鷲尾飛鳥

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第3話『見た! 魔女クイーンリリーの姿』

2011年 10月11日 21:16 (火)


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3-01

 朝… 今日も朝がきた。
 午前5時、美紀子は朝起きて着替えると、ペンションの外へ出て一つ深呼吸した。紅林源太郎の養女となったスカーレットエンジェルは、紅林の姓と源太郎の亡くなった奥さんの名を貰い、紅林美紀子となった。クイーンリリーが送りこんでくるエージェントと戦い、クイーンリリーを倒すためには、自分一人の力では限界があると悟った美紀子は、源太郎と詩織の好意を受け入れることにしたのである。
 美紀子は深呼吸してから、体を捩ったり屈伸運動をして身体をほぐすと、和枝の手伝いをするために屋内へ戻った。今日は団体の客が来るということで、ペンションの仕事もいつもより忙しくなる。いつものように、出来あがった料理を和枝と美紀子が食堂に運ぶや否や、源太郎が慌ただしく下りてきて椅子に座り、食事を始めた。和枝が源太郎のそばへ行った。
「源太郎さん、今日は早いんですね」
「ああ。東京の方で急な依頼が入ってね… すぐにここを発たなければならなくなった」
「それじゃ詩織ちゃんも?」
「いや、詩織はここに残す。美紀子の事もあるんで、またこっちへ戻ってくるから」
「どれくらいなんですか?」
「早くて2~3日ってとこかな… 分かり次第電話するよ」
「ではお待ちしております」
「あ、そうだ。今日確か姉の方の甥と姪がここに遊びに来るんだけど」
「はい。予約は受けていますよ」
「俺はいなくなるけど、詩織がいるし、ゆっくりと羽根を伸ばすようにって伝えてほしいんだ」
「分かりました」
 源太郎は食事を終えると自分の部屋に戻り、荷物を持って玄関に置くと、事務室にいた誠司と二言三言話をして、チェックアウトし、ペンションを出て車に荷物を入れ、そのまま発進して去っていった。それからしばらくして詩織が眠そうな顔をして食堂に入ってきた。
「詩織おはよう」
「あ… おはよー美紀子… ふぁーっ」
「食事出来てるよ。源太郎さんはもう出かけたわ。詩織をよろしく頼むって」
「そっか… よろしく頼むか… 美紀子、よろしくね」
「こちらこそ」
「そういえば今日、あたしの従妹弟が来るんだ。2人姉弟なんだけど、弟の方は向こう見ずで危なっかしいところがあるから、気をつけて見ててやってほしいのよ」
「分かったわ」
 詩織は話を終えると、椅子に座って食事を始めた。今日は他に宿泊客がいなかったので、美紀子は和枝に食事をしていいと言われ、自分の食べる分を持ってきて、詩織と向かい合って座った。
「美紀子、あたし食べ終わったら町へ出かけるんだけど、もし何かあったらこれに電話して。番号はあとで教えるから」
 そう言って詩織はポケットベルをテーブルの上に置いた。
「これは?」
「ポケットベル。源太郎伯父さんから常に持ってろって言われてるの」
 詩織は食べ終わって食器を片づけ、美紀子に番号の書いたメモを渡すと、自分の部屋には戻らずにそのまま玄関へ向かった。
「和枝さん、出かけてきます」
「いってらっしゃい」
 厨房から和枝の返事が聞こえてきて、詩織は玄関先に置いてある自転車を一台借りて、町へ向かって走っていった。それと入れ替わりに誠一が食堂に入り、食事中の美紀子と向かい合うように座って食事を始めた。
「誠一さんは今日も部活ですか?」
「ああ… 食べたらすぐ出かける。今日は東京の女子高のテニス部が合宿に来るんだ。毎年ここを利用してくれてるんだけど、俺、その人たち苦手なんだよ」
「その人たちと何かあったんですか?」
「別にたいした事じゃないんだけど… そのうち教えるよ」
 誠一は後から食べ始めたにもかかわらず、美紀子とほぼ同時に食べ終え、食器を片付けると玄関においてあった荷物を持って出て行った。美紀子は誠一を見送ると、厨房に入って食器洗いの手伝いを始めた。今日はS県にある女子高のテニス部が、強化合宿のためにこのペンション赤嶺を利用し、さらに源太郎の甥と姪が遊びに来る。その他一般の予約が3件あって、部屋が久々に満杯になる。それで誠司は今日から5日先までの予約を全て断っていた。和枝は洗い物を片づけると、美紀子と一緒に洗濯場に向かい、洗濯の終わった洗濯物を次々と運び出して庭に干した。
「美紀子ちゃん、これが終わったらすぐに私と一緒に買出しに行くからね。今日はお客さんが多いからすごく忙しいわよ」
「分かりました」
 美紀子と和枝は洗濯物を干し終わると、屋内に戻って籠を洗濯場に置き、和枝は二階で掃除をしている誠司に声をかけた。
「あなた! 美紀子ちゃんと買出しに行ってくるから、後はお願いね」
「おーう! 分かった」
 美紀子と和枝は屋外へ出て、車に乗りこむと、和枝の運転で町へ買い出しに出た。

       *     *     *     *

 ここはクイーンリリーのアジトである。クイーンリリーは新たに作り出した怪人スパイダーリーを呼び、作戦の打ち合わせをしていた。
「スパイダーリー! エージェント予備軍養成の為の、人間誘拐作戦は進んでいるか?」
「はい。クイーンリリー様。私が作り出したこの小型蜘蛛を使い、作戦は着々と進んでおります。者ども、捕虜を連れて来い」
 スパイダーリーの命令で、戦闘員が一人の男を連れてきた。
「くそっ! 放せ! こんなとこに連れてきやがって。俺をどうしようってんだ」
 スパイダーリーは、持っていた小型蜘蛛を、その男の顔めがけて投げつけた。この小型蜘蛛とは、全長5cmくらいの大きさのロボットで、スパイダーリーの意のままに動き、相手に取り付いて鋭い牙で噛みつく。噛まれた者はたちまち前身に毒が回り、蜘蛛人間になってしまうのである。さて、スパイダーリーが投げつけた小型蜘蛛は、男の顔に取り付くと、そのまま顔に噛みつき、男は叫び声とともに顔を押さえて悶絶した。
「ギャアーッ!! 顔が… 顔が焼けるーっ!」
 やがて男は静かになり、スパイダーリーの前に跪いた。その顔は青白くて生気が無く、無表情な目つきでスパイダーリーを見た。

