鷲尾飛鳥

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第8話『恐怖の超怪人化計画』

2011年 10月14日 19:52 (金)

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 9月も終わりに近付き、ようやく秋の涼しさが訪れた頃、聖陵学園高校のテニスコートに美紀子の姿があった。美紀子はテニス部への入部は断ったものの、秋の新人戦が間近に迫って、明美と圭子に頼まれ、臨時コーチとしてレギュラーたちの実戦練習の相手になっていたのだ。美紀子のコーチとしての資質は群を抜いていて、レギュラーたちの実力は確実に上がっていった。何しろ美紀子は宇宙戦士であり、戦士としての厳しい訓練を受けていたため、高校生のテニスのコーチ程度の技術ならば朝飯前だった。そして今、キャプテンの明美が美紀子相手に実戦練習をしていた。明美がどこへ打っても、美紀子は確実に打ち返してきて、明美のラケットに向かって正確にボールが飛んでくる。
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「美紀子。私のラケットを狙ったんじゃ練習にならないよ。もっと散らして! それからもっと強く打って」
「分ったー! それじゃ行くよー」
 美紀子は納得したように、今度はランダムにボールを散らし、それに加えて強い打球を明美のコートへと打ち込んだ。明美は中学からテニスをやっていて、3年生の時に県大会で優勝した経験がある。その明美が美紀子の打つボールについていくのがやっとで、その光景を見ていた圭子や、他の部員達は、呆気に取られたような表情で二人のプレーに注目していた。美紀子の強烈なスマッシュが打ちこまれ、明美は打ち返そうとしたが、ボールの勢いにラケットが弾かれそうになった。が、仮にも明美は県の優勝候補である。明美は負けじとラケットを振り切った。ボールは鋭い勢いで美紀子の逆方向へ飛び、ライン上で跳ねてそのまま防護ネットを直撃した。
「やった!!  美紀子のスマッシュを打ち返したわ」
 明美が小さくガッツポーズをすると、美紀子が傍にやってきた。
「明美、お疲れ様。さすがだわ」
「美紀子。ありがとう」
 明美はそう言って美紀子に一礼すると、コートから出た。コートから出た明美は、部員達が呆然として立ち尽くしているのを見て、大声で怒鳴った。
「こら! 何してんのよみんな! 新人戦までもう幾らも無いんだよ。見てないで練習練習。圭子までどうしちゃったのよ。次あんたの番だよ」
「あ… ごめーん明美」
 そう言って圭子はコートに入り、美紀子に向かって一礼すると、美紀子に向かって構えた。明美はリストバンドとヘアバンドを外し、美紀子と圭子がプレーしているのを見ながら休憩していたが、そこへ顧問の祥子がやってきた。
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「鹿妻さん。素晴らしいコーチが入ったわね」
「あ… 先生」
「でも紅林さんって、本当にテニスやったことがないのかしら… あなたとのプレーを見てたけど、プロ級のテクニックじゃないの」
「その事なんですけど、アメリカにいた時に、プロのプレーヤーと何度か手合わせしたことがあるんだけど、試合は一度もやったことが無いって言ってました」
「コーチとしては申し分ないんだけど、テニス部に入れば、即レギュラーの腕だわ。あれなら個人戦の全国優勝どころか、ウインブルドンだって夢じゃないわよ」
「でも美紀子は事情があって、部活は出来ないって言ってるんです。私も美紀子の話を聞いて、誘うのを諦めたんです」
「そうなの… どんな事情があるのか知らないけど、残念ね」
 祥子と明美が会話しているさなか、コートの周りを徘徊している一人の生徒がいた。新聞部長の大河原朋子である。朋子は校内新聞に記事を載せようと、学校の中を駆けまわっていたのだ。そしてテニスコートに来て美紀子と明美や圭子のプレーを見て、これはいい記事が書けそうだと、ネットフェンス越しに眺めていたのである。朋子は圭子と同じ中学の出身で、しかも中学時代は圭子と同じテニス部にいたから、圭子の実力をよく知っている。さらに圭子が中学の時の県大会で、明美と優勝を争ったライバル同士であることも知っていたため、その二人が美紀子に翻弄されているのを見て、これは見逃せないと、盛んにメモをとっていた。
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「すごい… あの人… 圭子と明美が手玉に取られてるじゃないの。きっとどこかの有名なテニスプレーヤーに違いないわ」
 朋子はまだ美紀子が聖陵学園の生徒だと知らなかったので、美紀子がどこかの大学か、テニスクラブから呼ばれたプレーヤーだと思い込んでいた。そうこうしているうちに、美紀子の鋭いスマッシュが決まり、打球の早さに一歩も動けない圭子の脇を抜けて、コートのライン上でボールが跳ね、朋子の目の前にあるネットフェンスに勢いよくぶつかって、フェンスにボールが挟まった。
「キャッ!!」
 朋子は思わず叫んで飛びあがり、そのまま後ろに倒れて尻餅をついた。もしフェンスが無かったら、朋子の顔面をボールが直撃していた。
「痛ったー…・ 」
 スカートが大きく捲れ、体育座りの格好をしている朋子の前に、圭子がフェンス越しにやってきて、挟まったボールをとろうとして、お互いの視線が合った。
「大河原じゃないの。何してんのそんな格好で。パンツ見えてるぞ」
「いいよ別に。ここには男子学生がいないんだから」
「そういう問題じゃないだろ? 早く立ちなさいよ」
 朋子は気を取り直して立ちあがると、フェンス越しに圭子と会話を始めた。
「あのコーチの人誰? 一体どこからあんな凄い人呼んだの?」
「この学校の生徒だよ。二学期に転校してきて、私と同じクラスの紅林美紀子っていうの」
「えーッ!?? マジぃ? あんな凄い人が和渕のクラスにいたの? どう見たってプロのテニスプレーヤーじゃない! するとあの人テニス部に入ったの? それなら新人戦の優勝は、もう確実じゃないの」
 圭子は無言で首を横に振った。
「紅林は事情があって部活が出来ないって言ってるの。私も明美も説得したんだけど、明美が諦めろって言うから、私も諦めることにしたのよ」
「ふーん… 紅林美紀子… か。私から見れば『謎の人物』ってとこだな。よーし」
 その時ボールが転がってきて、圭子のすぐ横に落ちてきた。圭子が拾って投げ返そうとすると、一年生の山下玲子がすぐそばまで来ていたので、軽く放り投げた。
「先輩。ありがとうございます」
 玲子はボールを受け取ると、美紀子との練習に戻っていった。それを見ながら朋子がまた話しかけてきた。
「あの子もレギュラー候補だったよね」
「そう。一年生の山下玲子。一年の中では一番上手いわよ」
 朋子は美紀子と玲子のプレーを見ていたが、明美と圭子の二人と比べると、玲子のプレーはまだぎこちなく見えた。
「それじゃ和渕。私これで失礼するから」
 そう言って朋子はクリップボード片手に、テニスコートから去っていった。その後ろ姿を見届けながら、圭子はコートの外へ出て、休憩している明美の所へ行った。
「圭子、大河原と何の話してたの?」
「紅林のこと色々聞かれたよ。どうやら大河原のやつ、紅林に凄い興味を持ったみたいよ」
 明美は一瞬不安になった。美紀子は戦士で、得体の知れない連中と戦っている。そんなところへ朋子みたいなのが首を突っ込んだら、とんでもないことに巻き込まれるのではないかという思いが頭の中を過った。
 聖陵学園高校のテニスコートは2面あって、一つは新人戦のレギュラー候補の実戦練習に使われ、もう一面は他の部員達の練習用にあてがわれていた。そちらの方は顧問の祥子が指導していて、ラケットがボールを叩く音や、部員達の声がこだましている。
 さて、レギュラー候補の実戦練習が一通り終わり、美紀子を含めた全員が明美と圭子の所に集まってきて、円形に座って次の練習の打ち合わせを始めた。新人戦のレギュラーは6人が選ばれることになっており、レギュラー候補のうち、明美と圭子の二人は当確で、残った4人のうち、補欠の2人を含めてあと6人を三日以内に選ばなければならなかった。明美と圭子以外に候補になっているのは全部で8人で、その中から2人は不本意ながら外さなければならない。みんなレギュラーとして選ばれたいため、候補になっている部員達の表情は真剣そのものだった。
打ち合わせが終わり、明美はみんなを立たせると、美紀子に向かって声をかけた。
「美紀子。新人戦が終わるまでコーチを頼みたいんだけど、どう?」
「大丈夫だよ。何かあってダメな時は必ず明美か圭子に言うから」
「分った。それじゃ今日はありがとう」
 明美は美紀子にお礼を言ってから、みんなの方を向くと、大きな声で言った。
「それじゃ、緑ヶ丘公園へロードワークに出発! みんないくわよ」
「はーい!!」
 大きな返事が返ってきて、レギュラー候補の部員達は、明美を先頭にロードワークに出発した。美紀子はその姿を見送ると、着替えるために校舎の中へ入っていった。

