンションでは美紀子が詩織の話を聞いていた。
「うん… 天間高原別荘の跡地… 分かったわ。必ず助けに行くから頑張るのよ!」
 アジトではザリガニリーが受話器を取ると、美紀子に話しかけた。
「そういうことだ。午後二時までに来い。あと約1時間だ。さもないと二人はあの世行きだぞ」
 そこで電話が切れた。美紀子は食堂に戻ると、待っていた誠人のそばに行った。
「誠人君、二人の居場所が分かったわ」
「えっ、本当?」
「君は絶対来ちゃダメ。必ず二人は助けてあげるからここで待ってて」
 美紀子はそう言って外へ出ると、玄関前に置いてあった原付バイクが目に入った。
「確か誠司さんのだわ。キーは事務室の机の中だったはず」
 美紀子は事務室に戻ると、机の引出しを開けてキーを取り出し、再び外へ出てバイクのエンジンをかけた。
「この程度のメカなら私にも扱える」

4-04

 美紀子はアクセルをふかすと、バイクを発進させて天間高原へ向かった。
「美紀子姉さーん! 頼んだよー 絶対姉ちゃん達をたすけてよーっ」
 誠人は走り去っていく美紀子に向かって大声で叫んだ。美紀子が出て行ってから10分位して、一台の乗用車がペンションの駐車場に入ってきて、源太郎と誠一が降りてきた。誠一は合宿の帰りにたまたま源太郎と会い、車に乗せてもらったのである。
「あっ! 源太郎叔父さん」
 誠人は源太郎の姿を見て、ベランダへ出た。
「よう! 誠人。元気にしてたか?」
「それどころじゃないんだ! 姉ちゃんと詩織姉ちゃんが化け物に捕まっちゃったんだ」
「何だって!? それで美紀子は? 美紀子はどうした」
「美紀子姉さん、バイクに乗って二人を助けに行ったんだ」
「どこだ!? 誠人。どこへ行ったか分かるか?」
 誠人は美紀子が電話で話していた内容を思い出した。
「そうだ… たしか天間高原の… 天間高原の別荘跡地って言ってたよ」
 源太郎は荷物を持って後ろに立っていた誠一の方を向いた。
「誠一君。天間高原の別荘跡地って分かるか?」
「分かるけど、一体何の話をしてるんだい? 化け物がどうだとか、二人を助けるとか」
「説明してる暇は無いんだ。とにかくそこへ案内してくれないか?」
「わ… 分かったよ」
 源太郎は再び車のエンジンをかけると、誠一と誠人に乗るように促し、二人が乗るとアクセルをふかして勢いよく発進した。

        *     *     *     *

4-05

「えっ? 美紀子が宇宙人?」
「ああ… 俺も最初は信じられなかったんだが、美紀子は地球征服を企むクイーンリリーとかいうやつと戦う宇宙戦士なんだそうだ」
「そんなウルトラマンシリーズみたいな事、急に言われても信じろって言う方がおかしいよ。誠人… 本当に美紀子が宇宙人で、戦士だっていうのか?」
「そうなんだよ。誠一兄さん、俺だって見たんだよ。美紀子姉さんが変身して化け物と戦ったんだ。源太郎叔父さんや詩織姉ちゃんだって見たんだから」
 誠一はまだ半信半疑だった。現実離れしていたし、突飛な話なので、とても信じられなかったのである。車は誠一の案内で、一路天間村別荘地跡へと疾走していた。
 その頃美紀子は既に目的地の近くの、別荘地の入り口まで来ていた。美紀子は道路脇に倒れていた看板を見つけ、『天間高原○○別荘地1km』と書いてあるのを見て、そのままアクセルをふかして別荘地へ向う道路へ入ると、全速力で突っ込んでいった。それから暫くして、源太郎が車でやってきた。
「源太郎さん。ここだよ」
「よし。二人とも行くぞ!」
 源太郎はハンドルをきって別荘地へ向う道路に入った。

       *     *     *     *

 美紀子は目的地を見渡せる場所まで到達していた。そこにはとても人が住んでいるとは思えないような、数件の廃屋が並んでいた。
「ここが指定された場所か… 二人は一体どこにいるんだろう」
 戦闘員が美紀子を発見し、ザリガニリーに報告した。
「ザリガニリー様。スカーレットエンジェルが来ました」
「ふふふ… そうか」
 ザリガニリーは傍らで背中あわせに縛られている詩織と結花に向かって言った。
「良かったな。これでお前らは命拾いしたわけだ」
 美紀子は用心しながら廃屋に近付き、スティックを出して辺りを探った。するとスティックの先が点滅した。その方向には自分がいる場所と別の建物があった。

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「あの建物だわ」
 美紀子はスティックが点滅した建物に向かって歩き出した。
「待っていたぞスカーレットエンジェル! 今度こそお前の最後の時だ」
 突然建物からザリガニリーが出てきた。
「二人はどこなの?」
「あわてるな。今対面させてやる」
 ザリガニリーが合図すると同時に、縛られた詩織と結花が戦闘員に連れられて出てきた。
「詩織! 結花ちゃん!」
「助けて。助けてぇーっ」
 結花は恐怖のあまり、大声で叫んだ。

4-06

「この二人を助けたかったら、おとなしく俺の言う通りにしろ。少しでも抵抗すれば、この二人はあの世行きだぞ」
「分かったわ。言う通りにするから、二人を放して」
「それでは変身を解け」
 スカーレットエンジェルは言うとおりに変身を解いた。
「え・・ 美紀子さん」
「者ども、取り押さえろ!」
 ザリガニリーの命令で数人の戦闘員が美紀子に近付いて組みつくと、美紀子が身動きできないように押さえ付けた。
「二人を放す約束よ。早く放しなさい」
「そうはいくか。お前をなぶり殺しにしたあと、この二人もお前の後を追わせてやる」
「卑怯者!」
「何とでもほざけ。お前はこれからこいつのようになるのだ」
 ザリガニリーはそばにいた戦闘員に向けて、口から泡を吐いた。泡は戦闘員にまともにかかり、戦闘員は絶叫と共にドロドロに溶けた。
「嫌ぁーっ!」
 あまりの怖さに結花が失神した。ザリガニリーは左手の鋏を突き出すと、美紀子の首を挟んだ。
「スカーレットエンジェル! お前の最後だ」
 美紀子は動じることもなく、ザリガニリーを見据えた。その視線の先には源太郎と誠一の姿があった。源太郎たちは既に近くで様子を覗っていたのだ。そして、怪人が二人の人質と共に姿を現したのを見て、詩織と結花を助ける機会を待っていたのである。
「死ね!」
 ザリガニリーが鋏に力を入れるより先に、源太郎と誠一が飛び込んできて、詩織と結花を捕まえていた戦闘員を突き飛ばすと、二人の縄をナイフで切った。同時に美紀子はザリガニリーの腕を足で蹴り上げ、鋏を払い除けた。そして自分を押さえつけていた戦闘員を殴り倒した。
「美紀子! 二人は助けた。もう大丈夫だぞ!」
「ありがとう源太郎さん。誠一君」
 美紀子はポーズをとった。
「スカーレットスパーク‐エンジェルチャージ!」
「おのれスカーレットエンジェル! 者どもかかれっ」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員の一隊がスカーレットエンジェルに襲いかかり、もう一隊は逃げる源太郎たちを追った。源太郎たちは車があるところまで戻ってきたが、数人の戦闘員が追ってきた。
「源太郎さん。やつらが追ってきたよ」
「誠一。結花を早く車に乗せるんだ」
 誠一は気絶している結花を車に乗せると、誠人と二人で車の陰に隠れ、源太郎と詩織は襲ってくる戦闘員と格闘した。
 一方スカーレットエンジェルは、次々と向かってくる戦闘員を殴り倒したり、ハイキックで倒していった。ザリガニリーがスカーレットエンジェルに向かって泡を吐いた。スカーレットエンジェルは戦闘員の一人を楯代わりにした。泡が戦闘員にかかり、戦闘員は悶絶しながらドロドロに溶けた。さらに泡が吐かれ、スカーレットエンジェルが避けると、その後ろにあった建物の壁が溶けて燃え始めた。
「エンジェルスマッシュ!」
 スカーレットエンジェルはザリガニリーめがけてエネルギー波を放ったが、ザリガニリーの身体は鎧のような甲羅で覆われているため、エネルギー波が跳ね返った。
「スマッシュが効かない… 」
「馬鹿め! 俺の体は砲弾でも跳ね返すほど頑丈なのだ。稲妻攻撃を受けてみよ」
 あたり一面が暗くなり、五万ボルトの高圧電流が放電された。