3-02

「この通り、この男はたった今。私の思うがままになる蜘蛛人間となったのです。クイーンリリー様。いかがでしょうか」
「よろしい。引き続き作戦を続行し、エージェント予備軍を増やすのだ」
「ははーっ!」
 スパイダーリーは、クイーンリリーに一礼すると、今しがた蜘蛛人間にしたばかりの捕虜を連れてアジトの別室へ行った。そこには既に蜘蛛人間となった十数名の人々がいた。
「蜘蛛人間ども! いよいよお前達の出番が来た。お前達は直ちにこの小型蜘蛛を持って、近くの町や村へ行き、 仲間の蜘蛛人間を増やすのだ。行け! 我が僕達よ」
蜘蛛人間達はスパイダーリー、戦闘員とともにアジトから出ると、それぞれ方々へと散っていった。

        *    *    *    *

 その頃美紀子は和枝と一緒に町で買い出しをしていた。今日から約5日間はペンションの部屋が満杯になるので、食料が多量に要るため、買い物の量はいつもよりはるかに多かった。二人は街中で偶然会った詩織を捕まえ、詩織にも買い物を手伝わせて、美紀子と和枝は車の中に買って来た者を詰めこんだ。
「これでよし… と。和枝さん。全部積み込み終わりました」
「美紀子ちゃんご苦労様。詩織ちゃんもありがとう。詩織ちゃんはまだ帰ってこないの?」
「ううん… 今日はもう戻るよ。従妹弟の結花と誠人がそろそろ来る頃だし」
「そう。それじゃ気をつけて帰ってきてね」
 和枝は美紀子を乗せて車を発進させ、詩織も自転車に乗ってそれぞれ帰途についた。ペンションへ戻る途中の道で、道路の端を歩いている小学生くらいの男の子と中学生くらいの女の子を見つけた和枝はクラクションを鳴らし、その音で二人は振り向いた。

3-03

「結花ちゃんと誠人君だわ」
「あの子達が詩織の従妹弟?」
「そう。源太郎さんのお姉さんの子供達よ」
 和枝は車を停止させると、窓を開けて二人に向かって言った。
「お帰りなさい二人とも。先に行ってるからね」
 和枝は再び車を発進させた。美紀子と和枝がペンションに到着し、買ってきた物を整理していた時、先ほど途中で出会った二人がやってきた。時計は1時を回ったところだった。
「お帰りなさい。久しぶりね結花ちゃん、誠人君」
「こんにちは。お世話になります」
「美紀子ちゃん。こっちはもう私だけで大丈夫だから、結花ちゃんと誠人君を案内してあげて」
「分かりました」
 美紀子は二人を促して屋内に入り、結花と誠人を食堂に案内した。暫くして和枝も部屋割り表を持って入ってきた。
「二人ともお昼は?」
「途中で食べてきました。あの… 誠一さんは」
「誠一は部活で学校。それからこの子は源太郎さんの遠縁で、ここを手伝ってくれているの」
「叔父さんの… 」
「紅林美紀子って言います。よろしくね」
「私、古川結花です。よろしく」
「俺・・・ 古川誠人です」
「それじゃ誠人君は、今日まで源太郎さんが使っていた部屋に入って。それから結花ちゃんは今泊っている詩織ちゃんと一緒の部屋ね。美紀子ちゃん案内して」
「はい。それじゃ二人とも来て下さい」
 美紀子は二人を促して二階に上がり、それぞれの部屋を案内してから下に下りてきた。美紀子は誠人を見て、詩織が言っていたことを思い出したが、詩織が言っていたイメージとは、かなり違うように思えた。さっきから話をしているのは姉の結花ばかりで、誠人は自分の名前以外は何も喋らないのである。しかし、誠人がその本領を発揮し、美紀子が誠人に振りまわされるのはこれからである。
 誠人は部屋に荷物を放りこむと、再び食堂に戻ってきて、本棚に入っている漫画の本を取り出して読み始めた。そこへ詩織が戻ってきて食堂に入ってきたが、誠人は漫画に夢中で気付かない。詩織は誠人に近付くと、耳元でいきなり大きな声で言った。
「こら! 誠人!」
「うわっ! たたた… 」
 誠人はビックリして飛びあがり、そのままバランスを崩して床に尻餅をついた。
「へへーぃ… 誠人暫くだな」
「詩織姉ちゃん… ひでえよいきなり! びっくりするじゃねえか」
 誠人はまだ声変わりしていないボーイソプラノの甲高い声で詩織に怒鳴った。
「ごめんごめーん。誠人、結花は?」
「部屋にいるよ。何だか部屋が一杯だってんで、詩織姉ちゃんと同じ部屋だってさ。俺、呼んでくるよ」
 誠人は二階へ上がると、ノックせずにいきなりドアを開けた。ちょうど結花は着替え中で、下着姿だった。
「キャッ! やだぁ誠人! 何でいきなり入ってくるのよ」
「ゴメン姉ちゃん。詩織姉ちゃんが呼んでるよ」