        *     *     *     *

 美紀子がコーチを終えて、教室で制服に着替えていた頃、緑ヶ丘公園に隣接する新間川の土手で、クイーンリリーのエージェントである怪人ナメクジリーが、自分の力を実験するため、たまたま通りかかった近所の人を襲っていた。その人は散歩で土手を歩いていたのだが、ナメクジリーと鉢合わせして、その場に立ちすくんだ。

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「ちょうどいい獲物だ。お前を実験台にしてやる」
ナメクジリーは恐怖のあまり声も出せないその人に向かって、口から透明な液体を吹きかけた。液体はその人にまともにかかった。
「ギャアーッ!!」
 その人は絶叫と供に、液体を浴びたところからドロドロに溶け、服も含めて全て溶けて、白い水蒸気とともに消滅した。
「大成功だ」
 その時ロードワークのため、公園の中を通って土手に近付いてくる聖陵学園のテニス部員達の姿が見え、ナメクジリーは近くにいた戦闘員達に声をかけた。
「誰か来る。引き揚げだ!」
 ナメクジリーと戦闘員達は一斉に土手から河川敷に下りて、その場から消えた。部員達は次々と土手に上がってきてそこで休憩した。が、ナメクジリーと戦闘員達は既にその場から消え、犠牲者になった近所の人も溶けて消滅していたため、誰も何も気付かず、休憩時間が終わると学校へ向けて再び走り出した。
 ナメクジリーと戦闘員達は、城跡公園の北に接しているスクラップ置き場の一角に設けたアジトのそばに姿を現し、物置小屋に擬装した入り口から次々と中へ入っていった。ナメクジリーは司令室に戻ると、室内にいた戦闘員達の表情がおかしいのに気付いたので、戦闘員の一人に向かって言った。
「どうした? 何をそんなに緊張しているのだ」
「たった今連絡があって、クイーンリリー様がおいでになるそうです」
「何? クイーンリリー様が?」
「その通りだ」
 声とともにクイーンリリーが姿を現し、ナメクジリーを含めて、居合わせた者はすべて跪いた。
「出迎え大儀である。私がここへ来たのは、重要な作戦があるからだ。ナメクジリー!」
「ははーッ!」
「お前をその作戦の責任者に任命する。早速この男を捕え、ここへ連れてくるのだ」
 クイーンリリーは一枚の写真を見せた。
「この者は何者ですか?」
「城北大学教授で、人間工学の第一人者でもある名取憲次郎だ。この者は最近、人間を超人にする特殊な装置を開発し、既に動物実験で成功している。この装置を人間に使えば、人間の脳や筋肉の働きを常人の数倍に活性化させ、頭脳や筋力を人並みはずれたものにする機能を持っているのだ。我々は名取教授を誘拐してこの装置を奪うか、あるいは教授に作らせて、怪人のパワーや能力を上げ、これまでとは比べ物にならないような、超強力な怪人部隊を編成するのだ。そうすればスカーレットエンジェルの小娘など、もはや恐るるに足らん。さあ行け! ナメクジリーよ」
「ははーッ!!」
 ナメクジリーは戦闘員の一隊を引き連れ、アジトから出ていった。
 クイーンリリーの情報は大まかに次の通りである。名取教授の研究は、人間の能力や可能性を引き出し、それに対して教授自らが開発した『特殊活性化装置』を使うことにより、人間個人の脳や筋肉を活性化させて、その働きを普通の人以上にするというものだった。クイーンリリーはその研究に目をつけ、名取教授の理論を応用して使い、怪人の能力を超人化しようと考えたのだ。

        *     *     *     *

「ただいま」
 美紀子は帰宅して扉を開け、家の中に入った。
「おかえり。ご苦労様ですコーチ!」
 そう言って先に帰っていた詩織が出迎えてくれた。源太郎は昨日、急な出張が入って九州へ行き、一週間ほど戻ってこないので、その間は美紀子一人である。それで源太郎の代わりに詩織が泊まり込んで美紀子と一緒にいた。
「しかし、美紀子って何でも出来るんだね。あたしも何か超人みたいな力が欲しいよ」
「詩織。そんな事言わないで。それじゃまるで私が人間じゃないみたいだよ。私が地球で超人のようになれるのは、この星の引力のおかげなのよ」
「そうか… 美紀子ゴメンね。地球の引力は美紀子の星よりも小さかったんだよね」
「いいのよ詩織。私着替えてくるから、それから買い物に行こう」
「うん。いいよ」
 美紀子は着替えるために自分の部屋へ上がっていった。
 ちょうど同じ頃、学校から出た朋子は鷲尾平から電車に乗り、城間市にある自宅に帰る途中だった。朋子はいつものように城間駅で降りて、自宅まで約15分の道を歩いていた。途中には名取教授の家があって、朋子はいつもその前を通る。今日もいつものように朋子は教授の家の前に来た。ところが通り過ぎようとした時、朋子は体全体に強烈な寒気を感じた。同時に家の中から得体の知れない連中が出てきたのを見て、朋子は咄嗟に家の向かいにあった公園の中へ入り、植え込みの陰に身を潜めた。得体の知れない連中は、クイーンリリーの戦闘員だった。
「何者だろうあいつら… 」
 そう呟いた朋子はさらに驚いた。ナメクジリーが名取教授を抱えて家から出て来たのだ。朋子はカバンを開けると、中から小型ポケットカメラを取り出し、夢中でシャッターを押した。教授の家の前に車が止まり、ナメクジリーは気絶した教授を車に押し込めると、戦闘員に命じて車を発進させた。車が去ったあと、朋子は公園から道路に出て、辺りを見回しながら呟いた。
「一体何が起こったのかしら… でも、あの連中… これは大スクープだわ」
 