4-07

「エンジェルシールド!」
 スカーレットエンジェルを包むようにバリヤーが張られ、放電エネルギーは全て跳ね返されたが、閃光のためにスカーレットエンジェルは目が眩んで、その場に膝をついた。そこへザリガニリーが猛然と襲いかかった。閃光で目が眩んだスカーレットエンジェルは、ザリガニリーの攻撃を防ぐことが出来ず、ハイキックをまともに受け、反動で後ろの建物の壁に激突した。
「ぐ… 」
「とどめだ」
 ザリガニリーはスカーレットエンジェルめがけて口から溶解泡を吐いた。スカーレットエンジェルが紙一重で避けると、後ろの壁に大きな穴があいた。
「しぶとい小娘め! これで成仏させてやる」
 ザリガニリーは左手の鋏でスカーレットエンジェルの首を挟んだ。
「お前の首を切ってやる」
 スカーレットエンジェルは両手で鋏をつかみ、何とかして振りほどこうとしたが、鋏の力が強く、次第に締め付けられてきた。
「うぅぅ… 」
 スカーレットエンジェルは足でザリガニリーを何度も蹴った。しかしザリガニリーの鋼鉄の鎧みたいな甲羅がそれを弾き返した。
「無駄なあがきだ! 死ね」
「エ… エンジェルスマッシュ!」
 エンジェルスマッシュが放たれ、ザリガニリーの体が反動で後ろへ吹っ飛んで、ザリガニリーは地面に尻餅を付いた。頑丈な甲羅のためにダメージはなかったものの、至近距離から食ったので、その反動で吹っ飛ばされたのだ。スカーレットエンジェルも同じように反動で後ろの建物の壁にぶつかった。
「ゲホゲホッ… 」
 スカーレットエンジェルは首を押さえて苦しい仕草を見せた。
「おのれ小癪な! 今度こそあの世行きにしてやる」
 ザリガニリーは触角を真っ直ぐに伸ばし、稲妻攻撃の態勢をとった。辺り一面が暗くなる。
「エンジェルブレード!」
 スカーレットエンジェルはブレードを出すと、エネルギーをためて攻撃態勢をとった。
「エンジェルストーム!」
 スカーレットエンジェルはブレードをザリガニリーめがけて投げた。が、ブレードはザリガニリーの甲羅で弾き返され、手前の地面に突き刺さった。
「稲妻攻撃!」
 五万ボルトの高圧電流が放電され、雷鳴と共に次々と稲妻が降り注いできたが、電光はみなザリガニリーの手前に突き刺さったスカーレットエンジェルのブレードに向けて落下し、全て吸収されてしまった。ブレードが避雷針とアースの役割を果たしたのだ。
「な、何いっ!? そんな馬鹿な」
 スカーレットエンジェルは、ザリガニリーの稲妻を避けるために身を竦めていたが、ブレードがアースの代わりになったのを見て、立ちあがって身構えた。
「今度はこっちの番よ!」
 スカーレットエンジェルは突き刺さったブレードを抜き、ブローチにあててエネルギーをためた。
「おのれ小娘!」
 ザリガニリーはすごい形相でスカーレットエンジェルに向かってきた。スカーレットエンジェルはエネルギーのたまったブレードを、ザリガニリーに向けて振り下ろした。
「エンジェルトルネード!」
 炎、水、光の束が渦を巻いてザリガニリーに降り注ぎ、ザリガニリーはその中に包み込まれた。しかし、エネルギー波が消滅しても、ザリガニリーはまだ何ともないように立っていた。
「ああ… トルネードも効かない???」
 と思ったが、ザリガニリーの甲羅にひび割れが出来て広がっていき、身体の至るところから白煙を上げた。既にザリガニリーは大きなダメージのため、戦闘力を喪失していた。
「スカーレットエンジェル… 勝ったと思うなよ。俺は負けたが、クイーンリリー様の作戦は成功したのだ」
「どういうこと?」
「俺がここでお前を足止めしている間に、クイーンリリー様はこの地を離れて、作戦根拠地を作り、世界征服のための足場を固めつつあるのだ。お前がいくら捜しても見つけられるものか。世界はいずれクイーンリリー様の物になるのだ。ワーッハッハッハッハ」
 ザリガニリーはそのまま前のめりに倒れ、爆発して木っ端微塵に吹っ飛んだ。戦いは終わり、スカーレットエンジェルが勝ったのだが、スカーレットエンジェルはザリガニリーの言った事が気になっていた。
「クイーンリリーはもうこの地にはいない… そうか。エージェントを囮にして、私をここで足止めさせたのね。一体どこへ行ったの… 」
「おーい!」
 その時源太郎と詩織が心配してやって来た。
「スカーレットエンジェル。怪人は?」
「倒したわ。でも気になることが」
「どうした?」
「クイーンリリーはもうこの地を離れて、私達の知らない所に作戦根拠地を作り、世界征服の足場を固めているってエージェントが言ったのよ」
「何だって?」
「…」
「スカーレットエンジェル。とにかく行こう。みんな待ってるから」
「はい」
 車のあるところまで戻ると、誠一と誠人が車のそばで待っていた。誠一はスカーレットエンジェルの姿を見ると、真っ先に駆け寄った。
「美紀子。お前、美紀子なんだろ?」
 スカーレットエンジェルは無言で頷いた。
「本当に宇宙人だったんだ… 」
「ごめんなさい。今まで黙っていて」
「謝ることないじゃん。宇宙から来た正義のヒロイン、スカーレットエンジェルか… 今のお前、すごくかっこいいぜ」
「ありがとう。それより源太郎さん。結花ちゃんは?」
「車の中。まだ気絶したままよ」
 源太郎の代わりに詩織が答えた。スカーレットエンジェルは車のドアを開け、気絶している結花の額に手を置いた。詩織が不思議そうにスカーレットエンジェルに聞いた。
「何をするの?」
「結花ちゃんから今の記憶を消すの。あんな怖い思いをして、かわいそうだから。目が覚めた時には、今までのことはみんな忘れているわ」
 スカーレットエンジェルの手が光り、二秒くらいでその光は消えた。
「もう大丈夫」
 そう言ってスカーレットエンジェルは変身を解き、美紀子に戻った。
「よし! みんな帰ろう」
 源太郎の一声で、居合せたみんなは車に乗り、美紀子もバイクに乗った。源太郎はアクセルをふかすと、車を発進させ、美紀子もそのあとをバイクでついていった。

        *     *     *     *

 その頃、スカーレットエンジェルの隙をついて姿をくらましたクイーンリリーは、富士山麓の某所に立っていた。その後ろには薄汚れた看板があって、『青○○原樹海』と書かれていた。ここは富士山の溶岩で出来た地形である。道路や遊歩道のある場所以外は、一旦足を踏み入れて迷ったら遭難してしまう恐れのある深い森林地帯で、所々にある迷路のような洞窟や風穴は、天然の要害にもなるし、誰にも知られずに世界征服のための前身基地を設ける場所としては最適であった。
 クイーンリリーは樹海の奥へ奥へと進み、大きな洞穴を見つけた。
「よし… ここにしよう」
 クイーンリリーは自分のいる周辺に結界バーリアを張り、持っていた種をばらまいた。すると種が成長し、多数の戦闘員が自分の周りに立った。
「ここを我々の橋頭堡とする。私は必ず世界をこの手で支配する。者ども、ありとあらゆる手段を使い、世界征服のための作戦を実行するのだ」
「ヒャイィーッ!」
 クイーンリリーはついに組織強化に乗り出した。結界バーリアはこの位置を誰にも悟られないように張り巡らしたのだ。こうしておけば、スカーレットエンジェルといえども、そう簡単に見つけることは出来ない。

        *     *     *     *

「そうか… それじゃ君の言うクイーンリリーは、完全に姿をくらましたという事か」
「はい。私の力を持ってしても、探し出すのは難しいでしょう」
「なるほど… これからの戦いはかなり厳しくなりそうだな。敵がどこからやってくるのか、まるで分からないんだからな」
 ペンションの食堂では、美紀子を中心にして、源太郎、詩織、誠一、そして誠人も混じって対策を練っていた。が、クイーンリリーが行方をくらまし、さらに作戦根拠地を作って足場を固めている以上、必ず近いうちに何かしらの事件が起こる恐れがあった。
「すみません。私にもっと力があれば… 」
「何言ってるの。美紀子が悪いわけじゃないよ」
「美紀子姉さん、悲観的になっちゃダメだよ。だって正義は必ず勝つんだから」
「そうそう。正義のヒロインだったら、もっと前向きにならなきゃ」
「ありがとう詩織、誠一さん、誠人君」
「それよりも、君がここにいたままでは、何かと不便なんだよな… 」
「どういう事ですか源太郎さん」
 源太郎はさらに付け加えるように言った。
「私の事務所に来れば、君も動きがとり易くなるんじゃないかな。私の事務所はS県の鷲尾平というところにあるんだが、その事務所は私の自宅でもあるんだ。君は私の養女になったんだし、君の籍は私の所にあるんだ。詩織も誠人も近くに住んでいるし、もし良かったら私のところへ来ないか?」
「確か源太郎さんは探偵でしたね」
「そう。それで、私のところへ来ないかというのは、私の助手になってほしいという事なんだよ。この事には詩織も賛成してるし、それからもう一つ」
 源太郎は大きめの封筒を取り出し、美紀子の前に置いた。
「源太郎さん、これは?」
「聖陵学園高校の資料だよ。君は宇宙人で戦士なんだろうけど、普通の人から見れば君は誠一君と同じで、高校生くらいに見えるんだ。ここの理事長は俺の知り合いで、君の事を話したら編入させても良いと言ってるんだ。もちろん君が宇宙人だとは言ってないし、スカーレットエンジェルだとも言ってない。君はアメリカ帰りの帰国子女という扱いにしてあるんだ」
「美紀子。あたしも聖陵学園なんだよ。ねえ、どうする?」
「学校… ですか」
「ああ。ところで失礼だが、君の本当の年はいくつなんだ?」
「私の星は地球と大体似ているんですけど、私の場合は戦士として育てられたんで、生まれたのも母親からではないんです。私はコンピューターが選び出した卵子と精子で出来た子供で… 地球で言う『試験管ベビー』に相当するんです。それに地球と私の星では自転周期も公転周期も違うので、地球の1年が私の星の1年とは限らないんです。だから年はなんて言ったらいいか… 」
 その話を聞き、詩織も誠一も誠人も生唾を飲みこんだ。
「そうか… それじゃこうしよう。地球では君は17歳という事にしよう。実は私との養子縁組を決めた時に、君の年齢を17歳にしてあったんだ。それでいいかな?」
「は… はい。地球のそういうことはまるで分からないんで、源太郎さんにお任せします。私もこれから地球のことを色々と知っていかなければならないんで。詩織や誠人君がそばにいてくれると助かります」
「決まりだな。美紀子。それじゃこのペンションのオーナーには俺が話をするから。美紀子が九月から聖陵学園に通えるよう、手続きもしておくぞ」
「はい。ありがとう。お願いします」
 詩織と誠人は喜んだが、誠一だけは何か物足りない表情だった。誠一は美紀子に一目ボレしていたので、美紀子に傍にいてほしかったのだ。誠一はそれを払拭するかのように、口を切った。
「腹減ったな… そういえばもう6時過ぎてるぜ」
 美紀子がそれを聞いて立ちあがった。
「私、これから作りますから。皆さん待っててください」
 そう言って美紀子は厨房へ向かった。
「俺も手伝うから」
 誠一も後をついていった。詩織は結花が心配なので、二階へ様子を見にいった。結花はアジトで拷問され、酷い目に遭っている。その記憶はスカーレットエンジェルによって消されたのであるが、失神したまま部屋のベッドで寝ていたのである。
 詩織がドアを開けると、結花はベッドの中で起き上がっていて、キョトンとした表情で詩織を見た。
「結花… 起きたの?」
「うん… 詩織姉さん、私どうしてテニスウェアで寝てるの?」
「あんたテニスコートでぶっ倒れたんだよ。今日暑かったし、日射病じゃないの? あたしと美紀子でここまで運んで、そのまま寝かせたのよ」
「何だか私… 変なやつに絡まれたような… 」
「夢よ夢! あんた怖い夢を見たのよ。もうすぐ晩御飯だけど、起きられる?」
「うん。もう大丈夫」
「それじゃ着替えて下に下りてきて。今日は美紀子が料理を作ってくれてるから」
 詩織はそう言うと、部屋を出ていった。結花は何かを忘れているような気がしていたが、ベッドから起き上がるとテニスウェアを脱いで別の服に着替えた。
 その日の夕食は美紀子の手料理で、食事の時間が大いに盛り上がった。源太郎はビールと缶チューハイを買ってきて、自分が飲むだけでなく、事もあろうに誠一に勧めた。誠一は未成年だったが、時々父の誠司に勧められて酒を飲んでいたので、勧められるままに飲んだ。それにつられて美紀子と詩織まで缶チューハイを飲んでしまった。食事が終わり、後片付けが終わってから、美紀子と詩織は調子に乗って再び缶チューハイを飲み、酔いつぶれてしまった。
「あ~ぁ。この二人… こんなに飲んじゃって。まだ未成年なのに」
 酔いつぶれてグッタリしている美紀子と詩織を見て、結花が呆れたように言った。二人のそばには缶チューハイの空き缶が6個も転がっていた。誠人がグッタリしている美紀子に向かって、冷やかすように言った。
「正義のヒロインも酒には弱いんだなぁ」
「そんな事よりどうするの? 部屋まで運ぶの大変だよ」
「俺布団持ってくるよ。ここで寝かしちゃおう」
 という事で、誠人は結花、誠一と三人で部屋から布団を持ってきて食堂の床に敷き、二人を寝かせた。
翌日の朝になり、美紀子はいつものように一番に起きて朝食の準備を始めたが、頭がフラフラしていた。隣り合わせで寝ていた詩織も美紀子が起きたので一緒に起きた。
「美紀子、つらそうだね」
「うん。何だか頭がフラフラするのよ」
「それ二日酔いだよ。美紀子ゴメンね。調子に乗って飲ませちゃって」
「いいよ… 私もこれから気をつけるようにするから」
 