3-04

「分かったから早く出てってよ! もうやだぁ… いやらしい」
「ふん! 姉ちゃんの貧乳なんか見たって、ちっとも興奮なんかしないよーだ」
 結花の顔が真っ赤になったのを見て、誠人はあわてて部屋を飛び出した。そのすぐ後に、結花の投げた枕がドアにあたった。誠人が食堂に戻ってきて10分位してから結花が下りてきた。食堂には美紀子もいて、詩織と話をしていたが、結花を見た詩織は結花に向けて声をかけた。

「よっ! 結花。元気か?」
「詩織姉さん聞いてよぉ。こいつ、また私の着替え見たのよ」
「いつもの事じゃん。気にするなって」
「美紀子さんも気をつけてね。こいつ本当に嫌らしいんだから」
「そうですか? 詩織が言ってたほど危なっかしいとは思えないんだけど」
「猫被ってるだけよ。私なんか、いつも着替えや裸を見られるんだから。ん… 」
 結花は一瞬誠人の視線の先を見た。その先には美紀子の胸が… 結花は誠人の耳を摘んで思いっきり引っ張った。
「いてててて… 」
「こら! 変態! 何見てんのよ。このスケベ」
「どうしたの結花ちゃん」
「こいつ。美紀子さんの胸をジーッと見てたのよ。全く嫌らしいんだから」
「別にいいんじゃないの。男の子なんだから」
 そこへ和枝が食堂に入ってきた。
「あら、みんなここにいたの? 美紀子ちゃん、聖陵学園の人たちから連絡があって、間もなくここに着くそうだから、準備を手伝って」
「はい」
 美紀子は和枝の後についていって、食堂を出た。
「結花、テニスやろうか」
「うん」
 詩織と結花が食堂を出て行き、誠人は一人食堂で再び漫画を読み始めた。しばらくして詩織と結花が、ペンションのテニスコートに出てきて、テニスを始めた。結花は中学二年生で、現役のテニス部である。詩織はテニスの経験は無いが、スポーツ万能で、空手初段・合気道二段のほか、源太郎仕込みの格闘術も身に着けている。やがて玄関の方が騒がしくなって、和枝と美紀子が応対に出た。聖陵学園高校テニス部の人達がやってきたのである。顧問の白石先生を先頭に、主将の矢本美加他四名のテニス部員達が元気な声で挨拶した。
「こんにちは! お世話になりまーす」
「お帰りなさい」

3-05

 顧問の先生と主将の美加がチェックインし、他の部員達はミーティングをするため食堂に入った。美紀子は冷たい麦茶を持って食堂に入り、和枝は顧問の先生と話をしていた。
「あの… あなたは去年来た時の先生ではないんですね」
「はい。今年の春から私が顧問になったんです。私、今年入ったばかりの新任なんですけど、学生時代に経験があるって事で、顧問を任されたんです。私は白石祥子といいます。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしく」
 顧問の先生を入れて六人は少ないように思えるが、これは大会に出場するレギュラーだけの強化合宿だからである。他の部員達は学校で練習をしていて、部員全員の合宿は大会終了後に行われることになっている。
 合宿は三泊四日で、スケジュールがみっちりと組みこまれ、無駄の無い練習メニューになっていた。大会は合宿終了後すぐに始まり、個人戦と団体戦がある。部員は主将の矢本美加(3年)の他、稲井孝子と戸倉美佐子(3年)、鹿妻明美と和渕圭子(2年)で、美加が個人戦のシングルス。隆子と美佐子がダブルス、明美と圭子が美加と一緒にシングルスで出場する。部員達はミーティングをするために食堂に集まっていて、これからミーティングを始めるところだった。美紀子は食堂の隅にいた誠人を見つけると、誠人の所へ行った。
「誠人君、これからこのお姉さん達のミーティングが始まるから、悪いけど、お部屋に帰ってくれない?」
「うん。分かった」
 誠人は集まっていた部員達に一礼すると、食堂から出ていこうとしたが、一番端にいた隆子にぶつかってしまい、隆子は持っていたバッグを床に落とした。
「キャッ!」
「あ・・ ごめんなさい。お姉さん大丈夫?」
「いいっていいって… それより・・ ねえ、君、私の彼氏にならない?」
「えーっ?」
 突然の事に誠人は驚きの声を上げ、目を丸くして隆子を見た。
「冗談よ。そんなに驚かないでよ。もう行っていいよ」
 食堂を出て行く誠人の姿を部員達が目で追い、何やらと小声で話し合っていたのを誠人は気付かなかった。が、美紀子の耳にはそれがしっかりと入っていた。美紀子は普通の人間の数倍の聴力がある。それで話の内容が分かってしまったのだが、それを聞いて朝、誠一が言っていた事を思い出した。
「(そうか… 誠一君が苦手だって言っていたのは、こういう事だったのか)」
 部員達はこのペンションの一人息子である誠一を品定めしていて、誰がアタックしてものに出来るか賭けをしていたのである。美香と隆子は去年も合宿に来ていて、じゃんけんに勝った隆子がアタックしたのだが、誠一に無視されたという経緯がある。
「(この人達・・・ そんなに男性に不自由してるのかしら… 小学生の男の子まで品定めするなんて… )」
 美紀子は色々な事があるんだなという思いで食堂を出て、夕食の準備のため厨房に入った。
ミーティングを終えた部員達は、それぞれの部屋へ行き、運動着に着替えると、ペンションの庭に出て柔軟体操を始めた。傍らのテニスコートでは詩織と結花がテニスをしていたが、部員達が出てきたのを見て屋内へ戻ろうとした。そこへ白石先生が詩織に話しかけてきた。
「あなた… 私のクラスの松島さんじゃないの」
「あ・・・ 先生・・・ そうか・・ 先生はテニス部の顧問だったっけ」
 部員達が一斉に詩織に注目し、明美が詩織のそばに来た。
「そうだそうだ。あなた隣のクラスの松島じゃないの。この子は? 結構テニス上手だけど… 」
「私は坂崎中の二年生で、古川結花って言います。テニス部に所属しています」
「坂崎中? それじゃ私の後輩じゃないの。私も坂崎中のテニス部出身なんだよ」
「こら鹿妻! 練習中始めるぞ!」
「あ… すみませーん」
 美加に大きな声で言われ、明美はあわてて部員たちのところに戻った。詩織と結花は軽く会釈すると、屋内に戻った。その後部員たちは、柔軟体操をしてから、コートで軽い打ち込みをやり、それからロードワークに行って、6時近くになって戻ってきた。
 夕方になって、予約の客もやってきて、ペンションの部屋が満杯になり、夕食は大変賑やかになった。なにしろ女子高のテニス部員たちである。威勢の良い元気な声が部屋中に響く。和枝と美紀子は勿論、誠司と誠一も手伝いに奔走し、落ち着いたときには既に午後9時を回っていた。さすがの美紀子も疲れきっていて、風呂から上がって部屋に戻ると、そのままベッドに横になって寝てしまった。