        *     *     *     *

 ここはナメクジリーのアジトである。今アジトではナメクジリーが誘拐してきた名取教授とクイーンリリーが対面していた。
「一体何者なんだあんた達は!? 私をこんな所に連れてきてどういうつもりだ」
「名取教授。我々のために、是非超人化装置を作っていただきたい。我々に協力していただいた場合、それ相当の報酬を与えることを約束する」
「馬鹿な! 超人化装置なんて… そんな物作れるわけがない」
「嘘を言うな。お前が人間の頭脳や筋力を活性化させ、常人よりも優れた人間を作り出す装置を完成させたということを、我々の情報網がつかんでいるのだ」

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「特殊活性化装置のことを言ってるのか。あれは人間の脳や筋肉の働きを普通以上にするだけで、人間を超人にすることなど出来ないぞ」
「そんなことは分かっている。我々はお前の作り出した、特殊活性化装置のデータと理論が欲しいのだ。それを元に、我々はこのアジトの研究室で超人化装置を作る。さあ教授! 話してもらおう。データはどこだ」
「今私の手元にはない。資料やデータ、それに装置一式は大学の研究室だ」
 クイーンリリーは教授の言葉を聞き、ナメクジリーの方を向いた。
「ナメクジリー!」
「ははーッ!」
「教授を大学へお連れして、データ一式を奪ってくるのだ」
 名取教授はクイーンリリーに詰め寄った。
「一体お前たちの目的は何なんだ!? 私の研究を何に使うつもりなんだ」
「そんなことは聞かなくてもいい。ただ、お前が我々への協力を拒んだ場合、一人娘である裕美の命の保証はしないぞ」
 そう言ってクイーンリリーは写真を教授に見せた。
「な… 何だと!? 裕美をどうするつもりなんだ」
「さあ… どうしようか… お前の娘、裕美の命は我々の手中にあるのだ。教授が我々に協力してくれれば、我々はそれ相当の報酬を与えるし、娘も安全だ。その事は覚えていて頂こう」
「・・・ 分かった。協力しよう」
「物分りがいいな。では教授。早速大学の研究室へ行ってもらいましょう。くれぐれも言っておくけど、下手なことをすれば娘の命は保証しないわよ」
「分かった… 言う事を聞くから娘だけは助けてやってくれ」
「よろしい。それではナメクジリーと一緒に行ってもらおう」
ナメクジリーは戦闘員数名とともに、名取教授を連れてアジトから出ていった。そしてその日の夜、城北大学のキャンパス内にナメクジリーと戦闘員、そして名取教授の姿があった。教授は自分の研究室にナメクジリーらを案内した。ナメクジリーも戦闘員も全て人間の姿になっているので、守衛に怪しまれることはなかった。教授は研究室に入ると、例の装置を指差して行った。
「これが特殊活性化装置だ。何度も言うようだが、この装置では超人など作り出すことは出来んぞ」
「くどい! つべこべ言ってないで、早くデータ一式を出せ」
「娘の命は保証してくれるんだろうな?」
「くどいぞ! 早くしろ」
 名取は机の引き出しを開けて鍵を取り出し、書庫の扉を開けると、特殊活性化装置に関するデータと資料一式を取り出した。
「これが、君たちが要求していたデータと資料一式だ」
「よこせ!」
 ナメクジリーは名取から書類をひったくると、活性化装置を指差して戦闘員に命じた。
「そいつも一緒に持っていけ」
「ハッ!」
「長居は無用だ。者ども引き揚げるぞ」
 ナメクジリーは名取の服をつかんで、研究室の外へ連れだした。しかしナメクジリーは、ひったくった書類の中に、名取が密かに秘密のデータを忍ばせていたことには気付いていなかった。戦闘員達は装置を持ち上げると、研究室の外へ運び出し、キャンパスの外へ待機させていたトラックに積みこんだ。
「よし出せ!」
 同時にナメクジリーは名取を車に乗せ。戦闘員に命じて車を発進させた。トラックと車は大学のキャンパスを後にして、夜の闇に消えた。

        *      *      *      *

 翌日の朝、学校へ行った美紀子と詩織のもとに、朝錬を終えたばかりの明美がやってきた。
「美紀子、詩織、おはよう」
「明美おはよう」
「二人ともちょっと来て!」
 美紀子と詩織は、明美に引っ張られるように掲示板のそばへ行った。
「美紀子、詩織、これ見て」
 掲示板に張られている写真と記事を見て、美紀子と詩織は目を丸くして驚いた。怪人ナメクジリーと、戦闘員の姿がしっかりと移っていたのだ。記事のタイトルは『摩訶不思議! 今世紀最大の謎』となっていて、写真を撮った時の様子が克明に記されていた。