        *     *     *     *

 昼過ぎになって、出かけていた誠司と和枝が帰って来た。美紀子を気に入っていて、自分の娘のように思っていた和枝は、源太郎が自分の傍に置くと言った時に、少しガッカリしたような顔をした。
「そうなの… そうよね。美紀子ちゃんは源太郎さんの養女になったんだし。仕方がないわね。それで、いつこっちを発つの?」
「源太郎さんが詩織と結花ちゃんと誠人君を連れて、明日帰るって言うんで、一緒に帰りたいんですけど。それに私9月から学校へ行くことになって、その準備や手続きがあるんです。我侭言ってごめんなさい」
「謝らなくて良いのよ。美紀子ちゃんのおかげで、今年の夏はペンションの仕事が随分はかどったんだから。それに美紀子ちゃん宛てにこういうものも来てるのよ」
 そう言って和枝は一枚の葉書を渡した。差出人は聖陵学園高校テニス部の部員達で、合宿に来た部員達の寄せ書きが書かれていた。美紀子はそれを両手で持って自分の胸にあてた。
「いつでもいいからまた遊びに来なさい。私も主人も誠一も歓迎するから」
「どうもありがとう」
 美紀子は涙目になり、テーブルの上に涙が落ちた。
「あらあら… ねえ美紀子ちゃん、私からあなたにあげたい物があるんだけど、ちょっと私の部屋に来てくれる?」
 和枝は美紀子を自分の部屋に連れていき、一着の浴衣を差し出した。
「これ… あなたにあげる。今日と明日の夜に、稲荷明神の縁日があるの。明日帰るんだったら、今夜行って楽しんできなさいよ。これを着ていくといいわ」
「和枝さん。色々とどうもありがとうございました」
 夕方になり、美紀子は和枝に貰った浴衣を着て、ペンションの玄関前に立っていた。結花も和枝に浴衣を貰い、美紀子と二人で玄関前に並んで、誠一と詩織が写したカメラのフイルムに収まった。
「美紀子、結花。二人とも似合ってる。とっても可愛いよ」

4-08

「詩織も浴衣着たらいいのに」
「いいのいいの。あたしはこういうスタイルの方がいいの」
 詩織は相変わらずいつものオーバーオールのスタイルだった。
「それじゃみんな気をつけてね」
「はい。じゃ行ってきます」
 美紀子と結花、詩織と誠一、誠人は源太郎と誠司の車に分乗して出かけていった。

        *     *     *     *


 次の日の朝、美紀子が天間村を離れる時が着た。
「それじゃ和枝さん。誠司さん。誠一君。お世話になりました」
「美紀子ちゃん。いつでも遊びにいらっしゃい」
 和枝はさらに付け加えるように、美紀子に封筒を渡して言った。
「それから、これは少ないけど美紀子ちゃんが手伝ってくれた分の報酬よ」
 封筒の中を見ると、現金が入っている。
「そんな… 困ります。私… 大した事もしてないのに」
「いいのよ! 美紀子ちゃん一生懸命やってくれたじゃないの。だから貰ってくれないと私も困るのよ。黙って受け取ってちょうだい」
「… 分かりました。どうもありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃ私行きます。今まで本当にありがとう」
 美紀子は車に乗ると、見送ってくれている三人に手を振った。源太郎は車を発進させ、一路源太郎達が住むS県鷲尾平へと向かった。



 スカーレットエンジェルはクイーンリリーのエージェントを倒した。しかし、クイーンリリーは行方をくらまし、作戦根拠地を設けて新たにスカーレットエンジェルに挑戦してくるのだ。これからどんな試練が待ち構えているのか… 負けるな! スカーレットエンジェル。
 
 (つづく)


 次週予告・・・ って次回予告の間違いですよ

 第5話 怪奇! 少女を襲う蝶の群れ☆

 源太郎の養女となった美紀子は、S県の鷲尾平にある源太郎の事務所兼自宅に住むことになり、聖陵学園高校への編入手続きも無事終了し、9月の二学期から聖陵学園高校の生徒となることが決まる。
そんなある日、クイーンリリーの魔手がまたも迫ってくる。クイーンリリーは、エネルギーを量産するために必要な少女の生き血を集めるため、怪人バタフライリーを使って作戦を開始。バタフライリーは大量の毒蝶を使い、毒鱗粉で少女を仮死状態にして次々と誘拐する。
 図書館の帰りに偶然誘拐現場を見てしまった誠人のガールフレンドの久美子が狙われた。久美子が危ない !  誠人からの電話で美紀子と詩織は、源太郎とともに行動を起こす。

 次週(次回だってば)・・・  怪奇 ! 少女を襲う蝶の群れにご期待ください

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

第5話『怪奇! 少女を襲う蝶の群れ』

2011年 10月13日 17:51 (木)


5-00.png
 

 天間村からS県の鷲尾平に来た美紀子は、鷲尾平駅の近くにある源太郎の探偵事務所兼自宅に住むことになった。お互い血は繋がっていないものの、源太郎の養女となり、親子の関係になったのだ。天間村で知り合い、親友の誓いをした詩織は勿論、結花も誠人も、美紀子を姉のように慕っていたので、美紀子が源太郎の養女になることに大賛成だった。
 しかし、クイーンリリーは行方をくらまし、組織強化のための作戦根拠地を富士山麓にある青木ヶ原樹海の某所に設置して、本格的な世界征服作戦を開始しようとしていた。クイーンリリーの組織体制が固まる前に、何としても根拠地をつきとめ、クイーンリリーを倒して組織を根絶やしにしたい美紀子であったが、クイーンリリーは根拠地の周辺に結界バーリアを張り巡らし、その位置をつきとめることは容易ではなかった。さらに作戦を遂行するにあたり、各地にアジトを設けて前身基地とし、世界征服のための作戦区域を拡大しつつあった。美紀子つまりスカーレットエンジェル一人では、とても手がつけられない状態になりつつあったが、それでも世界平和。いや宇宙全体の平和のためには戦うしかなかった。
 スカーレットエンジェルには心強い味方がいた。養父となった源太郎と、その姪の詩織である。二人はスカーレットエンジェルに全面的な協力を約束し、詩織は天間村にいたときから、スカーレットエンジェルと行動を供にしてきた。源太郎は表向きは単なる私立探偵だが、実はインターポールの特命捜査官で、怪奇現象や超常現象を専門に扱うプロフェッショナルであり、いずれ美紀子にもそのことは知れるのだが、今は組織の方針で秘密厳守となっていて、美紀子といえどもその秘密を明かすわけにはいかなかったのである。