        *    *    *    *

 翌朝、テニス部員たちはテニスウェア姿で7時に朝食をとり、食べ終わって食器を片づけると、すぐに屋外へ出て庭でミーティングを始め、柔軟体操の後、ペンションのテニスコートで試合を想定した練習を始めた。テニスコートは2面あって、2面とも3日間貸し切りになっていた。誠一は今日も部活で学校。結花は町へ遊びに行き、詩織は誠人と二人で、食堂で漫画を読んでいた。一般の客3人は、3人とも8時半にチェックアウトして、ペンションから出た。美紀子は食器を洗い、和枝は洗濯、誠司は部屋の掃除と、それぞれ役割を分担して仕事をしていた。食器を洗い終えた美紀子は、食堂を掃除するために食堂に入った。
「あらあら… 2人揃ってこんな所で。外は天気が良いわよ。結花ちゃんは町へ行ったし、あなたたちもどこかへ出かけたらいいのに」
 詩織と誠人はお互いに顔を見合わせた。
「確かに体がなまっちゃうな。でも外は暑いし、あたしゃもう夏バテ寸前だよ」
「俺だって、この冷房が効いた部屋で漫画読んでる方がいいや」
「何か雰囲気が暗いなあ。そんな事小学生の男の子が言う事じゃないわよ。ねえ誠人君。私が付き合うから、一緒に散歩に行かない?」
「うん」
「こら! 誠人のお調子者」
 詩織は誠人の頭を掌で軽く叩いた。誠人は部屋に戻って仕度してくると、玄関に出てきた。詩織も部屋に戻って支度し、美紀子は和枝にことわってから、支度して玄関にきた。
「さあ、行こうか」
 三人はペンションから出ると、テニスコートで練習をしている聖陵学園のテニス部員たちを横目で見ながら、ペンションの裏にある小道を歩いて行った。隆子は誠人を見ると大声で誠人を呼んだ。誠人が振り向くと、隆子がウインクしながら投げキッスをしてきたので、誠人は隆子に向かってアッカンベーをした。
「何よ! 可愛く無いやつ… 」
 隆子は憮然としながらボールを放り上げると、コートの反対側へサーブを打ち込んだ。

        *     *     *     *

 クイーンリリーのエージェント、スパイダーリーの魔手は、次第に美紀子達がいる所まで及びつつあった。スパイダーリーは、ペンション赤嶺から北北西に5km位の所の、霧伏高原と天間高原の境目にある洞窟の中にアジトを作り、付近の人々を次々と襲って蜘蛛人間を増やし、次第に侵略範囲を広げつつあった。
美紀子が詩織、誠人と一緒にペンションの裏にある川へ散歩に行っている間に、聖陵学園高校のテニス部員達は、コートでの練習をやめて、ロードワークをするために、ペンションの前にある道路へ出て、その道路を天間高原へ向けて走っていった。その行程は3kmほど先にある川の橋まで行き、そこでおり返して戻ってくるというものだった。往路は何事も無かったが、おり返し地点の橋まで来たとき、殿を走っていた隆子と美佐子は、橋の所で体を休め、前を走っていた3人が見えなくなると、事もあろうに靴と靴下を脱いで、素足で川の中に入った。高原の水は冷たい。二人は気持ちよさそうに川の水に浸かっていたが、その時近くで奇声を聞き、あわてて川から上がると、靴下を履き、靴を履いた。
「今の声何かな一体… すぐそこだったよね」
「美佐子、行ってみようか」
「やだ… 怖いよ。ねえ隆子、早く戻ろうよ」
 その時二人のすぐ近くで奇妙な声とともに、スパイダーリーが現れた。いきなり現れた得体の知れない化け物を見た二人は、ヘビに睨まれたカエルのようにその場に立ち尽くした。
「見たな・・・ スパイダーリーの姿を。愚かな人間め」
「嫌あーっ! 助けてぇーっ」
 隆子と美佐子は一目散に逃げ出したが、スパイダーリーは口から糸を吐いて二人に向かって飛ばした。
「蜘蛛の巣ネット!」
 糸が投網のようになって広がり、二人に覆い被さった。それでも二人は逃げようとしてもがいたが、糸が余計に絡み付き、スパイダーリーが従えてきた戦闘員たちに捕まってしまった。
「嫌ぁーっ! 嫌。助けて。助けてぇ」
「こいつらをアジトへ連れていけ」
「ヒャイーッ!」

        *     *     *     *

 ペンションのテニスコートでは、なかなか帰ってこない隆子と美佐子に主将の美加がイライラしていた。ロードワークから戻ってきて、既に1時間経っている。心配して顧問の祥子もやってきた。