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「・・・ この写真… 誰が撮ったの?」
「きっと新聞部の大河原だわ。この掲示板は学校新聞専用だから」
「この写真の場所… 記事の内容だと城間市だわ。化け物と一緒にいる人は、状況からして、おそらく拉致されたんだわ」
「美紀子。ここで考えるより、大河原に直接聞いた方が早いよ」
 詩織はそう言って、朋子がいるA組へ行こうとしたが、美紀子がとめた。
「待って。もうすぐホームルームが始まっちゃうよ。昼休みにしよう」
「うん。私もその方がいいと思うわ」
 美紀子と明美にとめられ、詩織は思いとどまって、美紀子と一緒に教室へ向かい、明美も自分の教室へ向かった。
 昼休みになり、美紀子と詩織は朋子がいるA組へ行った。少し遅れて明美もやってきた。詩織は教室から出てきた一人を捕まえて聞いた。
「大河原いる?」
 その人は教室の中を見まわし、詩織に向かって答えた。
「いないわ。多分部室だと思うけど」
「ありがとう」
 詩織は礼を言うと、一目散に新聞部の部室へ向かった。美紀子と明美がその後を追った。部室の前に来て、詩織はドンドンと扉を力いっぱい叩いた。しばらくして部員の一人が扉を開けた。
「大河原いる?」
「今会議中なんだけど」
「大至急会わせて!!」
 朋子は一番奥の椅子に座っていた。詩織はわきめも振らずに部室に入りこみ、朋子の前に立った。詩織の表情を見て、朋子はビックリしたような表情で立ち上がった。他の部員達も詩織の剣幕にたじろぎ、その場で硬直してしまった。
「な、何よ! いきなり入ってきて… 何の用なのよ」
「掲示板に張ってあった新聞の写真… あんたが撮ったんだよね!?」
「そうだけど、何か?」
「何時どこで撮ったのか教えて」
「ニュースソースは簡単に教えるわけにはいかないわ」
「ふざけるな! 人の命がかかってんだぞ!」
 詩織は向きになって朋子に突っかかり、むなぐらをつかんだ。
「やめて! 暴力はやめてよ」
 美紀子と明美があわてて詩織を押さえつけた。
「詩織落ち着いて! ムキになっちゃダメだよ」
 美紀子に言われ、詩織は落ち着きを取り戻して、つかんでいた手を離した。美紀子は詩織を後ろに下げると、朋子に聞いた。
「大河原さん。何時どこで撮ったのか教えてくれない? 人の命がかかっているのは本当のことなのよ。お願い」
「あなた… テニス部のコーチをしていた紅林さんね?」
「そ、そうだけど」
「分かった。特別に教えてあげるわ」
 そう言うと朋子は、部屋にいた部員達の方を向いて言った。
「昼の会議は中止よ。放課後にもう一度やるから、とりあえず解散。私はこの人たちと大事な話があるから、みんな出ていって」
 部員達が次々と部室から出ていって、部屋には朋子、美紀子、詩織、明美の四人が残った。朋子はあらたまって美紀子に向かって言った。
「紅林さん、一体何を聞きたいの? それに人の命がかかっているって、どういうことなの?」
「写真に写っている化け物と一緒にいる人のことよ。大河原さんはその人が誰だか知ってる?」
「うちの近所に住んでいる人だよ。確か、名取っていう人で、どこかの大学の教授だったと思うけど」
「(大学教授か… )どこの大学だか分る?」
「そこまでは分からないわ」
「大河原さん。もし良かったら、写真を分けてくれないかな?」
「いいよ」
 朋子は自分が写した写真を机の上に置いた。美紀子は並べられた写真の中から、背景が良く写っているものと、教授の姿がはっきりと写っているものを選んで手に取った。
「この二枚を借りるわね」
「いいわよ。それじゃ紅林さんも私の質問に答えてくれない?」
「何を?」
「あの得体の知れないやつらの事なんだけど、おそらく紅林さんは何かを知ってるわね? 一体やつらは何者なの?」
「悪いけどそれは知らない方がいいわ。知ってしまったらあなたは必ずやつらに狙われるわ。この事件は私達に任せてちょうだい。あなたは絶対に関わらないで。お願いよ。それじゃ失礼するわ」
 そう言って美紀子は詩織と明美を促し、朋子のそばを離れて部室から出ていった。
「何だろう一体… 紅林たちは何かを隠している。きっとあの連中を知っているのね… これは大スクープだわ。よーし。徹底的に調べてやる」

        *      *      *      *

 放課後になり、詩織は学校の図書室にいた。美紀子が朋子から借りた写真のうちの一枚には、門柱と『名取』と書かれた表札が写っていて、詩織は美紀子に頼まれ、人名事典や大学に関する資料を調べていたのだ。そしてついに『名取憲次郎』という名前に行き着いた。
「やった! ついに見つけたわ」
 そこへちょうどタイミング良く、テニス部のコーチを終えた美紀子がテニスウェアのまま図書室に入ってきた。
「詩織。何か分かった?」
「うん! ちょうど今見つけたとこ。これ見て!」
 詩織は開いたままの人名事典と、城北大学に関する書籍を美紀子の前に差し出した。
「名取憲次郎。城北大学で人間工学と生体物理学の研究をしている人よ」
「人間工学?」
「そう。何でも最近、特殊活性化装置とかいうものを作っているんだって」
「特殊活性化装置?」
「人間の脳や筋肉を、この装置を使って活性化させ、脳や筋肉の働きを普通の人以上にして、人間の能力や筋力を向上させるというシステムだって書いてあるわ」
「それだ! それだわ詩織。やつらが何を狙っているのか、これで分かったわ」
「そうか… この装置を使って怪人の能力を上げようとしているのか」
「間違い無いわ。詩織行くよ」
「うん」
 美紀子と詩織は本を戻して図書室から出ると教室へ戻り、美紀子は急いで制服に着替えた。
「まず城間市にある教授の家に行ってみよう。何か手掛かりがつかめるかもしれないわ」
「よーし!」
 美紀子と詩織は学校を出ると、鷲尾平駅へ向かった。その様子を見た朋子は、美紀子と詩織の後を追った。
「あの二人・・・ 何をしようとしてるんだろう。とにかく後をつけて確かめてやる」
 意気込んでいた朋子だったが、二人が雑踏の中に入り込んだところで見失ってしまい、地団太踏んで悔しがった。
「あー・・・ 見失ったか・・・ まあいいわ。チャンスはこれだけじゃないはず。必ずあの二人の正体を確かめてやる」
 朋子は二人を追うのをあきらめると、近くのコンビニへ入った。一方の美紀子と詩織は駅に着くと電車に乗って城間へと向かった。

        *     *     *     *

 ここはアジトの中の研究室である。ナメクジリーらが奪ったデータ、資料と特殊活性化装置の機器を元に、名取教授は戦闘員の科学部隊とともに超人化装置を完成させていた。
「既に出来ていた特殊活性化装置のおかげで、元の装置に少々手を加えただけで完成させることが出来た」
 そこへクイーンリリーが研究室に入ってきた。
「名取教授。ご苦労であった。早速装置を作動させてもらう」
「それより、娘は… 娘は大丈夫なんだろうな?」
「心配するな。お前の娘は安全だ。さあ、ここにいるナメクジリーを超人化装置でパワーアップさせるのだ」
「分かった」
 ナメクジリーは椅子に座り、名取教授と助手達の手で、ナメクジリーの身体のあちこちにコードが接続された。教授は装置についている各種のスイッチを次々とオンにし、最後にメインスイッチを入れた。装置が作動し、赤いランプが点滅してナメクジリーの身体に電流が流れ込んだ。そこで教授はクイーンリリーに向かって装置の説明をした。
「この赤いランプが青に変わればエネルギーの充電が完了する。そうすればパワーは今までの倍か、それ以上になるはずだ」
「うむ・・」
 名取教授は娘が心配で仕方なく協力し、装置を完成させたのだが、組み立ての段階で、研究室から密かに持ってきた秘密データの回路を組み込んでいた。この回路は装置からある程度のエネルギーが放出されると、自爆装置が作動して装置自体が爆発し、使い物にならなくなってしまうというものだった。さらにパワーアップしたナメクジリーが一定以上のパワーを使うと、ナメクジリーの機能自体が破壊されるようにも細工していた。名取教授は自分が開発した特殊活性化装置が悪用されるのを恐れ、密かに自爆装置をも作っていたのだ。この事はクイーンリリーを含めて誰も気付いていなかった。
「(この装置を作動させると、相当量のエネルギーが放出される。しかも装置自体が元の物より大出力になっているから、この一回の操作だけで自爆装置を作動させることが出来る… こんなやつらに私の研究を使われてたまるものか)」
 やがてランプが青に変って装置が停止した。
「終わった…」
「ご苦労だった。名取教授。では早速ナメクジリーの性能テストを行う」