        *     *     *     *

5-01

「美紀子。こっちへ来て座れ」
 源太郎の事務所のリビングで、美紀子は源太郎に言われるままに椅子に座った。そして源太郎は、美紀子に一度見せた封筒をもう一度テーブルの上に置いた。
「昨日も見せたんだが、聖陵学園高校の資料と案内所一式だ。理事長はお前の編入を認めているんだが、教職員達の中では、素性の分からない者を簡単に編入させるのはどうかと言う声があってな。それでお前に形だけでもという事で、試験を受けてもらうことになったんだ」
「試験… ですか?」
「ああ。試験の日は8月17日。国語と数学と英語。それから面接。今日からみっちり勉強してもらうぞ。俺も詩織も協力するから頑張れよ」
 そこへ詩織が教科書と参考書を持って入ってきた。詩織は自分の家まで源太郎に送ってもらい、それから再び事務所に来たのである。
「美紀子。あたしが付き合ってあげるから、頑張ろうね。あたし… 美紀子と一緒に青春を謳歌したいんだよ」
「何キザなこと言ってんだ。お前大丈夫なのか? 赤点こそ無いが、そんなに出来る方じゃないだろ」
「ひどい! 何よ伯父さん。あたしも予習復習を兼ねることが出来るんだから、一石二鳥じゃない。ね、美紀子」
「うん。ありがとう詩織。私頑張るから」
「それじゃ美紀子。ちょっと一緒に来い」
 源太郎に言われて、美紀子は二階へ上がり、一つの部屋に案内された。
「この部屋を使っていいぞ。それからお前女の子なんだし、あまり変な格好で家の中を歩き回るなよ」
「ありがとう源太郎さん」
「礼なんかいいから。お前は血は繋がっていないけど、俺の娘になったんだから、別に遠慮しなくていいんだぞ」
 階段を降りながら、詩織が話しかけてきた。
「ねえ美紀子」
「何詩織」
「色々な物揃えなきゃいけないね。こっちで生活するんだし、服とか道具とか小物とか… これから買いに行こうか」
「そうだな美紀子。今日のところは何もしなくていいから、詩織と二人で買い物に行ってこい」
 という事で、美紀子は詩織の案内で街の中へ出て、生活に必要な物を買い揃えた。普段着る服… ブラウスやシャツ、スカート、下着、靴下やストッキング、靴などを、詩織の案内であちこちの店を回って買っていった。お金は? それは美紀子がペンション赤峰を去る時、和江から貰った報酬があり、それを使ったのだ。
「結構お金使ったね」
「うん。でもまだ大分余ってるけど」
「源太郎伯父さんはお金持ちだし、美紀子は生活には不自由しないと思うよ」
「でも、源太郎さんには迷惑かけられないから、自分のお金は自分で稼がないとダメね」
「だったら伯父さんの助手やればいいんだよ。今まであたしがやってたんだけど、あたしより美紀子の方が助手に向いてるよ」
「それじゃ詩織が困るじゃない」
「そんな事無いって」
 買った品物は美紀子一人で持ちきれないので、詩織も一緒に持ってやり、夕方になって源太郎の事務所に戻ってきた。詩織は荷物を美紀子に渡すと、明日の朝来るからと言って、自分の家へ帰っていった。美紀子は荷物を部屋に入れると、今日買ってきた服などを一通り眺め、一番気に入っている黄色のミニワンピースを取り出すと、着ていたTシャツとショートパンツを脱いで、ワンピースに着替えて鏡の前に立った。美紀子にあてがわれた部屋は、一通りの家具が揃えられていて、大きな鏡も置いてあった。美紀子は鏡の前でいろんな顔をしてみたり、一回転したり、スカートの裾を持って少し上げるなどの仕草をした。さらに詩織に勧められて買ったカチューシャを頭に着けてみた。その時部屋をノックする音が聞こえた。

5-02

「はーい。入っていいですよ」
 ドアが開いて源太郎が入ってきた。源太郎は美紀子の姿を見て一瞬立ちすくみ、美紀子の姿に見とれていた。が、すぐに気を取り直して美紀子に言った。
「美紀子。俺はこれから仕事に出かける。今日の夜は帰らないから、戸締り頼んだぞ」
「はい。行ってらっしゃい」
 美紀子は源太郎を見送ると再び自分の部屋に戻り、ワンピースを脱ぐと、今度は別の服を取り出して着てみた。そんな事を繰り返している間に夜中になってしまい、美紀子は風呂場でシャワーを浴びたあと、寝巻きに着替えてベッドに横になった。寝る前に詩織が持ってきてくれた参考書に目を通したが、そのまま寝入ってしまい、目が覚めた時には既に朝になっていた。下のほうから呼び鈴の音が聞こえてきたので、美紀子は寝巻き姿のまま玄関へ降りた。覗き窓から覗くと詩織だったので、ドアを開けた。
「美紀子おはよう。って… ちょっと!」
 詩織は入ってくるなりドアを閉め、美紀子の手を引いて急ぎ足で二階へ上がり、美紀子の部屋に入った。
「ダメだよ。そんな格好で出てきちゃ。美紀子は女の子なんだから」
「ゴメン詩織。うっかりしてた」
 美紀子は寝巻きを脱ぐと、昨日買ったばかりのTシャツを着て、ジーンズを履いた。
「ところで伯父さんいないけどどうしたの?」
「昨日の夜仕事だって言って出かけたわ。帰りは今日の昼過ぎだって言ってた」
「そう… じゃ勉強始めようか」
「うん」
 最初のうちは詩織が美紀子に教えていたのだが、美紀子は宇宙人である。それはともかくとして、美紀子は宇宙戦士として育てられたため、基礎学習と応用学習を全てマスターしていたので、教科書や参考書の内容を即座に理解し、問題を難無く解き始めた。そして勉強会をはじめて一時間過ぎた頃には、美紀子が詩織の家庭教師みたいな立場になっていた。
「しっかし美紀子って覚えるの早いね。あたしなんかチンプンカンプンだよ。それによくこんな難しい問題解けるね。これだったら勉強なんかしなくても編入試験受かるよ」
「でも、源太郎さんが勉強しろって言ってるんだから、やらなきゃ。それより詩織、少し休もうか。私飲み物持ってくるから」
 そう言って美紀子は下へ降りていった。詩織は美紀子が使っているノートを見て、解いた問題を眺めた。
「美紀子って頭いいんだな… こんな難しい問題をスラスラ解くんだから」
 美紀子が飲み物を持って戻ってきた。
「一休みしたら始めようか。私、詩織と一緒に高校へ行けるように頑張るから」
「うん! 頑張ろう美紀子」

        *     *     *     *

 美紀子と詩織が勉強会をしていた頃、クイーンリリーは新しい怪人バタフライリーを作りだし、新たな作戦を開始しようとしていた。バタフライリーは鷲尾平の近くに新設したアジトに入ると、司令室でクイーンリリーのメッセージを聞いていた。クイーンリリーは富士山麓にある青木ヶ原樹海内の某所に作戦根拠地を設け、そこで施設の設営を行う傍ら、前線のアジトに指令を送っていたのだ。
「バタフライリー! 我々の作戦行動に必要なエネルギーを量産するため、人間の生き血を集めるのだ。どんな手段を使っても良い」
「ははーっ!」

 5-03
 
 バタフライリーは会話を終えると、戦闘員に指令を通達しようとしたが、戦闘員の一人がバタフライリーの元にやってきた。
「報告します。バタフライリー様。コンピューターで分析した結果、生き血は女のもの、それも12歳以下の少女のものが最も適しているという答えが出ました」
「そうか… 少女の血か。よし! 街へ出て作戦開始だ」
「ヒャイィーッ!」
 その日、鷲尾平市の南隣にある城間市の城間台団地で、団地内の公園で遊んでいた8歳の女の子が、無数の蝶の群れに襲われ、蝶の鱗粉を浴びて意識を失い、突如現れた戦闘員によって連れ去られた。さらに、同じ団地内で登校日のため、学校へ行って帰宅途中の11歳と9歳の姉妹が同じく蝶の群れに襲われたあと、連れ去られる事件が起きた。そして同様の事件が同市内で三件発生し、計6人の少女が誘拐された。これらの事件は家族が捜索願いを出したにもかかわらず、まるっきり手掛かりが無く、また戦闘員や蝶の群れも目撃されず、警察は連続少女誘拐事件として事件を公開し、ニュースとして報道されたが、それから1週間かけて同様の事件が立て続けに発生した。事件を知った源太郎は、内容をインターポールの本部に連絡し、超常現象及び怪奇現象の線から独自の捜査を始めたが、何の手掛かりもつかめないでいた。

        *     *     *     *

 8月17日。その日美紀子は聖陵学園高校の会議室にいた。現在11時30分。美紀子は最後の筆記試験である英語の答案を書いていた。これが終われば昼休みを挟んで午後から面接があり、2時半ごろには結果が発表される。美紀子は詩織に見たててもらった黄色のミニワンピースを着ていた。本来ならば制服着用なのだが、美紀子は帰国子女で制服が無いために私服だったのだ。詩織は美紀子に付き添って学校まで来て、試験が終わるまで図書室で本を読んでいた。学校は夏休み中だったが、部活などで学校に来ている生徒も結構いて、図書室も鍵が開けられていたので、詩織は入ることが出来たのである。
 最後の面接試験が終わり、美紀子は会議室に戻ってきた。詩織も図書室から出て、会議室に来た。
「美紀子どうだった?」
「大丈夫だと思う。問題そのものは難しくなかったよ。詩織が教えてくれたおかげだね」
「はいはい… 本当はあたしの方が美紀子に教えられてたんだけどね」
 雑談をしているうちに時間が来て、美紀子と詩織は職員室の入り口の壁に張り出された結果を見に行った。既に結果は張り出されていて、二人はその内容に見入った。
『昭和○○年度編入試験 合格者 紅林美紀子』
「やったーっ! 美紀子おめでとう」
「ありがとう詩織」
 美紀子と詩織はお互いに両手を繋ぎ合い、小躍りして喜んだ。これで美紀子は晴れて聖陵学園高校の2年生として、2学期から編入することが決まったのである。
 結果を知らせに源太郎の事務所に帰った二人だったが、源太郎は事務室の机に向かって浮かない顔をしている。
「源太郎さん。どうかしたんですか?」
 美紀子と詩織がそばに来て、ようやく源太郎は気付いて顔を上げた。
「ああ… 帰ってきたのか。試験はどうだった?」
「合格したわ。私、2学期から高校へ行けるわ」
「それはよかった」
「本当にどうしたの? なんか変ですよ」
「そうだよ伯父さん。美紀子が試験に受かったんだし、喜んであげないの?」
「それどころじゃないんだ。美紀子。お前が戦っている連中が動き出したみたいなんだ」
「ええっ?」
 源太郎は新聞を机の上に置き、美紀子に向けて差し出した。美紀子は新聞を手に取ると、ニュースのページを開いた。
「少女連続失踪事件のニュースを読んでみろ」
 美紀子は言われるままに少女連続失踪事件の部分に目を通した。後ろにいた詩織も一緒になって見た。記事によると、原因不明の少女失踪事件が数件起こっていると書かれている。
「新聞だけでなくて、テレビのニュースでもこの話題で持ちきりだ。この1週間で12歳以下の女の子ばかりが、14人も行方不明になってるんだ。俺もこの1週間独自に調査したんだが、何の手かがりも無しだ」
「どうしてもっと早く私に教えてくれなかったの?」
「お前試験勉強があっただろう。それにまだやつらの仕業だと断定できないから、お前に余計な心配をさせたくなかったんだよ」
「でも何が目的で子供ばっかり… それも女の子だけをターゲットにしてるんだろう… 美紀子はどう思う?」
「うーん… 共通点は12歳以下の女の子… 他に何か共通点は無いのかな」
 源太郎が口を切った。
「詩織。探偵の武器は何だ!? 前に教えたはずだが」
「え… あ。そうか! 足だ」
「あし?」
「そう。美紀子。足を使うの。つまり調査よ」
「そうか。詩織分かったわ。現場へ行って調べるって事ね」
「そうと分かったら早速行こう」
「ちょっと待て二人とも。現場の場所が分からないのにどうやって行くんだ」
 そう言って源太郎は地図を机の上に置いた。