3-06

「矢本さん。まだ帰ってこないの?」
「ああ… 稲井と戸倉のやつ、何やってんだよ。もう1時間過ぎてるのに・・ 」
 美紀子たちも丁度散歩から帰ってきたところだった。美紀子はまわりの様子と雰囲気がおかしいのに気付き、美加のそばへ行って話しかけた。
「あの… どうかしたんですか?」
「稲井と戸倉がロードワークに行ったっきり、戻ってこないのよ」
「おかしいですね。道に迷うような所じゃないんですけど」
「きっと途中でサボってんのよ。もうすぐ大会だっていうのに、全くあいつ等ときたら… 」

鹿妻明美

「もしもの事があったら大変ですから、私が捜してきます」
 美紀子がそう言ったすぐ傍で、詩織と誠人は自転車を用意して出発する直前だった。
「美紀子。あたし達も行くから」
 そう言って詩織は誠人を連れて、自転車に乗って行ってしまった。
「ちょっと待って詩織! アーあ行っちゃった・・ もう!」
 走り去っていく詩織と誠人の背中を見ながら、美紀子はため息をついた。その時一瞬何かが頭の中を過った。
「(まさか… )」
 その時足元にテニスのボールが転がってきて、美紀子はそれを拾った。
「すみませーん」
 振り向くと、圭子と明美は練習を始めていて、美紀子は手前にいた圭子に向けてボールを放り投げた。そしてペンションの建物の方へ行き、誰もいないのを確認して両手を額につけ、精神を集中した。残像記憶を手繰って行き先を探ったのだ。頭の中に行方不明の二人の姿と、どこかの景色が浮かび、さらに怪物のような物体が… 
「(そのまさかだわ… クイーンリリーのエージェントが何かをやろうとしているんだ)」
 美紀子はペンションの建物の中へ入ろうとしたが、和枝が玄関から出てきて、バッタリと対面する格好になった。
「あら美紀子ちゃん帰ってきたの? なんだか聖陵学園のテニス部の人達が、二人戻ってこないって、さっき白石 先生から聞いたんだけど。それに詩織ちゃんと誠人君の姿も見えないわね」
「あの二人は帰ってこない人達を捜しに行ったんです。心配だから私も行きます」
 そう言って美紀子は玄関先に行くと、備え付けの自転車の一台に乗って走っていった。
「ちょっと! 美紀子ちゃん」

        *     *     *     *

 その頃、詩織と誠人はさっき二人が拉致された場所の近くまで来ていた。
「どこ行ったんだろう… 途中でも会わなかったし」
「詩織姉ちゃん、あの人たち道を間違えたんじゃないの」
「そんな事無いよ。この辺は道路はここだけなんだから。あら… 誰かいる」
 橋の上に一人の男が立っていた。身なりからすると地元の人らしい。詩織はその男の傍へと駆け寄っていき、誠人もその後を追った。
「あの… すみませんが、この辺りで二人の高校生くらいの女の子を見ませんでしたか?」
「ああ… 見たよ」
「本当ですか?」
「君達に会いたがっている。案内してあげよう」
「えっ?」
 気が付くと、詩織と誠人は数人の男達に囲まれていた。
「詩織姉ちゃん、何だか変だよ」
 言うまでもなく、この男達はスパイダーリーに操られている蜘蛛人間達である。顔は生気を失ったように青白く、二人の目には幽霊に見えた。更にその後ろには数人の戦闘員があらわれた。
「詩織姉ちゃん、何だよこいつら」
「誠人、気をつけて。絶対あたしから離れないで」
 男達は包囲の輪を縮めてきて、一斉に口から糸を吐いた。詩織と誠人は糸を振り払おうとしたが、糸は二人の身体に次々と絡みついてきて、ついにがんじがらめの状態になり、大きな繭のようになった。そこへスパイダーリーが出てきた。
「この二人もアジトへ連れていけ」
 スパイダーリーの号令で、男達は糸でがんじがらめになった詩織と誠人を持ち上げると、アジトへ向かって歩き出した。それから20分位して、美紀子が自転車でやってきた。そして道路の脇に置いてある2台の自転車を見つけ、自転車を止めた。
「詩織と誠人君が乗っていた自転車だ。するとここから歩いて行ったことになるわね。それにしても、どこへ行ったんだろう… 」
 美紀子は橋の所まで行き、あたりを見渡した。そして橋の袂に落ちている何かを見つけて拾った。
「髪をとめるためのアクセサリーだわ。全然汚れてないから、きっといなくなった二人のうちのどちらかが着けていた物かもしれない」
 美紀子はその髪どめを持って、両手を額にあてた。頭の中で二人の様子が浮かび上がる。さらに詩織と誠人の足跡も頭に浮かんだ。
「二人はここでやつらに捕まったんだ。それから詩織と誠人君も… 」
 美紀子は川沿いに伸びている道路を小走りに駆けていった。

        *     *     *     *

 一方、アジトに連れ込まれた詩織と誠人は、そこで雁字搦めの糸をほどかれ、地下牢の中に放りこまれた。
「暫くそこで大人しくしていろ」
 鉄格子の鍵がかけられ、戦闘員達は牢の前から去っていった。誠人は地団太踏んで悔しがったが、詩織は意外と冷静だった。