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 クイーンリリーはナメクジリーと戦闘員、そして名取教授を連れ、アジトの外へ出た。アジトの周辺はスクラップ置き場で、実験用の標的は無尽蔵にあった。クイーンリリーは20m向こうにある大型の冷蔵庫を指差し、ナメクジリーを促した。ナメクジリーは左手をノズルに変換して冷蔵庫に向けた。ノズルから高温の火炎が放射され、冷蔵庫は瞬く間に燃えて溶けた。さらにそばにあったコンテナに向けて、口から溶解液を噴射した。溶解液は余裕でコンテナまで届き、コンテナは上のほうからドロドロに溶けて、ついに白煙とともに跡形も無く消え去った。名取教授はクイーンリリーに向かって、成果の内容を説明した。
「溶解液の射程距離はこれまでの3倍近くになり、また、放射される火炎は50mの射程を確保できる。また、その温度は1000℃以上あり、鉄を軽々と溶かすことが出来るだろう」
「よろしい。良くやってくれた。名取教授。それではアジトの中に戻ってもらおう。この装置の性能を向上させるよう研究してもらいたい」
「待て。それでは約束が違うぞ。装置を完成させたら、報酬とともに家に帰すと言ったではないか」
「そんな約束などした覚えは無い。教授にはこれからも我々のために協力してもらう。そんなに娘に会いたいのならば、ここへ連れてきてやる。ナメクジリー! 教授の娘を連れてくるのだ」
「かしこまりました」
 ナメクジリーは数人の戦闘員とともにその場から去っていった。
「お前らどういうつもりだ」
「うるさい。つべこべ言ってないでアジトへ戻れ!」
 名取教授は戦闘員に両脇を抱えられながらアジトの中に連れ戻された。

        *       *       *       *

 その頃美紀子と詩織は城間駅で電車を降りると、名取教授の家がある方向へ向かって歩いていた。詩織は地図を見ながら、教授の家を探した。
「この辺だと思うんだけど… 」
 公園の前まで来て、美紀子は公園の向かいにある家の表札を見て、詩織を呼んだ。
「詩織。こっちだよ」

8-06

 詩織は美紀子のそばまで来て、美紀子が指差している家の表札を確認した。
「ここが教授の家か。誰もいないみたいだね。でも美紀子、教授はやつらに連れて行かれちゃったんでしょ? 手がかりって言ったって・・・」
「しっ・・  詩織、声が大きいよ」
「ごめん」
「教授には裕美という、私達と同じ年頃の娘さんがいるわ。教授は二年前に奥さんを亡くしていて、今は娘さんと二人暮しなのよ」
「そうか… やつらは教授に言う事を聞かせるため、娘さんを狙っているかもしれないって事ね」
 美紀子と詩織がそんな会話をしている様子を、ナメクジリーと配下の戦闘員たちがジッと監視していた。
「小娘どもだ。嗅ぎつけてきたのか・・・」
「案ずるな。まだ我々に気付いてはいない。今飛び出していってこちらの存在を知られてはまずい。教授の娘が帰ってきて家の中に入るのを待つのだ」
 美紀子と詩織はしばらくの間教授の家をながめていたが、美紀子は誰かがこっちに近づいてくるのに気付いた。
「詩織、誰か来る」
 美紀子は詩織を促し、公園の植え込みに身を隠した。駅の方からやってくる人影が近づいてきて、美紀子と詩織のすぐ傍までやってきたとき、その人影が制服姿の女の子だと分かった。名取教授の娘の裕美だった。

第8話追加1

「あの制服… 桜陽学院のだよ」
「桜陽学院?」
「うん。お嬢様学校で有名だよ。とにかく規則が厳しいことで有名で、あたしだったら一日で学校やめたくなるね」
 裕美は家の前まで来ると、門を開けて中に入った。
「あの子が教授の娘さんだわ」
 詩織が飛び出そうとしたのを美紀子が止めた。
「待って詩織。あわてないで」
 裕美は玄関の鍵を開けると、そのまま中に入っていった。
「何も起こらないね」
 美紀子と詩織は何事も起こらないので、ひとまずホッとため息をついた。しかし、ナメクジリーは美紀子たちに気付かれないように、密かに教授の家への侵入体勢に入っていた。裕美は自分の部屋へ行くと、部屋の電気をつけて鞄をベッドの上に放り出して窓から外を見た。父親の憲次郎は既に二日も音沙汰がなく、裕美は父が大学の研究室で泊り込んでいると思っていた。
「お父様・・・ 仕事が忙しいのね」
 裕美はそう呟いた。教授が研究のために家を空けることはさほど珍しいことではなかったので、裕美もそう気にはとめていなかった。その時、突然不気味な声が響いてきた。
「名取裕美・・・ 」
「え? だ、誰なの? 私の名前を呼ぶのは」
「父親に会いたければ会わせてやる。我々と一緒に来るのだ」
 裕美は部屋中を見回した。すると部屋のドアの隙間から奇妙な液体が流れ込んでくるのが見え、部屋の電気が消えた。裕美は突然のことに動揺して壁に体を貼り付けるような体制をとった。液体は完全に室内に侵入すると、白煙を上げてナメクジリーの姿になった。