5-05_20111027211818.png

「A地点からC地点までは俺が調べた。残っているところを調べるんだ」
「分かったわ。詩織行こう」
 美紀子と詩織はそのままの格好。つまり美紀子は黄色のミニワンピース。詩織は制服のままで出ていった。事務所を出たところで詩織が時計を見て、続けて地図を見た。
「もう4時近いわ。今日中に全部調べるのは無理よ。AからCは伯父さんが調べたっていうから、今日は近いところから行こう」
「すると、GとHかな」
「うん。この二ヶ所だったら、ここから歩いて30分くらいってとこかな。美紀子行くよ」
 詩織は地図を片手にスタスタと歩き始めた。途中コンビニに立ち寄ってジュースを買って飲んだ後、20分程でH地点に着き、詩織は源太郎から借りてきた詳細図を見た。

5-04

「美紀子こっち」
 実紀子と詩織は小走りに目的地へと向かった。
「ここが事件現場だわ」
 詩織は目の前にある一軒の家を指差して言った。
「被害者はこの家の一人娘で、年は9歳。居間でピアノのレッスン中に消えたとあるわ」
「部屋の中で? やつらだったら出来るかもしれない。でもどうやって誘拐したんだろう」
「もう一箇所の方も行ってみよう」
 美紀子と詩織はG地点に到達した。そこは公園だったので、誰にも断らずに失踪した場所まで行くことが出来た。
「ここで失踪したのは11歳の子か。何か証拠のような物があるといいんだけど」
「詩織! これ」
「どうしたの美紀子」
 美紀子は地面に落ちている物体を指差し、拾おうとした。
「待って! 美紀子。こういう時は素手で触っちゃダメ」
 詩織はポケットからビニール袋を取り出して裏返しにすると、手を入れて物体をつかみ、そのまま器用に袋を表にして手を抜いた。
「美紀子。これは蝶の羽根だよ。証拠にするには程遠いけど… 」
 美紀子は詩織が差し出した袋の中にある蝶の羽が、一瞬光ったのを見逃さなかった。詩織が捨てようとしたのを、美紀子が慌ててとめた。
「詩織! これ… 大変な代物かもしれない。私この蝶に見覚えがあるの。とにかくすぐ帰ろう」
「どういうこと? 見覚えがあるって… それにどうやってこれを調べるの?」
「私の記憶では、この蝶は地球に存在しないの。私が地球にくる時一緒に持ってきた道具で分析することが出来るの」
 詩織は美紀子の顔を見て、我に返った。
「そっか! そういうことか。分かった」
 美紀子と詩織は調査をやめると、事務所へ帰る為に現場を後にした。事務所に戻ると、源太郎は事務所の机の前で仕事をしている。美紀子と詩織は二階へ上がり、美紀子の部屋に入った。
「詩織ちょっと待ってて。変身するから」
 そう言って美紀子はスカーレットエンジェルに変身し、胸のブローチを両手で押さえて、そのままゆっくりと床に向けてのばした。するとブローチから一筋の光が床に向けて伸び、床の上に色々な物が形となってあらわれた。それは本の他、小型のコンピューター、素人には分からないような精密な機械などだった。美紀子は変身を解くと、呆気にとられている詩織を促し、一冊の本を開いた。
「美紀子。あんたこれだけの物をいつも持ち歩いてたの?」
「うん。私がスカーレットエンジェルになると、胸にブローチがあるでしょ。その中にミクロ粒子の状態で入っていたの。それよりさっき拾ってきた蝶はきっとこれだよ」
 美紀子は開いた本の一項目を指差して詩織に見せた。そこには蝶の絵があり、脇に訳の分からない文字が書かれている。蝶の絵を見た詩織は袋に入った羽根と見比べてみた。
「そっくりだ… いや、これと全く同じだよ。それより美紀子。この文字わかんないけど、なんて書いてあるの?」
「この蝶は第9銀河系第2惑星に生息する、ゴモレ‐ギロダクスという種類の蝶なの」
「第9銀河系? ゴモ・・・ いったい何それ?」
「私は宇宙警備隊の戦士だから、あちこちを回っていたんだけど、この太陽系を含む銀河系は、私達は一般的に第5銀河系と呼んでいるの」
「他にも銀河系があったなんて… 宇宙ってやっぱり広いんだね。で、この蝶はゴー… 何だっけ?」
「ゴモレ‐ギロダクス。この蝶の鱗粉には生物を仮死状態にするくらいの毒があって、一旦浴びると、この毒の抗生剤を投与しない限り、仮死状態のまま動かなくなってしまうのよ」
「じょ… 冗談じゃないよ! 地球でそんな抗生剤なんか作れるの?」
「作れる。私だったら… 地球の物質でも、調合すれば作ることが出来るわ」
 詩織は美紀子の言葉を聞いて生唾を飲み込んだ。
「この蝶がいるってことになると、やっぱりこの一連の事件はやつらの仕業ってことになるわ。でも何のために12歳以下の女の子だけを狙うんだろう… 」
「 … 」
「詩織。薬局に案内してくれる? 適合する薬を探すから」
「いいよ。行こう美紀子。抗生剤作らないと、被害が増えるだけだもんね」
 美紀子と詩織は事務所を出ると、道路向こうにある薬局へ駆け込んだ。そして美紀子は店内をくまなく見て回り、5~6種類の薬を手にしてカウンターへ持っていった。薬局を出た二人は再び事務所に入り、美紀子の部屋へ行った。
「しかし、本当に地球の薬で抗生剤が作れるの? 宇宙の病気なんでしょ?」
「大丈夫。私には薬学の知識もあるのよ」
「美紀子って、スカーレットエンジェルだけじゃなくて、博士みたいな知識もあるんだね。勉強覚えるの早いわけだ」
 その時ドアがノックされた。詩織が開けると、源太郎が立っていた。
「おい。ダメじゃないか。帰って来たならちゃんと報告しなきゃ。それにお前達に地図とデータを貸したままなんだぞ」
「ごめんなさい」
「それより美紀子は何やってんだ。見たことも無い道具や機械がいっぱいあるけど」
「みんな私が自分の星から持ってきたものです。それよりも、失踪事件の謎が解けたんです」
「何だって!?」
「伯父さん。やっぱりやつらの仕業に間違い無いよ。この蝶の羽が証拠よ」
 詩織は袋に入った蝶の羽と、開かれた本に載っている蝶を指差して源太郎に見せ、さっき美紀子が言った事を源太郎に説明した。
「すると、この蝶が少女失踪事件に絡んでいるってことか。それでこの蝶が持っている毒の抗生剤を美紀子が作れるって??」
「はい。この程度の抗生剤なら、三日ぐらいで出来ます」
 源太郎は生唾を飲みこんでから深呼吸した。美紀子の超人的な知識と技術は、地球人のレベルでは計り知れないものだったからだ。

        *     *     *     *

 美紀子の言う通り、抗生剤は三日で完成した。しかし、失踪した少女達の行方は未だに分からず、家族や身内、友達の悲しみは計り知れなかった。それにクイーンリリーのエージェントも表立った行動をとらず、美紀子のテレパスを持ってしても、その動向を探ることは出来なかった。不幸中の幸いといえば、あれから失踪事件が起きていないという事だけだった。
 抗生剤が完成した日の午後、詩織が結花を連れて事務所に来た。目当ては美紀子である。美紀子は自分の部屋で、完成した抗生剤の効き目をチェックし、その結果をノートに書きこんでいたところだった。詩織は部屋のドアをノックし、返事があったのでドアを開け、結花と部屋に入った。
「美紀子。プールに行こう」
「美紀子姉さん久しぶりです」
「あら二人ともいらっしゃい。それじゃ今支度するから」
 そう言って美紀子は必要な物を持つと、詩織、結花と一緒に出かけた。
「源太郎さん。詩織たちと市民プールへ行ってきます」
「分かったー」
 市民プールは、源太郎の事務所から鷲尾平駅を挟んで反対側の、緑ヶ丘公園の一角にある。市民プールに着いた三人は受付で入場料を払うと、更衣室へ行って水着に着替えた。美紀子はこの前の買い物の時、詩織に勧められて水着を買っていたので、その水着を持ってきていた。9月から編入する聖陵学園の制服を受け取ったとき、指定の水着も受け取ったのだが、スクール水着はみっともないからやめるようにと詩織に言われ、買い物で買った水着にしたのである。水着に着替えた美紀子の姿を、詩織も結花も好奇の目で見た。

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「あの… 詩織。結花ちゃん。私何か変?」
「いやいや… 違うのよ美紀子。美紀子のスタイルがあまりにもいいから、二人で見とれてただけ」
 詩織がそう言ったのも無理は無い。案の定、プールサイドに行くと、美紀子の姿は周囲にいた若い男達の視線を集めた。
「詩織姉さん。私美紀子姉さんがうらやましいわ。何だか周囲の視線がみーんな美紀子姉さんに集まってるよ」
「結花。そう言えば誠人は?」
「弟はガールフレンドとデート。今日は図書館へ行くって言ってたけど」
「ガールフレンドって、誠人と同じクラスで委員長やってる、久美子ちゃん?」
「そう。成績でトップ争いしてる、ライバル同士でもあるんだけど」
 詩織と結花は二人で泳ぎながらそんな会話をしていたが、その時詩織は何かを思い出したかのように、急に胸騒ぎを覚えた。
「(そう言えば久美子ちゃんも10歳だわ。例の失踪事件に巻き込まれなければいいけど… )」
 詩織の感はあたっていた。誠人と久美子は図書館にいたのだが、その近くで例の少女失踪事件が起きようとしていたのである。