3-07

「誠人。あたし達の腕の見せ所よ」
「どういう事? 詩織姉ちゃん」
「あんたも鈍いわね。それで伯父さんみたいな探偵になれるの? ここから脱走するのよ」
「どうやって… 」
 詩織は髪に手をやると、ヘアピンを取った。そして扉にかけてある鍵穴にピンを突っ込んだ。
「スパイ映画じゃあるまいし、そんなんで開けられるの?」
「誠人うるさい。少し静かにしろ。やつらが来たらどうすんだよ」
 カチッという音がして、鍵が外れた。
「やった!」
 詩織は扉を開けて回りの様子を探ると、誠人を促して地下牢から出た。
「行くよ誠人」
「…」
「何してんのよ。男だろ!? 度胸決めろよ。美紀子が必ず助けに来てくれるから」
「美紀子さんが? 美紀子さんって何者なの?」
「今説明してる暇はないわ。そのうち教えてあげる。でもね、すっごく頼りになる人なんだよ。さ、行こう」
 詩織と誠人が行こうとした時、隣の部屋の中からすすり泣きが聞こえてきたので、一瞬ギクっとして顔を見合わせた。詩織があらためて見渡すと、周りの部屋は全て地下牢になっていた。
「ここは地下牢だわ。誰かが閉じ込められてんだよ」
 詩織は隣の部屋の中を見た。するといなくなった部員の一人、隆子がいた。隆子は二人の姿に気付くと、鉄格子の扉のところまで来た。
「喋らないで! 静かに。今出してあげるから」
 詩織はそう言ってヘアピンで鍵を開け、隆子を出した。
「稲井先輩… だったわね。もう一人はどこ?」
「分からないわ。捕まってここに連れてこられて、手術室みたいな部屋に入れられた後、私だけ部屋から出されてここに入れられたのよ」
「うーん・・・ きっともう一人はその部屋にいるわね。助けに行くわよ。先輩も一緒に来て」
「嫌… 怖いよ」
「大丈夫! 俺たちが付いてるって。詩織姉ちゃん強いんだぞ」
「しっ! 誠人静かに。誰か来る」
 そう言って三人は傍にあった柱の陰に隠れた。二人の戦闘員がやってきて、隆子が入れられていた地下牢の前に来た。
「ん… いないぞ!」
 戦闘員たちが動揺している隙をついて、詩織は戦闘員の一人に飛びつき、後頭部を手刀で打って倒すと、もう一人の腹部に蹴りを入れた。戦闘員は反動で壁に頭をぶつけて気絶した。呆然と見ていた隆子に、誠人が小声で言った。
「ほら、言った通りだろ? 案内してくれるかい?」
 隆子は無言で頷いた。詩織を先頭に三人は回廊の中を移動した。誠人は隆子の手を握って、詩織の後からついていった。隆子は顔を赤くして誠人に小声で言った。
「あの… 君… 」
 誠人は隆子を見ながら人差し指を口に当てた。幸いなことに、三人は一度も誰とも遭遇せず、回廊の先にある部屋を見つけた。そこはT字路になっていて、部屋は突き当たりにあった。詩織は後ろにいる隆子に小声で話しかけた。
「あの部屋なの?」
「違うわ。あの角を右へ行った先の部屋よ」
 詩織は回廊の角まで行くと、顔だけ出して向こう側の回廊を見た。そして誰もいないのを確認すると、目の前の部屋の扉に張り付き、扉に耳を当てて様子をうかがうと取っ手をつかんだ。扉が開いたので詩織は誠人と隆子を促し、中に入った。部屋の中は誰もおらず、多数のボンベが置かれていた。
「倉庫みたいね」
「詩織姉ちゃん、これ… 酸素ボンベだよ。それからこっちはアセチレン。これは水素ガスだ。ここにあるボンベが全部破裂したら、この基地ごと木っ端微塵だよ」
「そう… か。よし! 誠人。酸素ボンベのバルブを開いて! ガスを充満させるのよ」
「よっしゃ」
 詩織と誠人は一番近くにあった数本の酸素ボンベのバルブを開けた。ボンベからガスがシューッという音を出して出てきた。
「逃げるよ!」
 詩織は扉を少し開けて様子を覗うと、誠人と隆子を促して外へ出て扉を閉めた。そこへ詩織が来た道と逆の方から不意に誰かが来て、詩織は反射的にそちらの方を見た。
「美紀子・・・」
 詩織は美紀子だと分かって、ホッと胸をなでおろした。そばにいた誠人と隆子も同様だった。詩織たちの後を追ってきた美紀子は洞窟の入り口を見つけ、そこにいた見張の戦闘員を全て倒してアジトの中に入った。そして用心しながら回廊を移動し、T字路に達して、ボンベの倉庫から出てきた詩織たちと鉢合わせしたのだった。
「詩織、大丈夫だったの?」
「うん。捕まったけど、逃げてここまで来たのよ。美紀子、この先の部屋にもう一人捕まっているのよ。助けに行こう」
「あの・・・ この先の曲がり角を曲がってすぐの部屋よ」
 隆子が回廊の先を指差しながら言った。
「分かったわ。行こう」
 美紀子を先頭に4人は回廊の中を再び移動し、隆子が言っていた曲がり角に達した。美紀子は角から顔だけ出して様子を見た。すると、扉の前に立っている戦闘員の姿が映った。そして扉越しに女性の悲鳴が漏れている。
「あの部屋だわ。詩織、もう時間が無い。強行突入するわよ」
「オッケー!」

