鷲尾飛鳥

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特別編『冒険少女 佐緒里3 』

2015年 11月06日 22:35 (金)

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 まえがき

 この小説は最初はDIDをテーマとしていましたが、ストーリーが進むにつれて、ファンタジーやミステリー及び荒唐無稽のスタイルに変わってきています。第一部から順番に読んでいくと、そんな感じに変わっているのが見えてくるかもしれません。
また、自分のシチュエーションは、本作品を含めて、これまでの作品の内容にあるように、昭和の時代の少年少女漫画と、特撮にあった全ての要素をベースとしていますので、今後もそのスタイルを通していくつもりです。

  
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  目次
  
  ACT.13 十字架の秘密
  ACT.14 佐緒里の一日
  ACT.15 実験??
  ACT.16 怪物の正体?
  ACT.17 新たな試練
  
  
  
  
 それでは第3部スタートです。今回は第2部の最後から繋がっています。
 第1部と第2部に比べて、佐緒里ちゃんの拘束のシーンが激減(無くなった)したので、拘束好きの方々や、拘束萌えの方々には物足りないかもしれません。その代わりに、過去の事件でのシーンでの拘束と拷問のイラストを挿絵として入れています。一応全年齢対称なので、流血やグロ表現は避けています。
  今回は、いよいよ佐緒里ちゃんのタイムスリップの原因(?)と、過去に牢獄で起きた或る事件の内容が解明されます。
  佐緒里ちゃんは果たして21世紀の世界へ帰れるのか・・・・
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 ACT.13 十字架の秘密

 審問の席で、佐緒里の目の前に置かれた二つの十字架・・・・  それはまさに、佐緒里があの時見たものと同一のものだった。タイムスリップした時に佐緒里の手に握られていた銀の十字架が何故・・ ここにあるのか・・・ そしてその二つの十字架が、佐緒里のこれからの運命を位置づけるということを、今の佐緒里にはまだ知る由も無かった。

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 佐緒里が呆然としていると、神父が話しかけた。
「サオリ。この十字架は我がヴェルナー家に代々伝わるものだ。金の十字架は『ゴルト・リヒト』、銀の十字架は『ズィルバー・シャッテン』と名付けられている。そしてお前の前にあるその本に、この十字架の事について書かれている。大まかに言うと、金色の十字架は『光』の象徴、銀色の十字架は『影』の象徴となっている。他にも色々な説があるようだが、お前ならばその本を読破できるだろう」

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「ありがとうございます。神父様」
「そこでお前に改めて聞きたいことがある。それはお前がこの世界に来た経緯・・ というより、お前の話からすると、送り込まれたといったほうがいいか・・・ 。確か強い光に包まれたと言っていたな?」
「ハイ。西日が金の十字架にあたって、その光が跳ね返って銀の十字架にあたって、銀の十字架が強い光を発したんです。その時あまりの眩しさにそこにある銀の十字架をつかんでしまい、自分の体が光に包まれたところまでは覚えているんですけど、気がついたときには、前にお話したとおり、村の倉庫にいたんです」
 神父は佐緒里の話を聞き、羊皮紙にメモをしながら言った。
「サオリ。不自然な点が一つある。お前が今言っていた十字架は、二つともここにある。それなのに何故、お前の世界にあったというのか? しかもお前はこの世界に飛ばされた時、この銀の十字架をつかんでいたと言ったな。それなのに何故ここにあるのだ」
 神父は銀の十字架を持って佐緒里に突きつけた。
「それは分かりません。私が持っていた銀の十字架は、私がこの世界に来た時、消えてしまったんです」
「消えた?」
「本当なんです。信じてください」
「ならば質問を変えよう。ここにある十字架が、何故お前の世界にあった・・・ いや、あるのだ?」
「私の知っているところでは、海賊によって略奪された財宝の一部が、私の国の誰かに贈呈され、その贈呈された財宝の中にそこにある二つの十字架があったんです。でも、誰に贈呈されたのかは分からないです。そして、見つかった財宝の展示会が開かれて、そこの十字架も一緒に展示されたんです」
 神父は佐緒里の話を、目を瞑って黙って聞いていた。そして佐緒里の話が終わると、目を見開いて佐緒里を見た。
「海賊によって略奪・・・ そしてお前の国ジパングに贈られた・・・ 。しかし、わざわざ海賊どもがこんな山奥の田舎まで来るというのか。来世の事を知るということは、神への冒涜だといったが・・・ この話は聞き捨てならんな」
 神父は一呼吸置いてから佐緒里に話しかけた。
「サオリ。お前の力で、この十字架のたどる運命を知る事が出来るか?」
「私の力では無理です。ただ・・ 」
「ただ・・ 何だ? 言ってみろ」
「これは私の想定ですが、神父様の子孫の代になると、恐らく海が近い場所へ移ってそこで生活し、その時に海賊によって盗まれたということではないでしょうか。つまり今のこの世界から見て、未来の時代ということです。でもその時期が何時なのかは、私では分かりません」
「んー・・・ お前の言っている事は、考えられない事ではないな・・・ 私はコンスタンチノープルという所で生まれ育った。サオリ。コンスタンチノープルという街を知っているか?」
「はい。私たちの世界では、イスタンブールと呼ばれている所です」
「お前の時代、いや世界ではそう呼ぶのか。ならば話し易い。私は神父になってからは、ローマ教皇庁の指令であちこちの土地を転々としてきた。そしてこのドルフ村に赴任したのが、いまから1年位前。いずれはまた教皇庁の指令で、別の場所へ行かねばならないだろう」
 神父はそこまで言うと立ち上がった。
「サオリ。十字架を奪った海賊の事は分かるか?」
「はい。私の時代の文献では、キャプテン・プランドラーと書かれていました。その海賊は、18世紀に世界中の海を荒らしまわったと聞いています」
「18世紀?」
「はい。私が分かるのはそこまでです。私の時代が21世紀なんですが、今のこの世界が何世紀なのかを知る手立てがありません」
 佐緒里は周りの雰囲気から、今のこの世界、つまり自分のいる場所が中世のヨーロッパの某所で、時代は凡そ1400年代か1500年代ではないかと思っていた。だが、佐緒里の知識では具体的な時期までは換算することは出来なかった。
「そうだ。神父様。どんな事でもいいですから、最近起こった出来事をご存知ですか?」
「出来事?」
「はい。どんな事でもいいです。何かが分かれば、私の時代と今の時代の年代の差を割り出す事が出来ます」
 神父は考え込んでいたが、何かを思い出したかのように言った。
「お前・・・ マゼランを知っているか?」
「船で世界一周を達成した、あのマゼランですか? 知っています。でも、マゼラン本人は世界一周の途中で立ち寄った場所の原住民によって殺されたんです。確か・・ その場所はフィリピンだったはず」
「ほう・・ そこまで知っていたか。そのマゼランが世界一周に旅立って、船が戻ってきたのが、今から30年位前のことだ。お前がいったように、マゼランは途中で死んでしまい、最後まで生き残って帰ってきたのは、船一隻と水夫がたったの18人だったという。まあ・・・ 大変な船旅だったというわけだ。実は私の友人が、そのマゼランが船団を率いて航海に出発した時、その船団の中の一隻の船の乗組員として参加していたんだ」
「そうだったんですか」
「だが、その友人が乗った船は、何かの事情で途中で引き返してしまい、世界一周はしていないし、友人も無事に帰ってきた。どうだ? 今の話で何か分かったか?」
「大体ですけど、今のこの時代は16世紀の中ごろだと思います。プランドラーが現れるのは、今言ったように18世紀。つまり今から200年位後ということです」
「すると、1世紀というのは100年を表すんだな?」
「そうです」
「16世紀・・・ 21世紀・・・・ 」
 そこまで言いかけて、神父は大きな声で言った。
「そうか!! 分かったぞ」
 神父は銀の十字架を手に取ると、佐緒里の傍へ来て、佐緒里に十字架を持たせ、その上から両手で佐緒里の手を握りしめた。佐緒里は少し顔を赤くしながら、神父の顔をマジマジと見た。
「サオリ。お前の手から十字架が消えたわけが分かった。これは私の仮設だが、お前がこの世界に飛ばされた時、十字架はふたつともここにあった。だから、お前が手にしていた十字架が消えたんだ。どう表現したらいいのかは分からんが、同じ物は同じ時代には存在しないという事だ。この十字架が持つ秘密は、他にも色々あるようだが、お前はこの十字架がもたらした作用で、この世界に飛ばされてきた。だからお前がここへ来た時と同じようにすれば、お前はお前の世界に帰る事が出来るかもしれない。まあ、とにかくこの本を読んでみることだ。よし。今日の審問はこれで終わりだ。部屋へ戻りなさい」
 神父は部屋の隅にいたカールを促し、カールは佐緒里をつれて部屋から出た。佐緒里の手には、神父から借りた本が抱えられていた。

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   ***************

 ACT.14 佐緒里の一日

 朝が来て日差しが差し込み、佐緒里は目を覚ますと、起き上がって伸びをしてから深呼吸した。佐緒里は窓際へいって、衝立を上げた。晴れているとはいえ、冬が近づいているせいか、冷たい風が部屋の中に入ってきて、チアガールの恰好をしていた佐緒里は、思わず体を竦めた。この世界に来てからというもの、佐緒里は体操服やチアガールのユニホームを、寝巻き代わりに使っていたのだ。
「ふーっ・・・ 寒い・・・ もうノースリーブはだめだなぁ・・・ 」
 佐緒里は窓から離れると、ベッドの上に腰を下ろした。既に足枷は嵌められていなかったので、部屋の中を自由に歩き回る事が出来ていた。

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「(この世界へ来て一ヶ月が過ぎてしまった・・・ いつになったら未来に帰れるんだろう・・・ 叔母様やみんなに会いたい・・・  )」
 佐緒里は泣き顔になった。普段は気丈に振舞っていたものの、一人でいるときは、寂しさのあまり泣いている事があったのだ。その時鍵が開けられる音がして、佐緒里は吹っ切ったように立ち上がった。扉が開いて、ハンスが食事を持って入ってきた。
「よう。おはよう」
「お、おはようございます。あら、今日はハンスさんが当番なんですか?」
「ああ。カールのやつ寝込んじまってよ。今日は俺が当番だよ」
「寝込んだ・・・ って、どうしたんですか?」
「風邪でもひいたんだろ? 昨日の晩、結構冷え込んだからな。おめえも気ぃつけろよ。お、俺も何だか変だ・・ふぁ・・ ファーックショーン!」
 ハンスは大きなくしゃみをした。それを聞いて佐緒里も体をブルブルっとさせた。
「おい。サオリ。その恰好じゃお前まで風邪引いちまうぞ。食事置いていくから、食う前に着替えた方がいいぞ」
 ハンスはそう言うと、カートを置いたまま部屋から出て行って扉を閉めた。扉越しにまたハンスの大きなくしゃみが聞こえてきた。佐緒里はチアガールのユニホームを脱ぐと、壁にかけてあった服を手に取った。そこへ急に扉が開き、ハンスが再び入ってきた。
「いけねえいけねえ・・ カート忘れたよ・・ って・・ 」
 ハンスは着替え中の佐緒里と鉢合わせして、佐緒里の下着姿をまともに見てしまった。
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しばしの沈黙の後・・・・・・
「キァアーッ!!」
 佐緒里は思わず大声を上げてその場にしゃがみ込み、ハンスは慌てて佐緒里に背を向けた。
「ハンスさん。部屋に入るときはノックぐらいするものよ。鍵がかかってなかったらなおさらよ」
「ご、ゴメン。悪かった。カート忘れたもんだから・・・ ハックション!!」
 佐緒里は背を向けているハンスに近寄った。
「ハンスさん。もうこっち向いて良いですよ」
 ハンスは恐る恐る佐緒里の方を向いた。佐緒里はまだ下着姿で服を持ったままだったので、ハンスは両手で顔を隠した。
「もういいです。見られたものは仕方がありません。それより、カートはあとで私が持っていきますから、早く自分の部屋へ戻って暖かくした方が良いですよ」
「そ、そうか・・・ 分かった。裸見て悪かった。それじゃ鍵は開けておくからな。 は・・ は・・ ハーックション!!」
 ハンスはあたふたと部屋を出て行った。気がつくと佐緒里の腕や脚には鳥肌が立っていて、佐緒里は体をブルブルと震わせた。
「このままじゃ私まで変になりそうだわ・・・ 」
 そう呟きながら。佐緒里は急いで服を着ると、椅子に座って食事を始めた。カールから貰った服は結構暖かかったので、佐緒里はカールに頼んで二着貰って、交互に着ていた。

      **************

 食事が終わり、佐緒里はリュックの横のポケットを開けて、小型のケースを出し、蓋を開けて中から薬の小瓶を出してから、自分の額に手をあてた。
「熱は無いみたいだけど・・・ とにかく薬を飲んでおいた方が良さそうね」
 佐緒里は薬を一錠口の中に入れると、テーブルの上にあるポットの水を飲んだ。
 それから佐緒里は薬の小瓶を見た。
「まだある・・・ これだったらハンスさんとカールにも分けてあげられるわ。今の時代の人たちは抗生物質を知らないから、風邪ならこの薬が効くかもしれない」
 佐緒里が持っていたのはごく普通の風邪薬だった。以前風邪を引いたとき、学校で飲むために、瓶ごと自分のリュックの中に入れっぱなしにしていたのだが、それが思わぬところで役立った。
「それと・・・ 叔母様から貰った解毒剤とビタミン剤があった・・・ 」
 佐緒里は自分が使った食器とともに、薬の入ったケースをカートの上に乗せ、部屋の扉を開けて廊下に出た。そこへハンスがやってきた。さっきと比べて顔色が悪いのが、佐緒里にははっきりとわかった。
「悪いな。後は俺が運ぶから」
「ダメ! ハンスさん。顔が真っ青だよ。まずハンスさんの部屋に案内してください」
 佐緒里の迫力と威圧感に、ハンスは思わず後退りした。
「わ、分かった」
 そういうとハンスは佐緒里に背を向けて歩き出し、佐緒里はその後をついていった。部屋について扉を開けると、佐緒里も続いて入った。
「すぐに横になってください。早くして!!」
 ハンスは言われるままにベッドに横になった。佐緒里はハンスの額に手をあてた。
「熱がある・・・ ハンスさん。他に何か感じる事はありますか? たとえば体が痛いとか、寒気がするとか」
「体は痛くねえけど、寒気がする・・・ うう・・・ 」
 佐緒里はケースから風邪薬とビタミン剤を出した。
「これを飲んでください。私の世界にある薬です。もし風邪ならば必ず効きます」
「お、おう」
 ハンスは佐緒里から貰った薬を水と一緒に飲み込んだ。
「とにかく今日一日は絶対安静ですよ。今日の夜の食事は私が作りますから、この牢獄の台所と洗い場を教えてください」
 佐緒里はハンスから台所と洗い場を聞き出すと、続いてカールの部屋を聞いた。
「カールは隣の部屋だ。それと、神父様は昨日の夕方から隣の町へ出かけていて留守なんだ。帰りは明日の昼頃だって言ってた。だから今日のお前の審問は無しだ」
「わかりました。それじゃハンスさん。私の言う通りにして、ゆっくり休んでください。いいですね?」
「わ、分かった。すまねえな。サオリ」
 佐緒里はハンスの部屋を出ると、隣のカールの部屋をノックしてから扉を開けて中に入った。カールはベッドに横になってうんうんうなっていた。
「カール。だいじょうぶ? 具合はどう?」
「さ、寒い・・・  頭が痛い」
「カール。私の方を向いて」
 佐緒里の方を向いたカールは、顔を真っ赤にしていた。佐緒里はハンスにしたように、カールの額に手をあてた。
「ヤバイ。すごい熱・・・ カール。口開けて」
「(叔母様の解毒剤も飲ませた方がいいわ・・) カール。これを飲んで」
 佐緒里は風邪薬とビタミン剤。そして叔母の美紀子から貰った解毒剤をカールの目の前に差し出した。
「それは何?」
「薬よ。風邪ならば必ず効くから、飲んで」
 佐緒里はカールの口の中に薬を入れると、ポットの水を飲ませた。
「カートを片付けて食器を洗ったらまた来るから」
 佐緒里はカールの部屋を出ると、カートを押して台所へと向かった。

     **************

「洗い場はこっちだったわね・・・ 」
 佐緒里は牢獄の裏手にある道を歩いて、川の傍まで来ると、みんなの分の食器を洗い始めた。
「しかし、この川の水は結構温かい。体を洗った時に感じたけど、真夏のプールに入ったときみたいな感じだった。何故こんなに温度が高いんだろう・・・ 」
 洗い終わって立ち上がったとき、風が吹き抜けてきて、佐緒里は鼻にツンとするような臭いを感じた。
「何だろう、この臭い」
 佐緒里は辺りを見回した。
「川の上流の方からだ。何だか硫黄みたいな臭いだわ」
 佐緒里は上流へ歩き出そうとしたが、みんなの食器が目に入り、行くのをやめて、食器を持って牢獄の建物へと戻っていった。時刻は既に昼近くになっていた。
「ハンスさんが回復したら聞いてみよう。あの人なら何か知ってるかもしれない」

 佐緒里は食器とカートを所定の場所に片付け、再びカールの部屋へ向かった。扉を開けて中に入ると、カールは気持ち良さそうに寝ていた。佐緒里はカールの額に手を触れてみた。
「もう熱が下がっている・・・ 叔母様の解毒剤の効き目はすごいわ」
 佐緒里は部屋から出ると、今度はハンスの部屋へ行き、扉を開けた。ハンスは何事も無かったかのように起きていて、ベッドに腰掛けていた。
「ハンスさん。寝てなきゃダメだって言ったのに」
「悪い悪い。でもよぉ・・ お前の薬飲んだら、何だか知らねえけど、すっかり良くなっちまったんだよ。お前がくれた薬ってすげえ効き目だな。これって魔法の薬なのかい?」
「いいえ違います。私の世界では当たり前のようにあるものです」
「そうか・・・ ところでカールはどうした?」
「まだ寝ています。でも熱は下がっているわ」
「お前はだいじょうぶなのか?」
「私も薬飲んだから。それよりハンスさんに聞きたいことがあるの」
「何だ?」
 佐緒里は部屋にある椅子に座った。
「川の上流の方から変な臭いがしたのよ。何だか硫黄のような・・ 」
「イオー? 何だいそりゃ? たしかに時々変な臭いはするけど、それがお前の言うイオーってやつなのか。サオリ。川の上流へは行っちゃダメだぞ。この前お前がやっつけた悪魔よりも、もっと恐ろしい怪物がいるんだ」
「怪物・・・ どんなやつがいるんですか?」
「姿を見た者は誰もいねえんだけど、白い湯気の中から黄色い臭い煙を勢いよく吐き出して、人を威嚇するんだ。それに周辺には黄色い色をした燃える岩や、煮えたぎった熱湯の湧き出す泉がたくさんあって、昔そこへ落ちた者があっという間に全身に火傷して死んじまったことがあるんだよ。そして熱湯の一部は、この牢獄の裏にあるドルフ川に流れ込んでいるから、ドルフ川の水は年中暖かくて、冬でも凍らねえんだ」

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「そうか。それで川の水の温度が高かったのね。すると黄色い石は硫黄で、熱湯の泉は、もしかして温泉・・・・」
「何だサオリ。イオーだのオンセンだのって、一体何なんだ」
「ハンスさん。今度案内してくれますか? 私がその怪物の正体を突き止めてあげるわ」
「おいおい・・ あんな恐ろしい場所、勘弁してくれよ」
「大丈夫! 私がついています。私は魔女なんだから、怪物くらい平気ですよ」
「そ、そうだったな。お前魔女だったんだな。分かった。今度案内してやるよ」
「ありがとう。それから、もう一つ聞いて良いですか?」

「今度は何が聞きたいんだ?」
「以前神父様やカールが言っていた、この牢獄での事件の事です。神父様に聞いたんだけど、神父様とカールはその時この村にいなかったから、事件の事を詳しくは知らないんです。知りたかったらハンスさんに聞けと言われました」
 ハンスは表情を曇らせた。ハンスはその事件の当事者であるばかりでなく、事件の時のただ一人の生き証人だったのだ。ハンスは出来る事ならば話したくなかったが、佐緒里の真剣な目を見て、話す事にした。
「分かった・・・・・ お前も知っておいた方が良いかもしれんな」
 ハンスはゆっくりと話し始めた。
 ハンスが言うには、この牢獄は元々は城として使われていたもので、城が出来たのは今からおよそ300年前の12世紀頃。当時は周辺で頻繁に戦争があったので、城はドルフ村を含めた周辺の町や村の防衛の役割を担っていた。しかし戦争が無くなって長く平和な時代を経て、城はその役割を終え、駐留していた兵たちも全て引き揚げていって、城は廃墟同然になった。だが、15世紀になって、今度はヨーロッパの各地で魔女狩りの嵐が吹き荒れ、このドルフ村周辺にもその影響が波及してきた。そこで廃墟になった城が修築されて、今度は周辺で捕えられた魔女を収監するための牢獄として使われることになったが、周りでの魔女騒ぎをよそに、この界隈では魔女狩りは行われず、牢獄には一般の囚人を収監していた(しかし収監される囚人は殆どいなかった)。
ところが、今から2年ほど前に、アルベルト神父の前任者の神父がドルフ村に着任してから様相が変わった。先代の神父は魔女に対する憎悪の塊のような人物で、一緒に連れてきた自分の手下二人を看守として使い、ドルフ村の住人たちの中からも看守を半ば強制的に集めて、牢獄に勤めさせた。その中の一人がハンスだったわけである。
 神父は大掛かりな魔女狩りを行い、ドルフ村のみならず、周辺の町や村に住む若い女性や少女たち、また年端も行かないような幼い子供までも、魔女の嫌疑をかけて次々と捕え、地下牢に鉄の鎖でつないで監禁し、執拗かつ凄まじい拷問にかけた。牢獄からは昼夜を問わず、女性たちの泣き叫ぶ悲鳴や嗚咽が聞こえ、捕えられた女性の7割近くが、処刑される前に拷問で命を落とし、自白した者は村の広場で次々と火炙りになった。

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 そして、ついに一年前に事件が起きた。その時収監されていた女性は、少女を含めて6人。拷問で苦しむ女性の絶叫と悲鳴に酔い、感覚が麻痺してしまっていた神父は、看守の一人と一緒に少女を鞭打っていたとき、煮えたぎった油の入った釜を、興奮のあまり蹴り倒してしまったのだ。油は拷問部屋の床に流れ出して、蝋燭の火が油に燃え移り、たちどころに部屋全体が紅蓮の炎に包まれた。鎖でつながれて吊るされていた少女は即死し、居合わせた看守たちもその側杖を食って全員焼死。神父も油塗れの衣服に火がついて、全身火だるまになって絶命した。さらに火のついた油が廊下に流れ出し、拷問部屋のあった階層全体が炎に包まれて、上の階層にあった地下牢にも煙が充満し、鎖でつながれて監禁されていた女性たちや、他の看守達も全員煙にまかれて窒息死した。助かったのはその時外に出ていたハンスだけだった。ハンスが異変に気付いて、村の人たちを呼んで連れて来た時には、既に牢獄の到る所から煙が出ていて、手がつけられない状態だった。幸いな事に被害は地下の部分だけで、地上の居住区は無事だった。
 この事件をきっかけに、ローマ法王庁の査察が村に入り、村人たちの証言から神父の行いが全て明るみになった。焼死した神父は悪行に対する天罰が下ったものと断定され、その資格と権限を全て剥奪されて、単なる犯罪者として処分された。唯一の生き残りであったハンスは、神父によって無理矢理看守にされたという経緯があり、村人たちの助命嘆願もあって死刑は免れた。拷問部屋のあった牢獄の最下層は完全に埋められて使用不能になり、地下牢も半分ほどが埋められた。そして、事件の全容を重く見た枢機卿は、ドルフ村を含めた周辺の地域における魔女狩りを全面的に禁止するという処断を下した。そしてその後に村に赴任したのがアルベルト神父だったわけである。以上がハンスの話だった。

「そんな事があったんですか・・・ それで村には女性の姿があまり無かったのね」
「ああ・・ もう思い出したくもないよ」
「ごめんなさいハンスさん。こんな事聞いてはいけなかったんですね」
 佐緒里の声は涙声になっていた。
「おいおい・・ 何でお前が泣くんだよ」
 佐緒里は泣いていた。そしてそのままハンスに縋るように抱きついた。
「ど、どうしたんだよサオリ (いいのかなぁ・・・)」
「帰りたい・・・ 」
「え? 何だって? サオリ」
「帰りたい! 帰りたいよぉ・・」
 佐緒里はそう言いながら、ハンスに抱きついたまま泣いていた。佐緒里の心中を察したハンスは、自分も佐緒里を抱きしめた。佐緒里の身体の柔らかい感触がハンスに伝わってくる。
「サオリ。もう泣くな。帰れるよ。絶対に帰れるから」
「うっ・・ うっ・ 」
「信じろ! 帰れるって信じるんだ。神父様も言っていけど、奇跡は必ず起きる。今の俺にはそれしか言えねえけどよ、今は信じるしかねえんだよ。だからもう泣くな」
「ありがとう・・・・ ぐすっ・・・ う・・」
 佐緒里はハンスから離れると、涙を拭って窓の方を見た。既に日が落ちかかっている。
「いけない・・・ もう夕方だわ。みんなの食事を作らないと」
 佐緒里はふっ切れたように立ち上がると、部屋から出て行こうとした。
「おい。サオリ。俺も手伝うよ」
 佐緒里はハンスの方を振り返った。
「も、もう大丈夫だよ」
「分かった。じゃお願い」

 その日の夕食は、佐緒里が作った野菜のシチューだった。まだ回復していないカールには、食べやすいように野菜を細切れにした。佐緒里とハンスはカールの部屋で一緒に食事をしていた。
「美味い・・・・ サオリは料理の才能もあるんだな」
「美味しい・・ こんなの食べたの久しぶりだよ」
「そう言ってもらえるだけでも嬉しいです」

「ごちそうさん」
「ご馳走様。美味しかったよ」
「おそまつさま」
 佐緒里は食器をカートに乗せると、部屋を出て台所へ向かった。ハンスが蝋燭を持って一緒に歩いた。
「サオリ。食器は明日の朝のものと一緒に洗うから、台所に置いたら、部屋に戻っていいぞ」
「はい」

 部屋に戻った佐緒里は、蝋燭の明かりをたよりに、神父から借りた本を読んでいた。
「確かに・・ 私がエモトさんから預かった冊子と同じ事が書かれている。あの十字架は、金色の方が媒体となって、銀色の方に作用するんだわ。つまり金色の十字架に太陽の光があたると、反射して銀色の十字架に光が吸収され、十字架が光を帯びて・・・  この本には時空を超越すると書かれている。時空を超越、つまりタイムスリップという事か。また、その光は太陽の光と同じ強さならば、太陽でなくとも良いとも書かれている・・・・ 太陽の光か。確かタイムスリップした時は西日があたったんだわ」
 佐緒里はそこで一つため息を突き、あくびをした。
「さてと・・・ もう寝るか・・・ 」
 佐緒里は体操着に着替えた。寒そうなので上はジャージを羽織り、蝋燭の火を消してベッドに横になって毛布を被った。こうして佐緒里の一日が終わろうとしていた。

  **************

 ACT.15 実験??

「ほう・・ ドルフ川の上流に怪物がいる?」
 神父はハンスの話を半信半疑で聞いていた。
「俺がサオリに話したら、サオリが正体を突き止めるって言ってました」
 神父は佐緒里の方を見た。
「神父様。私が思うには、きっとこの前の悪魔の正体と、大して変わらないものだと思うんです」
「ハンス、ドルフ川の上流は、村の掟では『禁断の場所』ではなかったのか?」
「確かにそうです神父様。村ではそのように昔から言い伝えられています。それは今まであそこへ往った者で、生きて村に帰ってきた奴がいないからなんです。といっても恐ろしさのあまり、ここ数年は誰も足を踏み入れていませんけど・・・・ それに禁断の場所はいうものの、危険だから近づくなという事で、絶対に入ってはいけないってわけではないんです」
「分かった・・・・ この件は少し考えさせてくれ」
 神父はそう言うと、今度は佐緒里に話しかけた。佐緒里の前には例の本が置かれている。
「佐緒里。本は読んだか?」
「はい。全部読みました」
「私も何度か読んでいるんだが、太陽の光の作用によって、十字架の機能が働くみたいだ。お前がこの世界に飛ばされたのも、それが原因だとはっきり分かった。だから一度実験してみようではないか」

 それから一時間後・・・
 佐緒里は神父、ハンスとともに牢獄の屋上に立っていた。神父は金の十字架を持ち、銀の十字架は屋上の床に置いた中型の木箱の前に置かれていた。
「よし。実験だ。十字架を太陽に向けるぞ」
 神父が十字架を翳すと、太陽の光が十字架にあたり、神父は反射した光が銀の十字架にあたるように角度を変えた。反射光は銀の十字架にあたって、後ろにあった木箱が光に包まれて消えた。と思ったら、数秒後には再びその場所に現れた。神父は銀の十字架を拾うと、佐緒里の方へ歩み寄り、佐緒里に十字架を持たせて言った。
「サオリの言っていた事が本当ならば、あの木箱は消えて別の時代か世界へと飛ばされているはずだ。実験してみたら確かに木箱は消えた。だが、すぐに現れてここに戻ってきた。サオリ。どう思う? お前の考えを聞かせてくれ」
「私が思うには、光の強さの違いだと思います。確かに木箱は消えましたから、多分消えている間は別の世界にあったのでしょう。しかし、光の強さが弱かったために、再びこの世界へ戻ってきたんだと思うんです」
 佐緒里はハンスの方を向いた。
「ハンスさん。ずっと成り行きを眺めていたけど、光が眩しくなかったんですか?」
「ああ・・ 眩しくはなかったぜ」
「なるほど・・・ 私にも眩しさは感じられなかった。サオリが言うように、光の強さなのかもしれんな」
「光が弱いということは、つまり太陽の関係だと思うんです。私がタイムスリップしたときの光と、今の光では、太陽の光の強さが全然違うんです」
「そうか・・・  それでは太陽の光では、お前を帰すことが出来ないという事か・・・ 」
 佐緒里はガッカリしたように項垂れて、その場に座り込んだ。目からは涙があふれ出てきた。それを見た神父が佐緒里を叱咤した。

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「サオリ! 諦めるのはまだ早いぞ。お前がそんな事でどうするんだ」
 神父はさらに続けた。
「きっと奇跡は起こる。そうだ! 太陽がダメなら、何か他の方法を考えようじゃないか。まだ方法や可能性が無くなったわけじゃないんだ。絶対に諦めるな」
「はい・・・ 」
 佐緒里はゆっくりと立ち上がり、ハンスが佐緒里の背中を軽くポンと叩いた。

  **************

  ACT.16 怪物の正体?