第8話追加2

「名取裕美! 我々と一緒に来てもらおう」
「あ・・・ あなたは誰ですか?」
「クイーンリリーのエージェント。ナメクジリー」
 そう言いながらナメクジリーは裕美に近づいてきた。
「い・・・ 嫌・・・ 近寄らないで・・・ キャーッ!! 誰か助けてぇーっ!!」
 裕美は大声を出して叫び、その声は外にいた美紀子と詩織にも聞こえた。
「美紀子! 家の中からだよ」
 言うや否や、詩織は飛び出して教授の家に向かって一目散に駆け、その後から美紀子が追った。そこへ戦闘員が二人の前に姿を現し、家の屋根の上からも飛び降りてきて、二人は戦闘員たちに完全に囲まれた。
「イーッ!」
「イーッ!」
「やっぱりお前たちの仕業だったのね」
「何を企んでいるのか知らないけど、お前たちに勝手なまねはさせないわ」
「うるさい! かかれ」
「イーッ!」
 戦闘員が気勢を上げながら二人に向かって襲いかかってきた。
 美紀子と詩織は襲ってくる戦闘員と格闘し、一人ずつ倒していった。
「美紀子。ここはあたしが引き受けるから、家の中に入って」
「分かった」
 美紀子は玄関のドアを空けて家の中に入った。すると気絶した裕美を抱えて引き揚げようとしているナメクジリーの姿が眼に映った。
「化け物! 裕美さんを放しなさい」
「来たな。スカーレットエンジェル。邪魔されてたまるか。それっ!」
 ナメクジリーが合図すると、戦闘員が現れた。美紀子はナメクジリーを追いかけようとしたが、割って入ってきた戦闘員たちに阻まれた。
「スカーレットスパーク‐エンジェルチャージ!!」
 美紀子はスカーレットエンジェルに変身すると、目の前にいる戦闘員と格闘して倒し、ナメクジリーを追った。ナメクジリーは裕美を抱えたまま窓から外へ飛び出し、表通りに出てきていた。
「待て。化け物。裕美さんを返せ」
「邪魔はさせん。これでも食らえ」
 ナメクジリーは左手をノズルに変換して粘着液を噴射した。が、液体はスカーレットエンジェルに到達する前に、間に割り込んできた二人の戦闘員にかかり、戦闘員同士がくっついてしまった。
「くそっ! この役立たずどもめが。死ねッ!」
 ナメクジリーの口から透明な液体が放たれ、粘着液で動けない戦闘員にかかった。
「ギャーッ!」
 戦闘員は絶叫とともにドロドロに溶け、白煙を上げて消滅した。ナメクジリーに向かおうとしたスカーレットエンジェルは、その威力を見て一瞬立ちすくんだ。
「グァグァグァグァーッ!」
 ナメクジリーは奇声を上げながら、スカーレットエンジェルに背を向けると、抱えていた裕美を近くにいた戦闘員に渡した。
「連れて行け!」
「イーッ」
 戦闘員が返事をすると同時に一台の車が走ってきて止まった。ドアが開いて戦闘員が出てくると、裕美を車の中に押し込めた。
「よし。出せ」
「待て! 裕美さんを返しなさい」
「うるさい!!  グァグァグァーッ」
 ナメクジリーは口から液体を噴射した。
 スカーレットエンジェルが避けると、今までスカーレットエンジェルがいた場所に液体が降りかかってきて、道路の舗装が水蒸気をあげた。その間に裕美を乗せた車は走り去ってしまった。
「どうだ俺様の溶解液の威力は!? お前の体を溶かしてやる」
「待て! ナメクジリー!」
 突然の言葉に、ナメクジリーは動きを止めた。スカーレットエンジェルは声のした方を向いた。すると、教授の家の屋根の上にクイーンリリーが立っていた。
「クイーンリリー!」
「お久しぶりね。スカーレットエンジェル」
「今度は何を企んでいるの? 名取教授と裕美さんを返しなさい!」
「そうはいかないわ。教授は我々の作戦に絶対必要なのよ。ナメクジリー! すぐにアジトへ戻るのよ。次の作戦を開始するわ」
「かしこまりました。クイーンリリー様」
 ナメクジリーはそう言うとその場から姿を消し、残っていた戦闘員も次々とその場から逃げ出した。
「クイーンリリー! 逃がさないわ。エンジェルスマッシュ!」
 スカーレットエンジェルはエンジェルスマッシュを放ったが、クイーンリリーは高笑いをしながらその場から消え、エネルギー派が空へ抜けていった。
「スカーレットエンジェル! 必ずお前を殺す。それまで首を洗って待っているがいい。ハーッハッハッハッハ」
 戦闘員が引き揚げたので、戦闘員と戦っていた詩織が呆然と立ち尽くしているスカーレットエンジェルのそばに駆け寄ってきた。
「詩織、裕美さんが連れ去られてしまった・・・ 」
「スカーレットエンジェル、あんたが悪いんじゃないよ。連れ去られたんなら、取り戻せばいいじゃん。とにかく今はすぐここから去った方がいいよ」
 そういって詩織はスカーレットエンジェルに周りを見るよう促した。騒ぎに気付いた付近の住民達が道路に出てきていた。二人はすぐにその場から走り去った。そしてスカーレットエンジェルは走りながら変身を解いて美紀子に戻り、教授の家から500mほど来た所で足を止めた。二人とも走りっぱなしだったので息を切らしていた。
「ふーっ! うかつだったわ・・・ もう少し早くやつらに気付いていれば・・・ 」
「詩織、今はやつらの出方を伺うしかないわ。まず事務所に戻ろう。私たちが動き出していると分かった以上、私たちだって狙われる可能性がある」
「そうだね・・・」
 美紀子と詩織はお互いに頷き会うと、駅へ向かって駆け出した。そして電車に乗って鷲尾平に戻り、事務所に帰り着くと、家中の鍵を全て施錠し、誰も外から入れないようにしてから床についた。美紀子の推察どおり、クイーンリリーの魔手は既にすぐそばまで来ていた。その日の深夜・・・ 事務所の外に怪人ナメクジリーの姿があった。
「いくらスカーレットエンジェルといえど、寝ている時までは我々を警戒出来まい。さっきはしくじったが、今度こそ片付けてやる」
 ナメクジリーは玄関の前に立つと、身体を液体に変えてドアの隙間から内部へ侵入し、中で再びナメクジリーの姿になって応接室に侵入した。
 ジリリリリリリーッ
 非常ベルがけたたましく鳴った。応接室と事務所は誰もいない時に不審者が侵入すると、非常ベルが鳴る仕掛けになっていたのだ。
「グァグァ… あ、頭が割れそうだ」
 ナメクジリーは突然のベルの音に、苦しそうな仕草で頭を抱えた。ナメクジリーの脳は金属音に対して非常に敏感だったのだ。
「な、何?」
 非常ベルの音で目が覚めた美紀子と詩織は、ベッドから飛び起きると一階に駆け下りてきて部屋の電源を入れた。部屋が明るくなり、美紀子は応接室にいるナメクジリーを見た。
「ば、化け物!」
「くそ… こんな仕掛けがあったとは。覚えていろ小娘」
 ナメクジリーは美紀子に向かって吐き捨てるように言うと体を液体化させ、窓の隙間から外へ逃げた。詩織は事務室に入ると机の引き出しを開け、非常ベルの電源を切った。美紀子は逃げるナメクジリーを追って玄関のドアを開け、辺りを見まわして何もいないのを確認してから、玄関の施錠をして応接室に戻った。詩織も事務室から戻ってきた。
「油断のならないやつらだわ」
「美紀子、あいつらまた来るかな?」
「分らない… 詩織は寝ていいよ」
「美紀子は?」
「私は応接室で寝るわ」
「分かった美紀子。おやすみ」
「おやすみ」
 一方、外へ逃げたナメクジリーは、事務所の建物を睨みながら悔しそうに地団太踏んだ。近くに散開していた戦闘員達も集まってきた。
「くそ… あんな仕掛けがあったとは。この場はひとまず引き揚げだ」
 ナメクジリーは近くにいた戦闘員に命令した。
「お前たち。この周辺に張りついて、小娘どもを見張れ」
「ヒャイィーッ!」
 戦闘員の返事を聞くと、ナメクジリーはその場から消えた。