        *     *     *     *

 一方、部屋の中では、美佐子が手術台の上に拘束されていて、その周辺では戦闘員たちがスパイダーリーの命令の元でテキパキと動いていた。スパイダーリーは勿論、蜘蛛人間のエネルギー源は血液である。それも若い女性の血液が最も質の良いエネルギーとなる。そのため、作戦を継続するためには、若い女性を捕えて血液を抜き取る必要があったのだ。その最初の犠牲者となったのが、捕まった隆子と美佐子だったのである。
「スパイダーリー様。血を抜き取る準備が整いました」
「よし。始めろ」
 戦闘員が美佐子の腕を押さえ、点滴用の針を刺した。
「嫌! 嫌―っ! 助けてぇーッ」
 手術台の上で美佐子は必死に抵抗したが、手足を拘束されていて逃げることが出来ない。
「うるさい女め! おとなしくさせてやる」
 スパイダーリーは糸を吐き出すと、美佐子が喋れないように、口の回りを猿轡のように糸でぐるぐると巻きつけた。
「んー・・・ んーっ」
 戦闘員の一人が点滴用のパイプの片方を吸引機に接続し、もう片方を注射器に接続した。
「よし。始めろ」
 一方、部屋の外にいた美紀子と詩織は同時に飛び出し、部屋の前に立っている見張の戦闘員に組みついて戦闘員を殴り倒すと、美紀子はスカーレットエンジェルに変身して扉を足で蹴破った。ちょうどその時、台に縛り付けられている美佐子の体から血が抜き取られようとしていたところだった。
「クイーンリリーのエージェント! お前達に勝手な真似はさせないわ! その子を放しなさい」
「ス、スカーレットエンジェル! ええい邪魔されてたまるものか! それっかかれっ!」
「ヒャイィーッ!」
 スカーレットエンジェルは向かってくる戦闘員と戦いを始めた。詩織はその隙に手術台の傍へ駆け寄ると、台の傍にいた戦闘員を殴り倒し、美佐子の拘束を外した。そして美佐子の手を引き、入り口の所にいた隆子と誠人の傍へと一気に駆けていった。
「みんな逃げるよ」
「くそっ。絶対に逃がすな。警報だ! 警報機を鳴らせ!」
 興奮しているスパイダーリーは、ガスが漏れていることに気付いていなかった。詩織たちがバルブを開いた酸素ボンベのガスが、アジトの中に充満し始めていたのだ。警報機のスイッチが入ると同時に、ドーン! という鈍い音が響き、基地の中が激しく揺れた。スイッチの火花が充満した酸素にスパークしたのだ。
「な、何だ! 何事だ」
 外にいた戦闘員が室内に飛び込んできて報告した。
「大変です。スパイダーリー様。倉庫にあったボンベのガスが漏れて、基地の中に充満し、火災が発生しています」
「な… 何だと!? 基地が爆発するぞ。逃げろ!」
 スパイダーリーと戦闘員達は、スカーレットエンジェルを無視して次々と司令室から逃げ出した。それと入れ替わりに詩織がみんなを連れて入ってきた。
「スカーレットエンジェル。もうあちこち火の海だよ。逃げられないよ」
「わかった。テレポートするからみんな集まって」
 スカーレットエンジェルはみんなを一箇所に集めた。爆発は立て続けに繰り返し起こり、ついに司令室周辺まで火が入ってきた。スカーレットエンジェルはスティックを出すと、上に上げた。
「テレポートフォーメーション!」
 みんなの姿は一瞬にしてその場から消え、基地の外にある川沿いの道路上に現れた。その時基地が大爆発して、そこに居合せたみんなは身を伏せた。
「詩織。誠人君、この人達を安全な場所へ連れてって」
「分かった」
 詩織は誠人と一緒に、隆子と美佐子を連れてその場から離れ、スカーレットエンジェルは再び洞窟の方へ向かおうとした。が、突然スカーレットエンジェルの廻りに幽霊のような男達が現れ、口から糸を吐き出した。スカーレットエンジェルはジャンプして糸を避けると、一回転して囲みの外に着地した。そこへスパイダーリーの毒針が不意に飛んできた。しかし毒針はブーツにあたり、滑って跳ね返ったので命拾いした。
「どこだ出て来い! 化け物」
 再び毒針が飛んできて、今度は手で払い落とした。スカーレットエンジェルは怪人を捜そうとしたが、多数の蜘蛛人間が迫ってきた。見かけは普通の人間だが、その顔は青白くて生気が無く、目だけがギラギラしている。そして蜘蛛人間の後ろからは戦闘員も迫ってきた。蜘蛛人間の口から一斉に糸が吐き出され、スカーレットエンジェルはジャンプした。そこへスパイダーリーの糸が… 
「蜘蛛の巣ネット!」
 空中では避けられず、投網状の蜘蛛の巣が美紀子に絡み付き、スカーレットエンジェルは着地出来ずにそのまま時面に叩きつけられた。
「く… 」
 そこへスパイダーリーが現れた。
「ワッハッハッハ! ざまぁみろ小娘。お前の最後だ。行けッ。我が僕達よ」
 痛みのために起き上がれないスカーレットエンジェルに、蜘蛛人間が迫ってくる。その一人がまさに襲いかかろうとしたとき、頭にビー玉があたって、その蜘蛛人間は蹲った。さらに次々とビー玉や石が飛んできて、蜘蛛人間や戦闘員達にあたり、蜘蛛人間達は態勢を崩され、スパイダーリーにも拳大の石が命中した。
「くそっ! 誰だ」
 倒れているスカーレットエンジェルの後ろから詩織と誠人が来て、スカーレットエンジェルに絡んだ糸を取り除いて抱き起こした。
「しっかりして!」
「詩織。あの子たちは?」
「大丈夫。無事に逃げていったわ」
「者どもかかれ! やつらを皆殺しにしろ」
 戦闘員と蜘蛛人間が3人に向かってきた。
「誠人隠れてろ。絶対に出てくるな」
 詩織に言われて、誠人は近くの草むらの中に隠れた。起きあがったスカーレットエンジェルは、詩織と一緒に戦闘員と戦い、一人ずつ倒していった。
「ええい… 不甲斐ないやつらめ。僕達よ! 行け」
 蜘蛛人間が迫ってきて、スカーレットエンジェルと詩織を取り囲んだ。
「畜生。スカーレットエンジェル。こいつら人間だから倒すわけにいかないよ」
「その通り。我が僕達を倒せるものなら倒してみろ」
「卑怯な… 」
「かかれッ!」
同時にスパイダーリーの頭にある触角が光ったのを詩織は見逃さなかった。
「スカーレットエンジェル、この人たちはあの化け物に操られてるわ。頭の触角で操ってるのよ」
「分かった。詩織ありがとう!」
 スカーレットエンジェルはブレードを出すと、スパイダーリーに向かって投げた。
「小癪な! 蜘蛛の糸雁字搦め!」
 スパイダーリーの六本の腕から糸が飛び出し、ブレードに絡みついた。
「今だ! エンジェルスマッシュ!」
 スカーレットエンジェルの掌からエネルギー波が放たれ、スパイダーリーの触角に命中した。
「グァーッ!」
 触角が吹っ飛び、蜘蛛人間達は急に動きを止めて、その場でバタバタと倒れた。
「お、おのれスカーレットエンジェル… こうなったらお前もろとも自爆してやる。蜘蛛の巣ネットを食らえ」
 スパイダーリーはスカーレットエンジェルに向かって突進しながら、立て続けに蜘蛛の巣ネットを飛ばしてきた。その中の一つがスカーレットエンジェルに被さり、スパイダーリーはそのままスカーレットエンジェルに体当たりした。同時に大音響と共にスパイダーリーが自爆し、木っ端微塵に吹っ飛んだ。
「ああ… スカーレットエンジェルぅ」
 その光景を見た詩織は思わず叫び、隠れていた誠人も飛び出してきた。しかし、爆発して燃え盛っている炎の中から、薄い透明のシールドに包まれたスカーレットエンジェルが出てきて、詩織の前まで来ると、シールドを消した。
「無事だったのね。スカーレットエンジェル」
 詩織はそのまま駆け寄ってスカーレットエンジェルを抱きしめ、離れると右手を差し出してスカーレットエンジェルと握手した。
「詩織姉ちゃん、この人もしかして… 美紀子さん」
「ううん… 誠人。この人はスカーレットエンジェルといって、正義の戦士なのよ」
「いや、美紀子さんだよ。絶対間違い無い」
 詩織は困った顔をした。スカーレットエンジェルの正体は、出来ることなら多くの人に知られたくない。しかし、誠人はスカーレットエンジェルと美紀子が同一人物だと確信していたのだ。
「いいよ詩織。誠人君ならきっと秘密を守ってくれるよ」
 そう言ってスカーレットエンジェルは変身を解き、美紀子の姿に戻った。
「やっぱり美紀子さんだったんだ」
「誠人君。どうして私のことが分かったのかな」
 美紀子の問いに、誠人は照れ臭そうに答えた。
「胸だよ」
「えっ?」
「胸の大きさが美紀子さんと同じだったんだ。それから声が… 」
「このエッチ! 変な所ばっかり観察するな」
 そう言って詩織が誠人の頭を軽く叩いた。3人が帰ろうとしたとき、その前にクイーンリリーが姿をあらわした。
「あいつは???」
「クイーンリリー!!」