 それから二日が経過した。風邪で寝込んでいたカールは、佐緒里が持っていた薬のおかげですっかり完治し、元気な姿を佐緒里の前に現していた。
「サオリありがとう。おかげですっかり良くなったよ」
 サオリとカールは牢獄の建物の前にある広場にいた。ドルフ川上流にいると言われている怪物の件で考えていたアルベルト神父は、佐緒里を使って正体を確かめさせる事に決めた。自分が村に赴任している間に、出来る限り村の厄介事や、村に存在する変な言い伝えを全て払拭しておきたかったからである。ちなみに一年前に起こった牢獄の事件の時も、アルベルトは自分の先輩でもある、法王庁の枢機卿の指令でこの村に赴任し、事件の後始末をしたのであった。
 佐緒里とカールが話していると、神父がハンスと一緒に馬に乗ってやってきた。ハンスは佐緒里の傍まで来ると、馬から降りて佐緒里に話しかけた。
「サオリ。本当に行くのか? 後悔していないか?」
「はい。行かせてください!」
 そこで神父が口を開いた。
「よし。それじゃ行くか」
 神父は馬を歩かせ、ハンスも再び馬に乗って、佐緒里とカールに言った。
「お前たち二人はサオリの『魔法のほうき』に乗って来い」
 佐緒里とカールはお互いの顔を見合った。
「魔法のほうき・・・・ か・・・・ 」
 佐緒里は少し笑いながら右手を上げると、スティックを出して巨大化させ、地上から高さ60センチくらいのところに浮かせると、その上に座った。
「カール。乗って」
「お、おう・・ 」
 カールは言われるままに、佐緒里の後ろに座って跨ると、両手で佐緒里を抱擁するように、佐緒里の腰につかまった。
「行くよ。低く飛ぶから、怖がらなくていいからね」
「分かった。飛ばしていいよ。サオリ」
 佐緒里は2メートルくらいの高さまでスティックを浮かせると、そのままゆっくりと前に滑るように進め、自転車並みの時速20kmくらいの速度で飛ばした。
 場所を知っているハンスを先頭に、その後ろを佐緒里とカールが続き、殿を神父がつとめて、一行はドルフ川の上流へと向かっていた。硫黄の臭いが次第に強くなり、ついに一行は水蒸気のような煙が吹き出ているのが見える所までやってきて、ハンスが振り返って叫んだ。
「サオリ。あれだ」
 佐緒里はスティックを止めて高度を下げた。
「カール。降りて」
 佐緒里はカールを降ろすと、自分も降りてスティックを剣に変えて、みんなの前に出ると、煙が出ている方向へとゆっくり歩いていった。

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「サオリのやつ・・ 堂々と歩いていくけど、怖くねえのかよ」
「ハンス。恐らくサオリには、怪物がどんな物なのかを、薄々感づいているんだ。我々の知識では計り知れなくて解明出来ない事を、サオリには出来るんだよ」
 ハンスはゴクンと生唾を飲みながら、剣を抜いて佐緒里の後ろを歩いていった。カールと神父も続いた。その時シューッという音とともに、水蒸気が吹き上がり、ハンスは思わず身を竦めた。
「お・・ おい・・・ サオリ。に、逃げたかったら、逃げてもいいんだぞ。こ、こんな恐ろしいやつ相手に逃げたって、何も恥なんかじゃねえからな」
 佐緒里は煙が噴出しているところの前で足を止めた。近くにはハンスが言っていた熱湯の泉や、黄色い燃える石がゴロゴロしている。
「やっぱり硫黄だわ。泉は間違いなく温泉。噴き出す煙は間歇泉とは違うけど、地中から噴出している水蒸気・・・ 臭いからして、硫化水素が発生している気配は無い・・・・ それにここならば風の通り道だから、ガスが充満する心配もない・・・・ 硫黄に触れたり、泉に落ちない限り、大丈夫・・・ 」
 佐緒里は何事も無かったような顔をして、自分の後ろにいたハンスのところまで戻ってきた。神父とカールも傍に来た。
「怪物の正体は、私の国ではあちこちにあるものです。黄色い石は硫黄の塊で、熱湯の泉は温泉といいます。そして噴出している煙は、ガスの一種です」
「つまり、サオリがこの前に言ってたように、これも『神』が作り出したものだということか?」
「はい」
「ハンスからも話を聞いているんだが、イオーとかオンセンって一体何なんだ?」
「硫黄は元素・・・ つまり鉱物の一種です。金や銀はご存知だと思うんですけど、硫黄も金や銀に近いものなんです。ただ、金や銀のような使い方は出来ません。私の知っている範囲では、火打石や火薬の材料として使われています」
「ふむ・・ 火薬はあの黄色い石から作り出すのか。それではオンセンとは何だ?」
「完全に知っているわけじゃないですけど、地中から湧き出る熱湯・・・ と思ってください。私たちの国では、温泉のお湯を利用して、風呂として利用したり、物を暖めたりしています」
「フロ・・・ もしかして人間が入っても大丈夫なくらいの温度の湯に浸かるものか?」
「ご存知だったんですか?」
「ああ。東洋では人々がその『フロ』に入る習慣があると聞いた事がある。つまり、そこにある熱湯の泉は、温度が低ければ人が入っても大丈夫だということか」
「そうです。でもここの泉は温度が高いので、ハンスさんが言ったように、入れば火傷して死んでしまうでしょう」
 ハンスとカールは半信半疑で聞いていた。佐緒里の言葉には、自分たちの知識では計り知れないものがあったからだ。佐緒里は川に一番近い泉からあふれた熱湯が、湯気を上げながら水路を伝って川に流れ込んでいるのを見た。川のすぐ傍には澱みがあって、そこに一旦水がたまり、水面からは湯気が上がっていた。佐緒里はそこへ行くと、水の中に手を入れてみた。熱湯は川の水と混ざっていたため、その感覚は、沸いた風呂の温度の感触だった。
「ちょうどいいくらいだ・・・ このくらいなら入っても大丈夫。たまりの大きさといい、深さといい、露天風呂にはもってこいだわ」
「サオリ。何してるの?」
「あ・・ カール。お風呂に使えないかな・・・ って思っていたのよ」
「今言っていたフロのことか?」
「うん」
「サオリの国には、僕達の知らないものがいっぱいあるんだね」
 カールは興味深げに、佐緒里のしている事を眺めていた。

  **************

 翌日・・・・
 ドルフ川の上流にある急造の露天風呂(?) に佐緒里が入っていた。佐緒里は神父に頼みこんで、神父の計らいでここに来る事を許された。しかしある程度自由の身になっているとはいえ、囚人としての立場は変わっていなかったので、随伴人付きである事が条件なのだが、3日に一度くらいは暖かい風呂に入ることが出来るようになった。付き人は殆どカールだったが、興味津々だったカールも佐緒里と交代で露天風呂に入っていた。カールは湯に浸かりながら佐緒里と話をしていた。
「何かすごいいい気分になる・・ 佐緒里の国の人たちが羨ましいよ」
「でも気をつけてね。長く入りすぎると、湯あたりっていって、逆に体を壊してしまうから」

 これは余談であるが、その後神父の方針として、川から離れた奥の方の温泉や、蒸気が吹き出ている場所、そして燃える硫黄がゴロゴロしている場所は、危険なので立入り禁止という措置が取られ、村の広場には川の上流の危険箇所を説明した『お触れ書き』と、川の上流の危険箇所の手前には、『ここから先は危険! 立ち入り禁止!』という看板が立てられ、柵が作られた。このアイデアは佐緒里のものだったが、曖昧だった『禁断の場所』は、これで正式に禁断の場所になったのである。

 ACT.17 新たなる試練

 佐緒里がタイムスリップして二ヶ月が過ぎようとしていた。未だに21世紀に帰る手立ては無かったものの、ある程度は進展しつつあった。それは佐緒里が持つ変身能力だった。スカーレットエンジェルに変身する時の、強い光を利用すれば、十字架の光の強さも充分になるのではないかという、カールの言葉にヒントを得た神父は、早速実験する事にしたのだ。
 佐緒里はカールとハンス。そして神父とともに、牢獄の前の広場にいた。
「いいかサオリ。お前のスカーレット・・ 何とかっていう呪文で発光する光を、この十字架にあてるんだ」
「危険です神父様! そんな至近距離で光をまともに見たら、眩しさのあまり失明してしまうかもしれません」
「大丈夫だ! お前の呪文と同時に目を瞑るから。さあ、早くやりなさい」
「は、はい!」
 佐緒里はポーズをとると、変身の時の言葉を叫んだ。
「スカーレットスパーク・エンジェルチャージ!」
 佐緒里の体が眩しい光に包まれ、神父は目を瞑った。光は神父がかかげていた金の十字架にあたって跳ね返り、銀の十字架にあたって、その後ろにあった木箱を光が包み込んだ。佐緒里はスカーレットエンジェルJrに変身し、光に包まれた木箱はその場から完全に消えた。
「チャージアウト!」
 佐緒里は変身を解き、神父の元へ駆け寄って、カールとハンスも傍に来た。消えた木箱は再び姿を現すことは無かった。
「成功だ・・・ これならばいけるかもしれん」
 佐緒里の顔が明るくなった。傍らではカールが曇った顔になったのを神父が気付いた。
「カール。ダメだぞ。お前がサオリに傍にいてほしいという気持ちは分かるが、サオリはここにいてはいけない人間なんだ。21世紀の世界とやらに帰してやらねばいかんのだ。いいか? サオリがここに居続けることで、我々の世界が歪んでしまう恐れだってあるんだ。それはサオリがここで死んでしまっても同じ事だ。つまり我々が言う来世の世界が、変わってしまって、全く違う世界になってしまうことすら有り得るのだ」
「はい。分かっています神父様」
「俺にはよく分かんねえけど、要するにサオリを帰さなければなんねえってことなんだよな」

 そこへ村の者が小走りにやってきた。
「神父様。教会に手紙が届いていました」
 そう言って村の者は神父に、閉じ紐で縛って丸められた羊皮紙の手紙を差し出した。
「うむ。ありがとう。ご苦労さん」
 村の者は去っていき、神父は手紙を受け取ると、閉じ紐を解いて、丸まった手紙を開いて読んだ。読み終えた神父はため息をついた。
「まずい事になった・・・ 」
「どうかしたんですかい? 神父様」
「枢機卿が村に来る。何処で噂を聞きつけたのか、サオリの事が知られてしまっている」
「す、するとサオリは・・・・ 」
「魔女裁判だ」
「ええっ!?」
「おいおい・・ そんな事になったら、サオリは火炙りじゃねえか。何も悪い事してねえのに、むしろこの村のために尽くしてくれている、良い魔女じゃねえか」
「まあ待て。ハンス。カール。この件は私が何とかする。とにかく、魔女裁判になる以上、それまではサオリを帰すことが出来ん」
佐緒里が心配そうに神父の顔を見た
「サオリ。心配は要らないぞ。もしもの時は私が命をはってでもお前を守る。お前は絶対に死なせない」
「神父様・・・・・・ 」


     ***************

 佐緒里の事が法王庁の枢機卿の耳に入った。枢機卿が村にやってきて、魔女裁判が始まる。佐緒里は果たしてどのように裁かれるのか・・・・  佐緒里は21世紀に帰ることが出来るのか・・


 以下ACT.18に続く


特別編『冒険少女 佐緒里2』

2015年 10月18日 10:35 (日)

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  目次
  
  ACT.7 朝
  ACT.8 リュックの中身
  ACT.9 悪魔騒動
  ACT.10 悪魔との戦い
  ACT.11 悪魔の正体
  ACT.12 それから・・・
  
  
  
  
  それでは第2部スタートです。
  今回から、佐緒里ちゃんのセーラー服以外のスタイルも登場します。
  
  
  
  
  
  
 ACT.7 朝

 朝が来て佐緒里は目を覚ました。今までの事は夢であってほしいと願った佐緒里だったが、佐緒里のいる場所は牢獄の建物の中だった。最初は地下牢の壁に鎖で繋がれていた佐緒里だったが、その後はベッドやテーブル・椅子付きの部屋を一つ与えられていた。だが魔女の嫌疑をかけられた(既に自白している)囚人としての立場は変わらず、足には足枷を嵌められていた。
 ガチャガチャという音とともに扉が開き、カールが食事を持って入ってきた。
「サオリおはよう。朝食を持ってきたよ」
「おはようカール」
 カールは朝食をテーブルの上に配膳すると、部屋から出て行った。佐緒里は椅子に座ると、テーブルの上にあるパンを食べ、スープを飲みながら呟いた。
「(どうすれば帰る方法が見つけられるんだろう・・・ )」
 佐緒里の考えている事はその事だけだった。とにかく21世紀の世界へ帰りたいというのが、佐緒里の願いだった。食事を終えて暫くしてから、カールが入ってきて、食器の片づけをしてから、佐緒里の方を向いた。
「サオリ。これは僕からのプレゼント。君の髪に飾ってほしいんだ」
 そう言ってカールは佐緒里に赤いリボンを差し出した。
「ありがとうカール」
 佐緒里はそう言うと、自分の髪を上げ、リボンで髪を結んだ。

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「サオリ。可愛い。似合ってるよ」
「ありがとう」
「それで今日の審問なんだけど、そこにあるリュックの中身を調べるって言っていた。いいかい?」
「別にいいけど、大したものは入っていないわよ」
「分かった。それじゃ、審問の時にまた来るから」
 カールは食器を乗せたカートを引いて部屋の外へ出ると、鍵をかけて去っていった。

 *********
  
 ACT.8 リュックの中身

 佐緒里は椅子に座って本を読んでいた。読んでいたのはエモトから渡された、例の古文書の写しだった。
「エモトさんが、この文章の中に、あの十字架の秘密が書かれているかもしれないと言っていた。でも、あの十字架は・・・ 私がつかんでいた銀の十字架は、私がタイムスリップした時に消えてしまっている。とにかく、この古文書を解読すれば、何かが分かるかもしれない」
 ガチャガチャ
 そこへ扉の鍵が開けられ、佐緒里は読んでいた古文書をテーブルの上に置いた。まずカールが入ってきて、その後ろからは鞭を持ったハンスが続いて入ってきた。
「小娘。審問の時間だ」
 カールは佐緒里の傍まで来ると、鍵を取り出して足枷を外した。
「サオリ。そのリュックを背負って」
 佐緒里は立ち上がると、傍に置いていたリュックを背負った。つづいてカールは持ってきた枷を佐緒里に差し出した。今度は前のようなサイズの合わない鉄の手枷ではなく、両手をしっかり拘束できる木製の枷だった。ガチャンという音とともに佐緒里の両手に枷が嵌められ、南京錠で施錠された。

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「おい小娘。その手枷は聖水で浸してあるから、これでもうお前の魔法は使えないぞ」
 そう言うとハンスは持っていた鞭を床に叩きつけて威嚇した。
「ハンスさん。ダメです。やめてください」
「カール! 貴様、その魔女娘に誘惑されたのか。えーい! 看守まで誘惑するとは、ふしだらな奴!! 覚悟しやがれ」
 ハンスは鞭を振り上げると、佐緒里目掛けて叩きつけた。
 バチバチバチッ!!
 鞭は佐緒里がはったバーリアに跳ね返され、佐緒里はハンスを睨みつけて威嚇した。
「わわわ・・・ ま、ま、魔法封じが効かない・・・・ 」
 ハンスは鞭を床に落とすと、慌てふためいてその場から逃げ出した。そして出入り口の敷居に躓いて転倒し、反対側の壁に激突して、呻き声を上げて蹲った。
「あーあ・・・ 」
 佐緒里とカールは同時に声を上げ、お互い顔を見合って、思わず吹き出した。
「サオリ。行くよ」
 カールは佐緒里の肩を軽くポンと叩き、佐緒里はカールと並んで歩き出した。その後ろからハンスもヨタヨタしながらついていった。

 *  *  *  *  *

 審問室(昨日と同じく神父の書斎)では、佐緒里が背負っていた学校指定のリュックが開けられ、中に入れてあったものが次々と机の上に置かれた。佐緒里は学校帰りに直接展示会の会場へ行っていたので、その日の授業で使った教科書とノートに筆記用具。携帯電話に電卓。布製の袋の中から体操服にシューズ、部活で使用するチアリーダーのユニホーム。そして何故か替えの下着まで(もしもの事を考えて常備)・・・ 。それらが全て机の上に並べられた。それらの物を見て、神父は勿論のこと、ハンスもカールも唖然とした顔で眺めていた。
「何だこりゃ・・・ どれもこれも見た事の無いものばかりだ」
 既に神父は佐緒里の容姿から、佐緒里が東洋人である事が分かっていて、佐緒里の話からジパングから来たとも確信していた。ハンスとカールも、リュックの中身を見て、佐緒里が別の国から来た人間であるとはっきり確信した。が、何処からどうやってきたのかまでは知る由もなかった。
「(サオリのこの持ち物・・・ 見た事の無いものばかりだ。一体この子は何者なんだ)」
 カールは佐緒里が、自分の全く知らないような、未知の果てしない世界から来た人間のように思えてきた。
 一方アルベルト神父は少し考えてから、傍にいたハンスとカールの方を向いて言った。
「お前たちは外へ出ていろ。私が呼ぶまで、この部屋に入ってくるな」
「わ、わかりました」
 ハンスとカールは、神父の顔色を見てただ事ではないと感じたが、神父に追い立てられるように部屋を出ていき、神父は内側から部屋の鍵を閉めた。
「神父様・・ 一体何を・・ 」
 神父は佐緒里の傍へ来ると、リュックの中身を指差しながら佐緒里に向かって言った。

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「サオリ。お前、一体何者なんだ」
 神父はさらにたたみかけるように言った。
「ここにあるこれらのお前の持ち物は、どれもこれも始めて見るものばかりだ。いや、私の見立てでは、この世界には存在しない。 どうやらお前は魔女や悪魔とは、全く別の次元の者のようだな。事と次第によっては、私はお前を拷問にかけなければならない」
 神父は佐緒里の前に、指締めの器具をドンと置き、部屋の隅に立てかけてあるコウノトリという拷問器具を指差して、さらに持っていた十字架を佐緒里の目の前に突きつけて威嚇した。
「待ってください。私の話を聞いてください」
「よし。聞こう」
 神父は佐緒里から離れると、机を挟んで佐緒里の向いに座った。
「私は・・・・  私はこの世界の者ではないんです。この世界よりも遥に先の未来から来たんです。来たというより来させられたといったほうが正しいんですけど」
「未来の世界だと? つまり、今の時代を現世としたら、お前の住む世界は来世ということか?」
「はい。言っても信じてもらえないと思って、悪い魔女に魔法をかけられたと嘘をついたんです。ごめんなさい」
 神父は何を思ったか、席を立つと佐緒里のすぐ傍に来て机に頬杖を突き、佐緒里に自分の顔を近づけて言った。
「サオリ。未来から来たならば、私の運命を知っているだろう?」
 佐緒里は神父の目を見た。が、神父はすぐに立ち上がって佐緒里から離れた。
「話す必要は無いぞ。自分の未来を知るという事は、神への冒涜になる。聖職者として、そういう事は望ましくない。だから、私が今言った事は忘れてくれ。サオリ。そこに並べた物を片付けていいぞ。今日の審問は終わりだ」
 神父はハンドベルを持ち、扉の所まで行って鍵を開けると、扉を開けてハンドベルを鳴らした。その間に佐緒里は自分の私物をリュックの中に入れた。
 暫くするとハンスとカールが部屋に入ってきた。
「今日のサオリの審問は終わりだ。部屋へ連れて行け」
 カールは佐緒里にリュックを背負わせ、佐緒里の両手に木枷を嵌めると、枷から伸びている鎖を持って佐緒里を促した。
「行くよサオリ」
 佐緒里はカールと並んで歩き出し、そのあとをハンスが鞭を持って続いて行った。ハンスの表情は何故かぎこちなかった。佐緒里に何か言いたそうだったのだが、あえて黙って二人のあとをついて歩いていった。

 *  *  *  *  *
  
 ACT.9 悪魔騒動

 その日の夜。佐緒里はカールが持ってきた食事を食べ終えると、例の古文書が書かれた冊子を読んでいた。日本語で書かれたものではなかったが、佐緒里の超能力は、外国語も判読できるところまで研ぎ澄まされていたのだ。かつて財宝関係の古文書の暗号を解読した佐緒里である。普通の文書ならばお手の物だった。
「んー・・・ やっぱりあの十字架には秘密があるんだわ。二つの十字架の金色の方に光をあてると、その反射光が銀色の十字架にあたって、何かが起こる・・・ ここにはそのように書かれているけど、その先の文字が潰れていて、何が起こるのかは分からないな・・・ 」
 そこへ鍵の開く音がして扉が開き、カールがカートを持って入ってきた。佐緒里は冊子を机に置くと、片づけを手伝った。
「サオリ。それじゃお休み」
「お休みなさい。カール」
 カールが部屋から出ようとした時、ハンスがすごい形相で部屋に飛び込んできた。
「ハンスさん!!」
 ハンスはカールが止めようとしたのを跳ね除け、佐緒里につかみかかってきた。
「やめて! 何するの!?」
「サオリ。俺の話を聞いてくれ」
「話?」
「ああ。お前、自分の事を『良い魔女』だと言っていたな」
「はい」
「だったら、村にいる悪魔をやっつけてくれるか!?」
「悪魔? ですか?」
「そうだ」
「ハンスさん。悪魔って、村人たちが言っていたやつですか?」
「そうだよ。お前はまだここに来ていくらも経ってないから分からんかもしれんが、今まで何人もの村人達が、悪魔を見て怪我をしたり発狂したりしているんだ」
 ハンスは佐緒里の方を向いた。
「サオリ。頼む。お前の魔法の力で、悪魔をやっつけてくれ。頼む」
「ハンスさん落ち着いてください。私の力が通じる相手なら、私が退治します」
「そうか。やっつけてくれるのか。よーし!!」
 ハンスは安心したような顔で、小走りに部屋から出ていった。続いてカールもカートを持って部屋から出て、扉の鍵を閉めた。
二人が去ったあとで、佐緒里は部屋の中で考え込んでいた。ハンスの迫力に圧倒され、反射的にオーケーしてしまったのを後悔していたのだが、悪魔の正体にも興味があった。
「悪魔か・・・ 私の力が悪魔に通用するんだろうか。しかし、一体どんなやつなんだ・・ 」

 *  *  *  *  *

 翌日・・・
 審問の時間になって、カールとハンスが部屋に入ってきたので、佐緒里はハンスに聞いた。
「ハンスさん。悪魔って一体どんなやつなんですか? 私、よく考えたんだけど、正体の分からないやつと戦うのはすごく不安なんです」
 ハンスはいつものような不貞腐れた態度ではなく、珍しく穏やかな表情をしていた。
「今日の審問で俺が説明するよ。神父様には既に話を通してある」
 佐緒里はいつものようにカールに木製の手枷を嵌められ、カールに鎖を引かれて部屋を出た。

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「ハンスがどうしてもと頼むんで、今日の審問は、この村に出現する悪魔について話をする。だが、私とカールはまだこの村に来ていくらも経っていないので、詳しい事は分からない。それで、村にずっと住んでいるハンスから話を聞いてくれ」
 神父はそう言うと、別の椅子を持って部屋の隅へ行き、そこへ椅子を置いて座った。いつも神父が座る場所にはハンスが座って佐緒里と向かい合った。
「サオリ。俺の知っている事を話すから、よく聞いてくれ。この悪魔は俺が生まれるはるか前から、村に出没していたらしい。それで、そいつは日中霧が立ち込めているときに、太陽の方角と反対の場所に出てきて、人々を威嚇するんだ。いままで何人もの人が犠牲になっている」
「犠牲って、死んだ人もいるんですか?」
「いや、俺の知る限りでは、死んだ者はいない。そいつは同じ場所に立ったまま、動いたり襲ってきたりはしないんだ」
「日中と霧って言ってたけど、霧が出ていない時や夜は出ないんですか?」
「日中の霧が出ている時だけなんだ。それ以外の時は出たとは聞いていない」
「(随分都合のいい悪魔ね・・・ これはもしかすると・・・ )」
 佐緒里は頭の中で、ある事を思い浮かべていた。
「(ハンスさんの話からすると、もしかすると、気象現象かもしれない。恐らくこの時代の人たちは、そういう知識に乏しくて、そういうものを悪魔や怪物のような感覚で考えているのかもしれないわ)」
「サオリ。お願いだ。お前の魔女の力で悪魔を退治してくれ。悪魔のおかげで、昼間に霧が出てくると、みんな怖がって外へ出なくなってしまうんだ。頼む」
「わかりました。やりましょう。でも、この事は私一人だけでなく、ハンスさんとカールの協力が必要です。二人とも私と一緒に戦ってくれますか?」
「勿論だよサオリ。僕は君と一緒に戦う」
「お、俺もだ。い、一緒に戦うぞ!」
「二人ともありがとう」
「私を忘れてはいないか?」
「神父様・・・ 」
「私も戦う。サオリ。何か必要なものがあったら言ってくれ」
「それじゃ神父様。十字架を用意してください」
「十字架? よし。分かった」

     *  *  *  *  *

 しかし、なかなか都合よく霧は発生しなかった。そんなこんなで一週間が過ぎ、その間の佐緒里への審問は日常的な世間話が主だった。その中で、神父は佐緒里が未来の世界から来た者で、その未来の世界へ帰りたがっているという事を、半信半疑ながら納得したのだが、神父の知識や力ではどうすることも出来なかったので、『神のご加護』とか『奇跡』という言葉を繰り返し言い、佐緒里を宥めていた。
 佐緒里にとって幸いだったのは、佐緒里を審問している神父には意外と広い世界観があった事だった。神父はコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)で生まれ育ったため、様々な人種の人と接していたので、東洋の事にも詳しく、また友人の中に水夫がいたので(既に大航海時代の真っ只中)、船で航海して帰ってきた友人から、別世界の話も沢山聞かされていたのである。

 その日の審問が終わり、佐緒里はいつものように自分の部屋に戻された。カールは佐緒里の手枷をはずすと、足枷を嵌めずに佐緒里の着ていたセーラー服を指差して言った。
「サオリ。その服、いつまでも着ていないほうがいいよ。もしここから外へ出る事があったとき、その恰好は目立ちすぎるぜ」
 そう言いながら佐緒里に顔を近づけ、佐緒里に耳打ちした。
「(気にならない程度なんだけど、臭うよ。服を洗濯して、自分の体も洗った方がいい)」
 佐緒里はセーラー服の袖を自分の顔にあてた。
「(確かに臭う・・・ ) でもカール。洗濯とか、体を洗うっていっても・・・・・・   」
「この牢獄の建物の裏に川があるから、今からそこへ連れて行くよ。それから、この前調べたリュックの中に、着替えの服や下着が入っていただろう。それに着替えたら?」
「うん」
 佐緒里は着ていたセーラー服を脱ごうとして、それを見たカールは慌てて部屋の外へ出た。

 *  *  *  *  *

 佐緒里はセーラー服を脱ぎ、椅子の背もたれに掛けると、はいていた下着も予備のやつと取り替えて、リュックの中にあった体操服に着替えた。そこへタイミングよく鍵を開ける音とともに、カールが服を持って入ってきた。

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「サオリ。代えの服を幾つか持ってきたから」
 カールは佐緒里に服を渡した。渡された服は修道女の服と、普段着だった。カールは普段着の方を指さしていった。
「そっちは僕の着ていた服だから、サイズが大きいかもしれない」
「ありがとう」
「それじゃ川へ行こうか」
「手枷はしなくていいの?」
「裏山は道が悪いんだ。手枷をすると危ないからそのまま行くよ」
 カールは佐緒里を促し、一緒に部屋から出た。

 *  *  *  *  *

 ACT.10 悪魔との戦い

 そしてある日の朝、ついに待ちに待っていた霧が発生した。しかし視界僅か50m足らずの濃霧で、太陽すらも見えないくらいだった。
「あーあ・・ 霧が発生したのは良いけど、こんなに濃い霧じゃ太陽が見えないから、悪魔は出てこないな」
 牢獄の屋上にいたハンスが呟いた。そこへカールが上がってきた。
「ハンスさん。これじゃ逆に霧が濃すぎて、悪魔が現れないよ」
「よし。一旦下へ降りるか。まず朝飯食って腹ごしらえだ」
 ハンスは小走りに下へ降りていき、カールもその後をついていった。

 霧が出ていた様子は、佐緒里の部屋からも見えた。佐緒里が窓の外を見ていると、扉の鍵が開けられて、カールが食事を持って入ってきた。
「サオリ。おはよう。食事を持ってきたぞ」
「ありがとう」
 佐緒里は窓から離れてテーブルの所まで来た。最初は歩くのに違和感があった足枷も、次第に慣れてきていた。カールが部屋から出て行き、佐緒里は椅子に座って、いつものように食事を始めた。
「霧が出てくれたのはいいけど、これじゃ霧が濃すぎる。でも、太陽が昇ってくれば・・・ 」
 佐緒里は食べながら考えていた。
「もし、これが私の知識にある、『気象現象』だったら、解決策がある。しかし、今のこの時代の人たちが、納得してくれるかどうか・・・ ってところだわ」
 鍵を開ける音とともに扉が開いて、カールが部屋に入ってきた。カールは慌しく食器を片付けながら、佐緒里に言った。
「サオリ、あと少しで出かけるから、すぐに服を着替えろ」
 カールは部屋の外へ出て行き、佐緒里は立ち上がると、壁にかけてあった修道女の服を手に取った。

 着替え終わって暫くしてから、扉の鍵が開けられ、カールが入ってきて、続いてハンスも入ってきた。二人とも腰に剣を付けている。カールは佐緒里の傍へ来ると、佐緒里の足枷を外し、持ってきた靴を渡した。
「その恰好にはこっちの方が合うよ」
 佐緒里は履いていたスニーカーを脱ぐと、カールが持ってきた靴に履き替えた。
「サオリ。行こうか」
 カールは佐緒里の手を握って、佐緒里は顔を少し赤くした。

 牢獄の建物を出て、佐緒里はハンスに促され、停めてあった馬車にカールと一緒に乗り込んだ。少し遅れて神父も馬に乗ってやってきたので、ハンスは馬車を走らせた。霧はまだ出ていたが、太陽が昇り始め、少しずつ薄らいできていた。
 目的地に到達すると、噂を聞きつけてやってきた村人達が数人立っていて、その数は少しづつ増えてきていた。人々の中には、鍬や鋤を持って武器代わりにしている者たちもいて、その中には、佐緒里を発見して捕えた男たちの姿もあった。馬車から降りてきた佐緒里の姿を見て、村人達は口々に喋りあっていた。
「おい。見ろよ。小娘だぜ」
「あんな小娘が悪魔と戦うっていうのか」
「おい。あいつは、俺たちが捕えた魔女じゃないか」
「魔女が悪魔と戦うって・・??」
 佐緒里の耳にはそれらの話し声が聞こえていたが、気にせず歩き、悪魔が出る場所までやってきた。
「サオリ。この辺りだ。ただし、太陽を背にしないと悪魔を見る事は出来ない」
 ハンスが佐緒里を促しながら、剣を抜いて周りの様子を窺った。カールも佐緒里の傍へ来て佐緒里と少し距離を置き、神父も佐緒里に頼まれた十字架を持ってやってきた。やがて霧がさらに薄くなり、太陽の光が僅かに出てきて、虚像のようなものが現れ、村人達が騒ぎ出した。
「出たぁ!! あそこだ。あそこに悪魔が出たぞ!」
「ウワアーッ! あんなにたくさんいやがる」
 出てきたのは一体ではなく、複数のものが虚像の様な形で、周りに光を帯びながら立っていた。佐緒里が考えていた通り、これはブロッケン現象という気象現象の一種で、佐緒里の傍にカールたちもいたため、虚像が複数現れていたのだ。
「(やっぱり・・・ これは思っていた通りブロッケン現象だ。この時代の人たちの知識や感覚では、こういうものは悪魔か怪物に見えるんだわ)」
 佐緒里は自分の思っている事を説明しようとしたが、あえてそれを抑え、映っている虚像に向かって身構えた。

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 *  *  *  *  *

  ACT.11 悪魔の正体

 佐緒里は目の前にいる虚像に向かって歩き出した。それに合わせる様に、映っている像のひとつが僅かに揺れた。後ろの方では村人達が口々に言い合っていた。
「おい・・・ 大丈夫なんだろうか・・・ 」
「あの小娘は魔女なんだろ? 一緒になって襲ってきたりしねえだろうな」
「魔女と悪魔の戦いか・・・ しかし、この場合、魔女とはいえ、あの娘に勝ってもらいてえ」
 歩いている佐緒里の後ろから、少し距離を置いて剣を抜いて構えるカールとハンス、そしてアルベルト神父も十字架を翳して続いていた。佐緒里は後ろを振り返って叫んだ。
「みんなここで止まって。今、私に近づかないでください」
 そういうと佐緒里はポーズをとった。
「スカーレットスパーク・エンジェルチャージ!」

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 佐緒里の体が眩しい光に包まれ、後ろにいたカールたちは眩しさに顔を覆った。光が消えた時、佐緒里の姿がスカーレットエンジェルJrの姿になっていて、カールたちは驚いた。佐緒里は両手をクロスさせて力を込めると、一気にその手を前に出して叫んだ。
「エンジェル‐ウィンドトルネード!!」
 風のエネルギーが渦状になって伸びていき、正面にあった霧を吹き飛ばして、青空が広がり、見えていた虚像が全て消えた。
「やった!」
「魔女が悪魔に勝ったぞ」
 後ろの方では村人達の歓声が上がった。佐緒里はスカーレットエンジェルの変身を解いて、元の修道女の姿に戻って踵を返すと、呆気にとられているカールとハンス、アルベルト神父の前まで歩み寄った。
「みんな。これは一時的にしのいだだけです。この通り霧を消せば、あなたたちが言っている悪魔の姿は消えますけど、霧が出ればまた現れます。私の力では、霧を一時的に消す事しか出来ません」
「サオリ。どういう事なんだ。お前の力でもダメだっていうのか」
「違います。あれは悪魔ではないんです」
「悪魔ではない・・・・ それじゃ一体・・・ 」
「自然の力・・・ つまり、あなたたちの言う『神』が創り出したものなんです」
「神・・・ イエス様が作り出したものだというのか」
「イエス様かどうかは、私には分かりません。でも私の国では、あれは『御来迎』といって、神として崇めている人たちもいます」
「ゴライゴー・・・ お前の国でも出るのか。お前の国では、あれは神の使いか・・・ 」
「はい」
 ハンスとカールは半信半疑で、何だそんな事なのかという顔をし、神父は佐緒里の言葉を聞いて黙って考え込んでいたが、佐緒里の前に歩み寄ってきて言った。
「サオリ。つまりあれは、悪魔とか怪物とは全く無関係だという事なんだな」
「そうです。私の知識では、これ以上詳しく言う事は出来ませんけど、分かっている事は、太陽と霧によって出来る影であって、神が創造した自然現象だということです。だから恐れたり、怖がる必要は無いんです。」
「なるほど・・・ 影か・・・ 」
 その時再び霧が立ち込めてきて、再び虚像が現れ、村人達が騒ぎ出した。佐緒里は村人達の方ヘ向かって歩き、距離を置いて止まってから、現れた虚像を指差して言った。