5-06

 誠人は結花と詩織からプールに誘われたのだが、久美子と図書館に行く約束をしていたので、誘いを断っていた。久美子は誠人の幼馴染で、幼稚園からずっと一緒である。今は誠人と同じ五年三組で、向こう見ずで危なっかしい誠人に比べ、小学生にしては大人びた雰囲気があり、クラス委員をやっていて、誠人からはいつも委員長と呼ばれている。成績もよく、クラスで2番目を常にキープしている。では1番は? というと、実は誠人だったのだ。誠人は見かけは勉強など出来そうも無い腕白坊主で、番長のようなイメージも兼ね備えているが、成績が抜群によく、全国レベルでも上位に入れるくらいの学力があったのだ。
 さて、4時近くなって誠人と久美子は図書館を出ると、それぞれの家への帰路についた。二人とも家が近いので、帰る道も一緒だった。
「委員長って、よくあれだけ本が読めるな。俺なんか全然ダメね。漫画の方がずっといいや」
「何言ってんのよ。私信じられない。それで誠人がいつも一番だなんて」
 話をしながら公園の前を通りかかった時、二人は突然助けを求める悲鳴を聞いた。
「キャーッ! 誰か助けてぇーッ!」
 悲鳴に二人はお互いの顔を見た。
「公園から聞こえてくるよ。行ってみよう」
 誠人と久美子は公園の中に入り、あたりを見まわした。普通ならこの時間は近所の子供達や親子連れがいるはずなのに、なぜか自分達以外付近に誰もいない。
「誠人。何だか変だよ。誰もいないなんて… 」
「ああ… 確かにおかしいな。例の事件のせいかな」
「キャーッ!」
 再び声が聞こえてきて、二人は声のほうを向いた。その方向には大きな木と生け垣があり、声はその向こうからだった。
「あっちだ!」
 誠人は声がした方向を指差しながら、久美子の手を引いて走り出した。生け垣を廻り込んで反対側へ行こうとした誠人を久美子が引っ張って止めた。
「ちょっと待って。私怖いよ」
 誠人は久美子が嫌そうな顔をしたのを見て、その場で止まり、生け垣越しに反対側を覗くことにした。その誠人の目に、凄惨な光景が映った。生け垣の向こう側は花壇があって、今は夏の花が真っ盛りの時期だった。今その花壇の脇の通路上に一人の女の子がいて、その女の子の頭上に無数の蝶が乱舞し、女の子を襲っていたのだった。蝶は金色と銀色が混ざった色合いで、誠人の知識では分からない種類だった。女の子は逃げながら助けを求めていたが、無数の蝶は逃げる方向に廻りこみながら女の子を追い詰め、ついに女の子に次々と取り付いた。
「嫌ぁ… 嫌… た・す・け・て」
 女の子は手で払い落とそうとしたが、蝶は女の子の身体全体を覆い尽くすように取り付き、ついに女の子は力尽きて意識を失い、その場に倒れた。同時にクイーンリリーのエージェント、バタフライリーが戦闘員を伴って現れ、バタフライリーは戦闘員に命令した。
「連れていけ!」
「ヒャイィーッ!」
「化け物だ… やっぱりあいつらだったのか」
 バタフライリーは飛んでいた蝶の群れのうちの一匹を手繰り寄せると、自分の唇に誘導して接吻した。唇が赤い色に染まった。
「ふふふ… 美味しいわ。少女の血が一番ね。さあ行け、吸血蝶たちよ。少女の血をもっともっと吸ってくるのだ」
 誠人はその光景を目の当たりにして生唾を飲みこんだ。そこへ久美子が顔を誠人に近付けてきた。
「誠人… 何なの? 一体何があったの?」
 久美子が一緒に覗こうとした時、誠人は逃げる態勢をとった。
「委員長! 逃げるぞ」
 誠人は戸惑っている久美子の手を引き、走り出した。が、誠人は地面に落ちていた枝を踏んづけ、バキッという音がした。
「しまった… 」
 当然そばにいたバタフライリーと戦闘員達にもその音が聞こえた。
「誰かいるぞ! 捕まえろ」
 戦闘員が逃げる二人を見つけた。
「いたぞ。あそこだ」
 戦闘員たちが追いかけようとしたのを、バタフライリーが止めた。
「待てッ! 私に任せろ。お前達はそいつを連れて行け」
「イィーッ!」
 バタフライリーが、両手を逃げる二人に向けて伸ばすと、無数の蝶が逃げていく二人を追った。
「ふふふ・・ どこへ逃げても無駄だ。私の操る吸血蝶からは絶対に逃げられないのだ」
 誠人と久美子は必死になって逃げていたが、どこへ逃げても隠れても、吸血蝶の群れは正確に二人の後を追ってくる。
「誠人ぉ… 私もうダメ。走れないよ」
「馬鹿! 追いつかれて捕まったら、委員長も失踪者になっちゃうんだぞ」
 そうは言ったものの、誠人も久美子も走り続けてもうヘトヘトだった。途方にくれていると、ちょうどすぐそこにコンビニがあった。
「しめた! 委員長。もう少しだぞ。あそこへ逃げるんだ」
 誠人は久美子の手を握ると、久美子の手を引いてコンビニへ向かって走った。その誠人の目の前に公衆電話があった。
「委員長は中へ入れ」
 誠人は久美子を店内へ入れると、入り口に設置されている公衆電話の受話器を取った。

        *     *     *     *

「それじゃ私はここで」
「うん。じゃまたね。バイバイ」
 市民プールから出てきた美紀子たちは、公園前のバス停にいた。結花はここから自分の家までバスで帰るため、美紀子と詩織は結花に別れを告げて道路を渡り、駅へ向かった。徒歩で駅の反対側へ行くためには、駅の地下通路を通ることが一番の近道だからだ。詩織はさっきから感じていた胸騒ぎがまだおさまらず、思いきって美紀子に切り出した。
「美紀子。誠人のことなんだけど」
「誠人君が何かしたの?」
「誠人にはガールフレンドがいて、その子10歳なのよ。最近の失踪事件のニュースを聞いて、すごい胸騒ぎがするんだ。しかも今日誠人がその子とデートしてるし」
「誠人君のガールフレンドが狙われるかもしれないって事?」
「うん… あたしの取りこし苦労だといいんだけど」
「そう言われると気になるね… 帰ったら結花ちゃんの家に電話してみようか」
 詩織は源太郎の事務所に帰ってくると、真っ先に電話のところへ向かった。そして受話器を取ろうとした瞬間に電話が鳴ったので、詩織は即座に電話を取った。
「はいもしもし… 紅林探偵事務所。え・・・ 誠人? ちょうど今あんたの所に電話しようと思ってたのよ。ええっ? 蝶のお化けが女の子をさらった? 久美子ちゃんはどうしたの? うん… うん… それで今どこにいるの? 坂崎三丁目のエブリーマート。分かった。すぐ行くから絶対そこを動かないで」
 詩織は電話を置くと、後ろにいた美紀子の方を振り返った。
「聞こえたわ。誠人君たちが危ないみたいね」
「うん! ガールフレンドの久美子ちゃんが狙われているのよ。助けに行こう」
「待て二人とも。俺も行く。車の用意するから外で待ってろ」
 二人の会話は源太郎にも聞こえていて、源太郎は車庫から車を出し、美紀子と詩織を乗せると、車を発進させた。
 その頃誠人は久美子と一緒にコンビニの店内にいた。例の吸血蝶の群れは、逃げていた誠人たちに追いつき、店の外を乱舞していた。ときおりガラス窓に体当たりしてきたり、窓にとまって中を覗っている。店内にいた客や店員は、何があったのかと思って騒ぎ出した。二人は店の奥の方でジッとしていた。
「誠人… 怖いよ」
「大丈夫だ委員長。俺がついてる」
 その時駐車場に中型のトラックが乗り入れてきた。同時に外を乱舞していた蝶が、一斉に店のウインドゥガラスに取りついた。ガラスに次々とヒビが入り、ガラスが割れて吸血蝶が店内に入りこんできて、店内にいた客に次々と襲い掛かった。吸血蝶の持つ毒鱗粉がガラスを腐食させたのだ。
「キャーッ!!」
 店内にいた客はパニック状態になって逃げ惑い、次々と吸血蝶の餌食になった。そこへ怪人バタフライリーが数人の戦闘員と供に店内になだれ込んだ。誠人と久美子は騒ぎの中を隙を見て外へ逃げようとしたが、久美子は床に倒れていた人につまずいて転び、バタフライリーに捕まってしまった。
「嫌!! 嫌ぁ助けて。助けてぇ」
 バタフライリーは触角から催眠電波を出して久美子を眠らせると、戦闘員に久美子を運ばせた。
「者ども引き揚げろ!」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員は、停めてあったトラックの幌を被った荷台の中に久美子を入れた。先に外へ逃げていた誠人は、それを見て発進直前のトラックに飛びつき、そのまま荷台の中に入った。同時にトラックが発信し、誠人はズボンのポケットから小型の発信機を取り出し、スイッチを入れた。
 それから10分ほどして、源太郎の車が乗り入れてきた。三人は車を降りると、その凄惨な状況を見て愕然とした。駐車場にはパトカーと救急車がいて、非常線が張られ、店内は警察官や救急隊が大勢いた。道路に面した部分のガラスがことごとく腐食していたり砕け散っていて、店内には吸血蝶にやられた客の死体があった。源太郎が入り口に近付こうとすると、警官が出てきた。
「店内は立ち入り禁止です。ここから先は入ってはいけません」
 警官に止められ、三人は追い返された。
「すみません。店に10歳くらいの男の子と女の子はいませんでしたか?」
 別の警官が来て源太郎に応対した。
「店内は死体だけで、他には何も無いですよ。店内の死体も子供のものではないですよ」
「本当にいないんですか?」
「詩織待て。一旦車に戻るんだ。美紀子も来い」
 詩織が警官に詰め寄ったのを、源太郎が止めて引き戻した。三人は再び車に乗り、その場から発進して、少し行った所にあった空き地に乗り入れた。
「おそらく二人とも捕まって連れ去られたに違いないわ」
「くそっ! 一体どこへ連れていかれたんだ… 誠人。無事でいてくれよ」
「ネエ美紀子。美紀子だったら探れるよね」
「やってみる。二人とも静かにしていて」
 美紀子は両手を額にあてて目を瞑り、精神を集中した。
「トラック… トラックで運ばれたんだわ。行き先は… 北の方向よ」
 その時詩織は運転席の前にある探知機のようなものが点滅しているのに気づいた。
「伯父さん。新しい鼠取りセンサー付けたの?」
「ああこれか。これは発信機の受信装置なんだ。って… 何で反応してんだ」
「もしかして誠人が発信機を持っていたとか… 方向は北。美紀子が言っている方向と同じだわ」
「そういえば誠人に発信機を渡していたのをすっかり忘れていた。これだったらやつらの行き先がわかるぞ」
「伯父さん。早く行こう。誠人達を助けないと」
「ちょっと待って」
「どうしたの美紀子」
「私が作った抗生剤が必要になるわ。きっと二人とも例の毒蝶の鱗粉を浴びている」
「でも、早く行かないと手遅れになるかもしれないのよ」
 美紀子は一瞬考えこんだが、すぐに源太郎に言った。
「源太郎さん。詩織。私ここで降りる。事務所に戻って薬を取ってくるわ。二人はこのまま行ってやつらを追って」
「美紀子。何言ってんのよ」
「大丈夫。スカーレットエンジェルはテレポートが出来るのよ」
「そうか。分かった美紀子。じゃ先に行ってるからな」
 美紀子は源太郎に一礼すると事務所の方へと駆け出した。
「よし詩織。俺達も行くぞ」
 源太郎はアクセルを踏みこむと、車を発進させた。
 走っていた美紀子は公園の公衆トイレを見つけると建物の中に入り、周りに誰もいないのを確認すると、スカーレットエンジェルに変身して、源太郎の事務所にテレポートした。そして自分の部屋においてあった薬を、胸のブローチの中にミクロ粒子に変換して収納すると、両手を額にあてて精神を集中した。スカーレットエンジェルの頭の中に、走るトラックとその周辺の景色が浮かび上がった。
「(今現在、ここから北北東20キロ… 鷲尾平市と新間町の境付近だわ) よし!」
 スカーレットエンジェルはポーズを取った。
「テレポートフォーメーション!」
 同時にスカーレットエンジェルの姿が消えた。