        *      *      *      *


 夜中にナメクジリーに侵入されたものの非常ベルで撃退し、その後は何事も無く朝になった。美紀子は応接室で夜を明かした。そして6時になって朝食の準備をすると、まだ寝ている詩織起こしに行こうとしたが、その前に詩織は制服に着替えて一階に下りてきた。
「美紀子おはよう」
「おはよう。詩織もう起きたの?」
「うん。何だか眠れなくて・・・」
 美紀子と詩織はテーブルを囲んで食事を始めた。食事が終わって後片付けを終えてから、美紀子と詩織は学校へ行く支度をし、玄関から外へ出て学校へと向かった。ちょうど校門のところで、朝錬のため早く学校に来ていた明美と会った。
「おはよう」
「おはよう。美紀子も詩織も今日は早いのね」
「うん… ちょっとね」
「それじゃ私は朝錬があるから」
「うん。じゃまた後で」
 その日の授業中は、美紀子も詩織も上の空で、授業内容もろくに頭に入っていなかった。そして授業が終わると同時に帰る用意を始めた。美紀子はテニスのコーチをしなければならなかったが、明美に事情を話して学校を出た。明美は美紀子の事を知っていたから、すぐに承諾した。
「分かった。みんなには私から話しておくから、早く行って。もしかして例のやつらが現れたのね?」
 美紀子は無言で頷いた。
「頑張って!」
「ありがとう」
 美紀子は明美に返事をすると、詩織と一緒に学校を出た。
「美紀子、やつら一体何処にいるんだろう」
 詩織は不安だった。名取教授が拉致されただけでなく、娘の裕美まで目の前でさらわれてしまい、助けようにもアジトの場所が分からないのだ。
「詩織、手がかりは必ずあるわ。とにかく事務所へ戻ろう」
 美紀子と詩織は事務所へ戻ると、真っ先に美紀子の部屋へ行った。美紀子は小型のコンピュータを出すと、スイッチを入れて画面を見た。すると画面上に波形のようなものが現れた。
「美紀子何それ?」
「きのうやつらがここを襲ってきたでしょ。もしかしたら通信の痕跡があるかもしれないと思って調べてるのよ」
しばらくすると波形の形が乱れ、盛んに上下に動き出した。
「近くで通信している・・・」
「そうか・・・ あいつらあたしたちを近くで見張っていたわけね」
 美紀子は画面の波形を見ながら、アジトから出ている電波を探り出した。
「西へ約3km… 」
 詩織はそれを聞いて、地図を取り出して広げた。詩織は美紀子のサポート役として、美紀子が動きやすいように、最近になって常時持ち歩いていたのだ。
「美紀子、このあたりだと思うよ」
 そういって詩織は城跡公園の北側の位置を指差して美紀子に見せた。
「ここは?」
「スクラップ置き場。自動車みたいな大きな廃棄物が一旦ここで集められているの」
「行こう」
「オーケー」
 美紀子は詩織を促すと、事務所を出てアジトがあると思われる場所へ向かった。城跡公園の北麓を通り、やがて新間町との境にあるスクラップ置き場にたどりついた。
「ここだわ。詩織、用心して」
 美紀子はスカーレットエンジェルに変身するとさっさと中へ入っていき、詩織は生唾を飲みこみながら、スカーレットエンジェルの後に続いた。まだ日没前だったが、大分暗くなっている。敷地の真中付近まで来た時、不意に周囲から奇声とともに戦闘員が現れ、スカーレットエンジェルと詩織を取り囲んだ。そしてクイーンリリー、ナメクジリーと、戦闘員に押さえつけられた名取教授と裕美の姿が…

8-08

「よくぞここまで来た。スカーレットエンジェル! ここをお前の墓場にしてやる」
「クイーンリリー! 教授と裕美さんを解放しなさい」
「やかましい。名取教授にはこれからも我々に協力してもらう。そして娘の裕美はそのための人質なのだ」
「そうはさせないわ」
「うるさい小娘ども! こっちへ近付いてみろ! この二人がどうなってもいいのか!?」
「卑怯な!」
「人質がいては手も足も出まい。ナメクジリー! スカーレットエンジェルを片づけておしまい!」
 ナメクジリーが右手を上げると、周りを取り囲んでいた戦闘員達が一斉に包囲の輪を縮めてきた。戦おうにも教授と裕美が人質になっていては手が出せない。その時、地下のアジトが突然爆発して、地面が激しく揺れた。クイーンリリーは突然の出来事に動揺した。
「な、何事だ! 何が起こったのだ」
「ワッハッハッハッハ!」
「名取教授。なにがおかしい!?」
「私が作った超人化装置が爆発したんだ」
「何だと!?」
「私は超人化装置のエネルギーが一定以上放出されたら、自動的に起爆装置が働くように、特殊回路をセットしておいたんだ。お前達なんかに、私の研究を使われてなるものか! ざまぁみろ!」
「お… おのれぇ! よくもこの私をたぶらかしてくれたなぁ」
 クイーンリリーは戦闘員が持っていた剣をひったくると、凄い形相で名取教授にその切っ先を向けた。が、一瞬の隙をついて、スカーレットエンジェルは素早く教授のそばに駆け寄り、教授と裕美を押さえていた戦闘員を殴り倒して、教授と裕美を自分の後ろに匿った。そして剣を振り上げて向かってくるクイーンリリーの腕を狙って、ハイキックをお見舞いした。衝撃で剣が手から離れて宙に舞い、地面に突き刺さった。間髪を入れず、スカーレットエンジェルは、態勢を崩しているクイーンリリーの顔めがけてパンチをお見舞いした。鈍い音とともに、クイーンリリーの身体が地面に叩きつけられた。
「観念しろクイーンリリー! お前の作戦はこれで終わりだ」
「おのれ… スカーレットエンジェル、よくも私の顔を殴ったなぁ。ナメクジリー! スカーレットエンジェルを殺せ! 殺すのだ!」
 そう言ってクイーンリリーはその場から姿を消した。同時に近くにいた戦闘員が襲いかかってきて、スカーレットエンジェルは戦闘員と格闘しながら一人ずつ倒した。
「詩織、教授と裕美さんを安全な所へ!」
「オーケー!」
 詩織は教授と裕美を促し、その場から安全な場所へ逃がそうとしたが、いきなりその前を火線が通過し、その延長上にあったスクラップが爆発とともに火災を起こした。ナメクジリーが火炎を放射したのだ。ナメクジリーは詩織たちから50m近く離れた所にいたのだが、火炎放射がほぼ正確に詩織たちに向かってきたのだ。
「逃がすものか。お前達も一緒に始末してやる」
 ナメクジリーの火炎放射の威力に、詩織はたじろいだ。そこへ戦闘員が襲ってきて、詩織は教授と裕美を庇いながら戦闘員と戦った。ナメクジリーの溶解液が放たれ、詩織たちの方へ向かってきたので、詩織はそばにいた戦闘員を突き飛ばして楯代りにした。
「ギャアァーッ!!」
 溶解液をかけられた戦闘員は、絶叫とともに溶解し、白煙を上げて消滅した。ナメクジリーは再び溶解液を吐く態勢をとり、詩織は教授と裕美を自分の後ろに匿った。
「詩織たちが危ない!」
 スカーレットエンジェルは戦闘員との戦いを避け、ジャンプして空中で一回転すると、攻撃態勢に入ったナメクジリーの後ろからキックをお見舞いした。ナメクジリーは攻撃態勢に入っていたので避けることが出来ず、反動で地面を転がった。
「おのれスカーレットエンジェル!」
 ナメクジリーは立ち上がると同時に、左手のノズルをスカーレットエンジェルに向け、火炎を放射した。火線が真っ直ぐスカーレットエンジェルに向かって放たれ、スカーレットエンジェルは間一髪で避けた。が、避けた所へ火線が延びてくる。スカーレットエンジェルは自分の後ろにあった、スクラップの自動車の後ろに隠れたが、火炎は自動車を包み込んで爆発した。
「キャーッ!」
 スカーレットエンジェルの身体は爆風で吹き飛ばされ、そのまま地面に激突した。それを目の当たりに見た詩織は悲痛な声を上げた。
「スカーレットエンジェル! しっかりしてぇ! 何でストームやトルネードを使わないのよ!」
 詩織はスカーレットエンジェルのブレードが使えない事を知らなかった(第7話参照)。スカーレットエンジェルのブレードはマンティスリーとの戦いで、マンティスリーに折られていたのだ。ブレードが無ければ、ストームもトルネードも使うことが出来ない。スカーレットエンジェルは体の痛みを堪えながら立ち上がると、ナメクジリーに向けて身構えた。
「エンジェルスマッシュ!」
「ナメクジリー火炎放射―っ!」
 スマッシュと火炎放射がぶつかり、火炎がスマッシュのエネルギー波を吹き飛ばして、そのままスカーレットエンジェルに向かってきた。スカーレットエンジェルのすぐ手前で爆発が起き、スカーレットエンジェルは再び吹き飛ばされて、詩織のすぐそばの地面に転がった。
「スカーレットエンジェル! しっかりして」
「く… 」
 スカーレットエンジェルはダメージのため、起き上がることが出来なかった。詩織はスカーレットエンジェルを庇うように、スカーレットエンジェルの前に出て身構えた。
「し、詩織… 危ないから下がって!」
 しかし詩織は倒れているスカーレットエンジェルの前に、仁王立ちになったまま動こうとしなかった。ナメクジリーは残った戦闘員を従えて距離を詰めてきた。
「そろそろやつの機能がおかしくなる頃だが…」
「えっ?」
 突然の声に詩織が振り向くと、そこに名取教授と裕美が立っていた。