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「みなさん。恐れる事はありません。あそこに見えているのは悪魔でも、魔女の使いでもありません。太陽と霧によって出来る、私たち自身の影なんです。神が創造したものなんです。」
 村人達からざわめきが起こった。その中から佐緒里を倉庫で捕らえた男の一人が、虚像を指差しながら出てきた。
「そ、それじゃ・・ 俺たちはあれを悪魔といって恐れる事は無いという事か」
「そうです。影を恐れる事はないです」
 村人達の間で再びざわめきが起こり、みな半信半疑のような表情で、一人また一人と、その場から去っていって、佐緒里と、カール、ハンスと神父だけがそこに残された。気がつくと霧が晴れていて、上空には青空が広がっていた。
「やったぁ! やった。やった。サオリちゃん!」
 ハンスが佐緒里に飛びつき、そのまま佐緒里を両手で持ち上げた。
「きゃっ・・・・  」
「魔法の力ってすげえんだな。サオリ。お前本当に良い魔女だったんだな」
 ハンスは佐緒里を降ろすと佐緒里から離れ、神父が佐緒里に言った。
「サオリ。よくやってくれた。村の者達を代表して感謝する」
「こちらこそ。協力してくれてありがとうございます」
「よし。それじゃ帰ろうか」
 神父は馬に乗ると、牢獄の方へ向かって馬を歩かせ、佐緒里とカールも馬車に乗って、ハンスは馬車を出発させた。

 *  *  *  *  *

 ACT.12 それから・・・

 それから佐緒里の待遇が良くなったことは言うまでも無いことだった。収監されている部屋はそのままで、鍵がかけられて軟禁されている状態は変わらなかったが、足枷は嵌めなくてもいいことになり、部屋から拘束具は全て取り払われた。また、連行中も手枷無しになった。さらに『散歩の時間』と称して、一日最低一回は牢獄の屋上へ出る事を許された。
 神父による審問は毎日続いていたが、日常的な世間話が中心になり、佐緒里は自分の知識を神父に話し、神父は宗教的なものを絡めた話を佐緒里にした。既に神父は佐緒里が異教徒である事が分かっていたので、佐緒里の持つ宗教観というものも、審問で聞き出していた。
 そんなこんなで、佐緒里がこの世界にタイムスリップして一ヶ月が過ぎようとしていた。が、相変わらず21世紀に戻れる手段は見出せなかった。
 しかしある日カールが、佐緒里が読んでいた冊子に目をつけ、それを神父に見せた事から、状況が一変した。神父の顔が真剣そのものになり、神父は書斎にあった本の一冊を佐緒里に貸し出した。それは佐緒里が読んでいた冊子の原本で、本の中身を見た佐緒里の顔色が見る見る変わっていったのは言うまでも無かった。
「サオリ。お前が持っていたものと、その本の内容はほぼ一致する。もしかしたら、お前が自分の世界へ帰るための事が載っているかもしれん。お前に貸すから、じっくり読んでみろ。それから、その本に載っている二つの十字架とは、これだ!」
 神父は飾りのついた中型の箱を持ってきて、それを開け、中から二つの十字架を取り出して、佐緒里の前に置いた。その十字架は、佐緒里があの時、展示場で見た金色と銀色の十字架そのものだったのである・・・・・・・・・・・・・・・

  **************

  審問の席で、佐緒里の目の前に置かれた二つの十字架・・・・  それはまさに、佐緒里があの時見たものと同一のものだった。タイムスリップした時に佐緒里の手に握られていた銀の十字架が何故・・ ここにあるのか・・・ そしてその二つの十字架が、佐緒里のこれからの運命を位置づけるということを、今の佐緒里にはまだ知る由も無かった。
  
  
次回ACT.13に続く
  

特別編『冒険少女 佐緒里』

2015年 10月02日 22:36 (金)

先に脱稿した、『10年目の回帰』の原作者である、カルシファー様の、『囚われた少女』をアレンジしたような感じのスタイルに仕上がりました。テーマはIFで、もしも変身ヒロインがタイムスリップしたら・・・・・  という感じで書き上げました。

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  美少女戦隊エンジェルス特別編  
  冒険少女 佐緒里
  
 まえがき

 美少女戦隊『エンジェルス』に登場した、紅林美紀子の姪の赤嶺佐緒里を主人公にしたエピソードを、以前から書こうと思っていて、ようやくそれを実現させるに至りました。エンジェルスの本編では、中学生ながらも、絵里香たちをサポートし、時にはネオ‐ブラックリリーに捕まってしまったり、時には絵里香たちと一緒に怪人を倒すといった活躍をしている佐緒里ちゃんですが、まだ彼女を主役にしたエピソードがなかったので、本作品を執筆する事にしました。
 彼女は変身ヒロインであり、本作品の中でも勿論スカーレットエンジェルJr(ジュニア)に変身します。ちなみに、Jrというのは、誰かが名付けたものではなく、佐緒里ちゃん本人がそのように名乗っているだけです。
 今回はエンジェルスのような形式ではなく、“IF”と“タイムスリップ”をテーマにして、『もしも、変身ヒロインが違う時代にタイムスリップしたら・・・ 』という形で物語を展開させます。最近書き上げた10年目の回帰の原作である、『囚われた少女(原作カルシファー)』における『魔女狩り』を題材とし、作成に当たっては、次の作品を参考資料として使用しました。

囚われた少女 魔女狩りに囚われた少女広美(原作カルシファー)
バック・トゥ・ザ・フユーチャー(映画)
大魔王シャザーン(アニメ)
時の行者(横山光輝)
戦国自衛隊
  
  ※これらの作品には全て『タイムスリップ』という共通点があります。
  
  *******************************************
  
  目次
  
  ACT.0 プロローグ
  ACT.1 タイムスリップ
  ACT.2 囚われのヒロイン
  ACT.3 監禁
  ACT.4 佐緒里の力
  ACT.5 審問
  ACT.6 魔法?
  
  
  
  
  
  
  
  
 ACT.0 プロローグ

 この物語は、悪の秘密結社『ネオ‐ブラックリリー』がエンジェルスの活躍で滅んでから、約半年後から始まり、冒頭部は本編第30話のおまけの部分から始まっている。
  
  
「はーい。エモトちゃんに佐緒里ちゃん。二人とも、もっと傍に寄って」
「ふたりともポーズとって」
 ここは逗子の御浜海岸の一角。テレビ番組『世界の果てまでGO GO GO!』の収録が終わり、記念撮影が行われていた。海岸の砂浜の上に上がった財宝の箱が開けられ、中にはギッシリと財宝が詰められていて、その左右にはコスプレ姿の佐緒里とエモトの二人が立っていた。佐緒里はエモトにコスプレのスタイルをしてくれるように頼まれ、自分が中学で所属しているチアリーディング部のユニホームを持ってきて、それに着替えてエモトと並んでいた。
 今を遡る事約半年前、この海岸一体では、昔の海賊が当時の有力者に贈ったとされる財宝が眠っているという噂が立ち、それに纏わる古文書まで出てきて、一時期ブームになったことがあった。悪の組織ネオ-ブラックリリーもその財宝を奪おうとして、邪魔になる学者やマニアを殺し、佐緒里を捕まえて文書を解読させた経緯があった(エンジェルス本編の30話参照)。佐緒里の解読した古文書を元に、財宝の探索が行われ、ついに海岸から100メートルほど沖合の海底にて、財宝の入った箱らしきものが発見されて、今日その箱が御浜海岸の砂浜に上げられたのである。そして箱を開けてみれば、中から金貨や銀貨、様々な装飾品や宝石類がザックザックと出てきて、佐緒里とエモトは勿論、居合わせたスタッフ達も引っくり返るくらい驚いた。その様子はエモトがレギュラー出演しているテレビ番組『世界の果てまでGO GO GO!』の特番で収録され、エモトに招待された佐緒里は、その収録の様子を見学させてもらっていた。
 やがて収録が終わり、佐緒里はエモトに箱の前まで呼ばれ、二人そろって箱の前で記念撮影に収まったのであった。

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    * * * *

 それから2ヶ月が経過した。季節は既に秋本番といった状況で、佐緒里も冬の制服に身を包んで、いつものように学校へと向かっていた。
「佐緒里ちゃんおはよう」
「佳奈子ちゃんおはよう」
佐緒里は途中で友達の佳奈子と会い、二人そろって学校へと歩いていった。佐緒里も佳奈子も中学3年生。二人とも県下有数の 進学校である県立鷲尾平高校を目指していて、受験体制には余念がなかった。
 そして学校が終わり、帰宅の途についていた佐緒里と佳奈子はANGELの前で別れると、佐緒里は店の戸を開けて中に入った。
「ただいまぁ」
「佐緒里ちゃんお帰り」
 カウンターにいた絵里香が佐緒里を出迎えた。絵里香は現在明峰学園高校3年で、受験勉強の傍ら、孝一と一緒にANGELでバイトをしていた。美紀子がオーナーなのだが、大学教授との掛け持ちのため、店のことを絵理香と孝一に託し、絵理香と孝一はふたりでそれを引き継いだのである。ANGELでは美紀子の姪の佐緒里と絵理香の友人の美由紀が一緒に生活している。美由紀は両親と弟が北海道へ行ってしまい、もともと住んでいた家には、姉夫婦が子供を連れて引っ越してきたので、家を出てANGELに居候していたのだ。

2-1

「佐緒里ちゃん。手紙が来てるわよ」
 そう言って絵里香は、佐緒里に手紙を渡した。
「あ・・ エモトさんからだ」
 佐緒里は手紙を受け取ると、店内から自分の部屋へ行き、30分ほどして着替えて手紙を持って店の方へ出てきた。
「あら佐緒里ちゃん。今日は私ずっといるし、アルバイトの子もいるから、手伝わなくていいわよ」
「違うんです絵理香さん」
 佐緒里は手紙を見せながら言った。
 数分後・・・
 絵里香は佐緒里が持ってきた手紙に目を通していた。
「・・・ 展示会の招待状か。例の財宝の事ね」
「はい。見つけられた財宝が整理されて、今度展示会で公開されるんで、エモトさんが正式に公開される日の前に私を招待したいって」
「良かったじゃないの」
「絵理香さんたちの分も招待券がありますよ」
 そう言って、佐緒里は数人分の入場券を出して見せた。佐緒里はもちろんの事、絵里香も喜んでいた。が、この事が佐緒里の今後の運命に大きく関わってくるということに、まだ佐緒里は気付いていなかった。

    * * * *

 ACT.1  タイムスリップ

「えーっ? 展示会に招待されたの?」
 翌日佐緒里のクラスでは、佳奈子や佐緒里の友人達との間で、招待状の事が話題になっていた。
「いいなぁ佐緒里ちゃん。公開前に招待されるなんて」
「でも、佐緒里ちゃんには古文書を解読した功績があるから、これは特権だね」
「うん。仕方ないよね。あーあ・・ 私たちもその財宝を拝んでみたい」
「それで・・ エモトさんからの伝言なんだけど、私の友達で行きたい人がいたら、人数分の入場券を分けてくれるって言ってました。といっても大人数は困るって言ってましたけど」
「中学生は500円か・・・ 佐緒里ちゃん。心配要らないよ。ちゃんとお金払って見に行くって」
「そうだよ。佐緒里ちゃん、そんなに気を遣わなくたっていいよ」
 そんな雑談が交わされ、やがて先生が入ってきて授業が始まった。

 そして3日後・・・
 佐緒里は学校が終わるとANGELへ帰らず、そのまま東京へ向かった。今日がエモトに招待された日だったのだ。展示会の会場は都内の某デパートで、佐緒里が到着すると、入り口でエモトが待っていて、エモトは佐緒里を見ると佐緒里に向かって手を振った。
「佐緒里ちゃん。こっちこっち」
「エモトさん。こんにちは」
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 佐緒里はエモトの案内で、デパートの8階にある展示コーナーに来た。展示会が催されるのは2日後で、現在は会場作りが終わり、展示物が既に陳列された状態で、会場内には納入の業者と、スタッフが数名いるだけだった。佐緒里はすれ違う人に会釈をしながら、エモトと一緒に会場内に入り、陳列された財宝を見て回った。その中で一際目立つものが佐緒里の目に映った。それは二つの十字架だった。一つは金色で、もう一つは銀色をしていて、二つの十字架本体にはそれぞれ綺麗な宝石が鏤められて装飾されていた。佐緒里が十字架に見とれていると、エモトも佐緒里の視線に気付いた。
「佐緒里ちゃん。その二つの十字架なんだけど、何か秘密があるらしいのよ」
「秘密ですか?」
「うん。ちょっと待ってて」
 エモトは居合わせたスタッフの元へ行くと、本のようなものを持って戻ってきた。それは例の古文書の中の一つだった。
「この中に十字架の事が書かれているらしいんだけど、まだ誰も解読出来ないんだって。佐緒里ちゃんはどうかしら?」
 佐緒里はエモトから古文書の冊子を受け取ると、ページを開いて眺めた。
 その時、スタッフの一人が窓のカーテンを開けて、西日の強い光が室内に入ってきた。その光が金色の十字架にあたり、反射して銀色の十字架にあたってさらに強い光になった。
「キャッ!!」
 傍にいた佐緒里は眩しさのあまりバランスを崩し、そのはずみでテーブルの上に置かれていた銀色の十字架をつかんでしまった。すると十字架が発していた光が佐緒里の体全体を包み込み、強い光に包み込まれた佐緒里は、そのまま意識を失った。

    * * * *

  (PAGE-5)
 ACT.2  囚われのヒロイン

「ここ・・・ 何処なの・・・」
 佐緒里が目を覚ましたとき、その場所は暗い部屋の中だった。周囲は石造りの壁になっていて、床も石畳になっていた。
「熱い!! ・・・・」
 佐緒里はおもわず手を引っ込めた。佐緒里の傍には、自分が握りしめていた銀色の十字架があり、その十字架が光って熱を発していたのだ。佐緒里が十字架に触れようとすると、十字架から光が消え、そのままゆっくりと消えた。
「十字架が・・・  消えた・・・ どうして・・・」
 佐緒里は十字架が消えた場所を見据えたが、どうして消えたのかを知る由も無かった。佐緒里は部屋の中を見回した。高い所にある窓からは陽が差し込んでいて、やがて佐緒里は暗がりに目が慣れてきて、佐緒里の目に部屋の中の様子が映った。部屋は八畳くらいの広さで、一見倉庫のようだった。室内には木箱や樽のほか、藁のようなものが置かれていた。
「見た感じでは倉庫みたいだけど・・・ 何で私こんな所に・・・ 確か強い光を浴びて・・・ 」
 その時外で物音がしたかと思うと、ガチャガチャという音とともに扉が開いて人が入ってきて、佐緒里と鉢合わせした。
「だ・・ だ、誰だお前。何故ここにいるんだ」
 入ってきたのは男で、そのスタイルはまるで中世の時代のような格好だったため、佐緒里は何も言えずにその男を見据えていた。自分自身が何故こんな所にいるのか分からないのに、出会った者が自分の知らない恰好をしていたからだ。男は踵を返すと、出入り口から出て行き、扉に鍵をかけた。
「あ。待って」
 と言ってももう遅かった。佐緒里は今自分が置かれている立場を考えた。が、どう考えても考えがまとまらない。それもそのはず。佐緒里はタイムスリップしていたのである。佐緒里がいる場所は中世のヨーロッパの某所であったため、いくら考えても分かるはずがなかったし、佐緒里自身もそのことに気付いていなかったのだ。
 男が出て行ってから数分後、佐緒里がいる倉庫の外で数人の男の声が聞こえてきた。そして鍵が開けられる音がして扉が開き、男が3人入ってきて、そのうちの二人が佐緒里の傍までやってきて、佐緒里の腕をつかんだ。
「何するの!?」
「うるせえ!」
「おとなしくしろ! この魔女め!」
「魔女・・・・」
 佐緒里はそう言いかけて黙った。男は代わる代わる佐緒里に向かって怒鳴り散らした。
「小娘! てめえ鍵のかかってる倉庫の中にどうやって入ったんだ! ああん!?」
「おおかた魔力を使って入ったんだろう」
「それにその見た事もねえ姿恰好。どう考えたって魔女にちげえねえ。魔女は火炙りだ。来い!!」
 そう言って男の一人が佐緒里につかみかかり、もう一人が止めた。
「待て待て! とにかく神父様に引き渡す方が先だ。村はずれの牢獄へ連れて行くんだ。ま、どうせ魔女裁判になれば確実に火炙りだがな」
「分かった。おい! 誰か牢獄の看守を呼んで来い」
「おう!」
「おい! 立つんだ小娘」
 男の一人がその場から走っていき、佐緒里は二人の男に羽交い絞めにされて立たされた。佐緒里はその気になれば二人ともぶっ飛ばす事が出来たが、あえて無抵抗でいた。自分の置かれている状況を今ひとつ理解できていなかったからだ。
「来るんだ。小娘!」
 佐緒里は引き摺られるように倉庫の外へ出された。その佐緒里の目に映った光景は、自分がいた展示場の会場ではなく、また21世紀の東京でもなかった。石造りの建物が立ち並ぶ、まるで中世の世界の様相だった。
「ここはいったい・・・・ 」
 佐緒里が考え込んでいると、後ろから棒で背中を突付かれた。
「とっとと歩け!」
「乱暴しないで。ちゃんと歩くから」
 佐緒里はそのあと黙ったまま、男達の言う通りに歩いた。20分ほど歩くと、昔の城のような石造りのガッシリした建物、つまり牢獄の前に来た。そこへ先に走っていった男に呼ばれたらしい二人の男がやってきた。その二人は牢獄の看守だった。後ろにいた男が棒で佐緒里の背中を突付き、さらに佐緒里の両側で腕をつかんでいた男たちが、佐緒里を二人の看守に引き渡した。その看守の一人を見て、佐緒里は驚いたように言った。
「エモトさん!・・・ ???」
「何!? 小娘。何か言ったか?」
「い、いえ・・ 何でもないです」
 看守の一人は髪の色が違うとはいえ、エモトにソックリだったのだ。
「とっとと歩け!」
 男達はその場から去り、二人の看守は佐緒里の両腕を抱えて、牢獄の中へと連行した。そして地下へ続く螺旋階段を降りようとしたとき、エモトにソックリな方の看守カールが慌てて言った。
「だ、ダメですよハンスさん。地下牢は使っちゃいけないって、神父様が言ってたじゃないですか」
「バカ! 何言ってるんだ。この小娘は魔女の疑いがあるんだ。いいからとっとと連行しろ」
 階段を降りきって地下に達した時、死臭のような異様な臭いが立ち込めてきて、佐緒里は思わず顔を背けた。地下の回廊は少し行くと土や瓦礫で埋められていて、二人の看守はその手前の部屋の前で足を止めた。そして扉を開けると、佐緒里を中へと突き飛ばした。部屋の広さは4畳半くらいで、周りは全て石造りで、天井の近くに鉄格子のはまった窓が一つだけあり、床は石畳になっていた。そして壁には鉄製の枷がついた鎖が垂れ下がっていた。
「小娘。こっちへ来い」
 看守達は佐緒里を壁まで連れてきて、背負っていたリュックを取って床に放ると、壁に背中を付けさせ、両腕を上に上げて吊り手枷を嵌めてから、足に履いていた靴を脱がせ、両足にも足枷を嵌めた。両手を手枷で吊られ、両足が爪先立ちの恰好になって、佐緒里は唇をかんで痛さをこらえた。

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「小娘。今日は神父様が出かけておられるから、審問は後日行う。それまでそうしていろ」
 ハンスはそう言うと、カールを連れて地下牢から出て扉を閉め、鍵をかけて去っていった。地下牢に鎖で繋がれたまま一人取り残された佐緒里は、腕と足の痛みを堪えながら目を瞑った。佐緒里は宇宙人と地球人とのハーフ(エンジェルスの本編参照)で、地球人には無い能力があった。目を瞑る事によって精神を統一し、自分の体重をゼロに近い状態にすることも出来たのだ。暫くすると手足の痛みがやわらぎ、体が楽になってきて、佐緒里はそのまま寝入った。

    * * * *

 ACT.3  監禁

 どれくらい時間が経過したのか・・・
 目を覚ました佐緒里は地下牢の中で監禁され、壁に両手両足を鎖で繋がれて立たされたままの恰好だった。実際にはあれから3時間位しか経っていなかったのだが、佐緒里には倍近い時間に感じていた。自分の能力のおかげで体は楽だったものの、良い気分でいられるはずもなく、佐緒里は目を覚ましてからずっと考え事をしていた。

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「一体どうしてこんな事に・・・」
 しかしどう考えてもまともな答えなど出るはずが無かった。タイムスリップして中世のヨーロッパの何処かへ飛ばされ、魔女の疑いをかけられて地下牢で拘束されている事自体、佐緒里にとっては荒唐無稽に感じていたし、今の佐緒里がそんな事を知る由も無かった。
「そういえば、さっきの男たちの中の一人が『魔女』って言っていた。どういう事なんだろう・・ それに周りの様子が全然違う。まさか・・・ 」
 佐緒里は何かを思い出した。
「まさか滅んだはずのネオ‐ブラックリリーが・・・・ 」
 そう言いかけて佐緒里は首を横に振った。
「いや違う・・ そんな事無い。あまりにも不自然すぎる・・・ 」
 佐緒里は自分が持っている知識を引っ張り出すように、頭の中で考えを巡らせた。そこで得た結論は・・・・・
「タイムスリップ・・・・ だとしたら、考えられる。しかし一体どうやって・・・」
 佐緒里はここまでの事を整理してみた。
「あの十字架の光・・・ それ以外には何も思いつかない。あの光を浴びてから、私の周りが一変したんだわ。つまり、十字架の秘密というのは、この事だったのかもしれない。でも古文書を読んでいないから、何とも言えない」
 これまでの事を佐緒里自身で分析した結果、自分が今現在いる場所は中世のヨーロッパの何処かで、時代は概ね15世紀頃だということだった。中世のヨーロッパでは『魔女狩り』が行われていたという事を、佐緒里は本で読んで知っていたからだ。
「来てしまった以上は帰れる可能性だってある。だから絶対にあきらめない。エンジェルに絶望という文字は無いんだから。でも今は・・・ この今の時代で生きていくしかない」
 佐緒里はその気になれば、手枷と足枷を自分で外して逃げる事も出来た。が、タイムスリップして違う時代に飛ばされたのなら、逃げたところで行くあてもないし、何処へ行っても怪しまれて同じ目に遭わされるだろうから、ここにいた方が安全だと悟り、暫く成り行きと様子を見ることに決めた。

 ACT.4  佐緒里の力

 陽が沈みかけたころになって、誰かが廊下を歩く音が聞こえ、佐緒里は牢獄の扉の方を向いた。ガチャガチャという音とともに扉が開き、さっき自分を閉じ込めた二人の看守、つまりハンスとカールが入ってきた。ハンスは鞭を持ち、カールは鎖のついた手枷を持っていた。
「小娘。審問の時間だ」
 ハンスが佐緒里の方へ歩き出したところで、カールが前を遮るように止めた。
「ダメですよハンスさん。神父様の不在中は審問してはいけない規則になったじゃないですか。それに地下牢に監禁してはダメだって言ってるのに。ハンスさん、あの事件の事を忘れたんですか!?」
「うるさい。どけ!」
 ハンスはカールを突き飛ばすと、佐緒里の前まで来て止まった。

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「あんた・・・ 最低・・・」
 佐緒里はハンスを睨み付けながら言った。
「何だと小娘! 魔女の分際で看守様に向かって最低だと!? 生意気に睨みつけやがって。よっぽど鞭で痛め付けられたいようだな。審問の前に、こいつで嬲ってやるから覚悟しやがれ」
「ハンスさん。やめて下さい」
 カールの言葉を無視して、ハンスは鞭を振り上げると、佐緒里目掛けて叩き付けた。
 ヒュウゥーッ バシィーン!! バチバチバチッ
 鞭は佐緒里の手前で、電気のショートしたような音とともに、何かに跳ね返された。

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「ん・・ 何だ・・・ 」
 ハンスは首を傾げたが、もう一度鞭を振り上げて叩き付けた。が、結果は同じだった。鞭は佐緒里の手前で跳ね返され、鞭の先端が自分の顔に当たった。
「痛てて・・・ な、何だ、どうなってんだ。クソッ!!」
 ハンスは鞭を床に捨てると、佐緒里の腹目掛けて蹴りを入れてきた。
 バチバチバチッ
「ウワアーッ!」
 電気にあてられた様なショックとともに、ハンスの体が反動で吹っ飛ばされ、ハンスは床に尻餅をついた。佐緒里は自分の身を守るため、バーリアを張っていたのだ。
「繋がれて抵抗出来ない女の子をいたぶろうなんて、本っ当に最低な奴ね。お前なんかこうしてやる!」

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「な、何だと小娘。う・・・ ウワアァァーッ」
 ハンスの体が宙に浮いたかと思うと、そのまま床の上にドスンと落ちて、ハンスはしこたま尻を打ちつけ、そのまま蹲って起きられなくなった。唖然として見ていたカールは、ハンスの傍に駆け寄った。
「ハンスさん。大丈夫ですか?」
「ま・・ま、魔女だ・・・ こ、この小娘は魔女だアーッ!」
 ハンスは床の上を這うように、後退りした。
「一体何の騒ぎだ!」
 声とともに30代くらいの若い男が牢に入ってきた。
「あ。神父様。確かお帰りは明日だったはずじゃ」
「用件が全部終わったから今日戻って来れたんだよ。おい! カール。何故こんな事してるんだ。地下牢は使うなって厳命したはずだぞ。それにむやみに鎖で繋いではダメだって言っただろうが」
「す、すみません。ハンスさんが強引に」
「分かった。もういい。今からこの娘を審問するから、私の部屋まで連れてくるんだ」
「分かりました」
 神父が牢から出て行き、ハンスは鍵を持って佐緒里に近づいた。
「お嬢さん。何もしないよ。今鎖を外してあげるから、ジッとしてて」
 そう言ってカールは佐緒里の両足首の枷を外し、続いて両手の手枷をはずした。佐緒里が崩れ落ちないように、カールは佐緒里の両腕を軽くつかんで支えた。
「大丈夫。ありがとう。君・・ 優しいんだね」
 ハンスは照れ臭そうにしたが、持っていた鉄の手枷を佐緒里の前に差し出して言った。
「ごめん。規則だから、これを君の手に嵌めなきゃいけないんだ」
 佐緒里はカールの目を見てから、頷いて両手を前に出した。ガチャリという音とともに、佐緒里の両手に鉄の手枷が嵌められた。が、両手を下げたら手枷が抜けて床に落ちた。佐緒里の手首の大きさとサイズが合わなかったのだ。カールは手枷を拾うと、もう一度佐緒里の手にそれを通し、佐緒里の腕を胸の辺りに上げさせると、手枷に連結して伸びている、1メートルくらいの長さの鎖を持った。
「疲れない程度に腕を上に上げていて」
「うん」
「それじゃ僕についてきて」
 カールは尻込みしているハンスを尻目に、佐緒里を連れて牢から出た。しばらくしてからハンスも牢から出てきて、二人の後をついていった。

 ACT.5  審問

 佐緒里の鎖を引いて歩いているカールは、佐緒里から見て年の頃は15~16歳位で、自分と殆ど同じくらいの年に見えた。一方のハンスは30代後半のがっしりした体系で、いかにも軍人か牢獄の看守という外見をしていた。

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 佐緒里の前を歩いていたカールは、立ち止まって佐緒里の方を向くと、佐緒里に話しかけた。
「ねえ、君。名前は?」
「私? 赤嶺佐緒里」
「アカミネ・・ 何だか変な名前だな」
「言いにくかったら、私の事、佐緒里って呼んでもいいよ」
「サオリ・・・ 分かった。僕の名はカール。よろしく」
「カールさん。こちらこそよろしく。でも、看守さんなのに、そんなに私に親しくしてもいいの? 私は囚人なんでしょ?」
「別にいいよそんな事。それに、君は悪者には見えないし、僕の事カールって呼んでいいよ」
「ありがとう」
「さあ。行こうかサオリ」
 牢獄の建物は元々は城として使われていたもので、地上3階。地下2階の造りになっている。城として使われなくなってから、この近辺の犯罪者を収監するための牢獄として改装された。地下一階が囚人を収容する牢になっていて、最下層の地下二階が拷問部屋。そして地上部分は居住区になっている。しかし現在は最下層の部分は完全に埋められ、地下牢がある地下一階も半分埋められていた。これは此処で起こったある事件がきっかけでそうなったのだが、その真相は後々に分かるのでここでは省略する。カールは佐緒里を連れて3階の一番端の部屋まで来て足を止めた。
コンコン・・・
「入れ」
「失礼します。神父様。サオリを連れてきました」
 カールは佐緒里を連れて部屋に入った。室内は書斎のような感じで、大きなテーブルと椅子があり、書棚には本が並べられていた。カールは椅子の一つを引くと、佐緒里を座らせ、両手の手枷を腕から抜いた。暫くしてハンスも部屋に入ってきて、書棚の前で本を見ていた神父のアルベルトは、本を棚に戻し、佐緒里の向かい側に座った。
「私はこの村の神父。アルベルト・ヴェルナーだ。さあ。審問を始めようか」
 佐緒里は神父の目を見据え、神父が口を開いた。
「お前の名は?」
「赤嶺佐緒里。サオリでいいです」
「ん・・ それではサオリ。お前は魔女か?」
「はい」
 アルベルトは呆気に取られたように、持っていたペンをテーブルの上に落とし、あわててペンを拾った。
「(随分簡単に自白したな。普通なら最初は殆どの者が否定するんだが)」
 最初の審問で否定した場合は、予備拷問が行われ、さらに本格的な凄惨な拷問が行われて、自白するまで続けられ、拷問によって死んでしまう者もいる。そして自白すれば待っているものは100%の死であった。つまり、一度魔女の嫌疑をかけられた者は、絶対に助かるという事は無かったのだ。それで神父は佐緒里が簡単に自白したため、拍子抜けしてしまったのだ。神父は審問を続けた。
「で、では・・・ お前が契約している悪魔の名を述べよ」
「悪魔とは契約していません。それに私は人を呪うための魔術は絶対に使いません」
「黙れ魔女め! そんな事が信用できるか!」
 ハンスが叫んで息巻いた。
「ハンス! お前は黙ってろ。私の許可なしで勝手な事をして! お前は一年前のあの事件の事を忘れたのか」
「(事件・・・ 何があったのかしら・・・ さっきもカールが同じ事を言っていた)
「さて・・ サオリ。審問の内容を変えよう。お前は村にある鍵のかかった倉庫の中にいたところを村の者に発見され、捕えられてこの牢獄に連行されてきた。間違いは無いか?」
「間違いありません」
「では、何故お前は鍵のかかった倉庫の中にいたのか?」
「信じられないかもしれませんが、強い光を浴びて、気がついた時、あの倉庫にいたんです」
「強い光・・・ か・・・ お前は何処から来たんだ? 見た目は東洋人のようだが」
「日本・・・ といっても分からないと思います」
「知っている」
「え?」
 神父の言葉に、佐緒里は思わず目を丸くした。
「日本を知っているんですか?」
「ああ。ジパングとかいう国の事であろう。お前はそのジパングから来たというのか。しかし一体どうやって来たのだ」
「漂流者・・・・ そう思ってください」
「漂流者? どういうことだ。この近くには海も船着場も無いぞ」
 佐緒里は答えに詰まった。タイムスリップの事など信じてもらえるはずが無い。それにタイムスリップの原因と思われる十字架は、佐緒里がタイムスリップした時に手元から消えてしまっていた。佐緒里は『魔女』という言葉を思い出し、何かを悟ったかのように言った。
「お願いです。助けてください。私は、悪い魔女の魔法にかけられて、自分の国からこの土地へ無理矢理飛ばされたんです。お願い助けて。私は家へ帰りたいだけなんです」
「悪い魔女? お前だって魔女ではないのか? たった今自白したじゃないか」
「信じたくなかったらそれでもいいです。魔女はみんな悪いわけじゃない。悪魔と契約なんかしないし、人を呪わないで、その逆に人を助ける『良い魔女』だっているんです」
 普通だったら、佐緒里はこのあと凄惨な拷問にかけられ、悪魔との契約や、魔女集会の事、また他の魔女嫌疑者を白状するまで痛めつけられるはずである。神父という職業ならば、嫌疑者に対して必ずそうするわけなのであるが、アルベルト神父は何故か、佐緒里の言葉を聞いて黙って考え込んでいた。

 ACT.6  魔法?