        *     *     *     *

 久美子を誘拐したトラックは、鷲尾平市と新間町の境付近にある、自動車のスクラップ置き場の中に入っていった。荷台は幌を被っていたので、外からは中を見ることは出来ない。中には久美子の他、公園で拉致された少女が意識の無いまま積まれていた。誠人は時々幌の隙間から外を見たが、どこを走っているのか大体つかんでいた。トラックが停止したので、誠人は幌の隙間から顔を出し、周囲に誰もいないのを確認すると荷台から飛び降りて、正面にあった二台並んでいるスクラップの自動車の陰に隠れた。暫くすると、戦闘員が荷台の前に来て、荷台から久美子ともう一人の少女を降ろした。さらにバタフライリーが現れた。
「アジトへ連れていけ。それっ」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員達は二人の少女を運んで歩き出した。
「(やつらどこへ連れて行く気なんだ… 発信機はちゃんと作動している… 伯父さん。美紀子姉さん。ここまで早く来てくれよ… )」
 誠人は気付かれないように後をつけた。怪人と戦闘員はプレハブの小屋の前に来ると、開きっぱなしで壊れている入り口から中へ入った。誠人は全員が入ったのを確認すると、ダッシュして小屋の壁に張りついた。そしてゆっくりと体を入り口まで移動させ、中を見た。
「誰もいない。どこへ行ったんだ… 」
 誠人は小屋の中に入った。中は何もなくて広々としていた。床に目をやると、一部が他と比べてきれいになっている。
「おかしいな… 部屋の中は埃だらけなのに、ここだけきれいだ」
 誠人はきれいな部分に手を触れた。するといきなり床が跳ね上がって、誠人はビックリして後ろに下がった。
「何だ何だ… 」
 跳ね上がった床の下は階段になっていて、下のほうへ続いていた。
「これがアジトへの入り口か。よし! 委員長待ってろよ。必ず助けてやるからな」
 誠人は用心しながら階段を下りた。降りきった先は広い地下通路になっていて、明かりがあるために比較的明るい。
「委員長はどこへ連れていかれたんだろう」
 誠人は地下通路を用心しながら歩いているうちに、左右に部屋が並んだ場所にきた。誠人はその部屋のうちの、一つの取っ手をつかむとドアを開けた。中はベッドくらいの大きさの棚が並んでいる。その一つを見て誠人は生唾を飲みこんだ。棚の上に、自分と同じ位の年の女の子が寝かされていたからである。
「まずい! 誰か来る」
 人の気配を感じた誠人はドアを閉めると、部屋の中の開いている棚の一番下の段に潜り込んだ。足音が部屋の前で止まり、ドアが開いて数人の戦闘員が入ってきた。戦闘員の一人が抱えている女の子を、一番近くの空いている棚に寝かせ、会話が始まった。
「栄養元となる少女の生き血が大分集まった。暫くは今収容している人数だけで間に合いそうだな」
「それより、今日連れてきた少女の一人は、バタフライリー様が連れていったが、一体どうするつもりなんだ?」
「自分の食料にするつもりなんだろう。確か小僧が一緒で、委員長とか呼ばれていた娘だ… 小僧は娘を置いてずらかったようだが、まあ我々の関知する所ではない」
「おい! こんな所で無駄口をたたくな。行くぞ」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員が部屋から出て行くと、誠人は棚から下りた。
「委員長はあの化け物の所にいるのか… たしか食料にするとか言ってたな。やばい… このままじゃ委員長が化け物に食われちまう」
 誠人はドアを少し開けて外を眺め、誰もいないのを確認して外へ出ると、再び地下通路を歩いて先へ進もうとした。とその時、後ろからいきなり体を押さえつけられ、口を塞がれた。
「んんーっ!」
 誠人はそのままそばにあった部屋の中に入れられ、ドアが閉められて、押さえられていた身体が解放された。同時に誠人を部屋に連れこんだ誰かの顔が、自分の目の前に近付いてきた。その顔を見て誠人は驚いた。
「スカーレットエンジェル… 美紀子姉さん来てくれたんだね」
「静かに! 誠人君の発信機が出す電波を頼りに、この基地の中にテレポートしたのよ。お願いだから、あんまり向こう見ずなことしないでよ。君が基地の中に潜入したのが分かって、私冷や汗ものだったのよ」
「ゴメン… 」
「源太郎さんと詩織も近くまで来てるわ。ここの場所は目印を置いてきたからすぐに分かる。誠人君。ここは私に任せて、早く外へ出て」
「ちょっと待って。やつらの目的がわかったんだ」
「何ですって?」
「やつら… 自分たちが活動するためのエネルギーを作るために、女の子の生き血を集めていたんだ。あっちの部屋の中に、女の子達が眠ったまま沢山入れられていたよ。そんなことより、委員長が大変なんだ。このままじゃ化け物の餌にされちゃうんだよ」
「分かった! 君のガールフレンドは私が助けてあげる。誠人君。それじゃ君はこれを持って」
 スカーレットエンジェルはブローチから例の抗生剤を実体化して出すと、誠人に渡した。
「女の子達は化け物の毒で仮死状態になっているの。君はこの薬をその女の子達に飲ませて」
「わ、分かった」
 スカーレットエンジェルは部屋のドアを少し開けて、外の様子を見た。
「誰もいない。誠人君行って!」
 誠人は無言で頷くと、地下通路へ出て、さっき見た部屋のほうへ向かって走った。すると前から誰かが来て、お見合いする格好になった。しまった見つかった… と思ったら、源太郎と詩織だった。
「誠人じゃないか。何やってんだこんな所で。お前助かったのか?」
「美紀子姉さんが助けてくれたんだ。叔父さん。詩織姉さん。話は後。俺についてきて」
 誠人は源太郎と詩織を女の子達が入れられていた部屋に案内した。部屋の中を見て、源太郎と詩織は思わず両手で口を覆った。
「この子達、仮死状態になってるんだ」
 詩織が思い出したように言った。
「そうか… 例の毒蝶の」
 誠人はスカーレットエンジェルから預かった抗生剤を出した。
「これを美紀子姉さんから預かってるんだ。これを飲ませれば元に戻るって言ってた」
「よし! 詩織。誠人。手分けして飲ませよう」
「うん!」
 抗生剤は錠剤で、室内の女の子達に飲ませるには充分の数があった。三人は手分けして仮死状態になっている女の子達の口をあけて、一人ずつ薬を飲ませた。
「この部屋にいるのは全部で七人だ。別の部屋も調べてみよう」
「全部で何人いるんだろう」
「ニュースでは14人と言っていたけど、この分ではまだいそうだな」
 その時眠っていた少女の一人が目を覚ました。
「あれ・・ ここどこ」
 詩織が真っ先にその子のそばに行って、話しかけた。
「大丈夫。何も心配しないで。私達はあなた達を助けにきたの。でも、もう暫くこのままでいて」
 詩織はそう言うと、部屋を出て別の部屋のドアを開けた。その中にも、同じように棚が並んでいて、女の子達が仮死状態で収容されていた。詩織は源太郎を手招きで呼び、源太郎は薬を持って部屋に入ってきた。
「伯父さん。この部屋にもいるわ」
「よし」

        *     *     *     *

 その頃スカーレットエンジェルは地下通路をさらに先へと進み、通路の角に達して、その角を曲がった。すると目の前にバタフライリーが戦闘員を伴って立っていた。
「来たなスカーレットエンジェル。お前が来たことはすでに分かっていたのよ。お前にこれ以上邪魔はさせないわよ」
「それはこっちの台詞よ。お前達にこれ以上勝手なまねはさせないわ」
「ほざくな。これを見ろ」
 バタフライリーが合図をすると、戦闘員が久美子をスカーレットエンジェルの前に突き出し、バタフライリーは指先に止まっている吸血蝶を、久美子の首筋に近づけた。