第8話追加3

「教授。危ないから早く逃げて。裕美さんも早く」
「まあ待ちたまえ。私はやつをパワーアップさせた時に、やつが一定量以上のエネルギーを使うと機能が破壊されるように細工をしておいたんだ」
「そ… それ本当なんですか?」
 スカーレットエンジェルがヨロヨロと立ち上がりながら教授に聞いた。
「ああ。超人化装置に時限装置の回路を組みこんだ時、エネルギーが送り込まれた被検体の体の機能が破壊されるようにしておいたんだ。私が作った超人化装置は大容量のエネルギーが被検体に送られる。今のやつは、力を使えば使うほど、体の機能に膨大な負担がかかっているんだ」
 そうこうしているうちに、ナメクジリーは、スカーレットエンジェルや詩織たちから10m位の所まで迫ってきて、左手のノズルを向けて攻撃態勢に入った。
「この距離なら逃げられまい。お前たちを全員紅蓮の炎で焼き尽くしてやる」
 ナメクジリーはノズルから火炎を発射した。スカーレットエンジェルも詩織も、そして教授も裕美も思わず目を瞑った。が、火炎を放つと同時にノズルがある左手が爆発して、ナメクジリーの周りで炎の塊が飛び火し、たちまち周囲にいた戦闘員達が焼け死んだ。ナメクジリーの周囲で炎が燃え盛り、ナメクジリーはその中でのたうち回った。
「グァグァ… グァーッ!」
「お父様。怪物が… 」
「しめた! やつの機能が壊れたんだ。スカーレットエンジェルとやら。今だ」
「よーし!」
 スカーレットエンジェルはジャンプすると、空中で一回転し、ナメクジリーめがけて急降下した。
「エンジェルキィーック!」
 ナメクジリーの身体がエンジェルキックの反動で空中を舞い、地面に叩きつけられてそのまま地面を転がった。
「グァグァ… グァーッ!」
 ナメクジリーは炎に包まれて悶絶しながら、口から溶解液を噴き出し、それが自分の体にかかって少しずつ溶け始め、やがて身体全体が炎に包まれてそのまま燃え尽きて消滅した。

8-10

「やったぁ!」
 詩織が歓喜の声をあげ、スカーレットエンジェルに抱き付いた。教授と裕美もスカーレットエンジェルのそばに駆け寄ってきた。
「私は大変な研究をしていたようだ。人間の機能をより高いものにするつもりだったのが、悪用されて世界征服の道具に使われようとしていたなんて… 」
「教授が悪いんじゃありません。全てはクイーンリリーの野望のせいなんです」
「お父様… 無事でよかった」
 裕美は緊張の糸が切れたのか、父親の憲次郎に寄り掛かって泣き崩れた。
 怪人が倒れ、静寂が戻った時、既に周辺は夜の闇に包まれていた。スカーレットエンジェルは変身を解くと、みんなを連れて表の道路に出た。そこで美紀子は裕美に言った。
「裕美さん。私の事は誰にも喋らないで。お願い」
「.....分かりました。約束します」
 教授は公衆電話で同僚に電話し、迎えの車をよこしてもらって、裕美とともにその車に乗った。
「あなたたちはどうしますか? よかったら家まで送ってあげますよ」
 教授の問いに、美紀子と詩織はお互いに顔を見合わせたが、お互いに頷き合ってから、教授に向かって言った。
「それじゃ鷲尾平の駅までお願いします」
 そう言って美紀子と詩織は車に乗った。

        *      *      *      *

 クイーンリリーが陣頭指揮をとった超怪人化作戦は、名取教授の気転とスカーレットエンジェルの健闘によって、ついに瓦解した。しかしクイーンリリーの組織編成は着々と進みつつあった。次はどのような作戦で挑戦してくるのか… また必殺技を使えないスカーレットエンジェルはこれからどう戦うのか…
頑張れ! スカーレットエンジェル。
 (つづく)


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 次回予告

 ☆動く影の恐怖☆

 征服作戦が上手くいかないクイーンリリーは、心理作戦によって美紀子の周囲にいる人達を遠ざけ、美紀子を孤立させて、心理的なダメージを受けたところを攻撃して倒そうと計画。怪人カメレオリーを使って、美紀子の周辺にいる友達などに心理攻撃を加える。まず結花と誠人にその矛先が向けられ、さらに学校のクラスメートやテニス部員たちにも魔手が・・・ 美紀子と詩織は学校内で孤立してしまうが、明美が『親友を裏切れない』と言って、美紀子と詩織に事情を話す。そこへカメレオリーがその醜怪な姿を現して美紀子たちに襲いかかり、明美は捕らえられてしまう。
 次回。動く影の恐怖にご期待ください。
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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

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