「よし。今日の審問はこれまで。カール。サオリを部屋に連れて行くんだ」
「はい」
 カールは佐緒里の傍に来ると、佐緒里を立たせて手枷を佐緒里の腕に通した。佐緒里はアルベルト神父に向かって言った。
「あの・・ もし聞いてもらえるならば、お願いが・・・ 」
「何だね? 言ってみたまえ」
「壁に鎖で繋ぐのだけはやめてください。絶対に逃げたりしないって約束しますから」
「約束だと? 黙れ魔女娘! そんな事を言って魔法で逃げるつもりだろうが」
「ハンス。黙ってろと言ったろうが!」
 アルベルトはハンスに向かって怒鳴ってから、佐緒里の方を向いて言った。
「何故逃げないんだ。魔女ならば魔法や魔力で逃げられるだろうが」
「逃げても行く所が無いんです」
 佐緒里は悲しそうな顔をした。
「うむ・・・ 地下牢は使わない事になっているから、その事は心配しなくとも良い。ただし、囚人である以上は、それなりの拘束はさせてもらう。カール、連れて行け」
 アルベルトはカールに手で合図した。
「それじゃサオリ。行くよ」
 佐緒里は黙って頷き、カールは佐緒里の鎖を引いて部屋の外へ出た。廊下を歩いて螺旋階段の前まで来ると、カールは上の方へと佐緒里を誘った。
「カール。こっちは上の階よ。牢は下でしょ」
「いいからおいで」
 二人は螺旋階段を上り、建物の屋上へ上がった。既に陽が沈んで暗くなっていて、月明かりが二人を照らしている。カールは佐緒里の手枷を腕から抜くと、佐緒里に言った。
「サオリ。自分の事を魔女だって言ったよね」
「うん・・・ 」
「それじゃ魔法を見せて。さっき見た攻撃的なやつじゃなくて、君の言う良い魔女の魔法を」
「ごめんなさい。魔法は見世物じゃないの」
「そんな事言わないで。お願い。おねがい」
カールがあまりに真剣にお願いするので、佐緒里は一つため息をついてから応えた。
「分かった。見せてあげる。少し離れて」
 佐緒里は右手を少し上げた。すると佐緒里の手にスティックが握られ、佐緒里はそれを空に向けて軽く放った。するとスティックが大きくなり、2m位の長さになって、佐緒里の腰の高さくらいのところで静止し、佐緒里はスティックの上に乗って座った。見ていたカールは目を丸くして驚いた。

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「す、すごい・・・ ほ、本当に魔女なんだ。魔法が使えるんだ・・・・ 」
 佐緒里のこの力は、スカーレットエンジェルとしての能力であり、魔法ではない。しかし、中世の人から見れば、れっきとした魔法に見えるのだ。佐緒里の能力はかつてのネオ‐ブラックリリーとの戦いを通して研ぎ澄まされ、佐緒里の姿のままでも使えるようになっていて、既に叔母の美紀子を凌ぐだけの力を持っていたのだ。佐緒里は呆然としているカールに向かって手招きをした。
「え? こ、これに乗れって?」
 佐緒里は笑顔を見せながら無言で頷いた。
「で、でも・・・」
「大丈夫だよ。落ちたりしないから」
 カールは恐る恐る近づいて、スティックの上に腰掛けた。何か見えないものに押さえられているかのように、カールの体はその場から動く事は無かった。
「ね、大丈夫だって言ったでしょ? それじゃ少し上がるよ」
 佐緒里がそういうと、スティックが音もたてずに浮き上がり、屋上の床から2m位の高さまで上がって止まった。
「わわわわ!」
 カールは思わず佐緒里にしがみついて、そのはずみで佐緒里の片方の胸を思いっきり鷲掴みにししてしまった。
「キャッ!! あぁ・・・」
 佐緒里は思わず鼻にかかったような声を出し、カールは慌てて佐緒里の胸から手を離した。
「ご、ごめん」
「びっくりしたぁ・・・ 心臓がドキドキいってるよ」
「ごめん。許して」
「謝らなくていいよ。君が怖がってるみたいだから、もう降りるよ」
 佐緒里は右手を少し上げ、スティックがゆっくりと下がって二人の足が床の上に着いた。
 カールはスティックから離れると、床の上に置いていた手枷を拾い、佐緒里はスティックを小さくして手のひらの上で消した。そこへハンスが上がってきた。
「お前らここにいたのか。おい小娘。神父様の特別の計らいで、普通の部屋に鍵をかけて閉じ込めるだけにしてもらったから、ありがたく思え」
 そういうと、ハンスは不貞腐れたような顔をしながら下へ降りていった。カールは佐緒里の腕に手枷を通すと、佐緒里をつれて下の階へ降りていった。下ではハンスが待っていて、手で合図をしながら無愛想に言った。
「部屋は二階の一番端だ。お前が持っていた荷物も一緒にある」
 そう言ってハンスは下へ降りていった。カールは佐緒里を連れて二階の端の部屋まで来て、扉を開けて中に入った。部屋の中はごく普通のありふれた造りで、テーブルと椅子の他にベッドとトイレまであった。床の上には鉄球の付いた足枷が置いてあり、佐緒里が背負っていた学生用リュックも傍においてあった。カールは佐緒里の手枷を抜くと、鉄球つきの足枷を持って差し出した。
「サオリ。許して。これを付けなきゃならないんだ」
 カールは佐緒里の足に枷を嵌めようとした。
「ちょっと待って」
 佐緒里はカールを制してから靴を脱ぎ、自分で両足の靴下を脱いで裸足になった。
「いいよ。カール」
 カールは佐緒里の左足に足枷を嵌めると、鍵をポケットの中に入れた。
「それじゃ食事を持ってくるから」
 カールは部屋を出ると、外から鍵をかけた。

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       ***********

 21世紀の世界から、中世のヨーロッパにタイムスリップしてしまい、魔女の嫌疑をかけられて牢獄に監禁された佐緒里。しかし佐緒里はその気丈な性格と、スカーレットエンジェルの能力でこの世界を生き抜き、最後には絶対に21世紀に帰れるという希望を抱いていた。
 これから佐緒里を待ち受ける運命やいかに・・・  佐緒里は本当に帰る事が出来るのか。冒険少女佐緒里の苦難(?)は今、始まったばかりであった。


 次回ACT.7に続く

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

10年目の回帰

2015年 07月29日 07:53 (水)

カルシファー様原作『囚われた少女』の二次創作
http://rokujuuni.blog10.fc2.com/

まえがき

二次創作というより、本編の続編のような規模に膨れ上がってしまいました。なお、ストーリー中に登場する人物・団体・地名等は、全てフィクションであり、実在のものとは関係ありません。


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時は・・・ 魔女狩りの嵐が吹き荒れる中世のヨーロッパ・・・
ここはヨーロッパの人里離れた、とある場所にある牢獄・・・・

牢獄の名はシュタイニバッハ監獄・・・・
監獄の中からは魔女狩りで囚われた少女たちの悲鳴や呻き声が聞こえる・・・
その囚われた少女たちの中に、一人の日本人少女がいた。

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少女の名は『広美』・・・・

暗く、冷たい牢獄の中で壁に鎖で繋がれた広美の呻き声が今日も聞こえる・・・

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10年目の回帰

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囚われた少女
魔女狩りに囚われた少女 広美より
原作 カルシファー
脚本 鷲尾飛鳥


ロケ地協力
ドイツ シュタイニバッハ郷土資料館
     トリステル記念館
    
日本 城北大学キャンパス

制作 東日本TV



  *****************




 時は現代
 季節は5月。街に初夏の爽やかな風が吹き抜ける頃・・・・

 ここは東京の都心部から離れた静かな住宅地の中。朝の日差しが緑の衣を纏った木々を照らし、家々の軒先にはスズメが飛び交っている。そんな中を、風を受けて歩く一人の少女がいた。少女の名は相原広美。もうすぐ20歳を迎える大学2年生である。
 広美の出身地は四国の香川県にある、瀬戸内海に浮かぶ渚島で、青い海と緑に囲まれた自然の豊かな場所である。広美は大学進学のため、生まれ故郷である瀬戸内海の渚島を離れて上京し、親友の綾瀬春香と一緒に東京都内にある城南大学に通っていた。

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 広美の住んでいるアパートから大学までは、電車で3駅。アパートの造りは軽量鉄骨のマンションのような感じになっていて、部屋割りは1DKで家賃は月3万円。東京の賃貸相場としては比較的安い方である。一年の時は大学の学生寮にいたのだが、学校まで遠く、また大学の規則で一年の時しか住む事が出来なかったので、一年の終わりの時に大学が近い場所に手ごろなアパートを見つけて、春香と一緒にそこへ移ったのだ。世帯数は8世帯の建物がABの2棟並んでいて計16世帯。現在空き部屋なし。住んでいるのはみんな学生で(学校は様々)、広美はA棟2階の201号室。春香がB棟1階の103号室を使っている。
 広美は理工学部。春香は文学部に在籍していて、一般教養課程以外の授業の時間帯がそれぞれ異なるため、2人で一緒に通学するのは週2回くらい。今日は春香が朝一番からの授業のために早出していたので、広美は一人で大学へ向かっていた。その広美の表情は、かつて自分が体験したあの忌まわしい出来事については、何の蟠りも無く、全てを忘れているかのようだった。

   *    *    *    *

 今から遡る事10年前の今頃、広美は小学生で、親友の春香と一緒に学校から帰宅の途中だった。2人の服装は、田舎の小学校にありがちな紺色の制服。丸襟のブラウスと吊りスカートという姿で、まだ衣替えの前だったが、2人とも夏用の半袖のブラウスを着ていた。やがて二人は、分かれ道の三叉路に差し掛かった。
「春香ちゃん、またね!」
「広美ちゃん、また明日ね!」
と言って、手を振りながら別れたのであった。それは、本当にいつもと変わらない、楽しい春の日のはずだった。2人が別れて、それぞれの家へと歩き出した直後・・・ 空から突然強い光のようなものが舞い降りてきて広美たちの体を覆った。
「キャッ!?」
 強い光を浴びた時の衝撃で、広美は意識を失った・・・・・

 それからどれくらい時間が経ったのか、広美は耳元で叫んでいる春香の声が薄っすらと聞こえてきた。
「広美ちゃん。広美ちゃん!!」
「ん・・・・ 」
「広美ちゃんしっかりしてぇ。起きてよ。広美ちゃん」
 広美が目を開けると、すぐ目の前に自分に向かって叫んでいる春香の顔があった。両目には大粒の涙が浮かんでいる。
「はる・・ ちゃ」
 春香は目を覚ました広美の両肩をつかみ、揺すりながら叫んだ。
「広美ちゃんしっかりして。広美ちゃん起きてぇ」
「春香ちゃん。そんなに揺すらないで。今起きるから」
 広美は起き上がると、地べたに女の子座りの恰好で辺りを見回した。まだ頭がボーっとしているのか、半分上の空だった。心配した春香が広美の傍に寄り添うように座った。

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「広美ちゃん大丈夫?」
「ウン・・  大丈夫だけど・・・ 一体何があったの? 急に大きな音がして周りがパァーッと光って何も見えなくなっちゃったと思ったら、耳元で春香ちゃんの声がして・・・ 私、何だか別の世界にいたみたいなの。よく思い出せないんだけど」
 広美が言っている『別の世界』とは、広美がタイムスリップした中世のヨーロッパの時代の事である。
 広美は光を浴びると同時に、春香とともに中世のヨーロッパにタイムスリップしてしまい、そこで魔女の嫌疑をかけられて数ヶ月もの間牢獄に鎖で繫がれ、また様々な拷問を受けて苦しめられた。そして処刑される直前に村人達によって助けられ、一度は自由の身になったものの、冷酷な神父に再び捕えられて凄まじい拷問にかけられた。そして再び処刑される、というところで強い光が広美を覆い、広美は自分が最初にタイムスリップした場所に戻ってきたのだ。その時間差は±0.5秒で、最初に光を浴びた時と殆ど同じ時刻だった。実際には数ヶ月もの間違う世界にいたのだが、自分たちの世界に戻ってきたときの時間は、タイムスリップした直後の時間だった。そのため広美が経験した数ヶ月の出来事が、時間の凝縮作用によって歪められて押し潰され、広美が体験した悪夢のような出来事は、広美自身の記憶の奥底に追いやられるように封印された。一緒にタイムスリップした春香も同様だった。
 春香も強い光を浴びて意識が朦朧となったが、広美よりも早く回復した。我に返ったとき、別れたばかりの広美が気になって、引き返して分かれ道まで戻ってきたとき、道端で倒れている広美を見つけて慌てて駆け寄ったのである。
「広美ちゃん大丈夫なの? 立てる? 私ビックリしたよ。何か雷みたいな強い光が光ったと思ったら、広美ちゃんがいる方ですごい音がしたの。戻ってみたら広美ちゃんが倒れていたから。雷に打たれて死んじゃったのかと思ったんだからぁ」
 春香は広美に抱きついて泣きじゃくった。
「春香ちゃん。大丈夫だから。泣かないで」
広美は立ち上がると、春香の手を取って立たせた。春香はまだ泣きべそをかいている。
「帰ろうか」
 春香は涙を拭きながら頷き、2人は再び別れてそれぞれの家に向かって歩いていった。

  *    *    *    *

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 それから何事も無く時が過ぎて2人は小学校を卒業し、小学校の隣にある中学校に進学。そして渚島から船と徒歩で約一時間の所にある本土の高校に進学した。さらに二人一緒に東京の城南大学を受験して合格し、大学進学と同時に渚島を離れて上京。広美は理工学部。春香は文学部の学生として、今日に至っている。その間広美も春香も、例の悪夢のような出来事を思い出す事も無く、また広美の手首や足首には手枷や足枷の痕跡も無く、鞭で打たれた傷跡や、焼印の跡も無かった・・・・
 しかし、これから2人の間に起きる数奇な出来事で、それらの記憶がフラッシュバックし、2人の身の回りで起きる事に、まだ2人とも気付いていなかった。

  *    *    *    *

 時間は昼近くなっていた。広美は午前の授業を終えたところで、春香と待ち合わせしていた場所へ向かった。校舎と校舎の間にある中庭を歩いていると、丁度すぐ傍の校舎から春香が出てきて、広美を見つけると小走りに駆け寄ってきた。
「広美ちゃん」
「おはよう。春香ちゃん」
 広美の服装がボーイッシュで、いつもコーデに無頓着なのに対し、春香は周りの流行にほぼ近いお洒落なスタイルをしていて、メイクもしていた。

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「広美ちゃん。午後の授業まで結構時間空いてるよ。今日は外へ食事に行こうか」
「ゴメン春香ちゃん。私、次の授業のレポートまとめないといけないから、外へ出てる時間は無いわ。ご飯食べたらすぐ図書館へ行かなきゃ」
「そっか・・  しょうがない・・ な。それじゃ学食へ行こうか」
 2人は学食がある方へと歩き出した。

  *    *    *    *

 その日の夜、帰宅した広美は食事と風呂を終えて、明日提出するレポートを書いていた。さっきまでは春香が遊びに来ていたが、今は一人である。
「よし。これで完成。さあ寝るか」
 広美は寝巻きに着替えると、ベッドの中にもぐりこんで電気を消した。

  *    *    *    *

 広美は薄暗い空間の中にいた。動きたくても体が動かない。両手を上に上げた恰好で何かに縛られて吊られているような状態だった。よく見てみると、自分の周りは壁も床も全て石造りの部屋で、鉄格子のついた窓があり、そこから雪交じりの冷たい風が吹き込んでいた。広美自身は壁に吊るされた鉄の鎖の先端にある鉄の手枷を嵌められ、爪先立ちの恰好で拘束されていた。服装は何故か小学校の時に着ていた学校の制服で、半袖の夏用の丸襟のブラウスだった。そして自分の体も小学生の頃の体型になっていた。

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「ここは何処? どうしてわたし繫がれているの?  寒い・・・ 手が痛いよ・・  足が痛いよぉ。誰か助けて。これはずしてよぉ」
 鉄枷は両手だけでなく、両足にも嵌められていた。体に突き刺さるような寒さに、広美の剥き出しの腕や脚には鳥肌がびっしりとたち、広美は体をガクガクと震わせた。そのたびに両手両脚を繋いでいる鎖がジャラジャラと壁にあたる。吊るされた自分の腕を見てみると、所々に鞭で打たれたような跡があり、両脚にも同様の痕跡があった。
「嫌・・・・  何これ・・・  どうしてこんな・・ 」
 カツカツカツ・・・
 その時誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
「誰か来る・・・ 」
 足音は広美がいる部屋の前で止まり、ガシャンという音とともに正面にあった鉄の扉が開けられ、屈強な体型の男が2人入ってきて、広美に近づいてきた。二人の男は牢獄の看守のダボイとヘスだった。
「小娘! 審問の時間だ」
「お願い助けて・・・ お願い・・・ 鎖をはずしてください」
 広美の哀願を無視するかのように、ヘスは連行用の手枷の用意をしていて、ダボイは広美の前に立つと、鞭を持って構えた。
「小娘。審問の前に、ここで少し痛めつけてやる」
 そう言ってダボイは鞭を振り上げた。
「嫌あーっ! ・・・・・・・・・・・・・」

  *    *    *    *

「嫌あぁーっ!」
 広美が叫ぶと同時に、周りの様子が突然変わった。見回してみるといつも自分がいるアパートの部屋の中で、広美はベッドの上で起き上がった状態だった。傍らにある目覚ましを見ると午前4時を回ったところだった。
「夢・・・・・・・   ・・・・・・・・」
 広美はそう呟いたが、自分の両手首に違和感を感じた。触ってみるといつもと違うような感触が感じられた。何だろうと思って電気をつけると、広美の両手首には薄っすらと赤みがかった痣が浮き出ていた。

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「な・・ 何なのこれ・・・ やだ・・・ どうしてこんな・・・ 」
 腕にも線状の痣が所々に浮き出ている。広美は布団を剥がすと、両足も見てみた。すると足首にも手首と同様の痣が浮き出ている。
「これって・・・  夢の中の・・・  私・・・ 壁に繋がれていて・・・ 」
 広美は血の気が引く思いをした。
「そういえば・・  昔こんな事があったような・・・ 確か強い光に覆われて・・・ 」
 広美はかつてのタイムスリップの時の事を思い出したが、その後のことについては、それ以上のことは思い出せなかった。広美は再び布団を被って横になったが、悶々として寝る事が出来ず、そのまま朝になった。

「ふぁあぁ」
「広美ちゃんどうしたのよ。あくびばっかりして」
 大学へ行く途中で、広美はずっと生あくびばかりしていて、心配した春香が聞いた。
「何でもないよ。ただ、寝付けなかっただけだから」
 広美が今朝方見た手首や足首の痣と、腕の鞭の跡は既に消えていた。

 そして今は大学の講義中・・・
 一般教養課程の生体心理学の時間である。広美は寝不足からか、授業を受けながらずっと生あくびを繰り返し、ついにウトウトとしてそのまま寝入ってしまった。気付いた春香が広美の体を軽く揺すりながら、広美の耳元で小声で喋った。
「広美ちゃん。広美ちゃん。起きて。先生がこっちを見てる」
「う・・ う~ん・・・ 」
 春香が揺すっても、広美は起きなかった。講義をしていた教授は、広美が居眠りしているのを見つけたものの、そのまま構わず授業を続けていた。生体心理学の教授は赤羽美樹子といい、この城南大学の出身である。生体医学と人間工学、そして薬学の博士号を持っていて、つい最近教授になったばかりだが、講師として長くこの大学で教鞭をとっていた。赤羽教授の授業内容は厳しい事で有名で、レポートや課題が多かったが、分かりやすくかつ理解しやすいので評判が良く、受講生も多かった。
 授業が終わって学生達がゾロゾロと教室から出て行ったが、広美は眠ったまま起きる気配が無い。春香が心配そうに広美を見つめていると、教授の美樹子が近づいてきた。
「広美ちゃん。起きてったら。先生が来たよ」
「ん・・・・ 」
 広美は目をパチパチとしながら顔を上げた。目の前に立っている美樹子の姿を見て、広美は一気に目が覚めた。
「相原さん!!」
 名前を呼ばれた広美は、反射的にその場で起立した。が、体をふらつかせて、傍にいた春香が立ち上がって広美を支えた。
「相原さん。私の授業は眠くなるくらい疲れるのかしら」
「ち、違います。広美ちゃんは・・ 」
「私は相原さんに聞いているのよ」
 広美はボーっとしたような上の空の表情で、それを見抜いた美樹子は一つため息をついてから広美に言った。
「今日の授業が全て終わったら、私の研究室に来なさい。いいわね!? 」
「は・・・ はい・・・ 」
 美樹子は踵を返すと、教室から出て行った。

  *    *    *    *

 広美はそれから他の授業にも出席したが、その日は授業にならず、最後の授業は出席しないで図書館の片隅で机に突っ伏して寝ていた。そこへ携帯に着信が入り、携帯の振動で目が覚めた。
「んー・・ あ・・ 春香ちゃんだ。はぁい。広美でぇす」
『☆×〇■』
「あ・・ そうだった。ゴメンゴメン。今行くから」
 広美は立ち上がると春香との待ち合わせの場所へと小走りに駆けていった。春香は既に待っていて、膨れっ面をして広美を迎えた。

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「広美ちゃんどうしたのよ。何だかおかしいよ」
「だから寝不足だって」
「そうじゃない。おかしい! 広美ちゃんどうかしてる。一体何があったのよ。保育園の時からずっと一緒だった私には、広美ちゃんの事殆ど分かっちゃうのよ。広美ちゃん絶対おかしいよ」
 春香は、広美の表情から、広美がいつもと違うことを直感していたのだ。
「弱いなぁ・・ 春香ちゃんに言われると・・ 」
「もう・・・ そんな事より、先生に呼ばれてるんでしょ。早く行こうよ」
 広美と春香はゆっくりと歩き出し、美樹子の研究室がある校舎へと向かった。

 コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
 広美と春香が研究室に入ると、美樹子は二人がやってくるのを既に分かっていたかのように、腕組みをして立っていた。
「あの・・ 先生。今日は・・・ 」
「いいからこっちへ来てそこに座りなさい」
 広美は美樹子に促されるままに、美樹子が差し出した椅子に座った。

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「相原さん。あなた・・  何かを抱えているわね」
「わたしが・・ ですか?」
「そう。自分では気付いていないようだけど、あなたには何か思いがけない物を抱えているように感じるのよ」
 美樹子の話に広美は戸惑った。
「最近あった事を私に話して頂戴。嫌なら無理にとは言わないから」
「最近・・・・ っていっても・・・ そうだ。例えば変な夢を見たこととか・・・ それでもいいんですか?」
「夢?」
「はい」
「どんな夢だったの? 覚えている?」
「はい。すごく鮮明な夢だったんで」
 広美は自分が見た夢の内容を美樹子に話した。隣で聞いている春香は『何の事だ』という感じで聞いていた。
美樹子は話を聞きながら黙って考え込んでいたが、立ち上がると棚の鍵を開けて、中から小瓶を取り出し、テーブルの上に置くと瓶の中に入っていたものを広美に渡した。
「寝る前にこれを飲むと良いわ。もしそれでもまた同じ夢を見るようだったら、私の所に来なさい」
 美樹子が渡したものはカプセルに入った薬だった。広美は戸惑いながらも薬を受け取った。

  *    *    *    *

「広美ちゃん。さっきの話一体何なの? 夢の中で暗い牢獄みたいな部屋の中で壁に鎖で繋がれていたとか、見たことも無い人たちに鞭で打たれそうになったとか・・・ 」
「私にも分からないのよ。ただ・・ 」
「ただ・・ 何?」
「あんな鮮明な夢を見たのって、今までそんなに無かったわ。まるで本当にあった事みたいだったのよ」
「起きたら手首と足首に赤っぽい痣が浮き出ていたって?」
 そう言いながら、春香は広美の腕をつかんで眺めた。
「別に何も無いよねぇ・・・ 」
「うん・・ 暫くして気付いたら消えていた・・・・ それよりいつまでもつかんでいないで。周りの人が私たちを見てるよ」
「あ・・ ゴメンゴメン」
 大学から帰宅する間、広美と春香はずっと話しこんでいた。そして自分たちが住むアパートまでやってきた。
「それじゃ広美ちゃん。また明日ね」
「うん。春香ちゃんバイバイ」
 アパートの前で2人は別れて、それぞれの部屋へ向かって歩いて行った。

  *    *    *    *

「うう・・  寒い・・ 寒いよ」
広美は雪の中を後ろ手に鉄の手枷を嵌められ、首にも鎖が付いた重い鉄枷を嵌められて、罪人のように鎖を引かれて歩いていた。 

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「手が痛いよ・・ 首が苦しい・・ うう・・ 重い・・ 歩くのが辛いよぉ」
 両足首にも重い鉄の足枷を嵌められ、延々と雪道を歩かされる・・・・ 少しでも歩みが遅くなると、後ろにいる男が鞭を振るい、容赦なく広美を叩きつける。
「さっさと歩け! 魔女め!」
 バシイッ!!
「アアーッ!」
 さらに前の男が広美の首枷を繋いでいる鎖をピーンと引っ張る
「ああっ」
 やがて広美は拷問塔と呼ばれる建物まで、引き摺られるように連れてこられ、建物の中へ入った。そこには三角木馬やラックと呼ばれる引き伸ばし拷問用の道具があり、また壁には吊り手枷付きのたくさんの鎖が吊るされ、その他の様々な拷問器具があった。広美は後ろ手に鉄の手枷を、首に重い首枷を嵌められたまま、三角木馬の前に引き出された。両足首には鉄球付きの足枷が嵌められ、木馬の上に跨がされる寸前・・・ 
「嫌あ―ッ!!!」

 ドスン!!!!!!
 悲痛な叫び声とともに、広美はベッドから飛び起き、バランスを崩してそのままベッドから床の上に落ちて思いっきり尻餅をついた。
「痛ったぁ・・・・ 」
 我に返った広美は自分の周りを見回した。そこは自分が寝ていた部屋の中だった。目覚まし時計の時刻は午前3時。広美は電気をつけた。
「また夢・・・  嫌・・・ 何でこんな・・ もう嫌・・・ 嫌あーっ」
 広美の両手首には、前よりも鮮明な痣が浮き出ていて、両足首にもくっきりと痣が浮き出ていた。そして首にも違和感を感じて、鏡を見た広美は血の気が引いた。首にも首枷の跡がくっきりと浮かび上がっていたのだ。さらに背中には鞭で叩かれた痛みがかすかに残っていた。怖くなった広美は部屋の電気を消して真っ暗にし、そのままベッドの中にもぐりこんだ。悶々とした思いで布団の中で丸くなって、そのまま朝が来て目覚ましが鳴った。美樹子から貰った薬のおかげで、眠れないという事は無かったが、寝るとまた夢を見るという恐怖感が広美を支配しつつあった。
 朝になってベッドから出た広美は、自分の両手足や首の周りを眺めた。既に痣は消えている。広美は何故そんな夢を見るのか、まだ自分では分かっていなかった。過去に中世のヨーロッパにタイムスリップして、地下牢で鎖に繫がれ、凄まじい拷問にかけられていた事は、まだ広美の記憶として甦っていなかったのだ。

 ピンポーン
 玄関の呼び鈴が鳴って、広美は寝巻き姿のまま玄関の覗き窓から外の様子を見た。外に立っていたのは春香だった。
「春香ちゃんだ」
 広美は玄関の鍵を開けてドアを開けた。春香は広美の恰好を見て、そのまま中に入っていて玄関の戸を閉めた。
「広美ちゃんまだ着替えてなかったの? 早くしないと遅れちゃうよ」
 春香は靴を脱ぐと、広美の手を取って部屋の中に入った。ベッドの様子を見た春香は、昨日の事を思い出した。
「また例の夢を見たの?」
 広美は黙って頷いた。春香は広美をベッドに座らせると、自分もその隣に座った。

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「ねえ広美ちゃん。病院へ行こうよ。きっと何かの病気なんだよ」
 広美は黙って頷いたが、すぐに春香に言った。
「病院より先に、赤羽先生の所にもう一度行く。それでダメなら、春香ちゃんの言う通りにするから。それでいいよね?」
「うん。分かった。そんな事より早く着替えなきゃ」
 春香は広美を煽るように言い、広美はゆっくりと立ち上がると、寝巻きを脱いで下着姿になった。春香は慌てて部屋の外へ出た。
「広美ちゃん。私、外で待ってるから」
 春香は玄関の戸を開けて外へ出た。

  *    *    *    *

 美樹子の研究室にて・・・・
「また例の夢を見たのね」
「はい」
 美樹子は一つため息をついた。
「恐らく・・・ これは私の感だけど、相原さん。あなた過去に夢と同じ事を体験しているのかもしれないわね」
「いいえ。そんな事無いです」
 夢の中の出来事を実際に経験していたという事は、広美の記憶には無かったが、広美の話を聞いた美樹子は、広美の記憶が何らかのショックで封印されていると見抜いた。
「きっと何かのショックで過去の記憶が封印されているのかもしれないわ。だからあなたは覚えていないのよ。その記憶を甦らせて真相を探る事は出来るけど、あなたにとっては衝撃的な事になるかもしれないわね」
広美は黙って話を聞いていた。
「どうする? 相原さん」
「どうするって・・・ 」
「あなたが抱えているものを引っ張り出して、つまりあなたの封印されている記憶を甦らせて、夢の正体を暴くのよ。それがあなたにとってプラスになるのかマイナスになるのかは、あなた次第だけどね」
「記憶を甦らせる・・ そんな事出来るんですか?」
「出来るわよ。だからあなたに聞いたのよ」
 広美は黙って考え込んでいた。自分の見た夢の正体を見たいという願望と、そんな事をしたら大変な事になるのではないかという恐怖感が交錯していた。が、何かを振り切ったかのように、美樹子に言った。
「探る事が出来るんなら、お願いします。私・・ 自分が見た夢に悩まされるのに、もう耐えられないんです」
「分かったわ。それじゃ私と一緒に来て」

 広美は美樹子に連れられ、春香と一緒に廊下を歩いて、『神尾信次研究室』というプレートが張られた部屋の前で止まった。春香がそれを見てびっくりしたように言った。
「こ、この人・・・・ 確かこの大学の名物教授で、死神博士とかいうあだ名の」
「しっ・・・ 春香ちゃん失礼だよ」
 美樹子がドアをノックすると、中から低くて気味の悪そうな声が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
 先に美樹子が入り、続いて広美と春香も室内に入った。が、室内を見渡してみると、これといったおかしな様子は無く、普通の研究室と同じ様相だった。ただ、神尾教授の姿恰好が広美と春香の目を引いた。神尾教授は先ほど春香が言ったように、死神博士というあだ名があった。城南大学の名物教授で、生体医学・人間工学・生体心理学に生体生理学の四つの博士号を持っていて、さらに超自然現象研究の世界的権威でもあった。その一方で世間一般で言う『変わり者』であり、一見不審者にも見られがちな行動をしたり、おかしなスタイルで講義をしていたりと、とにかくここでは説明しきれないほどの人物だった。だが、この教授は学内で人気があり、受講生も多くて、広美もこの教授の講義を選択していた(春香は学部が違うので選択していない)。死神博士というあだ名は、その風変わりな行動やスタイルから来ていて、かつ仮面ライダーに登場するショッカーの幹部の死神博士に容貌が似ているからであった。

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「赤羽教授。何か御用かな?」
 神尾教授はゆったりとした低い声で喋った。
「神尾教授。この子が先日お話した相原さんです」
 そう言って美樹子は広美の方を向いた。神尾は美樹子の後ろに立っていた広美の傍へ来ると、広美を上から下へ眺めるようにジッと見つめた。
「君が赤羽教授の言っていた、相原君だね」
「は、はい。相原広美です。先生の授業にも出ています」
「ああ・・ よく分かっておるよ。君は私の授業にキチンと出席しておるし、レポートや課題もしっかりとまとめて提出しておるね。君のレポートの内容は非常に分かりやすいから、私も読みがいがあるのだよ」
「あ、ありがとうございます」
「ま・・ それはさておき・・・  変な夢を見て悩まされておるとな。赤羽教授から大体の事は聞かせてもらった。そこでだ。私がその夢の内容を分析して、君が抱えているものを導き出してあげよう。ただし、結果によっては君にとって衝撃的なものになるかもしれないがな」
「はい。お願いします。私、このまま夢で悩まされるのに耐えられないんです。もし夢の中身が分かるのなら、どんな結果になっても良いですから」
 神尾は一息ついてから、広美に言った。
「うむ・・・・  よろしい。それでは明日の午後一番に、私の実験室に来なさい。それまでに準備をしておこう」
 神尾はそう言うと、机の上においてある電話の受話器を取って電話をかけ始め、暫くすると相手が出た。
「ああ・・ 。私だ。明日の午後、相原広美という女子学生の、夢の分析と実験を行うから、明日の昼までに段取りをしてくれたまえ」
「・・・・・・」
「ああそれと・・ 君も助手として私についてくれたまえ」
「・・・・・・」
 電話を置いた神尾は、広美の方を向いた。
「相原君。それでは明日の午後に」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」

  *    *    *    *

「よかったね広美ちゃん。これで怖い夢に悩まされなくなるじゃない」
 事情を知らない(本当は春香も同じ体験をしているのだが、春香の夢の中には広美が見たものは出てきていない)春香はあっさりと言った。
「でも・・ まだ怖いのよ。赤羽先生から貰った薬で、寝る事は出来るんだけど、夢から逃げられないのよ」
「大丈夫だよ。あの先生だったらきっと解決してくれるって」
 春香は広美を安心させようと一生懸命だったが、広美はその傍らで黙って話を聞いていた。

  *    *    *    *

「うう・・・ 寒い・・ 体が凍りそうだよ・・ 痛いよ・・ 誰か鎖をはずして・・ 手が痛い・・ 足が痛いよ・・ お願い誰か助けて・・ 」
 広美は暗い地下牢の中で、突き刺さるような寒さに、その小さな体を震わせていた。両手首は鉄の手枷が食い込むように締め付け、体が震えるたびにジャラジャラと鎖が壁にあたり、広美の嗚咽が室内に響く。その時足音が聞こえてきて、広美は体を強張らせた。
「誰か来る・・・ 私を拷問しに来たんだわ・・ もう嫌。助けて・・ 拷問なんていやだよ」
 しかし足音は複数のものではなく、また音も小さかった。やがて広美の独房の前で足音が止まり、扉の鍵を開ける音がして、扉が開いた。入ってきたのは親友の春香だった。