5-07

「嫌だ… やめて。助けて」
「この蝶はお前も知ってるだろう」
「ゴーモレ‐ギロダクス!」
「その通りだ。クイーンリリー様がこの地球に卵を持ってきて、私が成長促進剤を使い、繁殖させたのだ。この吸血蝶は私の命令一つでこの娘の体中の血を一滴残らず吸い尽くす。さあ、スカーレットエンジェル。おとなしく我々に降伏しろ。さもないとこの娘だけではない。この基地で繁殖させている吸血蝶を日本全国にばらまいてやるぞ」
「(ゴーモレ‐ギロダクスをばらまかれたら大変なことになる… )」
「スカーレットエンジェル。早く返事をしろ。この娘がどうなってもいいのか」
 スカーレットエンジェルは苦悩した。その時自分の後ろに人の気配を感じた。誠人だった。誠人は源太郎、詩織と供に、仮死状態の女の子達に薬を飲ませていたのだが、久美子が心配でたまらず、抜け出してスカーレットエンジェルの後を追った。そして通路の角に来て、その向こうでスカーレットエンジェルの姿と、怪人に人質にされている久美子の姿を見たのである。
「(委員長が人質になっている。このままじゃスカーレットエンジェルが戦えない。よし)」
 誠人はポケットの中からパチンコとビー玉を取り出し、バタフライリーの指先にとまっている蝶に狙いをつけた。
「(頼む… あたってくれよ)」
 スカーレットエンジェルは後ろにいるのが誠人だと分かった。久美子の視線からも、通路の角から頭を出している誠人の姿が見えた。だが、バタフライリーからはスカーレットエンジェルが壁になり、誠人の姿は見えていなかった。
「どうしたスカーレットエンジェル。早く返事をしろ」
 焦れてきたバタフライリーは、蝶を久美子の首筋に近づけた。
「待って! 分かったわ」
 スカーレットエンジェルの言葉に、バタフライリーが一瞬指先を引っ込めた。そこへ誠人がパチンコでビー玉を打った。ビー玉は蝶に命中し、蝶は粉々に四散して、後ろにいた戦闘員に鱗粉がかかった。
「グァーッ!」
 久美子を押さえていた戦闘員の一人が、絶叫と供に悶絶し、倒れて水蒸気を上げながら溶けた。
「誰だ!!?」
 バタフライリーが叫ぶと同時に、誠人が二発目を発射し、ビー玉がバタフライリーの顔面を直撃した。
「はうぅっ… 」
 バタフライリーは両手で顔を押さえて蹲った。

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「委員長。今だ! 走れ!」
 誠人が叫ぶと同時に、久美子は後ろ手に縛られたままの格好でダッシュし、スカーレットエンジェルを通り越して、誠人に体当たりする格好で止まった。誠人は持っていた小型ナイフで久美子の縄を切った。
「もう大丈夫だ委員長」
「誠人ーっ 怖かったよぉ」
 久美子は誠人に抱きついた。
「おのれ… 皆殺しにしてやる。吸血蝶ども! こいつらの血を全て吸い尽くしてしまえ」
 バタフライリーのかけ声で、無数の吸血蝶が現れ、一斉に襲ってきた。
「誠人君。久美子ちゃん。逃げて!」
「委員長逃げるぞ」
 誠人は久美子の手を引いて、出入り口目指して走った。そのあとをスカーレットエンジェルが続き、さらに後ろからは吸血蝶の群れが追ってくる。
 血液採取用として仮死状態にされていた女の子達は、スカーレットエンジェルの薬によってみんな目を覚まし、源太郎と詩織が誘導して外へ逃がしていた。
「二人とも早く出て!」
 スカーレットエンジェルは誠人と久美子を外へ出すと、振り返って攻撃態勢をとった。
「吸血蝶を一匹でも外へ出したら大変な事になる。ここで全て殺してしまわないと」
 スカーレットエンジェルはエネルギーを溜めると、右手を蝶の群れめがけて伸ばした。
「エンジェルスマッシュ!」

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 エネルギー波が放たれ、襲ってきた蝶の群れは一匹残らず焼け死んで床に落ちた。
「蝶はすべて焼き尽くしたわ。お前の作戦もこれで終わりよ」
「おのれぇスカーレットエンジェル! ものどもかかれぇっ!」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員が襲いかかってきて、格闘戦になり、スカーレットエンジェルは一人ずつ倒した。
「毒鱗粉を食らえ!」
 バタフライリーは背中の羽を広げて毒鱗粉を放った。スカーレットエンジェルはバック転で避けた。床に鱗粉が落ちてくると、白い蒸気を上げた。さらにバタフライリーの触角が点滅し、スカーレットエンジェルは両手で頭を抱えて苦しみ出した。
「く… あ、頭が割れそう… 」
「どうだ。私の催眠電波の威力は。お前の脳神経をズタズタにしてやる」
 スカーレットエンジェルは耐えられず、ついに頭を押さえながら両膝をついた。バタフライリーは突進してくると、スカーレットエンジェルに蹴りを入れた。スカーレットエンジェルの体が蹴りの反動で飛び、床に叩きつけられる。
「どうだスカーレットエンジェル。このアジトはあと5分で爆発する。少女の血液は十分採れて、既に戦闘員がクイーンリリー様の所へ運んでいるのだ。作戦はほぼ成功したのだ」
「ク、クイーンリリーはどこなの!?」
「これから死んでいくやつに教える必要など無いわ。お前はここで私と一緒に死ぬのだ。それっ! 電波の出力を上げてやる」
「あ… アアァーッ!」
 スカーレットエンジェルはあまりの苦しさに、床の上を転げながら悶絶した。このままでは脳神経がズタズタにされてしまう。その時突然スカーレットエンジェルを痛めつけていた電波が途切れた。スカーレットエンジェルが我に帰ってバタフライリーを見ると、バタフライリーの触角の片方が折れている。床の上にはビー玉が… 反対側を見ると、パチンコを持った誠人が身構えて立っていた。
「美紀子姉さんしっかりして」
「馬鹿! 何故戻ってきたのよ。アジトがもうすぐ爆発するのよ」
 そこへバタフライリーが猛然と襲いかかってきた。誠人はパチンコを持って構えると、ビー玉を打った。
「グアーッ!」
 ビー玉が至近距離でバタフライリーの顔面を直撃し、眉間が割れてそこから白い煙を噴き出して苦しんだ。
「美紀子姉さん。いや、スカーレットエンジェル。今だ!」
 スカーレットエンジェルは立ちあがって身構えると、両手をバタフライリーに向けて伸ばした。
「エンジェルスマッシュ!」

5-08

 エネルギー波がバタフライリーを直撃し、バタフライリーは反動で後ろの壁に激突して体中から火花を散らした。同時に時限爆弾が爆発し、炎が回廊内を吹き抜けてきて、バタフライリーは炎にまかれて爆発して吹っ飛んだ。
「アジトが爆発する。誠人君走るよ」
「おう」
 スカーレットエンジェルは誠人の手を引いてダッシュし、出入口から飛び出すと、そのまま小屋の外へ出て伏せた。大音響と共にアジトが爆発し、地面の一部が爆風で噴き上がった。爆発がおさまって静かになり、スカーレットエンジェルは変身を解いた。先に逃げて隠れていた詩織と久美子が出てきた。
「やったネ! 美紀子」
「うん。でも、女の子の血液はやつらの手に入ってしまったわ」
「そうか… 」
 久美子が誠人の前に来て、誠人に体当たりするように飛び込んできて、そのままギューッと誠人を抱きしめた。
「な… 委員長。そんなにきつく抱きしめられたら苦しいよ」
「馬鹿! 誠人ぉ… 無茶しないでよぉ。あんたが死んじゃったら私どうすればいいのよ」
「お… おいおい… 委員長」
「馬鹿バカ馬鹿バカ!」
 久美子は両手で何度も誠人を叩いた。
「分かった。分かったよ。委員長。俺が悪かった」
「そう・・・ 誠人、助けてくれてありがとう。嬉しかったよ」
 そう言って久美子は誠人の頬にキスした。その光景を唖然として眺めている美紀子と詩織がいた。そこへ女の子達を安全な場所へ連れていった源太郎が戻ってきた。
「おーい」
「あっ。伯父さんが帰って来た」
「みんな! 女の子達は大丈夫だ。安全な場所に連れて行って保護してもらっている。じきに親たちが迎えに来るだろう」
「よかったぁ」
 その時久美子が何かを思い出したかのように、美紀子を指さした。
「ところで誠人。このお姉さんは?」
 誠人は返事に困った。が、美紀子は何のためらいも無く久美子に話した。
「私は紅林美紀子。誠人君の従姉なの。今までアメリカにいたんだけど、源太郎さんに呼ばれて日本に帰ってきたの」
「ふーん… 美紀子さんか… 私は瀬峰久美子。よろしくね」
「こちらこそ」
「よーし。みんな無事のようだし、そろそろ帰ろうか」
 源太郎の一声で、そこに居合せたみんなは源太郎の車に乗り、源太郎は車を発進させて鷲尾平へと戻った。そして誠人と久美子を誠人の家の前で降ろすと、探偵事務所への帰途についた。

        *     *     *     *



 バタフライリーはスカーレットエンジェルによって倒されたが、採取された少女達の血液は、クイーンリリーの手に渡ってしまった。クイーンリリーはその血液を使い、新たな作戦を開始しようとしているのだ。負けるなスカーレットエンジェル! 

 (つづく)

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 次回予告

 ☆ 第6話 敵か味方か? 謎の人物 ☆

 夏休み最後の週に美紀子と詩織は二泊の予定で房総半島の小湊海岸へ海水浴に行くが、美紀子はずっと誰かに見張られていることに気付く。しかも海で楽しんでいたのも束の間。クラゲが大量発生したために海に入れなくなってしまい、さらにクイーンリリーのエージェント、クラゲリーに襲われて、美紀子は一連の事件がクイーンリリーの組織の仕業だと確信する。そして、今まで美紀子を見張っていた謎の人物が、美紀子と詩織の前に姿をあらわす。その人物は敵なのか味方なのか・・・ 
 次回。敵か味方か? 謎の人物にご期待ください。

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学