3-09

「スカーレットエンジェルの小娘… 次は必ずお前を殺す。私の邪魔になるお前を必ず殺してやる。ハーッハッハッハッハ」
「私こそお前を倒す」
 そう言って美紀子はクイーンリリーに向かって突進した。が、その身体を擦り抜けた。クイーンリリーの身体は映像だったのだ。クイーンリリーはもう一度高笑いをすると、その姿を完全に消した。
「あれが美紀子が戦っているやつらのボスなの?」
「そう… あいつがクイーンリリー」
 美紀子は誠人の方を向いて言った。
「誠人君。私のことは絶対秘密だよ。絶対ね。約束して。お願い」
「分かったよ美紀子姉さん。そのかわり、俺も仲間に入れてくれないか。戦うんだったら、一人でも多い方がいいだろ?」
「なに言ってんの誠人。あんた子供じゃないの」
「でもこれが無かったら、スカーレットエンジェルがやられるところだったんだぜ」
 そう言って誠人はパチンコをポケットから取り出した。
「分かったわ。誠人君。一緒に戦おう」
「ちょ… ちょっと美紀子」
「いいのよ詩織」
 美紀子は誠人の方を向いた。
「でもね、誠人君。戦うといっても、絶対危ない事しちゃダメよ。詩織が言う通り、君はまだ子供なんだから」
「分かったよ。美紀子姉さん。約束するよ」
 3人は自転車を置いてあるところまで戻ってくると、自転車に乗ってペンションへと戻った。ペンションの前まで来ると、テニス部の部員達はさっきまであんな事があったのにもかかわらず、コートで練習をしていた。
 その日の夕食の時、誠人は部員達のマスコットみたいな存在になっていた。誠人の座った前のテーブルにはケーキやお菓子が並んでいて、部員達が揃って誠人の回りに集まっていた。特に隆子はすごい熱の入れようで、何度も誠人を自分の命の恩人だと言っていた。結花と詩織は片隅の席でそれを呆然と眺めながら食事をしていた。

        *     *     *     *


 翌日の午後、合宿の最終日になって、練習の行程が全て終わり、部員達はペンションに戻ってきた。そして全員で記念撮影をした後、隆子は誠人を連れてきて、自分のカメラを美紀子に渡して言った。
「私と誠人君のこと写してくれますか」
「いいですよ。ほら二人とも並んで」

3-p10

 誠人は照れ臭そうに隆子と並び、シャッターが切られた。それを見ていた結花がぼやいた。
「馬っ鹿みたい。誠人のやつ… 鼻の下伸ばしちゃってデレデレして」
「姉ちゃん聞こえたぞ。もてないからってひがむなよ」
「何よ! 私にだってボーイフレンドの一人や二人くらいいるわよ」
「ふーんだ。その人ってよっぽどのゲテモノ好きなんだな。もしかして貧乳マニアなの?」
「何よ。言ったわね!!」
 結花は顔を真っ赤にして、誠人に飛びかかってきた。誠人はそれを避けるようにして走り出した。
「こら待て!」
 詩織は結花と誠人の追いかけっこを、また始まったかといった感じで眺めていた。美紀子も詩織の傍で一緒に眺めながら思わず吹き出してしまった。

        *     *     *     *

 クイーンリリーの蜘蛛人間作戦はスカーレットエンジェルによって打ち砕かれた。しかし、クイーンリリーは既に新たな作戦を開始し、牙を剥こうとしているのだ。負けるな! スカーレットエンジェル。

 (つづく)

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