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「は、春香・・・ ちゃん・・・ 」
「広美ちゃん! 」

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 お互いが驚いてお互いを見つめ合った。春香の両手にも手枷が嵌められている。春香は壁に鎖で繋がれている広美の姿を見て、広美の元に駆け寄り、そのまま抱きついて泣きじゃくった。その瞬間、広美の目の前が真っ暗闇に包まれ、何も見えなくなったと同時に、広美は意識を飛ばした。
 広美はベッドの中で魘されていた。が、静かになったと思ったら、スースーと寝息を立てながら何度か寝返りをうってそのまま動かなくなった。美樹子から貰った薬のおかげで、深い眠りについたのだ。

  *    *    *    *

 ピピピピピピ
 目覚ましの音で、広美は目が覚めてゆっくりと起き上がった。現在午前七時。同時にピンポンピンポンと、けたたましく呼び鈴が鳴る音で、広美はベッドから飛び出ると、玄関に出て覗き穴から外を見た。
「一体誰よ。こんな朝早く・・・ 」
 外には春香がすごい形相で立っていた。広美がドアを開けると同時に、春香が飛び込んできて広美に抱きつき、その反動で広美は後ろにひっくり返り、その上に春香が乗っかってきて、広美を押し倒したような恰好になった。
「痛たたたた・・・ 何よ春香ちゃん。朝っぱらから」
「ご、ゴメン広美ちゃん。それより何か飲ませて」
 広美は立ち上がると、冷蔵庫の中からペットボトルのお茶を出し、春香は引っ手繰るように取ると一気に飲み干した。春香の顔色を見た広美は、春香に聞いた。
「どうしたのよ一体。顔が真っ青だよ」
「わわ・・ 私も・・・ 私も広美ちゃんと同じ夢を見たのよ」
「春香ちゃんも?」
「うん・・ 私も両手に鉄の手錠を嵌められていて、それで壁に繋がれている広美ちゃんがいて・・・ 」
 そのあとはもう言葉になっていなかった。春香はそのまま広美に抱きついて、大泣きした。
「春香ちゃん落ち着いて。今日、神尾先生が謎を解き明かしてくれるんだから。そうすれば大丈夫だから」
 広美は春香の頭を撫でて宥め、ようやく春香は泣き止んで落ち着きを取り戻した。そこで広美は自分が寝巻き姿なのに気付き、あわてて春香を部屋に入れて扉を閉めた。幸い誰も傍を通らなかったので、自分たちの様子を見られるという事はなかったが・・・・
「広美ちゃん。トイレ貸して」
 緊張が解けたのか、春香はそう言うと、そのままトイレに駆け込んだ。暫くして春香がトイレから出てくると、広美は部屋の中で着替えを終えて机の前に立ち、ナップザックに教科書やノートを入れて、大学へ行く用意をしていた。
「広美ちゃんゴメンね。取り乱して」
「いいから。あっ」
「どうしたの広美ちゃん」
「ストッキング伝線してるよ」
 春香は自分の脚を見た。膝のすぐ下から太股にかけてストッキングが伝線している。

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「え? やだ・・・ 。きっとさっき転んだ時だわ」
 広美は箪笥の引き出しを開けると、そこからストッキングを取り出して春香に向けて放り、春香は両手で受け取った。
「それ。まだ履いてないから使っていいよ」
「ありがとう。ゴメンね」
 春香がストッキングを履きかえている間、広美は春香の方を見ないで、黙々と大学に行く用意をしていた。

  *    *    *    *

 その日の午後・・ 広美と春香は美樹子の案内で神尾教授の実験室にやってきた。実験室は研究棟の中にあるのではなく、大学構内の片隅にある平屋建ての一軒家の中にあった。建物は鉄筋コンクリートで出来ていて、ここは周りを木々に囲まれ、あたかも周囲から隔離されているように佇んでいて、まるで悪の組織のアジトのような感じを醸し出していた。その事が神尾教授のあだ名をさらに引き立てていた。神尾はこの一軒家を大学から買い取り、自分の実験室として使用していたのだ。出入り口の扉は開放されていて、三人がやってくると、それを待っていたかのように、長身で金髪の長い髪をした女性が出迎えた。この女性はドイツ人で、名前をフィーナ・シュタインベルクといい、ドイツの大学から城南大学に留学している留学生で、現在神尾教授の助手をしていた。日本に来てかなり経過していたので、日本語もかなり話す事が出来た。フィーナは広美を見ると、広美の前に来た。

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「いらっしゃい。あなたが博士の言っていた相原さんね」
「はい。理工学部2年の相原広美です」
「はじめまして。私は神尾博士の助手をしている、フィーナ・シュタインベルクといいます。よろしく」
「こちらこそよろしく」
「フィーナさん。こんにちは」
「こんにちは赤羽教授。さあ皆さんどうぞ。博士は実験室でお待ちしております」
「ありがとう。それじゃお邪魔します」

  *    *    *    *

 建物に入って廊下を歩いていると、実験室と書かれた部屋が見えた。
 コンコン・・・
 先頭にいたフィーナは、ドアをノックしてからドアを少し開けた。
「博士。皆さんが来ています」
「うむ・・ 入りたまえ」
「どうぞ」
 フィーナはみんなを促すように中へ入れると、一番最後に部屋に入ってドアを閉めた。実験室の中は意外と広く、手術室にあるようなベッドが一つ。机が一つと椅子が二つあるだけで、あとは見た事も無いような機材が並んでいた。神尾は昨日の変なスタイルとはうって変わって、ノーマルな白衣のスタイルだった。
「相原君。そこのベッドに横になりたまえ」
「はい」
「それから君たちはそちらの椅子へ」
 神尾は美樹子と春香を促し、二人は椅子に座った。広美はベッドの傍に来ると、靴を脱いでベッドに横になった。神尾はフィーナに合図し、フィーナは広美の傍に来て、近くにあった移動式機材の一つを広美の傍に持ってきた。その間神尾はモニター画面を操作し、大型のコンピューターを起動して、ケーブルを机の上にあるモニターとパソコンに接続した。さらにフィーナはベッドに付けられている二本のベルトで、広美の胸の下と足首の辺りを固定した。
「実験の間だけだから我慢して。暴れたり寝返りをうたないように、こうやって固定するの」
「はい」
「博士。こっちの方は準備出来ました」
「よろしい。それではこれを相原君に」
フィーナは広美の両手首にケーブルが付いた皮製のベルトを巻き、マジックテープで止めた。

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「手首が少しチクッとするけど、すぐおさまるから」
 そう言ってフィーナは手元にあったスイッチをオンにした。
「キャッ」
 広美は声を出すと同時に体を少しビクンとさせた。ケーブルから微弱な電気が流れたのだ。続いて神尾は広美の傍に持ってきた機材に繫がっている、ヘルメットのような物体を広美の頭に被せた。そしてモニターのスイッチを入れ、端末のスイッチを次々とオンにした。広美の頭の上にある物体が眩しく光って点滅し、広美は次第に意識が朦朧としてきて、ついに意識を投げ出して深い眠りについた。
「博士。相原さんが睡眠状態になりました」
「よし。解析機のスイッチを入れるんだ」
 フィーナは神尾が言ったスイッチをオンにした。低い唸りのような音とともに、広美の頭の上にある物体が点滅し続け、メインコンピューターのランプも点滅する。その様子を春香は不安そうにジッと眺めていた。
「(広美ちゃん大丈夫なのかな・・ )」

  *    *    *    *

「ん・・・  んん・・  う~ん」
 眠っている広美の口から吐息とともに声が出てきた。神尾とフィーナはモニターに出てくる画像をジッと見ている。やがてモニターに薄っすらと建物のような画像が現れ、神尾は接続していたパソコンのキーを叩いてから、DVDの録画スイッチを入れた。
「うむ・・ 画像がはっきりと出てきた」
「これは・・・ ?」
「う~ん・・・ 城のようだな・・ それもかなり古い・・・ 一体何処なのだ」
「周りの景色は雪が降っていて見づらいですね」
 広美は横になった状態で時々体をビクンとさせていた。が、固定しているベルトのおかげで、ベッドから落ちるということは無かった。やがて画像には石造りの部屋が映し出された。そしてジャラジャラという金属のすれる音とともに、呻き声が聞こえてきた。
「フィーナ君。アングルを変えてみよう。声の正体を確かめるのだ」
「はい」
 フィーナはモニターを操作して、画像のアングルを変えた。モニターの中で部屋の中が動き、壁に鎖で繋がれている一人の少女の姿が映し出された。姿恰好は白の半袖のブラウスに紺色の吊りスカート。それは牢獄で繋がれている広美そのものだった。神尾はベッドの上の広美の方をチラッと見た。
「この少女は相原君の過去の姿だ。一体何故こんなものが映るのだ・・・・」
 そばで見ていたフィーナは、繋がれている広美の姿を見て何かを感じた。
「(この子・・ それにこの恰好・・ 見たことがある」
「ひ、広美ちゃん! これは広美ちゃんだわ」
「シッ。綾瀬さん。静かに見ていて」
 春香が叫んだのを、美樹子が止めた。広美がベッドの上で体を激しくビクンビクンとさせた。夢で魘されているのだ。神尾がモニターを操作する傍らで、フィーナは広美の体調の状態を表すグラフと数字を見据えていた。
「博士。誰かが部屋に入ってきました」
 2人の大柄な男が部屋に入ってきて、繋がれている広美の前に立った。そのうちの一人が広美を繋いでいる手枷を外し、広美はそのまま床の上に崩れ落ちた。そしてもう一人が広美を立たせると、両手に手枷を嵌め、連結された鎖を引いて広美を歩かせた。神尾とフィーナはジッと成り行きを見ていた。石造りの回廊を罪人のように鎖で引かれて連行され、やがて建物の外へ出る様子が映し出される。外は真っ白で雪が降っている。
「うう・・  さ、寒い・・・ 助けて・・ 」
 傍らで広美が声を漏らした。フィーナが見ると、広美はガクガクと体を震わせている。画面には真っ白な冬の雪道を、鎖で引かれて歩く広美の姿が映っている。
「はぐうっ! ああっ!」
 広美が突然叫び声とともに体がベッドの上で飛び上がるようにガクンと跳ねた。モニターには男の一人が広美の後ろから鞭で叩きつけている様子が映っている。広美の体はさらに暴れるようにガクンガクンと揺れ、手首と足首には赤い痣が浮き出てきた。春香が立ち上がって広美の傍へ駆け寄った。
「広美ちゃん。広美ちゃん!」
 春香は神尾の方を向いて言った。目には涙がたまっている。
「博士。もうやめてください。このままじゃ広美ちゃんが死んじゃう」
 フィーナと美樹子が取り乱している春香を抑えた。
「綾瀬さん落ち着いて。大丈夫だから」
 フィーナは広美の体調グラフを見た。メーターが上がり、赤色の光が点滅している。
「博士。これ以上は無理です。もう汗びっしょりで、呼吸・脈拍ともに限界に近づいています」
「う~む・・・・ 仕方が無い。今日はこれで打ち切りにしよう」
 神尾はパソコンにデータをリンクし、これまでの記録を全て記憶させた。スイッチがオフになり、うなされていた広美は静かになった。
「フィーナ君。点滴の用意」
「はい」
 フィーナは点滴の道具を持ってきて広美の傍に置くと、固定していたベルトと手首のベルトを外し、広美の腕に消毒液を浸してから、点滴の針を刺した。
「これで大丈夫。続きは明日やろう」
「嫌だ。もうやめて。これ以上広美ちゃんが苦しむのを見たくない」
「はる・・ ちゃ」
 目を覚ました広美が春香を呼び、気付いた春香は広美の方を見た。広美は手で春香に傍へ来るよう合図をしていた。
「春香ちゃん・・ 止めないで。これは私が望んだ事なんだから」
「ダメよ。これ以上やったら広美ちゃんが死んじゃうよぉ」
「大丈夫だってば。私はどうしても、自分の無くした過去の記憶をたどりたいの。分かって頂戴。春香ちゃんも私と同じ夢を見たんでしょ?」
 春香は大粒の涙を流しながら、広美の言う事にウンウンと頷いていた。
 
  *    *    *    *

 翌日の午後・・・
 昨日と同じように、広美は神尾の実験室でベッドに横になっていた。器具が光って点滅し、モニターには広美が過去に体験した出来事が写し出されていて、もう一つのモニターには広美の体調を表すグラフと数字が出ていた。今日は春香は一緒ではなかった。春香はこの時間は講義があり、また広美が春香を心配させないように、実験の時間が変更されたと嘘をついていたのである。昨日と違って、広美は意外と落ち着いていて、体の動きも少なかったので、実験と解析はスムーズに進んでいた。神尾とフィーナは時々広美の様子を見ながら、機器の操作を続けていた。
「博士。今日は比較的落ち着いているみたいですね」
「うむ・・ 慣れてきたのであろう。赤羽君の薬も効いているに違いない。それにしてもこれはかなりショッキングな体験だな。相原君はこんな事を過去に体験していたのか。しかも中世のヨーロッパへタイムスリップとはな・・・  そういえばフィーナ君。確か君も同じような境遇に陥ったと言った事があったな」
「はい。私も・・・ (私も昔、中世にタイムスリップして・・ 確かあの時修道院のシスターに拾われたんだっけ・・・ そして院長の勧めで修道女になって・・ そうか。相原さん、いや広美ちゃんはあの時の女の子だったんだわ・・・ )」

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 モニターには、凄まじい拷問の様子と、絶叫して悶絶する広美の姿が映し出されている。フィーナは神尾とともに、モニターの画面を食い入るように見ていた。フィーナの目からはツーッと涙が流れ落ちていた。
「かわいそう・・・ こんな酷い目にあってもジッと耐えていたなんて・・・ 」

 さらに次の日も同じ実験と解析が繰り返され、ある程度のデータが蓄積されて、神尾は納得したように一つため息をついた。今日は春香も付き添っていた。が、心配していた広美は静かにベッドに横になっていたので、安堵感からか、ジッと成り行きを見守っていた。
 全ての電源が止められ、神尾は周囲にあった機材や道具を、フィーナとともに片付けた。広美はいつものように、実験終了とともに点滴を受けていた。
 広美が目を覚まして起き上がると、春香が駆け寄ってきて飛びついた。
「広美ちゃん良かったね。これで終わりだって」
「春香ちゃん。そんなにきつく抱きしめられたら苦しいよ」
「あ・・ ゴメン」
 春香は広美から離れた。そこへ神尾がやってきた。
「相原君。今日で一通り終わりだ。データを整理して、解析した内容を君に知らせるから・・・ そうだな。3日あればいいだろう」
 神尾は壁のカレンダーを見た。
「3日後は日曜か・・・ 。それでは来週の月曜に結果を教えるから、私の研究室に来たまえ。時間は追って知らせる」
「分かりました。ありがとうございます」
 広美は神尾に一礼すると、春香と一緒に実験室の建物を出た。

  *    *    *    *

 広美は自分の部屋で、春香と一緒にテレビを見ながらコーヒーを飲み、お菓子を食べていた。春香が広美の事が心配でたまらず、一緒に寝るといって聞かないので、広美は仕方なく春香の我侭に付き合うことにしたのだ。そんな事が3日も続いて、今は日曜の夜。
「ねえ・・ 広美ちゃん」
「何? 春香ちゃん」
「私まだよく分からないんだけど、あの実験は広美ちゃんの夢の分析なんだよね」
「うん」
「何で小学生の頃の広美ちゃんと私が出てきて、広美ちゃんがあんな惨い事されてるんだろうって・・ それに私まで同じ様な事されて・・・ あんなの絶対に嫌だよ」
「私もまだよく分からないのよ。ただ・・ あの時・・ 」
「あの時って?」
「ほら。10年位前だったかな・・ 春香ちゃんと一緒に学校から帰る途中で、強い光を浴びた事があったじゃないの」
「うん。よく覚えているよ。道端で倒れてる広美ちゃんを見つけたんだよね」
「あの光を浴びて、別の世界へ行っていたような感じがするのよ・・・ あっ」
「どうしたの?」
「もう12時になっちゃうよ。そろそろ寝ないと。明日は朝一番の講義があるのよ」

  *    *    *    *

 広美と春香は草原の上を二人で手を繋いで歩いていた。そこが何処なのかは二人とも分からなかった。勿論二人が育った渚島の風景ではない。どちらかといえば、タイムスリップした中世のヨーロッパの風景に近かった。
「ねえ広美ちゃん」
「何? 春香ちゃん」
「私・・ 広美ちゃんと一緒にいられて、すごく幸せだよ。私、広美ちゃんが大好き」
「私も。春香ちゃんが好きだよ」
「嬉しい」
 そう言って春香は広美に抱きつき、唇を重ねた。
「んんん・・・ 」
 広美は春香にキスされて顔を真っ赤にし、春香は広美と唇を重ねたまま、広美を押し倒した。
「ちょ・・ ちょっと春香ちゃん。キャッ」
 広美は春香を引き離そうとしたが、春香はガッチリと広美に抱きついているので、引き離す事が出来ない。
「広美ちゃん大好き。好きすぎて・・ 絶対離したくない」
「春香ちゃん。そんなにギューギュー抱きしめないで。く、苦しい・・・ は、はる・・ ちゃ」

 ピピピピピ
「え?」
 目覚ましの音で広美は目が覚めて我に返った。
「夢・・・・ って・・ これって・・ 」
 目覚めた広美の上に春香が覆いかぶさるように抱きついていて、春香の両腕は広美の体に絡みつくように広美を抱きしめている恰好になっていた。春香はというと、広美の胸に顔を埋めた恰好で可愛らしい寝息を立てて眠っている。
「春香ちゃん起きて。朝だよ。はるちゃ!」
「え・・・  ひろ・・み・・ ちゃ・・・ん・・ 大好き・・・」
「寝ぼけないで。起きてったら!」
 春香が目を覚ました。
「広美ちゃんおはよう」
「何でもいいからはやく離れて。そんなにギューギューされたら苦しいよ」
「あ・・ ゴメンゴメン。寝相悪くて」
 ようやく春香が離れて、広美は伸びをしてから深呼吸した。春香は立ち上がると、ジャージ姿のまま玄関へ向かった。
「広美ちゃん。私、部屋へ行って着替えてからまた来るから」
「分かった」
 春香はそそくさと扉を開けて出て行き、広美は膨れっ面をしながら寝巻きを脱いで着替え始めた。


 広美は神尾博士の実験で、タイムスリップした時の体験の記憶が全て甦っていた。しかし美樹子に貰った薬(精神安定剤の一種)が効いてきてからは、悪い夢を見ることは無くなった。

  *    *    *    *

 その日の夕方、広美は春香と一緒に神尾博士の研究室にいた。二人とも今日の授業は全て終わっていて、神尾も今日の講義を全て終えていた。神尾は広美と春香を椅子に座らせると、実験と解析のデータを机の上に置いた。
「相原君。まあ見てみたまえ」
 神尾は広美を促した。
「君が夢の中で見たものが全て、そのデータの中にあるぞ」
 広美は神尾に渡されたデータを、春香と一緒に眺めた。広美も春香も身体が微妙だがブルブルと震えていた。
「間違いないです。私が夢の中で見たものです。それに・・・ 私、自分が中世のヨーロッパにタイムスリップした事を思い出したんです」
「うむ・・・ それにしても凄まじい体験だな。データによると、君たちは約半年の間、中世のヨーロッパにタイムスリップしていた事になる」
 広美と春香は生唾を飲んだ。
「そして再度のタイムスリップにより、君たち二人は現代・・・ つまり今から10年前の君たちの世界に返ってきたわけだが、 その段階で君たち二人は、半年間の出来事の全てが記憶から消し飛んでしまった。そして最近になって再びそれが二人の夢の中でフラッシュバック現象を起こして甦ったというわけだ」
「どうしてなんでしょう? 今頃になってそんな事が」
「今からその事について説明しよう」
 神尾は立ち上がると、部屋の端にあったホワイトボードを持ってきた。
「まずこの線が君たち二人の人生の過程だとする」
 そう言って神尾は線を引いた。
「その人生の過程の中で、ここで君たち二人はタイムスリップをした。その先は中世のヨーロッパ。そしてそこで君たちはそこにあるデータにあるような体験をしていた。その期間が約半年」
 神尾は最初に引いた横線に交差するように縦線を引き、横線の下にもう一本横線を引いた。
「そして君たち二人が再度のタイムスリップで元の世界に戻った。それがここ」
 神尾は最初のタイムスリップの場所に赤丸をつけた。
「分かりやすく言えば、君たちがタイムスリップして中世のヨーロッパへ飛ばされた時と、再びタイムスリップして元の世界に返ってきた時の時間と時刻が同じだという事なんだ。これは私の仮説だが、飛ばされた時刻と戻ってきた時刻が同じという事は、君たちの半年間の体験が、時間の凝縮現象によって歪められ、圧縮された・・・ ということなのだ」
 神尾は赤丸の部分を指差しながら、今度は両手を少し広げてからゆっくりと手を合わせた。
「その現象によって記憶が押し潰されて飛ばされたのであろう。何か心当たりがあるだろう」
「はい・・・ 確か・・ 強い光を浴びた時までは分かっていたんだけど、気がついたとき、春香ちゃんが私の目の前で叫びながら泣いていたのを覚えています」

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「その段階では、君たち二人の記憶は既に消し飛んでしまったあとなのだな」
「はい。別の世界へ行っていたような気はしたんですけど、何も覚えてなかったんです。でもまだ、はっきりしないんです。確かにタイムスリップして酷い体験をした事は思い出したんだけど、どうしてこんな事になったのか分からないんです」
「それは、さすがの私でも分からんね。タイムスリップした理由まではね・・・ フラッシュバック現象にしても、個人差があるのだ。君たちの場合は最近になって現れ始めたという事しか、現時点では分からない」
 コンコン
 扉をノックする音が聞こえた。
「入りたまえ」
「失礼します」
 そう言って入ってきたのは美樹子だった。美樹子は入ってくると、広美と春香が座っている向かい側の椅子に座った。
「私もデータを一通り見させてもらったわ。相原さん、データの記述の中にトリステルとシュタイニバッハという表記があったのよ。心当たりはあるかしら」
広美は無言で首を横に振った。代わりに春香が聞いた。
「それ・・ 何なんですか?」
「名前からすると地名だと思うわ。多分ドイツかオーストリア・・・ 」
「地名?」
「あ・・・ 」
「どうしたの? 広美ちゃん」
「トリステルで思い出した。確か修道院の名前だったわ。私が牢獄に繋がれていたとき、その修道院の人とあったことがある。確か・・・ 名前がフィーナって・・ ああっ」
 広美は我に返って素っ頓狂な声を出した。先日出逢った神尾の助手の名もフィーナだったからだ。ここで神尾は、広美にとって衝撃的な事を広美に言った。
「相原君。私の助手のフィーナ君と、君が出会った事があるフィーナという女の子は同一人物だ」
 神尾の言葉に広美は固まった。春香は、黙って聞き流していた。神尾は話を続けた。
「実は、フィーナ君も君と同じようにタイムスリップしたのだ。そして牢獄で君と出会った」

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「フィーナさんが・・・  あの時のフィーナちゃん・・・ それで・・ フィーナさんは今日はいないんですか?」
「フィーナ君は一昨日、留学期間が終わってドイツの大学へ戻るために日本を離れた。これを君に渡してくれるよう、フィーナ君から頼まれている」
 神尾は封書を広美に渡した。中には手紙と略図のようなドイツの地図が入っていた。広美は封を開けて中の手紙を読んだ。春香が覗き込んだが、ドイツ語で書かれていたので、春香には分からなかった。
「(広美ちゃんすごいな・・・ ドイツ語が読めるんだから)」
 一通り読み終えた広美は、手紙を封の中に入れて机の上に置くと、神尾を見て言った。
「驚きました。フィーナさんが私たちと同じ境遇だったなんて」
「ねえ広美ちゃん、それでなんて書いてあったの?」
「出来る事なら、私にシュタイニバッハに来るようにって。そうすれば私たちの事でさらに詳しい事が分かるかもしれないって書かれていた」
「どうだね。行ってみるかね相原君」
「はい。出来る事なら。でも・・・ 」
「どうかしたかね?」
「お金が・・・  私や春香ちゃんの経済力じゃ、ドイツへ行くだけのお金が無いです」
「そうだよね。私たちがやってるコンビニのバイトじゃ、生活費しか賄えないし。学費は実家からの仕送りだし・・・  でも・・・ もっと割りの良いバイトをすれば、短期間でお金が稼げるかもしれないな・・・ 」
「春香ちゃん。割の良いバイトって・・ 。ねえ、はるちゃ! もしかして、キャバレーのホステスとか、そんな事考えてるんじゃないでしょうね?」
「そうじゃないよ。前にクラスの友達から聞いたんだけど、『バキュームカーのタンクの清掃』と、『火葬場の煙突掃除』と、『解剖した人間の死体洗い』は、すごくお金が良くて、短期間で稼げるんだって」
「バカ!! そんなもん出来るか!!」
 広美は顔を真っ赤にして怒って春香に言った。
「冗談だってば。広美ちゃん。そんなに怒らないでよ」
 そこへ美樹子が口を挟んだ。
「相原さんに綾瀬さん。二人してこんな所で漫才なんかしないで。割の良いアルバイトだったら、私が紹介してあげるわよ」
「え? 赤羽先生が?」
「そう。悪い仕事じゃないわよ。相原さん。どうする?」
「雇い主は君の目の前にいる」
 不気味そうな低音の声で、神尾が喋り、驚いた広美は神尾を見た。
「博士が・・・ ですか?」
「実は、フィーナ君がいなくなって、新しい助手を探しているんだが、適任者がいないのだよ。それで、君さえよければ、私の助手をやってほしいのだ、君は私の講義を二つも取っているし、いや・・ 去年からだと三つだな。提出するレポートの内容も成績もまずまずだからね。是非頼みたい」
 広美は自分が体験した事をもっと詳しく知りたかったので、何としてでもドイツへ行きたかった。それで迷わず返事をした。
「やります。博士。是非助手にしてください」
「うむ・・・」
「広美ちゃん。それじゃコンビニのバイトはどうするの? 広美ちゃんがいなくなったら、私一人になっちゃう」
「コンビニのバイトはやめる。掛け持ちなんてとても出来ないし」
 春香はガッカリしたような顔で広美を見た。
「綾瀬さんは私の元で手伝いをしてくれないかしら。綾瀬さんのことだから、相原さんと一緒に行くって言うだろうし。どうする? 報酬はちゃんと出すわよ」
「お、お願いします」
 春香は自分もドイツへ行きたいばかりに、二つ返事でオーケーした。
「これで決まったな。相原君。それでは早速来週の月曜からやってもらおうか。それで、君の授業の時間割を私に提出したまえ」
「綾瀬さんも私の方に出して」
「はい」
「わかりました」

  *    *    *    *

 そして一週間が瞬く間に過ぎ、今日はその月曜日。広美は今日は神尾の授業がある(生体工学概論のゼミ)のだが、授業の前に研究室に呼び出されていた。広美は自分自身の希望で、神尾に言われた翌日の火曜日から研究室に入り浸りになり、神尾の仕事の手伝いと身の回りの事をやっていた。助手になるならば、いい加減な気持ちでは勤まらないと悟った広美は、正式に助手になる前に、少しでも仕事を覚えようと必死で神尾についていった。
「うむ・・・ このレポートはよくまとまっているな。よし。これを今日のゼミで使う事にしよう。さあ行こうか」
 神尾は広美を促し、広美を伴って研究室を出てゼミの教室へと向かっていった。神尾の恰好は相変わらず奇抜で、いわゆるコスプレであり、常に学生達の目を引いていた。勿論広美や春香も然りである。今日も自分に付けられたあだ名の、死神博士のスタイルだった。


 その日の夜。大学から帰ってきた広美は自分の部屋へ戻ってくると、服のままベッドに横になり、そのまま寝入ってしまった。これまでのスケジュールが、広美にとっては激務だったため、ついに今まで溜まっていた疲れがドッと出たのだ。


 それからどれくらい時間が経過したのか・・・
 広美は目を覚ました。室内の照明はそのままだったので部屋は明るい。
「いけない・・・ 私寝ちゃったんだわ」
 時計を見ると、午前1時を回ったところだった。広美は慌てて服を脱ぎ、下着姿になって風呂場へ行こうとして、ふとテーブルの方へ目をやった。テーブルの上にはコンビニの袋と書置きが置かれていた。
「あれ? 私、今日買い物してないな・・・ これは?」
 そう呟きながら広美は書置きを見た。
『遊びに来たけど、広美ちゃんが可愛い寝顔で寝ているので、これ置いて帰るね。追伸 そのままだと風邪引くよ。 春香』

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「春香ちゃんか・・・ 心配してくれてありがとう・・ 」
 広美は一つため息を付くと、風呂場へ行ってシャワーのバルブを開き、着ていたものを全部脱いで脱衣場の籠の中に入れると、風呂場の戸を閉めた。

  *    *    *    *

 とにかく最初の一ヶ月間は広美にとっては、拷問に等しいくらいの苦痛の連続だった。苦痛は肉体的なものでなくて、精神的なものだったが、帰ってくるなりベッドにバタンキューというパターンが続いた。神尾の行動は、普通の人では計り難く、何時どんな行動に出るか分からない、また何時何をしでかすか分からないという、奇抜さを通り越して不気味ささえ醸し出していたので、広美としては神尾の行動についていくのがやっとだったのだ。そんなある日の事、広美は研究室でパソコンを眺め、書類を整理しながら呟いた。
「あー・・ しんどい・・ しかし・・ フィーナさんも博士によくついていけたわね・・ 」
「ン? 相原君・・・ 何か言ったかね???」
「え? あの・・・ な、何でもありません」
「ちゃんと聞こえているぞ」
 神尾は超低音のドスの効いた声で言った。
「ご、ごめんなさい」
「別にいいよ。今の君がフィーナ君の代わりをするのは大変だろうが、頑張ってくれたまえ」
 広美はすまなそうな顔で神尾に向かって頷くと、再びパソコンの画面に目をやった。
「(とにかく何が何でも博士についていくしかない・・  ここまできたら、投げ出したり音を上げるわけにはいかないわ。何だかわかんないけど、フィーナさんには負けたくない・・・ )」
 広美は意外と勝気な所があり、一度引き受けたものは何が何でもやり通すという、強い責任感があったので、その感情と精神力が広美自身を支えていた。ちなみに、その広美の性格が、かつて受けた酷い仕打ちに耐え続けていたということを裏付けていた。

  *    *    *    *

 そして何だかんだで一ヶ月が過ぎた。この頃になると広美はまだまだフィーナほどではなかったが、神尾の行動力をほぼ完全に把握し、ある程度は神尾の次の行動を読めるくらいまで成長していて、神尾にしっかりとついていけるようになっていた。
 そんなある日、広美は雨が降りしきる様子を、研究室の窓から眺めていた。梅雨空のジメジメした憂鬱な天気だった。
「あ~ぁ・・・・ このごろ春香ちゃんとすれ違いが多くなっちゃった。会えるのは同じ授業の時くらいになっちゃったな・・・ 」
広美と春香のスケジュールが違っていたので、お互いが会う機会が少なくなってしまっていた。
「春香ちゃん・・ 赤羽教授の手伝い、ちゃんとやってるのかな・・・ 」

  *    *    *    *

 そしてさらに一ヶ月が過ぎた。今、大学は前期試験の真っ最中だった。試験が終われば学生は夏休みに入るのだが、広美は神尾博士の助手、春香は赤羽教授の手伝いをそれぞれやっていたので、他の学生のようにバカンスを満喫などという楽しみには程遠い状態だった。
 そんな中での昼下がりに、広美と春香は学食で久々に会って食事をしていた。
「広美ちゃん。髪伸びたね」
「うん・・ 美容院に行ってる暇が無かったから。伸びすぎちゃった」
「それはそうとして、一昨日は何の日だったか知ってる?」
「え? 一昨日?」
「あーっ! ダメだよ広美ちゃん。自分の誕生日なのに忘れてる」
 広美は一昨日。つまり二日前が20歳の誕生日だったのだ。が、前期試験の真っ最中だった事と、神尾博士の助手が激務だったため、自分の誕生日すら忘れていた。
「はい。広美ちゃん」
 そう言って春香はリボンのついた包みを広美に差し出した。
「遅くなったけど、20歳おめでとう」
「わあ・・ ありがとう春香ちゃん」
「それからこっちは私からのおごりよ」
 春香は椅子の脇においてあった紙袋から箱を取り出してテーブルの上に置くと、箱を開けた。中からケーキが二つ出てきた。
「一緒に食べよう」
「ありがとう。それじゃいただきます」
 二人でケーキを食べている間、春香は広美をジーッと眺めていた。
「ど、どうしたの春香ちゃん」
「広美ちゃん・・ 少し痩せたんじゃない?」
「そう見える?」
「見えるよ。いや、見えるなんてもんじゃないわよ。広美ちゃん本当に大丈夫なの? あの博士は大学でも変わり者で有名な人だよ。なにせ『死神博士』ってあだ名があるくらいなんだから。博士の行動力に誰もついていける人がいないから、助手が勤まる人がいないっていうし、これまで助手になった人の中には、過労や鬱病で入院した人までいるそうよ。何だか広美ちゃんがかわいそう」
「春香ちゃんの方はどうなの?」
「私は大丈夫だよ。そんな事より広美ちゃんの方がずっと心配だよ」
 春香が心配するのももっともだった。春香の言う通り、広美は神尾の助手を始めてから激務が続き、確かに痩せていた。それに自分の身の回りの事をする時間が殆ど無かったので、髪も切らずにいたのでショートカットだった髪はセミロングより少し長めになっていた。そのためになおさら痩せて見えているのだった。
「あ・・ そろそろ試験の時間だ。行かなきゃ」
「広美ちゃんあと何教科あるの?」
「二教科。一つは神尾博士の授業のレポートだから、実質一教科だね。春香ちゃんは?」
「私は今日の午前で終わり。ねえ、試験全部終わったら打ち上げやろうよ」
「そうだね。それじゃ私、試験があるから」
 広美は立ち上がった。
「頑張ってね。それから、体に気をつけてよ」
「ありがとう」
 広美は踵を返すと、学食の出口へ向かって歩いていった。

  *    *    *    *


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 そして試験が全て終わり、広美と春香は大学の構内を歩きながら話をしていた。
「えーっ? 今年は帰らないの?」
「うん。博士の助手として研究の手伝いがあるから、帰りたくても帰れないのよ。それに、来年の春にはドイツへ行くんだし、そのための資金も稼がないと」
 春香はがっかりしたような顔で広美を見た。気付いた広美は春香を宥めるように言った。
「春香ちゃんだけでも帰ったら?」
 広美が春香に言うと同時に、二人のすぐ後ろから、例の超低音の不気味な声が聞こえてきた。
「相原君も帰りたまえ。御両親が心配するぞ」
 ビックリした二人は後ろを振り返った。するといつの間にか、二人の真後ろに神尾が立っていた。
「は、博士。いつの間に・・・」
「気付かなかったかね? 君たち二人が会った時からずっと後ろを歩いていたんだが」
「でも博士・・ 研究は?」
「君が助手をやってくれていたおかげで、今回の研究はあらかた目処がついた。続きは後期が始まってからだ。ワシも明後日から半月くらい休暇が入るし、今月の終わりには海外で学会があるから日本を離れてしまう。従って暫く研究室も留守になる。君も休み中ぐらいは故郷に帰りなさい」
「は、はい・・・ 」
「それから・・ これは少ないがとっておきたまえ。これまでの報酬だ」
 そう言って神尾はマントの中から封筒を出すと、広美に封筒を渡した。
「それでは相原君。後期になったらまたよろしく頼む。それではお二方。ごきげんよう」
 神尾はマントを翻して踵を返すと、唖然としている二人を尻目に自分の研究室の方へ向かって歩いていった。
「広美ちゃん・・ 報酬って・・ 」
 広美は渡された封筒を見た。ズッシリとした重みがある。開けてみると、10数枚の1万円札が出てきて、二人は目を丸くして驚いた。

  *    *    *    *

 広美と春香が故郷の渚島に帰省して1週間が過ぎた。
「広美ちゃーん。早く早くぅ」
「ちょっと待ってよ。春香ちゃん」
 夏休みで渚島に帰ってきた広美と春香は、島の海岸を走っていた。前を走っていた春香が立ち止まったので、後ろから追いかけてきた広美は、春香にぶつかって抱きつく恰好になった。
「キャッ! はるちゃ。どうしたのよ。急に止まったりして」
「ゴメンゴメン・・・ でも、それにしても私たちの故郷って、こんなに綺麗だったのね」
「うん。久しぶりで帰ってくると、なおさらそう感じる」
 海岸に腰を下ろした広美と春香の視線の先には、広い海と青空が広がっていた。

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 夕方近くになって、広美と春香は家路に向かっていた。二人が歩いている道路わきには、二人が昔通っていた小学校と中学校が見えた。歩いている二人の横から、下校する小学生たちが小走りに二人を追い越していく。その中の吊りスカートの制服を着た女の子たちが走り去っていく後ろ姿を見て、広美と春香は過ぎ去った日々を思い起こしていた。
 やがて二人は例の分かれ道まで来て、そこで立ち止まった。
「ここで私たち、中世のヨーロッパにタイムスリップしたのね」
「うん・・・ 」
「でもこうして周りを見ると、昔とあんまり変わっていないんだよね」
「変わっているのは、道がアスファルトになったのと、私たちの視線が高くなって、道が狭く感じる事かな・・・」
「それに周りの木も高くなったね」
 広美と春香は日に焼けたお互いの顔を見合った。
「それじゃ春香ちゃん。また明日ね」
「うん。広美ちゃんバイバイ」
 二人はお互いに手を振り合い、それぞれの家に向かって再び歩き出した。

  *    *    *    *

 広美と春香が故郷の渚島にいた頃、神尾は学会のためドイツに来ていた。飛行機がミュンヘンの空港に到着し、神尾が出入国ゲートまで出てくると、そこにかつての助手であったフィーナが立っていた。
「お待ちしてました博士。ここからは私が案内します」
「やあ。フィーナ君。出迎え大儀であった。それでは頼む」
 神尾はフィーナの案内で、ミュンヘンの駅へと向かった。神尾が向かう先はミュンヘンから西へ200kmほど行ったところにあるトリステル大学で、フィーナの母校である。トリステル大学は元々は修道院で、かつては現在の場所よりもさらに南の、スイスとの国境まで50kmぐらいの山の中にあったのだが、時代とともに施設が老朽化したために現在地に移転し、20世紀になって大学として再出発。その後起こった二度の大戦でも、この場所と周辺地域は戦災を免れて現在に至る。そして元の場所の修道院の施設は、近くに観光地があることから、老朽化した建物や施設を修復し、現在は宿泊施設(冬季は閉鎖)を併設した記念館となっている。
 ミュンヘンから特急列車に乗り、トリステルに到着した神尾は、フィーナの案内で予約していた市内のホテルに入った。
「それでは博士。明日の朝お迎えに来ます」
「うむ。分かった」
「それでは博士。お休みなさいませ」
 フィーナが去り、神尾はチェックインをするためにフロントへ向かって歩いていった。

    *    *    *    *

 それから10日が経過した。全ての学会が終わって、神尾はトリステル大学の構内にある広場のベンチに座っていた。そこへフィーナがやってきたので、神尾はベンチから立った。
「博士。ご苦労様でした。学会は大成功でしたね」
「おお・・ フィーナ君か。こちらこそ通訳ありがとう。ドイツ語は聞く分には殆ど分かるんだが、喋るとなると難しいのだ」
 神尾は一息ついてからフィーナに聞いた。

前23

前24

「フィーナ君。私はこれでも超自然現象研究の世界的権威でもあるのだ。君は子供の頃に超能力があったと言っていたが、差支えが無ければもっと詳しい話を聞きたいのだ」
「はい・・ 超能力の事は、確かに以前博士に言ったことがあります」
「それでだ。君が持っていた超能力とは、君自身が中世にタイムスリップした事と、何か関係があるのではないのか?」
「おっしゃる通りです。私は子供の頃に念力・・・ だと思うんですけど、そういう力があったんです。それで、ある日中世に行きたいって念じたら、本当に中世の世界へタイムスリップしてしまったんです。それで、修道院のシスターに拾われて、その修道院の院長・・・ 確かカルラっていったかしら・・ その人の勧めで修道女になったんです。修道院の名前は、この大学の前身であるトリステル修道院だと聞いています」
「中世にいたその期間が大体半年だったのか」
「はい・・ 博士。何故知ってるんですか? この事はまだ言ってなかったのに」
「相原君だよ」
「相原さん? 広美ちゃんのことですか?」
「そう。彼女もタイムスリップして約半年、中世のヨーロッパにいた。その時にシュタイニバッハの牢獄で君と出会った。そうだったな?」
「はい。先日の相原さんへの実験と解析で、はっきりと分かりました」
「これは仮説だが、相原君と綾瀬君のタイムスリップは、君のタイムスリップと関係があるのではないかと思う。つまり、君が念じた時、あの二人をタイムスリップに巻き込んだということだ。何故その仮説がたったかというと、あの二人と君がタイムスリップした時間がほぼ一致しているからなのだ。だから君が元の現代の世界へ帰りたいと念じて、現代に戻ったとき、あの二人も同時にタイムスリップによって現代に戻った。そして、その戻った時刻は飛ばされる直前の時刻とほぼ同じ。それで時間の凝縮現象によって記憶が圧縮され、戻った当時は君はタイムスリップしていた間の記憶を失っていた。確かそうだったな?」
「そうです。すると、あの二人のタイムスリップの原因は私・・・ ああ・・ 何て事してしまったんだろう。あの二人に申し訳ない」
「まあまあ、フィーナ君。取り乱さないで落ち着いて聞きたまえ。これはあくまでも仮説だ。従って君が原因だと断定するだけの根拠は無い。それでどうするかね?」
「どうするって・・・ 」
「私はあの二人には今の話はしない事を約束する。それで君がどうしたいのか聞きたい」
 フィーナは少し考えてから神尾に向かって返事をした。
「私が話しをします。あの二人はきっとここへやってくる。だからその時に」
「うむ・・・ いいだろう。君が話す。それが一番いい・・・ さてと・・・ 」
 神尾は再び大学の建物の方へと歩き始めた。フィーナも神尾の後ろをついていったが、神尾は立ち止まってフィーナの方を振り返った。
「フィーナ君。学会も終了したので、ワシは帰国する」
「待ってください博士。もう一ついいですか?」
「何だね? 言ってみたまえ」
「相原さん・・・ 広美ちゃんはどうしてますか?」
「相原君は、君の後を継いでワシの助手になっとるよ。まだ今ひとつパッとしないが、いずれは君に追いついて、君を追い越せるだけの器になるやも知れん。だが、あの子には負けず嫌いなところはあるんだが、人を追い越そうという競争心とか野心というものが感じられんのだ。そこが彼女の欠点かも知れんな」
「そうですか・・・ でも、あの子ならきっと、博士の助手として相応しい逸材になるかもしれませんね」
「まあ・・ しいて言えば未完の大器ってところかな・・・ それではワシは帰る。君もくれぐれも体に気をつけてな」
「はい。Danke schön(ありがとうございます)」
「Bitte sehr(どういたしまして)」

    *    *    *    *

 広美と春香は後期が始まる一週間前に渚島から東京に戻り、二人ともそれぞれ神尾と美樹子に呼ばれて、広美は神尾の助手。春香は美樹子の手伝いを始めていた。そして夏休みが終わり、大学は後期日程に入った。
 広美は授業出席の傍ら、時間が空いている時は神尾の助手というハードなスケジュールだったが、神尾にしっかりとついていけるようになってからは、以前ほどの激務ではなくなっていた。そんな広美を見ていた神尾は、感心したように呟いた。
「うーむ・・ 相原君も他のやつみたいに音を上げると思っていたが、どうやら違うようだな。ワシの事を見透かしているみたいに、ワシにしっかりとついてきよるワイ。でも、まだフィーナ君を超えてはいないようだな」
「失礼します」
 そこへ広美が本を抱えて入って来た。室内はさっきまで学生達が集まってゼミの討論会をやっていたので、椅子の配置が乱れている。
「博士。頼まれたものを持ってきました」
 神尾は無言でその中の一冊を取り、パラパラとページを捲ってから、机の上に置いた。
「うむ・・ それでは全部机の上に置いてくれたまえ」
「はい」
 広美は返事をすると、本を机の上に置いた。
「相原君。随分焼けたね。それに髪を切ってさっぱりしたし、白衣姿も板についてきたではないか」
「は、はい」

前25

 広美は照れくさそうに笑った。
「しかし、フィーナ君にはまだまだおよばないな。でも、努力次第ではフィーナ君のようにだってなれるし、彼女を越える事だって出来るだろう」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。ますますやる気が出てきます」
「うむ・・ 今日はもういいから帰りたまえ。たまには早く帰って、ゆっくり休みなさい」
「はい。博士。それでは失礼します」

広美が建物から出た所で、春香とバッタリ出会った。
「広美ちゃん」
「あ・・ 春香ちゃんも今終わり?」
「うん。一緒に帰ろうか」
広美と春香は二人で並んで歩き出した。

前26

    *    *    *    *

 それから瞬く間に3ヶ月が経過した。
 季節は既に冬で、街角ではクリスマスや年末のセールで慌しい空気が流れていた。が、広美と春香は二人ともそれどころではなかった。春香の方はともかく、広美は神尾の助手としての激務が続いていた。しかし助手を始めた頃と比べると、広美は格段に成長していて、既に前助手のフィーナを追い越してしまう勢いであり、神尾のゼミを選択している学生達も、助手をしている広美の行動力を見て感心するほどだった。
「あの女の子って、確か2年生だったよな」
「ああ・・ 相原っていったっけ」
「しかし・・ あの子・・ よくあの死神博士の行動についていけるわね」
「類は友を呼ぶっていうから、大方そっち系なんじゃないの?」
「どっち系だろうと無かろうと、あの子のおかげで神尾博士の、難しい資料やデータが判り易くなったし、感謝しなきゃ」
 学生達は口々にそんな事を言い合っていた。

 冬休みを明日に控え、なおかつクリスマスの前日、広美は神尾の研究室で一人でパソコンと向かいあっていた。傍らには膨大な資料と書類があり、広美はそれらの資料を見ながら、パソコンのキーを打ち込み、データを入力していた。そのスピードも助手になり始めた頃と比べて格段に速くなっていて、始めてから一時間後には、ほぼ全部のデータの入力を終えようとしていた。
「ふうー・・・・ 」
 入力を全部終えて、広美は一つため息をつくと、椅子から立ち上がろうとした。そのとき自分の真後ろに誰かの気配を感じ、振り向いた。
「うわっ!!!!」
 広美の真後ろには何時の間にか、神尾が立っていたのだ。ビックリした広美は素っ頓狂な声とともにバランスを崩して、椅子ごとひっくり返った。
「痛たたたた・・・・ 博士。いつの間にそこにいたんですか?」
「さっきからいたんだが、気付かなかったかね。まだまだ修行が足りぬな」
「広美ちゃん。私も一緒なんだけど・・・ 」
 そう言って春香が神尾のさらに後ろからヒョコッと出てきた。
「春香ちゃん。春香ちゃんもいたの?」
「広美ちゃんが真剣な顔してパソコンやってたから、声をかけそびれちゃったの」
 神尾と春香は、ひっくり返っていた広美の腕をつかみ、立ち上がらせようとした。
「だ、大丈夫です。一人で立てますから」
広美は立ち上がると、両手でスラックスをパンパンと叩いた。
「春香ちゃん。どうして・・ 」
「明日から冬休みなんで、赤羽先生のお手伝いが早く終わったのよ。それで先生が広美ちゃんを迎えに行きなさいって」
 神尾は広美が打ち込んでいたパソコンの画面を眺めた。
「うーむ・・・ 終わったのか。これだけのデータをこの時間で処理できるまでになるとは、大したものだ」
 神尾は広美の両肩に自分の手を置き、自分の方へと引き寄せた。
「キャ・・ な、何ですか博士」
「相原君!」
「は・・ はい」
「今後もずっとワシの助手を続ける気はあるかね?」
「は、はい。喜んで・・・・ 」
 神尾の言葉に、広美は思わず反射的に返事をしてしまった。
「よろしい。それでは今後も頼む。今日はもう帰っても良いぞ。今日の夜はクリスマスイブ。御二人とも楽しいひと時があるのだろう」
 神尾が二人を見透かすように、例の低音の気味の悪そうな声で言った。
「え? ええ・・・ まあ・・ 」
 広美と春香は、お互いの顔を見合ってから、二人揃って照れ臭そうな返事をした。
「相原君。今年の君の仕事は今日で終わりだ。明日からは大学が冬休みになる。後始末はワシがやっておくから、君たちはもう帰りなさい」
「はい。それでは失礼します。それでは博士。良いお年を」
「うむ。ありがとう。グッドラック」
 広美と春香は神尾に挨拶すると、研究室を出た。

 建物から出て、春香は大きく深呼吸した。
「はあーっ・・・・ ドキドキしたぁ・・・ あの博士、何時見ても緊張する」
広美は噴き出しそうなのを堪えて、クスッと笑いながら返事をした。
「無理も無いよね。だって、死神博士って言われているくらいなんだから」
「でも広美ちゃんって本当にすごい。あの博士に完全についていってる」
「何だかわからないけど、ついていかなければって気持ちが強くて、気がついたらもう、はまっちゃってたのよ。そんな事より、ねえ、春香ちゃん」
「何? 広美ちゃん」
「今日はクリスマスイブだよ。ケーキでも買っていこうか」
「うん。そうだね。広美ちゃんの部屋でパーティーやろう」
 そう言って春香は広美の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「キャ・・  ちょ、ちょっと、はるちゃ」
「広美ちゃんに甘えたいの。今日の夜は広美ちゃんと素敵なイブを過ごしたい・・」
「もう・・・ (相変わらずの甘えんぼさんなんだから・・・ )」

前27

 広美は呆れたような顔をして、春香から視線を逸らした。
「あ・・・ 雪・・・ 」
 春香がそう言いながら上を見上げた。既に空は暗かったが、上からチラチラと小粒の雪が落ちてきた。
「本当だ。雪だ」
「今日はホワイトクリスマスだな」
 広美と春香は、降り始めた雪の中を駅へ向かって歩いていった。

      *    *    *    *

「はい二人ともこっちに来て」
広美と春香は、二人揃って並んで立っていた。これから何が始まろうとしているのか・・・

前28

 ここは二人の生まれ故郷の、渚島にある神社と集会場の前の広場。二人は成人式の記念写真の被写体になっていたのだ。普通、成人式ならば女性は振袖や晴れ着姿なのだが、広美と春香はスーツ姿だった。二人とも大学に進学したために、そちらの方にお金がかかってしまい、振袖を買うだけの経済的余裕が無かったというのが、その主なる理由だった。二人の前には二人の両親と、数人の親戚の人たちがいた。
「広美。もっと背筋伸ばして」
「春香。もっと広美ちゃんの方へ寄って」
「二人とも。写真撮りますよ」
 カシャッ
 シャッターが降りて、二人の姿が記念写真に収まり、ようやく二人は緊張感から解放された。が、それから二人の親戚一同が集まった食事会などを経て、二人が本当にフリーになったのは、午後3時を回ったあたりだった。
 広美と春香は、昔学校へ通っていた道を二人で歩いていた。
「あーあ・・ パンプスって疲れるし、歩きにくいし足が痛くなるし。それにこのスタイルも何だか自分じゃないみたい」
 広美がぼやいていると、隣で春香が噴き出した。
「何よ。はるちゃ。何がおかしいのよ」
「広美ちゃんも、もう少し洒落っ気出したらいいのに。洒落っ気が無い女の子なんて、溶けたアイスクリームと同じだよ」
「何それ・・・」
「食えたもんじゃ無いって事。このままじゃお嫁さんの貰い手がいないよ」
「大きなお世話」
 春香が広美の腕に自分の腕を絡めて広美に言った。
「ちょっとはるちゃ。恥ずかしいから」
「広美ちゃんにお嫁さんの貰い手がいなかったら、私が広美ちゃんのお嫁さんになってあげる」
「もーっ・・・ 何言ってんのよ。はるちゃ! 私知ってるんだからね」
「知ってるって・・  ??」
「はるちゃが背の高い男の子と、親密な関係だって事」
「な、何で知ってるのよ」
「あ・・ そういう言い方するって事は、図星だったんだ。それにこの前大学の構内で、二人並んで仲良さそうに歩いてるの見ちゃったもん。春香ちゃん。上手くいきそうだったら、私応援するからね。頑張ってね」
「広美ちゃん。そんなんじゃないんだって」
 春香は顔を真っ赤にした。広美からすれば、春香が自分の事を頼らずに、誰かいい人とくっついてくれれば、それでいいと思っていた。いずれ社会に出れば二人とも別々の道を歩む運命にあり、広美は既にその事を充分に自覚していて、もう自分の将来の目標が定まりつつあった。現在アルバイトながら神尾の助手をしているのだが、卒業後は大学院に進学して本格的な助手になり、いずれは教授になって神尾の研究を引き継ごうという思いを抱いていた。だから自分を頼り、甘えてくる春香が将来自立出来るのか心配だったのだ。

 広美と春香は言い合いをしながら、例の三叉路までやってきて、そこで足を止め、周りを眺めた。今から10年前に二人がタイムスリップした場所である。
「ここがあの時、私たちがタイムスリップした場所なんだよね」
「うん。そして中世のヨーロッパにタイムスリップして、魔女にされて牢獄に繫がれた・・ 」
 広美と春香が立っているその場所とその周辺は、二人が小学生だった頃と殆ど変わらず、全く同じ風景だった。違うのものといえば、砂利道だった道路が舗装道路になり、近くに生えている木々が高くなったことと、二人の視線があの時より高く、歩いている道も狭く感じているということだった。
「春香ちゃん行こうか。明日は東京へ戻る日だし」
「そうだね。準備しなきゃ」
「それじゃ春香ちゃん。また明日ね」
「うん。広美ちゃんバイバイ」
 広美と春香は三叉路で別れて、それぞれの家へと向かって歩いていった。

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************************************


 広美と春香が東京へ戻ってきて一週間が過ぎた。広美は神尾の仕事が大詰めになっていて、その仕事を手伝うために毎日朝一番で大学へ行き、帰ってくるのも夜遅かった。一方の春香は美樹子の手伝いをしていたものの、大体授業の時間割に合わせた生活をしていたので、広美とのすれ違いが極端に多くなっていた。しかも後期試験まですぐだったため、広美は空いている時間は図書館に入り浸りになっていて、なおさら春香と顔を会わせる時間が無かった。そんなある日の事・・・
 広美はこの日は授業が午前中だけだったので、午後は神尾の研究室で助手の仕事をしていた。そこへ講義を終えた神尾が戻ってきた。
「相原君。ちょっと来たまえ」
「はい」
 神尾は室内の接客用の椅子に、広美に座るよう促した。
「あの・・ 何か・・ 」
「今日の朝、銀行へ行ってきて、これまでの君への報酬を振り込んでおいた」
「ありがとうございます」
「ところで何時ドイツへ行くのかね?」
「後期試験が終わったら、渡航方法を調べて、日程やスケジュールを決めて、それから行きます。一応大学が春休み中の3月にする予定です。」
「そうか・・・  話は変わるが、是非とも君に聞きたい事がある。君はこれからどうしたいのかね? ここ最近、君は私に何か言いたそうだったのでね。それで聞いてみたのだ」
 広美は自分の思惑を、神尾に見透かされていたと感じたので、自分の言いたい事を話した。
「私は将来、大学院まで行きたいんです。それで本格的に博士の助手になって、あわよくば博士のようになりたいと思っています」
「無理だ。やめたまえ!」
「え?」
「ワシのようになりたいだと? 君はワシを超えたいとは言わないのかね。ワシはそんな器の小さい者はお断りだ」
 神尾の言葉に、広美はガッカリしたような顔をした。それを神尾は見逃さず、さらにたたみかけるように広美に向かって言った。
「相原君。ワシの助手の仕事は今日でやめてもらう」
「そ、そんな・・ 私はもっと博士の助手として・・ 」
「ダメだ。競争心や野心の無い者、気持ちに甘えがある者には、ワシの助手は務まらん」
 神尾に自分の心の中を読まれ、広美は泣きそうな顔をして黙って俯いてしまった。神尾は言い過ぎたと思ったのか、今度は穏やかな口調で話し始めた。
「相原君。すまん。ちょっと言い過ぎた。顔を上げたまえ」
「は、はい」
 広美は顔を上げた。
「そこで君にひとつ提案がある。ドイツへ行ったら必ずフィーナ君に会いたまえ。彼女に君たちのガイドをさせる。日程が決まったら私に知らせてくれたまえ」
「フィーナさん・・ ですか?」
「そうだ。フィーナ君はワシの助手として、これまで大きな実績を残し、そして母校のトリステル大学へ戻った。フィーナ君に会えば、今の君がいかに器が小さいか、君自身で知る事が出来るだろう。だから君の事は、君がドイツから帰ってきて3年生に進級してから、もう一度考える事にする。そのときには君の考えも出来上がっているだろう。君をワシの下に置くかどうかは、そのときに決める。それでいいかね?」
「それでいいです。分かりました。神尾博士。今までありがとうございました」
 広美は立ち上がろうとしたが、神尾が制した。
「まあ待ちたまえ。まだ話の続きがあるのだ」
 神尾は話を続けた。
「君を今日でやめさせるのは、もう一つ理由があるのだ」
「何でしょうか?」
「後期試験だよ。後期試験で単位を落としてしまったら、再試験や補講で海外旅行どころではなくなってしまう。だから、試験の準備に専念出来るよう、今日でやめてもらうんだ」
「そうだったんですか」
「くれぐれも言っておくが、ワシの授業の単位だけは落としてくれるなよ」
「はい。分かりました」
 神尾は一通の封筒を広美に渡した。
「報酬の内容だ。一応給料だから、経理の方へ届けねばならんからな。それでは行きたまえ。ドイツでの吉報を待っているぞ」
「はい。失礼します。今まで色々と本当にありがとうございました」
 広美は立ち上がって出入り口の方へ歩き、扉を開けて研究室の外へ出ると、扉を閉めて封筒の中を見た。中には明細と手紙が入っていた。明細には6桁後半の数字が記されていて、広美は驚きのあまり声が出そうだったのを抑えた。さらにもう一枚の紙には『報酬額は正規の給料の他、相原君の未来への飛躍のための保障金である。我が親愛なる相原君の未来に乾杯。旅の無事と成功を祈る』と書かれていた。広美は目頭が熱くなり、何かこみ上げてくるものを感じた。広美は研究室の扉に向かって頭を下げると、小走りにその場を去った。
「(ありがとう博士・・ 私、頑張ります。きっと、博士を超えられるような器になってみせます)」
 小走りに駆ける広美の目からは涙がこぼれ落ちていた。

     *    *    *    *

 それから一週間が経過した。後期の講義はあらかた終了し、あとは後期試験を残すのみだった。広美は講義の無い時間帯は、ずっと図書館に入りびたりで勉強していた。理工学部の性格上、筆記試験の代わりにレポートや課題が多く、とにかく内容が濃厚で、文学部の春香のように余裕を持った時間は無かったのだ。
 この日も広美は図書館で3教科分の課題とレポートを作成していて、それらが全てまとまり、教授の所へ提出できる段取りをしたところで、一息つくために図書館から出て、入り口のところにある自販機で缶コーヒーを買ってから、構内の広場まで行って、そこにあるベンチの一つに腰掛けた。冬の冷たい風が通り過ぎていき、広美は缶コーヒーの蓋を開けて半分くらい飲んだ。冷えた体の中が暖まる様な感触が伝わってくる。

後編01

「ふう・・・  あとは研究室へ持って行けばよし。これで3教科分は片付く・・・ と」
 ふと遠くの方へ目をやると、春香が例の男の子と一緒に歩いている様子が見えた。春香の方は広美に気付いている気配が無い。広美は一つため息をつくと残ったコーヒーを一気に飲み、近くにあった空き缶用のゴミ箱目掛けて放り投げて、缶は見事にその中に入った。
「よし! ストライク!」
 広美は相変わらず遠くを眺めていた。そこへ後ろから急に目隠しをされた。
「だーれだ」
 目隠しをしたのは春香だった。何時の間にか春香は広美のすぐ後ろに来ていたのだ。
「はるちゃ」
「あたり」
 広美は春香が手を離すと同時に振り返った。そこには春香が一人で立っていた。春香はベンチに腰掛けている広美を見つけ、男の子と別れて広美に気付かれないように駆け寄ってきたのだ。
「広美ちゃん最近全然会ってくれないから寂しかったよ」
「春香ちゃん一人なの?」
「え? 一人って・・・ どうして?」
「さっきまで男の子と一緒だったじゃないの」
「あ・・ 見てたの? 声かけてくれたらよかったのに」
「お二人の恋路を邪魔したくないから黙ってたの」
「恋路だなんて・・ そんなんじゃないって言ってるのに」
 春香は広美の隣に腰掛けると、広美に寄り添うように自分の体を広美にくっつけてきて、広美の腕に自分の腕を絡めようとした。
「ダメ。春香ちゃん離れて!」
 広美は春香を引き離すと立ち上がった。
「キャッ」
 寄り掛かるものが無くなった春香は、バランスを崩して、ベンチの上にひっくり返るような恰好になった。
「広美ちゃん。何で急に立つのよ」
「春香ちゃんダメだよ。いつまでも私に甘えちゃ。もっと自分の事を考えてよ。そんなんじゃ、いつまで経っても自分の道を見つけられないよ」
「どうしたのよ。何をそんなに怒ってるの? 私、ずっと広美ちゃんに会えなくて寂しかったんだから。会った時くらい甘えたいよ」
「はるちゃ!! いつまでも子供みたいな事言わないで!」
「広美ちゃん・・・・  この頃冷たい・・・ 」
 春香は泣きそうな顔をしたが、広美はそれを無視するかのように言った。
「春香ちゃん。私これからレポートと課題を出しに行くから、もう行くよ」
 広美は踵を返して歩き出した。広美の態度にキレた春香は、持っていたショルダーバッグを振り上げて広美に叩きつけた。
 バシイッ!!!
「キャアッ!!」
 ショルダーバッグが広美の頭にまともにあたって、被っていた帽子が吹っ飛び、広美は両手で頭を抱えてその場に蹲った。
「痛ったあ・・・ 」
「バカーッ! 馬鹿バカ馬鹿!! 広美ちゃんなんか大ッ嫌い! もう絶交よ!!」
 春香は大声で怒鳴ると、踵を返して泣きながら広美の傍から走り去っていった。その背中を見つめる広美・・・・
「あーあ・・・ 久々にやっちゃったな・・・・ あの我侭なところが無ければ、いい子なんだけどな・・・・・」
 広美は一つため息を付くと、落ちた帽子を拾って被り直し、研究棟の方へ向かって歩き出した。
 
 それから間もなく後期試験の日程に突入した。広美は神尾の計らいで神尾の助手を辞めていたので、その分準備に専念出来たため、ある程度の余裕があった。また必修と選択を合わせた全教科の約半分が課題かレポートで、全て提出済みだったのも救いだった。一方の春香は、広美と違って科目の数が少なく、半分以上が一般教養課程だったので結構楽だった。そんな中で広美と春香が一緒に選択していた一般教養科目の試験があった。広美は試験を受ける教室に入り、一番前の席に座っている春香を見つけると、同じ列の春香から少し離れたところに座った。が、春香は突然プイッと立ち上がると、通路を通って一番後ろのほうの席へ移動してしまった。
「(あちゃー・・・ これは長期戦になりそうだな・・・)」

     *    *    *    *

 やがて後期試験が終わって、学生達は4月までの長い春休みに入っていたが、ゼミやサークル活動があったり、就職活動や再試験、補講などで大学に来ている者もいた。試験の成績は前期と後期の両方の試験の結果によって決定し、その成績が分かるのは新学期に入ってからなのだが、単位が取れなかった者に対してのみ、この春休み中に再試験や補講の通達が行われ、その情報は学内の掲示板で知る事が出来た。だから自分の成績や単位に不安のある者は、休み中でも大学に時々来て掲示板を眺めていた。
 最後の試験が終わった翌日、広美は朝起きて着替えると、部屋から出て春香がいる隣の建物へ向かった。春香はあれっきり全然自分に会おうとしないから、さすがの広美もヤキモキし出したのだ。ドアの前に立ってベルを押したが、何の応答も無い。窓から覗いてみると、カーテンが閉めきられていて室内は暗かった。
「春香ちゃんいないのかな・・・ こんなに朝早くから何処へ行ったんだろう」
 その時隣の部屋の人(男子学生)がゴミを出すために出てきて、広美と鉢合わせした。
「あ・・ おはようございます」
 その男子学生は無言で頭を下げると、広美に向かって言った。
「君は確かこの部屋の人の友達ですよね」
「はい」
「この部屋の人なら、一昨日の夜に大きな荷物持って、実家に帰るって言って出て行きましたよ」
「ええっ? (私に何も言わずに帰っちゃったのか・・ こりゃ相当キテるな) 分かりました」
 広美は頭を下げてから、自分の部屋へと戻っていった。広美は携帯を持つと、春香に電話をかけた。暫く呼び出しの音が聞こえたが、着信拒否になっていた。
「あーっ! 着信拒否になってる!」
 電話を切ると、今度は広美の携帯に着信が入った。
「お母さんからだ・・ はい広美です」
「・・・ ・・・」
「うん。昨日まで試験だったの。明後日帰る予定」
「・・・ ・・・」
「え? 春香ちゃん? 一昨日の夜そっちへ帰ったみたいなんだけど」
「・・・ ・・・」
「ええっ? そっちに帰ってない? (一体何処へ行ったんだろう) ・・・ うん・・ 何故一緒じゃないのかって? だって春香ちゃんとは学部が違うし、私は昨日まで試験だったし、それに試験の間、全然春香ちゃんに会えなかったのよ ・・・・・・ うん・・ うん分かった。私も心当たりを捜してみる。それじゃ」
 広美は電話を切ると、化粧をしてから両耳にイアリングを嵌め、机の上においてあるバッグを持ち、ジャケットを着込んで帽子を被って部屋の外へ出ると、階段を駆け下りて表通りに出た。
「はるちゃのやつ・・・ 一体何処へ行ったのよ・・・」


 1時間後・・・
 広美は大学構内の掲示板の前に立っていた。後期試験で合格点が取れず、単位を落とした者については、試験の始まる前に提出したレポートや、最初の試験の方だったらもう名前が出ているはずなので、広美は全ての掲示板を眺めた。
「私の名前は無い・・・ と。レポートと課題も大丈夫みたい。それにしても春香ちゃん一体何処へ行ったんだろう・・ 実家に帰ってないとしたら、何処にも行く所なんか無いはずなのに」
「あの・・ すみません」
 その時突然後ろから話しかけられて、広美は声がした方へ振り返った。するとそこには自分より一回り背が高い男子学生が立っていた。

後編02
後編03

「(お・・ 意外とイケメン・・) あ・・ ごめんなさい。邪魔でしたね」
「違うんです。あなた確か、綾瀬さんの友達の、相原さんですよね」
「え? はい・・ あ、あなた確か春香ちゃんと一緒にいた男の子・・ 」
「そうです。はじめまして。僕は法学部の一年で、丹原修平といいます」
「丹原君・・・  法学部・・・ 君一年生なの?」
「はい。学年は一つ下ですけど、一浪してるんで、相原さんたちと年は一緒です。それで・・ 」
「ちょっと待って。こんな所で話すのもなんだから、近くの喫茶店にでも行きましょうか」
「は、はい」

     *    *    *    *

 大学近くの喫茶店にて・・・
 広美と修平はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「えっ? 春香ちゃん、君の所にいるの?」
「そうなんです。何も聞かずに、僕の所に泊めさせてくれって。一昨日の夜にいきなり転がり込んできたんです」
「(男の所へ転がり込むなんて、はるちゃも見かけによらず大胆なのね・・) それで、 君は一人暮らしなの?」
「はい。大学から歩いて20分くらいの所のマンションに住んでます。ここからでも見えますよ」
 そう言って修平はマンションのある方角を指差した。
「実は僕、相原さんや綾瀬さんと同じ高校だったんですよ」
「え? そうだったの? 全然分からなかった」
「分からなかったのも無理無いです。3年間クラスが違ったし、それに僕は野球部の部活で朝早くて夜が遅かったから。ただ、綾瀬さんには高校時代に一目惚れして、ずっと憧れていたんです。それで3年になって地区大会が終わって引退してから、一度綾瀬さんに告ッたんです」
「あら・・ そうだったの。それでどうなったの?」
「友達なら良いって言われて、断られました。それでそのまま高校を卒業して、別れ別れになっちゃって、彼女の事はもう忘れたつもりだったんです。でも一年浪人してこの城南大学に入って、ある日相原さんと一緒に構内を歩いている綾瀬さんを見つけたんです。まさかこの大学にいるなんて思わなくて・・・・ 」
「再び恋心が目覚めた・・・ ってところか・・・。ねえ君、正直に答えて。春香ちゃんの事好き?」
「は、はい! 好きです!!」
 修平は顔を真っ赤にしながら返事をした。
「(わ・・ この子意外と純情なんだな。これは是非とも、はるちゃとくっつけてあげたいな)」
 広美は微笑みながら一つため息を付き、修平に聞いた。
「二人の大学での出会いのきっかけを知りたいな・・・ 差し支えなかったら教えて」

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 修平は淡々と話し始めた。きっかけは修平が授業のために入った教室だった。その授業は一般教養課程の必修で、その教室で春香と再会したのである。前の授業が終わって学生達がゾロゾロと出てきて、修平は教室に入って席についた。その時2列ほど前の席の傍にいる春香を見つけた。春香は前の授業を受けていて、授業が終わっても教室を出なかった。それは無くした物を捜しているからだった。それで修平は春香に近づいて話しかけた。
「あの・・ どうかしたんですか?」
「シャープペン落としちゃったの。誕生日に貰った、私の大事な宝物なのよ」
 そう言いながら春香は振り向いた。
「あ・・ 綾瀬さん。綾瀬さんじゃないですか」
「あら。丹原君じゃないの。久しぶり。同じ大学だったんだ」
「うん。一浪して入ったんだ。同じ大学だったなんて、奇遇だね。探し物手伝いますよ」
それから数分後に、修平は自分たちがいる場所の、すぐ傍の椅子の下に落ちていたシャープペンを見つけた。
「あった! ありました。ありましたよ」
修平はシャープペンを拾うと、春香に渡した。
「よかったぁ・・・ 」

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「僕・・ その時の綾瀬さんの笑顔がとっても素敵に見えて・・ 」

後編04

 広美はテーブルに頬杖を付いて微笑みながら黙って話を聞いていた。修平は話を続けた。

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 その時ちょうど次の授業が始まるところで、教授が教室に入ってきたため、春香はお礼の言葉もそこそこに、慌てて教室から出て行った。が、その事がきっかけになり、修平と春香はデートとまではいかないまでも時々会って一緒に食事したり、町の中を一緒に歩いていたりした。が、その事を広美は春香から一言も聞いていなかった。つまり春香は、修平との付き合いを広美に内緒にしていたのである。でも広美は春香の事を悪く思っていなかった。広美は修平の話を聞いていて、これはひょっとしたら二人が上手くいくかも知れないと感じていたからだ。

「丹原君」
「はい」
「私を君のマンションへ連れて行って。春香ちゃんを連れて帰るから」
「分かりました。僕も帰省しなければならないから、これ以上綾瀬さんを部屋に置いておく事が出来ないんです」
「じゃ行きましょうか。お金は私が払うから」
「え? そんな・・ 女性に払わせるなんて」
「いいから。誘ったのは私なんだから」
 広美と修平は喫茶店を出ると、修平のマンションへと足を運んだ

     *    *    *    *

 修平のマンションは8階建てで、大学からも見えるくらいの距離にあった。一階に食堂とコンビニがあり、住居は2階から上で2Kタイプと1Kタイプがある。住人の約6割が城南大学の学生で、大抵の学生は一階の食堂を利用していたが、部屋で自炊する事も出来た。修平の部屋は3階で部屋割りは2K(洋6帖と洋4.5帖で、台所3帖)。家賃は月4万5千。
 修平はマンションに付くと、部屋の暗証番号のキーを押して、出入り口を開け、広美を促すとエレベーターに乗って、自分の部屋がある四階で降りると、広美に向かって言った。
「さっき綾瀬さんの携帯にかけたら、部屋にいるって言ってました。もっとも一度部屋を出たら、暗証番号を使わないと中には入れませんから、部屋にいるしかないんですけど」
 修平は自分の部屋の鍵を開けて扉を開けると、広美を促してから小さい声で言った。
「僕は外で待ってるから、ここは女同士で話し合ってください」
 広美が頷いて部屋に上がると、修平は広美に任せるために、気を使って再び外へ出た。春香は修平が帰ってきたと思って、部屋から玄関まで出てきたが、そこに立っていたのが広美だったので、ビックリして思わず大声を出した。
「広美ちゃん!」
「春香ちゃん。迎えに来たよ」
「広美ちゃん。どうしてここが分かったの?」
 広美は春香に向かって歩き、春香は後退りして、後ろの壁にぶつかった。
「広美ちゃん嫌だ。来ないでよ。絶交したんだから! 来ないでってば!」
 広美は返事をせずに素早く春香のすぐ前まで来ると、右手で壁ドンしてから続いて左手も壁ドンし、春香のすぐ傍まで自分の顔を持っていった。広美のすぐ前には春香の顔がある。春香は蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まってしまった。
「丹原君が教えてくれたのよ。春香ちゃん。お父さんとお母さんが心配してるから、帰ろうよ」
 春香は小さな声でボソッと言った。
「広美ちゃんは・・ 広美ちゃんは心配してくれていないの?」
 広美はムッとしたが、ゆっくりとした口調で言った。
「心配してるよ。だからここまで来たんじゃないの。冷たくした事は謝るから、一緒に帰ろうよ。春香ちゃんがいつまでもここにいたら、丹原君が帰省出来ないじゃないの」
 春香は無言で首を縦に振った。広美を見つめる目は今にも泣き出しそうなくらいに潤んでいる。
「私、広美ちゃんが遠くへ行っちゃうみたいで寂しかった・・・ 」
 春香の言葉を聞いて広美は何を思ったのか、そのまま春香を抱きしめた。
「キャッ・・・ 」
 春香の鼓動が広美の胸に伝わってくる・・・・
「これでも遠いの? 私、春香ちゃんのすぐ傍にいるんだよ」
 春香は両手で広美を抱きしめると泣き出し、広美は子供をあやすように春香の頭を撫でた。
「春香ちゃんゴメンね。私、自分の将来を考えるのに精一杯で、春香ちゃんの気持ちを考えられなかったの。でも、私はいつまでも春香ちゃんの傍にはいられないんだよ。社会へ出たら嫌でもお互い別々の道へ進まなきゃならないんだよ。その事は分かってくれるよね」
「うん・・ うん・・ 私こそ・・・ 私こそ広美ちゃんの事ぶったりしてごめんなさい・・・ 我侭ばかり言ってごめんなさい」
 春香は広美に抱きついたまま泣き続け、広美はその間春香を抱きしめていた。
「広美ちゃん・・ 私たち親友同士だよね」
「勿論だよ。ほら。もう泣かないで。一緒に帰ろう。私たちがここにいる間、丹原君が外で待ってるんだから。早く彼を中へ入れてあげようよ」
 広美は春香を引き離すと、携帯を出して外にいる修平に電話した。
「もしもし丹原君? もう入ってきていいよ」
 暫くして修平が扉を開けて部屋に入ってきた。春香は修平の傍へ行くと修平に言った。
「丹原君。迷惑かけてごめんね。私帰るから」
「ああ。いいですからそんな事。いつでも遊びに来ていいですよ」
「丹原君。お邪魔しました。新学期になったらまた会おうね」
「いや・・ 帰省したら向こうで会えるかも」
「あ・・・ そうだね。考えてみれば同郷なんだ。それじゃ」
 広美は春香を連れて、修平のマンションから出た。

     *    *    *    *

 広美と春香は翌日に東京から渚島に帰省した。それから一週間が過ぎた・・・
 広美は朝ご飯を食べ終えると、自分の部屋へ戻ってベッドにうつ伏せになって携帯電話を開いた。
「あ。春香ちゃんからメールが来てる」
『広美ちゃんおっはよー! 春香でぇす。今日は修平君とデートだから、電話しても出られないんでよろしくね』
 文面を見て広美は唖然とした。そして寝返りをうって、仰向けになって携帯の画面を眺めながらぼやいた。
「もーっ・・・ 何だよ。はるちゃのやつ・・ 結局丹原君とくっついちゃったのか・・・」
 そう言いながら広美は半分寂しい気持ちになったが、半分はホッとしていた。自分が思っていた通り、春香が修平と上手くいっているからだった。
「さてと・・・ 」
 広美はベッドから降りると、外出用の服に着替えて下へ降りた。そこで母親と鉢合わせした。
「あら。広美出かけるの?」
「うん。ちょっと本土の図書館とネットカフェに行ってくる。あと、役所へ行ってパスポートの申請もしてくるから」
「あくまり遅くならないようにね」
「はぁい。行ってきまーす」


 二時間後・・・・
 広美は市内のネットカフェでパソコンのインターネットを眺めていた。
「えーと・・  ドイツへ行くための方法・・・  行き先がトリステルとシュタイニバッハだから、最寄りの空港は・・・ と」
 広美はホームページを手当たり次第に探り、必要なものをプリントアウトした。
「よし。次はパスポートだな」
 広美はネットカフェから出ると、パスポートを申請するために合同庁舎へ向かった。庁舎について中へ入ろうとしたところで、後ろから呼び止められた。
「広美ちゃん」
 突然呼ばれて、広美は声がした方を向いた。そこには春香と修平がいた。
「あら。春香ちゃんに丹原君」
「やっぱり広美ちゃんだ」

後編05

後編06

 春香と修平が広美の元に駆け寄ってきて、春香は照れ臭そうに微笑んだ。
「広美ちゃん。もしかしてパスポートの申請?」
「うん」
「じゃ私も一緒だ。広美ちゃん。一緒にやろうよ」
 広美と春香、そして修平は庁舎の建物の中へ入っていった。

 それから・・・ 
 パスポートの申請手続きを終えた広美と春香は、修平とともに市内のハンバーガーショップの中にいた。
「へえ・・  二人ともドイツへ行くんだ」
「うん。日どりは大体決まったのよ。後はこれから渡航の準備ってとこかな」
「修平君。何か欲しい物があったら、買ってきてあげるよ」
「うーん・・ そうだな・・ じゃドイツのワインをお願いするかな」
「ドイツのワイン・・・ と」
 春香が手帳にサラサラと書き出した。
「他には無いの?」
 修平は少し考え込んだところで、春香に言った。
「春香さんが無事に帰ってくること。それが一番のお土産かな」
「ほおーっ」
 広美が感心したような声を出し、春香は顔を真っ赤にした。そこで広美は立ち上がると、春香に向かって言った。
「春香ちゃん。私、用事があるから先に行くね。二人ともゆっくり楽しんできてね」
「え? 広美ちゃんもう行っちゃうの?」
「デートの邪魔しちゃ二人に悪いから。それと、これ・・ ドイツ関係の資料。春香ちゃんの分もプリントアウトしておいたから。それじゃ」
 広美は春香にデータを渡すと、春香と修平に背を向けて店の外へ出た。

     *    *    *    *

 翌日の朝・・・
「広美。春香ちゃんが来たわよ」
 ベッドに横になっていた広美は、母親に呼ばれて飛び起きると、下へ降りた。玄関には春香が立っていた。
「広美ちゃんおはよう」
「おはよう春香ちゃん」
「広美ちゃん。ちょっと外で話がしたいんでけど」
「分かった。いいよ」
 広美は奥の部屋の方へ向けて大きな声で言った。
「お母さん。出かけてくるね」
「行ってらっしゃい」

 広美と春香は例の場所・・・ つまり、かつて二人がタイムスリップした分かれ道の傍にいた。ここは海を見渡せる高台になっていて、二人は道路わきの柵に寄りかかって海を見つめていた。春香から先に口を切った。

後編07

「広美ちゃん。昨日の事・・・」
「あ・・ 春香ちゃんゴメンね。あれでも気を使ったつもりだったのよ」
「広美ちゃん違うの」
「違うって?」
「私が広美ちゃんだったら、きっと同じこと言ったと思う」
「うん・・ はるちゃもいい人とめぐりあえたね。私が言うのもなんだけど、修平君は春香ちゃんにはピッタリの人だよ」
「ありがとう」
「でも、あんまり甘えすぎて、修平君を困らせちゃダメだよ」
「もーっ・・ 広美ちゃん」
「ところで春香ちゃんは将来何がしたいの? 小学校の頃は学校の先生になりたいって言ってたけど、今はどうなの?」
「今も変わらないよ。卒業したらこの渚島に帰ってきて、小学校の先生がしたい」
「そうか・・ しっかり夢持ってるんじゃないの」
「広美ちゃんはどうするの? 何だか大学に残るような雰囲気だけど」
「うん。大学院まで進むよ。そのあとは学者を目指すわ」
「学者か・・・ そっか・・ やっぱり将来はお互い離れ離れになっちゃうんだね。でも、仕方が無いんだよね」
 春香は自分自身で納得したように言った。
「春香ちゃん」
「何? 広美ちゃん」
 広美は両手で春香の手を握りしめて言った。春香は顔を少し赤くした。
「たとえ遠く離れてしまっても、私たち二人は親友同士。それを忘れなければ、いつだって私たちは会う事が出来るし、いつになったって私たち二人の友情は変わらないよ」
「うん。そうだね」
 春香は目を潤ませた。
「ねえ、広美ちゃん」
「何?」
「広美ちゃんを抱きしめたい・・・ もう我侭言わないから、抱きしめさせて」
 広美は返事をしないで、自分の方から春香を抱きしめた。
「私の返事はこれよ。私、春香ちゃんが好きだよ」
「広美ちゃん・・・ 私も広美ちゃんが大好き」
 春香は広美を抱きしめると泣き出した。そして顔をくしゃくしゃにしながら、自分の唇を広美に近づけた。広美はそれを拒まず、二人の唇が重なった。そして春香は涙を拭うと、吹っ切れたように広美に言った。
「これで広美ちゃんが二番目になっちゃった」
「何? その二番目って」
「好きな順番・・ かな・・ つまり広美ちゃんが二番目に好きで、一番好きなのが修平君」
「あーあ・・ のろけちゃって・・ (コノヤロー)」
 昇ってきた太陽の光が広美と春香を照らし、春香が思い出したように言った。
「もうこの場所・・・ 何回も通ったり立ったりしてるんだよね」
「そうだね・・ 私たちが中世のヨーロッパにタイムスリップした場所。もしかしたら、もうすぐその謎が解けるかもしれない。そう・・ シュタイニバッハへ行けば・・・ 」
 広美は海を見つめながら言った。春香も隣で広美と一緒に海を見つめていた。

     *    *    *    *

 3月になり、いよいよ広美と春香がドイツへ行く時が来た。渡航の方法を調べ、パスポートも取って、旅行の日程も決まったので、広美は神尾に連絡を入れ、その後フィーナから広美宛に、現地でのホテルの予約の知らせや、現地での交通手段などが書かれたエアメールが来た。
 ある日の朝、広美は渚島のフェリー埠頭で春香と一緒に立っていた。
「それじゃお父さん。お母さん。行ってきます」
「気をつけてね」
「体に気をつけるんだぞ」
 広美と春香はそれぞれの両親に見送られて、フェリーに乗って渚島をあとにした。修平は見送りには来なかった。というのは、修平はアルバイトがあるので、広美と春香が渚島を離れる一週間くらい前に東京に戻っていたからだ。広美と春香はまず東京へ戻ってそれぞれのアパートへ行き、それから空港へ行く事になっていた。


 その日の夕方に東京に到着し、自分たちのアパートまでたどり着くと、先に東京に戻っていた修平が出迎えてくれた。
「修平君。逢いたかったぁ」
 春香は荷物をその場に置くと、修平に飛びついて抱きしめた。
「はるちゃ。そんな所に荷物放り出しちゃダメだよ。気持ちは分かるけど、まず部屋に入って整理しなきゃ」
「あ・・ ゴメンゴメン」
 春香は修平から離れると、荷物を持って自分の部屋に入っていった。

 翌日・・・
 ドイツ行きを明日に控えていた広美と春香は、修平と一緒に大学の近くにあるファミレスの中でテーブルを囲んで座っていた。大学の近くだったのは、広美が大学構内の掲示板を確認しに行くためと、神尾に挨拶に行くためだった。そのため広美は春香たちと別れて、一人で大学へ行き、掲示板を確認してから、神尾の研究室へ行ったのだが、神尾は留守だったので、そのまま大学から出てきて、春香たちとの待ち合わせの場所へ行き、合流してから近くのファミレスへ行ったのである。
「広美ちゃん。単位大丈夫だったの?」
「うん。私の名前は無かったから。これで全部単位取れた」
「良かったね」
 そこで修平が話しかけてきた。
「いよいよ明日ドイツへ行くんですね」
「うん。朝、成田空港から出発するの」

     *    *    *    *

 そしてその明日が来て、今日は出発の日・・・
 広美と春香は空港のロビーにいた。修平は勿論見送りに来ていたし、神尾と美樹子も見送りに来ていた。しかし、いつもの事ながら、神尾のスタイルは周囲の注目の的となっていた。

後編08

後編09

「二人とも気をつけてね」
「相原君。綾瀬君。向こうではフィーナ君が待っているから安心したまえ。到着時間も連絡済みだし、ホテルの予約も彼女が手配してくれている。無事を祈っておるぞ」
「博士。色々とありがとうございます」
 広美は携帯を取り出して時計を見た。
「(まだちょっと時間あるな・・・ ) 修平君」
「は、はい」
 広美は修平の腕をつかんでから、春香に言った。
「春香ちゃん。ちょっと修平君を借りるね」
「え?」
「ちょっと私と一緒に来て」
 広美は修平を促すと、みんなから離れた場所まで修平を連れてきて、真顔で修平を見つめて言った。
「あの・・ 相原さん。何ですか? そんな真剣な顔して・・・ 」
「修平君。春香ちゃんの事、これからもよろしくお願いします。あの子はとっても良い子だし、私のかけがえの無い親友なの。だからこれからも大事にしてあげてください。ずっと傍にいてあげてください。どうかよろしくお願いします」
 そう言って広美は修平に向かって頭を下げた。
「わ、分かりました。春香ちゃんの事を絶対に幸せにします・・ って・・ これってまるで・・・ 」
 修平は何か言おうとしたが、広美がそれを制して言った。
「分かってくれればそれでいいの。さ、行こう」
 広美は小走りにみんなのところへ戻り、修平も小走りにあとを追ってきた。春香が広美に聞いた。
「ねえ。修平君と何話してきたの?」
「うん・・ ちょっとね。春香ちゃんにとって悪いことじゃないから大丈夫だよ」
「えー? 広美ちゃん。隠し事はやめてよ」
「(あとでゆっくり話してあげる)」
 広美は春香に小声で囁くように言った。
「それじゃ行ってきます!」
 広美と春香は踵を返すと、パスポートを持って空港のゲートを越えた。二人は搭乗口から飛行機に乗り込み、やがて二人を乗せた飛行機が滑走路から離陸して、空へと飛び立った。行き先はドイツのミュンヘン空港。広美と春香。二人を待ち構えているものは一体何なのか・・・・・

     *    *    *    *

 飛行機の中で、春香は気になっていた事を広美に聞いた。
「広美ちゃん。さっきの話、一体何なの? 修平君と何話してたの?」
「たいした事じゃないよ」
「お願い教えて。広美ちゃん。私たちとの間に隠し事は無しだよ」
「春香ちゃんの事を大事にしてあげてって言ったの。そしてこれからもずっと春香ちゃんの傍にいてあげてって言ったのよ」
「えーっ? やだ。恥ずかしい。何でそんな事いったのよ」
「春香ちゃんは修平君の事好き?」
「勿論」
「だったら良いじゃないの。私・・ 将来二人が結婚する時の姿を見たいな・・・ 」
「・・・・」
 春香は顔を真っ赤にして、ソッポを向いた。
「ゴメンね春香ちゃん。余計な事しちゃったかな・・・ 」
 春香は小声でボソッと言った。
「ううん・・ 私、嬉しいよ・・・ 広美ちゃんありがとう」

      *    *    *    *

 二人を乗せた飛行機は、ドイツのミュンヘン空港に着陸し、広美と春香は出入国ゲートを出た。そこにはフィーナが立っていて、二人に声をかけた。
「広美さん。春香さん。こっちです」
「フィーナさん。久しぶりです」
「こんにちは」

後編10

後編11

「二人とも疲れたでしょ。予約しておいたホテルに案内するから、一緒に来てください」
「ありがとうございます」
 フィーナはミュンヘン市内のホテルの一つを予約していて、広美と春香をそのホテルに案内し、ロビーまで一緒に来た。
「明日の朝9時に迎えにきます。ゆっくり休んでください」
「ありがとう」
 フィーナが去り、広美と春香はチェックインして、泊まる部屋へと向かっていった。


 翌朝・・・
 広美と春香は朝食を済ませると、一階のロビーでチェックアウトをした。9時になって時間とほぼピッタリにフィーナがやってきた。
「おはようございます」
「フィーナさんおはようございます」
「今日はトリステルまで行きます。今から汽車に乗ると、到着は3時頃になります。広美さん。春香さん。それじゃ行きましょう」
 広美と春香はフィーナについていった。会話等は全てガイド役のフィーナがしてくれていた。ドイツ語の分からない春香はともかく、広美はドイツ語を話したり聞く事が出来たので、フィーナの会話の内容がある程度分かっていたが、フィーナがすべてやってくれていたので、広美は何もしなくてもよかった。
「(フィーナさんがみんなやってくれている・・・ 場慣れしてるっていうか、すごい・・ でも、甘えちゃいけない。私が出来る事は、わたしがやらなくちゃ・・・ )」
 広美はフィーナに感心していたが、神尾博士の言葉を思い出し、彼女に甘えてはいけないと思っていた。

     *    *    *    *

 ミュンヘンを出発した列車は、ドイツ南部の景色を車窓から映し出しながら走り続けていた。春香はその風景を見ながら、写真を撮ったりしていて、広美はフィーナと時々会話をしていた。
 約6時間かけて列車はトリステルに到着した。広美と春香は列車から降りると、フィーナの案内で駅の施設の外へ出た。移動が結構頻繁だったため、二人とも大荷物は持っておらず、背中に背負ったナップザックと、片手に持ったボストンバッグだけだった。広美と春香はトリステルのバスターミナルで、乗り場の案内板を眺めていて、そこへフィーナがやってきた。フィーナが話す前に、広美のほうから口を切った。
「フィーナさん。シュタイニバッハ行きのバスは、今日はもう無いんですね」
「あ・・ はい。そうです。あそこへは一日3往復しかバスが出てないんです。観光シーズンだったらもっと出てるんですけど、今は残念ながらシーズンオフなんで」
 フィーナは時計を眺めた。既に4時近くなっている。空は曇っていて薄暗く、今にも雪か雨が降ってきそうな雰囲気だった。
「広美さん。明日はまず、私の大学に案内します。それからトリステルの記念館へ行って、時間次第でシュタイニバッハまで行きますけど、それでいいでしょうか」
「はい。それでお願いします。ただ・・・」
「何ですか?」
「記念館とシュタイニバッハは明後日でもいいですよ。私たち、日程は余裕を持って設定していますから、明日トリステル大学へ行って、明後日にトリステルの記念館と、シュタイニバッハの資料館へ行くというのはどうですか?」
「分かりました。それで良いですよ。それじゃ今日はホテルの方へ案内します」
 そう言ってフィーナは駐車場の方へと二人を案内した。フィーナは並んでいる車の中にある白いポルシェを指差し、広美と春香を促してからドアのロックを開放した。
「さ。二人とも乗ってください」
 フィーナは二人が乗ったのを確認すると、車を発進させた。
「この車はフィーナさんのですか?」
「はい。こっちの方は車が無いと不便だから買ったんです。といっても、お金はお父さんが半分出してくれたんですけど」
 フィーナが運転するポルシェは、トリステルの市街地を出て、南ドイツの牧草地の中を走っていた。3月という季節がら所々に雪が残っていて、上空の曇り空からはチラチラと雪が舞い降りてきていた。30分くらい経過して、フィーナは車を道路から横道へ入れ、広場に車を止めた。
「二人とも。着きましたよ」
 広美と春香の目の前には、コテージかペンションのような造りをした綺麗な建物があった。春香が『わあ』という歓声を上げ、フィーナがクラクションを鳴らすと、暫くして建物の中からコテージの支配人夫婦と二人の子供が出てきた。主人が一人で車に近づいてきて、車の傍まで来た。広美と春香が車から降りると、フィーナは二人に言った。
「ここが今日泊まる宿です。本当なら今の季節はシーズンオフで、1月から4月までは閉めてるんですけど、広美さんと春香さんのために、特別に開けてもらったんです」
「え? 私たちのためにですか? 何か申し訳ないな・・・」
「良いんですよ。実はここは私の家でもあるんですから」
「ええっ? ここはフィーナさんの家なんですか?」
 春香は驚いたような表情で、周りを見回した。
「そうなんです。私の両親はこのコテージを経営しているんです。二人ともちょっと待っててね」
 フィーナは父親のゲオルグに何か話しかけ、その間に他のみんなが車の傍まで来た。
「広美さん、春香さん。紹介しますね。私のお父さんのゲオルグと、お母さんのハンナ。そして妹のレラと弟のフランツです」

後編12

 広美はドイツ語で話しかけた。
「Guten tag. Ich freue mich, Sie kennen zu lernen. (こんにちは。はじめまして。お会いできてうれしいです)」
 フィーナはビックリした顔で広美に言った。
「広美さん。ドイツ語、喋れるんですね」
「はい。少しですけど」
 ゲオルグが広美の前に来て、流暢なドイツ語で話しかけてきた。
「Sehr erfreut. (こちらこそ) Wie heβien Sie? (あなたのお名前は?)
「Mein Name ist Hiromi Aihara. Das ist Frau Haruka Ayase. (私の名前は相原広美です。こちらの人は綾瀬春香です)」
 ゲオルグは広美と春香を順番に軽く抱きしめると、フィーナと一緒に二人の荷物を持って、玄関へと促し、広美と春香は建物の中へと入っていった。

     *    *    *    *

 フィーナの家族は両親とフィーナ、そしてフィーナの妹と弟の5人である。両親はコテージを経営する傍ら、周囲に農場も持っている。妹と弟は学生で、二人ともフィーナと10歳以上年が離れている。フィーナはゲオルグと前妻との間に生まれた娘で、本当の母親はフィーナが9歳の時に病気で死亡していて、フィーナが11歳のときにゲオルグはハンナと再婚し、二人の子供(レラとフランツ)が生まれた。つまりフィーナの二人の妹弟は異母妹弟という事になる。
 フィーナが超能力(念力のようなもの)を持っていたのは、母親が死亡して間もない頃から、ゲオルグが再婚する頃までの時期 (前編を参照) で、広美や春香同様、タイムスリップした時期と戻ってきた時期とが同時刻だったために、タイムスリップした期間の約半年は、記憶の凝縮現象によって圧縮され、戻ってきたときはタイムスリップしていた時の事を覚えていなかった。またその時持っていた超能力も失われていた。フラッシュバックしたのは大学生になって間もない頃で、たまたまトリステル大学に客員教授として招かれていた神尾と、トリステル大学のベイダー・ヘルバルト教授によって、その原因が解明され、神尾とベイダーの適切な治療と精神療法によって全快に至った。フィーナはその縁で日本の城南大学へ留学し、神尾の研究室に入って、神尾の助手になったのである。そして留学の期間が終わり、母校であるトリステル大学に戻ってきて、現在は残った就学年数を全うし、必要な単位さえ取得できれば卒業出来るという状況だった。

      *    *    *    *

後編13

後編14

 その日の夜、夕食を終えた広美と春香は、自分たちの部屋でフィーナと一緒に雑談していた。
「ふうん・・ フィーナさんの家はプロシャの貴族の子孫だったんですか?」
「はい。とはいっても、ずっと昔の話なんですけど」
「そういえば、シュタインベルクっていうと、どことなく高貴なイメージね」
 春香が感心したように言った。
「でも、家族でこういうコテージを経営しているって、アットホームで良いですね」
「ありがとう春香さん」
「フィーナさん」
「何? 広美さん」
「さっき話を聞いてたんだけど、フィーナさんはこのコテージや農場を継がないんですか?」
「難しい質問ね・・・ そうね・・・ 私の場合、お父さんが、跡継ぎはレラかフランツに任せるから、私には好きな事をやれって言ってるの。お母さんは本当のお母さんじゃなくて、下の二人の兄妹も本当の姉妹じゃないんだけど、私にとっては大事な家族の一員なの。お父さんが再婚したいって言ったときも私は反対しなかったし・・・ みんな大切な家族なんです」
「そういえば、神尾博士が、フィーナさんが小さい頃に超能力があったって言ってたけど」
 フィーナは顔を曇らせた。
「あ・・ ごめんなさい。フィーナさんにとっては、思い出したくない事でしたね」
「いいのよ広美さん。私が念力みたいなものを持っていたことは、お父さんも知っていました。それでお父さんは、私の変な力の原因が、お母さんが死んでしまったせいだと思い込んでしまって、一時期すごく落ち込んでしまってたんです。だからお父さんが、今の新しいお母さんとめぐり合った時、私はお父さんのために、再婚に賛成したんです」
 フィーナの話を聞いていて、春香は涙ぐんでいた。
「春香さん。そんな悲しい顔しないでください」
「あ・・ ごめんなさい・・ つい・・ 」
 コンコン・・・
 ドアをノックする音が聞こえて、広美が立ち上がってドアを開けた。廊下には母親のハンナが立っていた。
「フィーナ、二人トモ疲レテイルンダカラ、ソロソロ休マセテアゲナサイ」
「ハイ。オ母サン」
 フィーナは立ち上がると、広美と春香の方を向いた。
「二人とも遅くまで付き合わせてゴメンなさい。明日は朝食後9時にここを出発します。二人ともおやすみなさい」
「ありがとう。フィーナさんもお休みなさい」
 フィーナが部屋を出て行って、広美と春香は寝巻きに着替えて布団にもぐりこんだ。

「ねえ・・・ 広美ちゃん」
「何、春香ちゃん」
「フィーナさんの事どう思う?」
「どう思うって・・・  いい人じゃないの」
「そうじゃなくて、何か・・・ 」
「何かって・・・ どうかしたの?」
「何か・・・ 謎めいた何かを持っているって言うか、重大な秘密を持っているとか、隠し事をしているような、そんな感じがするのよ」
「何それ・・ 春香ちゃん考えすぎだよ」
「・・・・ 」
「春香ちゃん。電気消すよ」
 広美が部屋の電気を消して、部屋が真っ暗になった。

     *    *    *    *

「ソレジャ、オ父サン。オ母サン。行ッテキマス」
「フィーナ。気ヲツケテ行ッテラッシャイ」
「広美チャント春香チャンモ気ヲツケテ」。
「Danke schön(ありがとうございます)」
「どうもありがとう」
 翌朝、広美と春香はコテージの前の広場にいた。今日はフィーナの母校、トリステル大学へ行く日である。家族全員が出てきて見送る中、フィーナは自分の車に乗り込むと、広美と春香を促し、二人が乗ったのを確認すると車を発進させた。
フィーナの車はトリステルの町の方へと向かっていて、途中から横道に入った。暫くすると、小高い丘の上や、丘の間に建つ複数の建物が見えてきた。
「あれが私の母校のトリステル大学です」
 車は大学構内に入ると、駐車場の中に乗り入れて止まった。広美と春香は車から降りると、両手を上に上げて深呼吸した。
「それにしても随分広いのね」
「城南大学の倍近くありそうだわ」
 そこへフィーナがやってきた。
「このあたりは自然に囲まれているんで、余計に広く見えるんです。それに今は大学はバカンスに入っていますから、学生も殆どいないし・・・  実際には城南大学の規模と殆ど変わりは無いですよ」
 広美と春香はフィーナと一緒に構内を歩きながら会話していた。
「元々はこの大学は修道院だったの。元の修道院が老朽化したために、この場所に移転してきて、そこから大学になった経緯があるんです。元の修道院については、広美さんもご存知かと思いますけど」
「シュタイニバッハの近くにあった修道院ですね」
「はい。明日行く事になっている、トリステル記念館です」
 広美たち三人が構内を歩いていると、向かい側から一人の初老の男がやってきて、3人の前で止まった。その容姿は、黒装束に長い髪、長い顎鬚を生やしていて、城南大学の名物教授である神尾に勝るとも劣らぬ、いかにも奇人変人という出で立ちだった。

後編15

「オオ。フィーナ君デハナイデスカ」
「ベイダー博士。コンニチハ」
 あまりの奇抜な姿に、広美と春香はフィーナの後ろに隠れるように下がった。フィーナは噴き出して笑いながら広美と春香の方を向いて言った。
「二人とも大丈夫ですよ。この人はこのトリステル大学のベイダー・ヘルバルト博士です。学生達の間では、ドクトルB(ベー)とか、プロフェッサー・Bと呼ばれているんです。ちょっと変わってますけど、二人をとって食ったりはしませんから大丈夫ですよ」
 ベイダーはフィーナの後ろにいる二人を眺めながら、フィーナに聞いた。
「フィーナ君。後ロニイル二人ノ女ノ子達ハ、君ノ友人カネ?」
「ハイ。ワタシノ友人デス」
 広美は前に出てくると、ドイツ語で喋った。
「Guten tag. Ich freue mich, Sie kennen zu lernen.  Mein Name ist Hiromi Aihara.  Das ist Frau Haruka Ayase. (こんにちは。はじめまして。私の名前は相原広美です。こちらの人は綾瀬春香です)」
「おお・・ わんだふぉー!! べいりーぐーっど。素ん晴らしいぃ発音なのだネエ」
 ベイダーが日本語で応えたので、広美はビックリした顔でベイダーを見た。その発音と喋り方は奇抜だったが、ベイダーは話を続けた。
「ワダシ日本語スゴシ分がるだヨ。ワダシ日本の城南大学のドクトゥール神尾の知り合いで、オドモダチなのね。イッショに超自然現象や超常現象の研究さしてるだよ」
「そうだったんですか。私は神尾博士の助手をしていたんです」
「オーッ。すると君がドクトゥール神尾さ言っていたヒロミ・アイハラだったのですかい。お会いできテ大変嬉しいだよ」
 そう言うや、ベイダーは広美を軽く抱きしめた。
「キャッ」
 ベイダーはさらに広美の両方の二の腕をつかんで言った。
「神尾が言っていたが、君にはガクシャとしての資質さありますネ。是非とも、このトリステルに留学生として、トッテモお招きしたいのダベネ」
「あ・・ ありがとうございます」
 ベイダーはフィーナの方を向いて言った。
「ソレデハ、ワタクシハヤボナゴ用ガアルノデ、コレデ失礼スルベネ」
ベイダーはそう言うと、そそくさと3人の元から去っていった。姿が見えなくなって、今まで黙っていた春香が、ため息をつきながらようやく口を開いた。
「広美ちゃん。死神博士の知り合いの人って、奇人変人みたいな人たちばかりなのね」
「うん・・・ 神尾博士もそうだったけど、まるで秘密結社の幹部みたい」
 フィーナは広美と春香の会話をクスクス笑いながら聞いていた。
「広美さん。実は私は今、あの博士の下で助手をしてるんですよ」
広美はフィーナを見た。
「そうだったんですか。何か失礼なこと言ってしまいましたね」
「別に良いんですよ。さ、行きましょうか」
 フィーナに促され、広美と春香は構内を再び歩き始めた。

      *    *    *    *

 その日の夜もフィーナの家であるコテージに泊まることになっていた。そして夕食のあとは、広美と春香は昨日同様二人の部屋でフィーナを交えて雑談していた。
「二人とも申し訳ないんですけど、明日からはここに泊まれなくなっちゃうんで、別の場所へ移動しなければなりません。広美さん。それで・・ 私はシュタイニバッハに大学の後輩がいて、その人に事情を話したら、そこの家の方があなたたちを泊めてくれる事になりましたから、宿の方は心配要りません」
「そうなんですか。フィーナさん。私たちのために色々ありがとうございます」
「私たちのために二日も宿を開けていただいて、何てお礼を言ったらいいのか」
「そんな。お礼なんていいですから」

       *    *    *    *

 翌朝
「ソレデハオ二人トモ。スバラシイ旅ヲ続ケテクダサイ」
「行ッテラッシャイ」
「Danke schön. Sehen wir uns wieder. (ありがとうございます。またお会いしましょう)」
 ゲオルグは広美と春香を順番に軽く抱きしめた。
「ソレジャオ父サン。オ母サン。二人ヲ案内スルンデ出カケテキマス」
「気ヲツケテネ。フィーナ」
 フィーナは広美と春香を車に乗せると、車を発進させた。

 車は草原地帯や森林地帯の中を走り、やがて山道になった。
「この道はシーズン中ならバスがたくさん通ってるんですけど、今は1日3往復しか運行していないんです。だから車がないととっても不便なんですよ」
 フィーナは運転しながら広美と春香に話していた。
「この山道を登って、峠を越えればすばらしい景色が見えますよ」
 フィーナの運転するポルシェは峠を越え、その先には広々とした丘陵地帯と、遠めに見えるアルプスの白い山並みが二人の目に映った。
「わあ・・ 」
 春香が歓声を上げる。
 やがて丘陵地帯の中に、箱庭の中にあるミニチュアのセットのような建物が複数見えてきて、フィーナは車のスピードを落とし、広美と春香に言った。
「あれが元のトリステル修道院。現在のトリステル記念館です。記念館の向こうに見える山を越えると、もうお隣のスイスなんですよ」
 フィーナは再びスピードを上げ、トリステル記念館へと車を走らせた。

      *    *    *    *

 フィーナは記念館の駐車場に車を乗り入れた。アルプスが近いためか、付近一帯は雪化粧で、駐車場内も所々に雪が積もっていたので、フィーナは雪が無い場所を選んで車を停めた。今はシーズンオフのためか、他に止まっている車は皆無で、吹き抜けていく冷たい風の音や、屋根から時々落ちてくる雪の音がしっかりと聞こえている。広美と春香は車から降りると、両手を伸ばして深呼吸した。
「わあ・・ 空気が美味しい・・・ 」
「風が冷たくて寒いけど、晴れているからポカポカしてるね」
 記念館の電光掲示板には、-5℃の表示が出ていたが、晴れているので暖かく感じられた。
「広美さん。春香さん。申し訳ないんだけど、今はシーズンオフなので、施設はみんな閉鎖されていて、館内には入れないんです」
「そうなの・・・ 」
「残念・・・ 」
「じゃ周りだけでも見て歩きましょうか」
 そう言うと広美は建物がある方へ向かって歩き出した。
「ちょ・・ ちょっと広美ちゃん待ってよ」
 春香が小走りに駆け出して広美を追い、フィーナもそのあとをついていった。

後編16

 それから約1時間が経過した。
 一通り施設の中を歩いてきた広美と春香。そしてフィーナは、施設の中央広場にいた。
「中に入れないのは残念だったけど、建物は結構綺麗なのね」
「二人ともごめんなさいね。ここだってシーズン中は結構賑わってるんです」
「フィーナさん。それで・・・ シュタイニバッハの資料館も、今は閉鎖されてるんですか?」
「いえ・・ シュタイニバッハの資料館は大丈夫ですよ。あそこは街に近いし、今は資料館のすぐ近くまで住宅地になって開けています。それに資料館には街から派遣された管理人さんが交代で常駐していますんで、年中無休で開放されてます」
「ここからはどれくらいなの?」
「資料館はここから車で大体20分ってところかしら。徒歩ならば昔から通っている近道があるんで正味1時間くらいですけど、今は所々に積雪があるので、通行止めになってます」
「フィーナさんはここからその道をシュタイニバッハまで歩いたんですね」
「はい・・ タイムスリップした中世の時代に、ここから歩きました。実際には500年位前なんだろうけど、私にとっては10年位前のことです」
「私と春香ちゃんがシュタイニバッハの牢獄に繋がれていたのも、同じなのね・・」
 フィーナは時計を見た。
「もうすぐ昼ですね」
「あ・・ もうお昼なんだ。そういえばお腹が空いてきたな」
「それじゃ一旦山を降りてシュタイニバッハの街まで行きましょう」
 フィーナは駐車場へ向かって歩き出し、広美と春香はフィーナの後をついていった。フィーナの後ろ姿を見ながら、広美はフィーナに対して何かを感じた。
「(春香ちゃんが言っていたように、フィーナさんは何かを隠しているような気がする。今まで意識してなかったけど、今日になってから今までの仕草といい、喋り方といい、なんだかおかしいわ・・・ そう・・ 何か言いたそうで、言えないのか言わないのかってところかしら・・・)」
 今日のフィーナの様子を見て、広美は一昨日の夜に春香が言っていた事を薄々と思い出していた。まだ確信は持てていなかったものの、広美はフィーナが自分たちの事で何か隠し事をしているように感じていたのだ。

      *    *    *    *

 広美と春香は、フィーナと一緒にシュタイニバッハの食堂で昼食をとり、それから車で郷土資料館へと向かった。資料館は広美と春香が中世にタイムスリップした時に繋がれていた牢獄を、修理してリフォームしたものであったが、実際には500年近くの歳月が経過していたため、所々風化していて、建物の一部は崩落の危険があった。地下牢があった部分は崩落の危険があるために完全に埋められていて、当時の面影はなくなっていた。が、広美や他の少女達が繋がれていた半地下式の独房は、石畳や石の壁が修復され、今でも当時に近い形で残されていた。因みに、かつての拷問塔の建物は何も手をつけていなかったために崩落して廃墟となり、例の冷酷な神父が住んでいた家も、長い年月を経て朽ち果て、現在は広大な畑や牧草地の一部と化していた。
 フィーナが運転する車は、その牧草地の中の道路を走っていて、広美はその牧草地と、遠目に広がる樅の木の森を眺めていた。広美の目にはその風景が懐かしく感じられていた。500年という年月を経過しているものの、その風景はあの時の姿そのままに見えていたのだ。違うところといえば、道路沿いの所々に家が建っているということだった。
 20分ほど走ったところで、牧草地の向こうの高台に、かつて見たことがある建物。つまりシュタイニバッハの牢獄が見えてきた。

      *    *    *    *

 フィーナの車は資料館の駐車場に乗り入れた。車は管理人のものらしいものが一台、駐車場の片隅に停められているだけだった。
「広美さん。春香さん。着きましたよ」
 広美と春香は車から降りると、資料館の建物を眺めた。自分たちにとっては10年前の出来事であったが、時代は約500年の歳月が経過しているせいか、付近の様子は風変わりしていたものの、建物のその姿はかつて自分たちが繋がれていた牢獄の建物そのままに、そこに建っていた。フィーナは二人を促すと、資料館と隣り合わせで建っている小さな建物を指差し、そこへ向かって行った。入り口には『管理人室』と書かれていた。人の気配を感じたのか、建物から一人の若い男が出てきた。その男の顔を見た広美は、ハッと驚いたような表情をした。かつてのシュタイニバッハ監獄の看守の一人、ヘスとウリ二つの顔をしていたからだ。
「この人がここの管理人さんです」
 そう言ってフィーナは広美と春香に自分の方へ来るよう促した。
「この人はシュタイニバッハの町の職員で、ハインリッヒ・W・ヘスといいます。この人ともう一人の人が一週間交代でここの管理職に携わっているんです」
 広美と春香はヘスと聞いて一瞬ドキッとしたが、ヘスに向かって会釈し、ヘスもそれに応えて会釈した。フィーナは広美に小声で言った。
「入館料を払ってください。あそこにある箱の中に入れます」
 そう言ってフィーナは建物の入り口にある台の上にある箱を指差した。広美と春香は財布から小銭を出すと、箱の中に規定の金額を入れ、その間にフィーナはヘスに二言三言会話をしていて、ヘスは頷くと広美と春香に向かって言った。
「アリガトウゴザイマス。ソレデハミナサン。ゴユックリドウゾ」
 そう言ってヘスは建物の中に入っていった。
「さ。広美さん。春香さん。行きましょう」

       *    *    *    *

 資料館の外回りは昔風の作りそのままであったが、内部は現代風の内装が施されていて綺麗になっていた。窓の部分はしっかりとガラス窓になっていたし、廊下の部分も石畳ではなかった。広美と春香はフィーナの案内で、かつての牢獄である資料館の中を見て回っていた。室内に展示されたものは、一般的な博物館のような、ごく普通のありふれたものばかりだったので、広美と春香は物足りなさを感じていた。フィーナは二人のその様子を見逃さなかった。
「広美さん。春香さん。今まで見てきたものは、ありふれた展示物ばかりだから、見てもつまらなかったんじゃないんですか?」
「い・・ いえ・・ そんな事ないです」
 春香は慌ててそう言ったが、広美ははっきりと応えた。
「私の見解では、ごく普通の博物館の展示物のような感じがしました。ところで魔女狩りに関係した資料は無いんですか?」
「確かにそうですね。今まで見てきたものは、みんな普通の展示物なんです。それに広美さんも春香さんも、地下牢に閉じ込められたままだったから、上の階のものは全然見てなかったと思うんです。こっちへ来てください」
 フィーナは館内の案内板のところまで、広美と春香を連れてきた。案内板を見ると、元々の状態を表した牢獄の絵と、現在の資料館としての絵が並んで描かれていた。建物は地上が3階建てで地下が4階あるとなっていたが、地下2階より下は埋められていて、現在の絵の方には表示されていなかった。
「二人が繋がれていた場所は、地下一階なので、現在でも残されています。魔女狩りに関する資料や展示物も、この地下一階の部分にあるんです」
 そう言ってフィーナはその部分を指差して説明した。
「二人が地下の部屋を見たがっているのはよく分かるんですけど、まず屋上に上がりましょう」
 フィーナは二人を屋上へと案内した。螺旋階段を上って屋上へ出ると、周囲にある広大な牧草地と樅の木の森。そして箱庭のようなシュタイニバッハの街並みが二人の目に映った。
「わあ・・ すごいいい眺め」
 春香は小走りに駆けると、手すりを両手でつかんで周りの景色を眺めた。広美とフィーナは二人で並んで歩きながら、春香の傍へ行った。
「広美さん。春香さん。周りを見て、何か気付いた事は無いですか?」
 春香は黙って考えていたが、広美はすぐ返事をした。
「雪が少ないですね。私が一時解放されて、村長さんのところに厄介になっていた時、このあたりは6月~9月の短い間だけ夏が訪れて、それ以外は雪に被われるって聞きました。私たちが自由の身になったのが3月頃だったと思うんだけど、たしかその時も地面は雪に覆われていました。今もあの頃と同じ時期なのに、随分違うなって感じました」

後編17

「そうなのよ。広美さんも分かってると思うけど、これは温暖化の影響なの。今はこの季節はもう雪が溶け始めて、全く雪が残っていない場所もあるのよ。このあたりの夏の平均気温も、中世の頃と比べると10℃前後上がっているらしいわ」
「そういえばアルプスの氷河が消えている場所があるって、ニュースで言っていた」
 広美は周りの景色を眺めながらそう呟いた。吹く風は冬の風で冷たく感じられたが、しかし空は快晴で、陽が当たると暖かく感じられた。

      *    *    *    *

 三人は螺旋階段を降りていた。いよいよ地下の展示場へと向かうのだった。内装の床は現代風だったが、螺旋階段の床だけは石畳が施されていて、歩く音がカツカツと響いた。やがて三人はお目当ての地下一階に下りた。そこだけは今までと違って、壁は石を積み上げた石壁になっており、床も石畳という中世風の作りになっていて、地上の階との極端な違いに、広美と春香は驚いたような顔でお互いを見合った。電気が付いているとはいえ、蛍光灯ではなくて光力も小さく、昔の蝋燭を灯しているような感じの明るさだった。
「地下だけは壁も床も当時の状態に近いような感じになってるんです。もっとも壁も床も天井もリフォームされていますけど・・・ 足元が暗いから気をつけてくださいね」
 石造りの廊下を歩く三人の靴音が、周囲に木霊していた。三人はまず拷問部屋という札がついた部屋に入った。広美と春香が拘束されていた当時は、牢獄には拷問部屋は無く、牢獄から1kmほど離れた場所にある『拷問塔』にて拷問が行われていて、広美はいつもそこまで鎖に引かれて連行されていた。
 シュタイニバッハ監獄を資料館にしたとき、魔女狩り関係の展示エリアの一つとして、拷問部屋を作り、レプリカとして器具や道具を展示したのである。
 部屋に入ると室内は広く、例の三角木馬や引き伸ばし用のラック拷問台が置かれ、吊り責め用の滑車や鎖が天井からぶら下がり、鉄の処女や、水車型の拘束台、壁にも手枷が付いた数本の鎖が垂れ下がり、台の上には鉄球がついた足枷なども展示されていて、かつてこれらの道具で拷問されていた広美と春香は血の気が引いて、身が凍りつくような思いになった。
「ここにあるこれらの道具は、殆どが当時のものを参考に作られたレプリカなんです。前は蝋人形を使って拘束や拷問の様子を展示していたんですけど、某人権団体のひんしゅくを買ってしまって、蝋人形は撤去されたんです」
 広美と春香はフィーナの説明に頷いていた。広美は何を思ったのか、三角木馬に触れようとしたが、フィーナが止めた。
「広美さんダメです。そこの看板を見てください」
 広美は手を引っ込めると、フィーナが言った看板を見た。そこには『手を触れないでください』という文字がドイツ語や英語・そして日本語でも書かれていた。
「ごめんなさい。つい・・・」
「広美さんの気持ちは分かっています。だからもう良いですよ」

      *    *    *    *

「ここが地下牢です。地下牢は全部で3つあるんですけど、広美さんがつながれていた部屋は、多分ここだと思います」
 フィーナは四畳半くらいの部屋に広美と春香を案内した。その部屋は広美がかつて閉じ込められて鎖に繋がれていた独房そのものだった。広美にとっては10年前のことだったが、実際にはそれ以上に年月が経過しているから、当時の状態のままではなくて、ある程度のリフォームはされていた。全てレプリカであるが、正面の奥には吊り手枷がついた鎖が壁から垂れ下がり、その両隣にも鎖が垂れ下がっていた。そして左側には鉄格子のついた窓があった。広美はこの部屋で爪先立ちの恰好で両手を鎖で繋がれて吊るされ、両脚にも足枷を嵌められて、首にも重い首枷を嵌められていたのだ。そして横にある窓からは雪混じりの冷たい風が吹き込んでいたのである。

後編18

 吊り手枷を眺めていた広美の目に、かつての自分の姿が薄っすらと浮かび上がるのが見えた。広美は自分が繋がれていた壁まで小走りに駆け寄ると、その壁にそっと手を触れた。そして壁に背中をつけて両手を上に上げて伸ばしてみた。広美をつないでいた吊り手枷は、広美が伸ばした手よりも下の方にあった。
「(今だったら爪先立ちって事は無い・・・ 私も背が伸びたってことなのね・・・ あの時はすごく辛かったけど、もう思い出にしかならない・・・ )」
「ちょ・・ ちょっとフィーナさん」
 突然春香が叫んで、広美は我に返った。するとフィーナが土下座をするような恰好で、広美の方を向いている。
「フィーナさん。一体何事なんですか? どうしたの?」
フィーナの目を見ると、フィーナは瞳に涙をためている。
「フィーナさん。どうしたんですか?」
「広美さん。いや、広美ちゃん。許してください」
「え? 」
 突然のフィーナの言葉に、広美は固まった。春香も呆然としてした。
「広美ちゃんと春香ちゃんがタイムスリップして、魔女狩りで囚われて酷い目に合わされた原因は私なんです。私が広美ちゃんと春香ちゃんを辛い目にあわせてしまったんです」
 土下座しているフィーナと同じ目線にするため、広美もフィーナと向かい合うように石畳の床に座った。
「フィーナさん。いや、フィーナちゃん。顔を上げて。そんな日本式の土下座なんて何処で覚えたのよ。それに何を言ってるのか分からないよ。詳しく話して」
「私に不思議な力があったこと、広美ちゃんも聞いて分かってるでしょ」
 広美は神尾からその話を聞いて知っていたし、つい先日もフィーナ自身から聞いていたので、無言で頷いた。
「私が・・・ 私がお母さんを亡くした時、すごく悲しくて・・ もう生きているのも嫌になって、だからといって死ぬのも嫌だったから、いっそのこと別の時代へ行ってしまいたいって強く思ったの。それで、何故か知らないけど、本当に中世の時代にタイムスリップしてしまって、その力で広美ちゃんと春香ちゃんを巻き添えにしてしまったんです」
「(そういう事か・・・ それでフィーナさんは態度がおかしかったのか)」
「二人とも・・ ごめんなさい。お願い。許してください。謝ってもダメなのは分かってます。だから・・ Es tut mir sehr Leid. (本当にごめんなさい)」
 フィーナは胸元からナイフ(というよりも短刀)を取り出すと、刃の方を自分に向けた状態で、自分の前の床の上に置いた。何かを直感した広美は立ち上がると、そのナイフを脚で思いっきり真横に蹴った。ナイフは石造りの壁を直撃して、鋭い金属音が響いた。春香とフィーナが呆然として、飛んでいったナイフを目で追った。
「バカ!! 何考えてるのよ」
 広美は怒鳴ると再びその場に座り、フィーナの顔を見据えた。フィーナの顔は涙でくしゃくしゃになっている。広美は両手をフィーナに向けて差し出し、フィーナの両肩に置いた。フィーナの身体がビクンと震える感触が広美の手に伝わってきた。
「ねえ・・ 私たちが何のために此処に来たのか分かる? 少なくとも、私はフィーナちゃんに復讐するために来たんじゃないよ。私は自分の事を知るために来ただけ。春香ちゃんだって同じだよ」
「でも・・ 広美ちゃんと春香ちゃんに、取り返しのつかない事をしてしまった・・ 」
「フィーナちゃんのせいじゃない。絶対にそんな事無い。私は信じる。信じるよ!!」
 広美は春香の方を見た。春香も言った。
「私も信じるわ。絶対フィーナちゃんが原因じゃない」
「春香ちゃんだってそう言ってるよ。それに、フィーナちゃんは私が繋がれていたとき、優しくしてくれたじゃないの。お友達になってくれたじゃないの」
 広美の目からも大粒の涙が零れ落ちた。フィーナは目の前にいる広美に向かって抱きつくと、そのまま大泣きした。春香もその傍で顔を伏せて泣いた。

      *    *    *    *

 暫くして落ち着きを取り戻したのか、3人ともその場で黙ってしまっていた。広美は立ち上がると一番先に口を開いた。
「フィーナちゃん」
 そう言って広美はフィーナに向かって手を差し出し、フィーナはその手を握って立ち上がった。広美はフィーナを促すと、吊り手枷がぶら下っている壁の方へ行き、壁を背にして立つと両手を上に上げた。その前にはフィーナが立っている。

後編19

後編20

後編21

後編22

「わたしたち・・・  こうして出会ったんだよ」
 二人が出会ったのは10年前のこと。しかし、タイムスリップしていた事があって、実際の時代の開きは500年近かった。フィーナは壁の前に立っている広美に飛びつくと、強く抱きしめた。広美もフィーナを抱きしめた。
「過去の事なんかもういいのよ。大事なのは今とこれからの事じゃないの。私は絶対に信じる。絶対にフィーナちゃんのせいなんかじゃない。フィーナちゃんは悪くない」
 フィーナは広美の胸の中で泣いていた。その時人の気配がしたかと思ったら、管理人のヘスがやってきた。
「アノー・・・ オ取リ込ミ中申シ訳ナイノデスガ、ソロソロ閉館ナンデス」
 春香が、広美に抱きついているフィーナの肩を軽くポンポンと叩いた。振り返ったフィーナは広美と離れると、ヘスのほうへ駆け寄っていって、二言三言話をした。
「ワカリマシタ。ソレデハ、出来ルダケ早ク出テクダサイ」
 そう言ってヘスは去っていった。

「広美ちゃん。春香ちゃん。閉館の時間だから、急いで」
「うん」
 外からは閉館を告げる音楽が流れ始めた。広美は床に落ちていたナイフを拾い、三人は足早に地下牢の部屋を出ると、出入り口の所に立っていたヘスに向かって一礼し、資料館の外へ出た。


      *    *    *    *

 駐車場ではフィーナが車のエンジンをかけ、三人は車の傍で雑談していた。端に止めてあったヘスの車が発進して去っていき、場内にいるのは3人だけになった。広美は誰もいないのを確かめてから、持っていたナイフを草原の方へ向けて投げた。フィーナはかかってきた電話に応対していて、電話を切ったフィーナは広美と春香の傍に来た。
「広美ちゃんに春香ちゃん。今電話があって、シュタイニバッハの市内からあなたたちをここまで迎えに来るって言ってました」
「今日泊めてくれる家のかたですか?」
「はい。夏の間だけ民宿をやってるんですけど」
「今はシーズンオフ?」
「そうなんです」
「何かいつも申し訳ないですね」
「良いんですよ。そんな事気にしないでください。困っている時はお互い様じゃないですか」
その時クラクションの音とともに車が一台入ってきて、フィーナの車の隣に止まり、運転していた人が降りてきた。春香はその人の顔を見て大きな声を上げた。
「あ・・・ アリーナちゃん・・・・ 」
 アリーナははじめての人に自分の名を呼ばれたので戸惑った。が、フィーナが前もって教えていたものと思って、落ち着きを取り戻した。
 その人はまさしく、春香が牢獄で出会ったアリーナと同じ顔をしていたのだ。勿論成人しているから、春香の出逢った時の姿ではなかったが、それでも春香はしっかりと顔を覚えていたのだ。しかしそれは500年も前のことであり、その時に出会ったアリーナとは当然別人だった。が、その女性の名もアリーナだった。フィーナは広美と春香にアリーナを紹介した。
「この人は私の後輩で、アリーナ・S・フリューゲルといいます」
「Guten tag. Ich freue mich, Sie kennen zu lernen.  Mein Name ist Hiromi Aihara.  Das ist Frau Haruka Ayase. (こんにちは。はじめまして。私の名前は相原広美です。こちらの人は綾瀬春香です)」
 アリーナは広美と春香を軽く抱きしめた。
「広美ちゃんに春香ちゃん。私はこれで失礼します。明日9時に迎えにきて、トリステル駅まで送っていきます」
「ありがとうフィーナちゃん。今まで本当にありがとう」
 広美は右手を差し出し、フィーナと握手した。春香も続いてフィーナと握手した。
「それでもう一つ、フィーナちゃんにお願いがあるの」
「何、広美ちゃん」
「アリーナさんに言ってもらいたいんです。 せっかく車で迎えに来てもらったのに申し訳ないんだけど、私たちシュタイニバッハの街まで歩いていきたいんです。いいですか?」
 フィーナはアリーナに二人の事情を話し、アリーナは広美と春香に向かって言った。
「了解デス。デモ街ノ中ハ分カリニクイト思ウノデ、街ノ入リ口デオ待チシテイマス」
 アリーナは車に乗ると、駐車場から走って出て行った。
「それじゃフィーナちゃん。また明日ね」
「二人とも気をつけて。 Sehen wir uns wieder. (また会いましょう)」
 フィーナも車を発進させて去っていき、広美と春香だけがそこに残された。
「さてと・・・ 春香ちゃん行こうか」
「うん」
 広美と春香は資料館をあとにすると、シュタイニバッハの街へと続く道を歩き始めた。両側に広がる広い畑と牧草地は、所々に残雪があり、ときおり冷たい風が吹き抜けていく。二人は畑の向こうにある樅の木の森を眺めていた。
「広美ちゃん覚えてるかな・・」
「何を?」
「私が広美ちゃんを牢から出して、二人で逃げた時の事」
「うん・・ そんな事あったよね」
「あの時見えていたのって、あの森だったんじゃないのかな」
「そうだね・・・ あの時は夜だったからよく分かんなかったけど、たしかに森が見えていたよね」
「でも結局は追いつかれちゃって捕まってしまった・・・ 」
「私が街の広場まで連行された時、通った道はこの道だったかもしれない」
「私もそうだった。私もきっとこの道を歩いたんだわ。広美ちゃんが処刑されちゃうって・・ 広美ちゃんに向かって駆け出したんだっけ」
 広美と春香は、シュタイニバッハの街までほぼ真っ直ぐにのびている舗装道路を眺めた。

      *    *    *    *

「春香ちゃん。走ろうか」
「うん」
 広美と春香は小走りに駆け出した。その二人の目に見えているものは何なのか・・・ 遠くに見えているシュタイニバッハの市街地か、遠い過去の二人の思い出なのか、また・・ 二人のこれから先にある未来なのか・・・ その事を知るのは二人だけなのである。

後編23

      *    *    *    *

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ブログ用

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5年後・・・・・・・・

「起立・礼!」
「先生さようなら。みなさんさようなら」
 渚島にある小学校の教室では授業が終わり、生徒たちが次々と教室から出て行った。その姿を見届ける教師。“丹原春香”  ・・・・

後編24

 生徒が全員教室から出て行き、教室には春香だけが残されていた。誰もいなくなった教室で、春香は窓際へと歩いていって、窓の外を見た。初夏の爽やかな風が教室内に入ってきて吹き抜けていく。春香は大学卒業後、教師としてまず本土の小学校に赴任。その2年後に希望地の渚島に異動してきた。そして同じ年に大学時代から付き合っていた修平と結婚し、現在一児の母になった。
 春香は開けた窓から空を眺めていた。あの時・・・  広美と春香が中世にタイムスリップした時のように空は快晴だった。
「広美ちゃん・・・ 今頃ドイツで元気でやってるかな・・・ 広美ちゃん。私は元気で頑張ってるよ。たとえ何処にいようとも、広美ちゃんは同じ空の下にいるんだから。だから寂しくなんかないよ」
 そう呟いて、春香は窓を閉めた。


     *    *    *    *

 ここはドイツのシュタイニバッハ・・・・
 広い牧草地の中に佇む一人の少女。
 少女の名は広美・・・・・


 相原広美、25歳。もう少女といえる容姿ではないが・・・ 
 広美はシュタイニバッハの牧草地で一人佇み、晴れ渡った空を眺めていた。向こうの方の高台の上には、かつて自分がつながれて閉じ込められていた牢獄、そしてかつて訪れたことのある郷土資料館が佇んでいた。
 広美は城南大学3年生に進級と同時に再び神尾の助手を務め、大学卒業後、そのまま同大学の大学院に進学し、修士課程卒業後、博士課程の試験合格と同時に休学して、トリステル大学に留学するため、再びドイツにやってきたのだ。そしてトリステル大学で講師をする傍ら、例のベイダー博士の元で、フィーナとともに研究に明け暮れる毎日を送っていた。
「この空の向こうには春香ちゃんがいる。春香ちゃん・・・ 私はちゃんと元気でやってるよ。たとえ遠く離れていても、二人の友情は絶対に変わらない。だって同じ空の下にいるんだから・・・ だから寂しくなんかないよ」
 広美はポケットから手帳を出すと、その一番最後のページに入った一枚の写真を見た。

後編25


     *    *    *    *

            (Ende)


10年目の回帰  主要登場人物紹介

2015年 05月28日 08:55 (木)

現在執筆中の、囚われた少女の二次創作の登場人物です

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参考
カルシファー様原作 囚われた少女―魔女狩りに囚われた少女広美
http://rokujuuni.blog10.fc2.com/


※本作品は、囚われた少女本編における主人公、相原広美の10年後を想定して作成した二次創作です。

フィーナ・シュタインベルクのキャラクター名は、原作中のSS小説『フィーナと広美』のフィーナから引用しています。

トリステル大学の名称は、トリステル修道院 http://b.dlsite.net/RG20513 より引用しています。